15-5 彼氏彼女の事情
マフラーとキャスケットで、顔が出る面積を減らしていても、素の可愛らしさが漏れ出てしまっている。小柄で胸の大きい美少女。往来する男たちは、否応にも本能で、少女の姿を目で追ってしまった。
目立たないようにしている。
本人は、目立っていないつもりの顔をしているが、実際には目立っている。
その矛盾した状況が滑稽で、なんだかおかしく思えた。
小さく手を振りながら、ケイはアデルへ歩み寄っていく。
「王様が、護衛もつけずに出歩いていて良いのか?」
見たところ、周囲に警護をしている者の姿はない。アルトローゼ王国の超重要人物が単独で外出しているはずはなく、守る人員が、この場に1人もいないというのは奇妙に思えた。
自分よりも背の高いケイを見上げて、アデルは答える。
「騎士団は、あなたと一緒にいる以上に、安全な警備体制はないと考えているようです。今やこの国で、あなたよりも強い騎士は、他にいませんから」
「そう言われてみると、そうかもしれないけど。そんなに信頼されると、なんだか気後れするな」
「騎士団の代わりに、護衛をお願いします」
ケイは苦笑し、頭を掻きながら了承した。
「わかりましたよ。王様」
「……」
アデルはじっと、ケイの背後に目を向けていた。
そこには、腹を膨らませたイリアが、微笑んで立っている。
「さっきまでイリアと、話していたのですか?」
「……少し、ね」
一昔前の、世間知らずだったアデルであれば、ケイとイリアの話していたことを予測することなどできなかっただろう。だが、今はそうでない。少し悲しげに表情を曇らせ、アデルは尋ねてきた。
「……イリアと、ケイの子供のことですか?」
「……」
アデルは、ケイとイリアの事情について知っているのだろう。
それもそのはず。アデルはアルトローゼ王国の王なのだ。
この国の機密事項どころか、友人たちの秘密だって、全て把握しているのかもしれない。
誤魔化すつもりはなかった。ここで言っておく必要があるだろう。
どう伝えれば良いのか、少し迷ってから、ケイは簡潔に答えた。
「お前は父親じゃないんだから、出しゃばるなって。そんなふうに言われたよ」
「……そうですか」
イリアと子をなしたのは、ケイン・トラヴァース。雨宮ケイであって、雨宮ケイではなかった、別の人物である。ただし少なくとも、ケイの一部であった存在なのは事実だ。その男とイリアが結ばれていたことを、どのように受け止めれば良いのか。それはアデルだけでなく、ケイ自身にもわからなかった。
ここで2人とも暗い気持ちになってしまえば、またイリアに小言をもらってしまうだろう。
ケイは気を取り直して、しょぼくれているアデルへ、微笑みかけて言った。
「今日は、お前と会って話をするだけの予定だったけど、当初の予定と変わって、オレはこの後の時間が空いてるんだ。アデルさえ良ければ、このまま、どこかで夕飯でも食べていかないか?」
「え? は、はい! もちろんです!」
ケイから夕飯に誘われ、アデルは目を輝かせて喜んだ。
尻尾を振る子犬のような態度に、ケイはアデルを愛おしく感じてしまう。
「とは言っても、東京都は復旧途中だし、やってる店なんて、まだないかもだけど」
「そんなことはありませんよ。東口の方は、すでに繁華街が稼働を再開しています」
「よく知ってるな」
「真王に修復されたことで、以前の私よりもバージョンアップしています。情報処理能力が上がっていますので、首都全層の復興状況を完璧に把握することなど、造作もありません。これでも設計者ですし、アルトローゼ王国の王様なので」
久しぶりに見せるドヤ顔で、アデルは胸を張って断言する。
アデルがAIVを通じて、近場にあるオススメの店の地図を送りつけてきた。
それを見ながら、2人は並んで歩き始めることにした。
「あ、あの……」
歩き始めて間もなくの頃だった。
赤面したアデルが、俯き加減でモジモジしながら言った。
「さ、3ヶ月ぶりですね。……会いたかったです」
「オレもだよ。会いたかった」
唐突に、ケイはアデルと手を繋いできた。
「はわ……!」
心臓が高鳴った。
耳の端まで赤くして、アデルは自分の手を握るケイを見ながら、目をグルグル回す。
茹だっているアデルを横目に、ケイは言った。
「王様って、本当に大変だよな。国民や議員からの陳情に対応したり。四条院騎士団に荒らされた各都市の復興計画推進。それに……真王軍との戦いへの備え。傍から見てても、公務っていうのは殺人的な忙しさに思うよ。よくやれてるよ、アデル。オレがいなかった間も、こんなのを、お前はずっと1人でやってきたんだよな……」
「ひ、1人じゃありませんでした。リーゼやレイヴン、エイデンたちが助けてくれていました。……エイデン以外のみんなは、今はまだ連絡も取れていませんが……」
「ジェシカたちや、アトラスとも連絡が取れていない。無事でいてくれれば良いんだけど。心配だよな」
「……はい」
話しながらも、繋いでいるケイの手が気になってしかたがない。
アデルはドキドキしている胸をなだめながら、自分の小さな手を包む温もりを喜んだ。
そうして改めて、いまだに実感のない奇妙な事実を口にした。
「私たちは、えっと、その……”恋人”、になったのですよね」
「あ、ああ。そう、なんだよな」
アデルに言われて自覚したのか、ケイも思わず赤面してしまう。
手を繋いで、イルミネーションの中を歩きながら語らう。
「オレのスマホから生えてた、ネット検索が趣味のヘンテコ花が、いつの間にか女の子になってて。それが今では王様で、オレの彼女なのか」
「陰キャで、怪物殺しが趣味だった変態さんが、今では世界大戦を食い止めた英雄で、私の彼氏ですよ」
「言ってくれるじゃない」
「お互い様です」
2人は顔を見合わせて、いたずらな微笑みを交わす。
「あの、ケイ……?」
「ん?」
「もしも嫌じゃなければ、あの……腕を組んでみても良いですか?」
「え? あ。ああ……!」
手を繋ぐのを止めて、アデルはケイの腕に抱きついてくる。無自覚に強く押しつけられる、アデルの胸の柔らかい感触に、ケイはドギマギしてしまっていた。幸せそうな笑みを浮かべ、アデルは目を細めて言った。
「……ケイとこうしているの、幸せです」
「オレも今。なんだか不思議な感じだよ」
「3年前。あなたが待ち合わせにこなかった日。あの時も……あなたとこうしたかったんだと思います。それがようやく、現実になりました」
「あの時は、本当にすまなかったよ……」
「責めているわけではありません。あれは、ケイのせいではありませんから」
「なんだかこれって、3年前のデートのやり直しって感じだな」
「で、デート……!?」
何気なく言ったケイの言葉で、アデルの頭から湯気が立ち上ってしまう。
口にした自分でも照れくさかったのだろう、ケイはニヤけながらも困った顔をしていた。
「ええっと。子供の頃から、お前は、ずっと一緒にいたから知ってると思うけど、オレ、女の子と付き合ったことなんてないからさ。何すれば良いか、よくわかってないんだけど。ただなんとなく、お前と一緒にいたいなって……それだけしか、今は考えてなくてさ。特に凝ったデートプランとかもないんだけど、こんなで良いのか……?」
「い、良いと思います!」
アデルも困った顔でニヤけ、懸命に頭を縦に振って肯定する。
付き合い始めて間もない、ぎこちないカップルとは、こういうものなのだろうか。
ただ、くっつき合って一緒に歩くのは、悪くなかった。
「この世界が終わりそうだというのに、私は、こんなに幸せで良いんでしょうか」
「終わらせたりなんかしない」
「ケイ……」
腕を組んで夜の街を歩きながら、しばらく2人は無言だった。
何も語らずとも、一緒にいるだけで、心地よい時間になる。
互いの温もりを間近に感じながら、心は幸福感に満たされていた。
「……イリアだけ、ずるいです」
唐突に、アデルは拗ねたようにそれを言った。
何の話かわからなくて、ケイは尋ねた。
「ずるいって? なにが?」
「私だって……ケイとの赤ちゃんが欲しいです」
「……はあ!?」
いきなりもいきなりなことを言われて、ケイは素っ頓狂な声で驚いた。
「お、お前、子供が欲しいって、どういう意味か、わかって言ってるのか……?!」
「当然です。人間の生殖行為に無知だった頃の私とは違います。男女は遺伝子を掛け合わせることで、新たな肉体を創り出します。死の設計者である私は、現世人類種の生命プロセスを設計し、構築した張本人ですよ? 当然ながら今の私は、組成レベルで、生命体の仕組みを理解しています。ですが……新たな肉体が生成される原理は理解できても、そこに命が。つまり魂が宿る理由は、ハッキリと解明できてはいませんが」
「あ、アデル……?」
アデルはケイと視線を合わせず、地面に視線を伏せている。
真っ赤な顔をしながら、恥ずかしそうにブツブツと言った。
「議会からは、いつも言われていました。世継ぎとなる後継者を、早く産んで欲しいのだと。あなたがいない時には、持ち込みの縁談が絶えませんでした。けれど私は……本当に大切な人以外とは、そのようなことはしたくありません。あの夜、あなたが私へ教えたことです」
ケイの腕へ縋るようにしながら、アデルは顔を持ち上げる。
羞恥をかみ殺した、赤面の表情で懇願する。
「あの夜の続きを……してみませんか?」