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15-4 シングルマザー



 修復された新宿駅前は、季節外れのクリスマスのイルミネーションが飾り付けられていた。


 空に朝陽が上らなくなって以来、どこの都市も陰鬱なムードが立ちこめている。世の中が明るくなくとも、せめて人々の胸中は明るくあって欲しいという願いで、無理に取り付けられているものだ。色とりどりの光を見れば、少しでも国民の気分が晴れるのではないかという、アルトローゼ政府の施策である。


 荒れ野も同然だった東京都だったが、高層建造物以外は2ヶ月ほどで、ある程度の建物修繕が完了している。疎開していた都民たちも戻ってきており、公共機関も先週から、復帰していた。まばらではあっても、路上を行き交う人々の姿を見かけるようになってきていた。特に新宿区は元より人の多い場所ということもあってか、全盛ほどではないが、それでも人の姿が途切れない程度には、通行人たちを見かけられるようになっている。


 少しずつ、日常を取り戻そうとしている首都。

 それに反して、光が失われてしまった空。

 それを見上げながら、雨宮ケイとイリアクラウスは、駅前のベンチに隣り合って座っていた。


 なかなか、ケイはイリアを直視できなかった。


 遠目に見たとしても、明らかに膨らんでいる腹を、イリアは大切そうにさすりながら微笑んでいる。(はら)んだ子供が、自分の中で成長していることを喜んでいるのだろう。ボーイッシュで、どこか男勝りだったイリアが、今はすっかりと、母性に目覚めた母親の顔をする。


 最近になって、イリアが妊娠しているという話を聞いて、いても立ってもいられず、会う約束を取り付けた。だが実際にイリアと会ってみると、なかなか言葉は出てこなかった。


 まずは気になっていることを、ケイは尋ねた。


「……クリスはまだ、再生医療装置から出てこられてないのか?」


「いいや。1ヶ月も前に退院しているよ。それ以降、ボクの前に姿を現さないだけさ」


「……」


 大したことではないという態度で、イリアはいつものように、飄々(ひょうひょう)とした態度で答える。だが、少し寂しげな苦笑を漏らして、付け足すように言った。


「仕方がないことだろう。妻が、他所(よそ)の男の子供を(はら)んでいる。身体を張って、命懸けで守ったのに。……守り甲斐のない女だったと、今頃は愛想を尽かしているんじゃないのか。ボクのような、性格が悪い女と結婚すればどうなるのか、想像くらいついたろうに。このまま離婚になるかもしれないね」


「そんなに簡単に、離婚だなんて言って良いのか?」


「結婚だの、離婚だのなんて。所詮は、ただの社会的契約の1種でしかない。拘束具じゃないんだ。誰だって、実在しないものに縛られる必要なんてないんだ」


「相変わらず、破天荒な考え方をするヤツだな」


「衝動的で、破滅的。そんな生き方をしてきた、ボクらしい現在(いま)だろう? 元より、自分の人生に伴侶(はんりょ)なんてものを求めてこなかったんだ。今さら夫というパートナーに執着なんてないね。ただ、死ぬまで独りきりだと思ってた人生が、これから生まれてくる娘と、2人で歩むことになっただけさ」


 かつては孤独であることを望んでいたイリアだったが、これから子供2人というのは、まんざらではないのだろう。どこか、楽しみにしているようにも見える。


 父親が誰であるのか。ケイには予想ができている。

 妊娠期間を考えても、夫のクリス・レインバラードであることはありえない。

 イリアが愛を交わした、あの夜まで、彼女は処女だったのだ。 


「イリア……」


「よせ。言ってくれるなよ。その先を口にしたら、絶交だ」


 神妙な顔で何かを口にしようとしたケイを、イリアは即座に睨みつけた。


「君がボクを呼び出した理由なんて、ここへ来る前から想像がついている。このことを知れば、君がどんなことを考えるかだって、予想はできたさ。だから黙っていた。ボクは、誰かに面倒をみてもらわなければ生きていけない、そんな弱い女じゃないんだ。この子を産むのはボクの意思であり、望みだ。そこに”お情けの父親”なんて、(そば)にいらないよ」


「……相変わらず、オレの考えることなんて、お前にはお見通しか」


「君は望んでもいないことを口にするべきじゃない。そんなこと、ボクが望まないからだ。知っているだろう? ボクは、自分が誰かの重荷になることが、心底から嫌いなんだ。君は今の君のまま、ボクの……()()であってくれれば、それで良い。心配しなくても、子供にだって会わせてあげるよ」


 イリアの言い分を聞いて、ケイは黙り込んだ。


 言ってやりたいことは、たくさんある。

 本当は、言わなければならないことだってある。


 だがそれを、彼女が望んでいない。


 それでも口にしたとしたなら、それは彼女のためではなく、ケイ自身のための言葉になる。


「……まったく。いつもお前には敵わないよ、イリア。デタラメに、強いヤツだ」


「それは褒め言葉かな。なら感謝しておこう」


 イリアは不敵な笑みで応えた。


「君のスケジュールは知っている。騎士団墓地でエリーと会った後、こうしてボクに会いに来た。君のことだ、ボクの子供を認知した後すぐに、そのことを彼女へ伝えるつもりだったんだろう? 別れを告げるために。だからああして、この場に彼女を呼び出しておいたわけだ」


「……!」


「残念ながら、そうはさせない。君たちの幸せは、ボクが守る」


 イリアが視線で促す先。

 改札口の方から歩いてくる、小柄な銀髪の少女の姿が見えた。


 かわいらしいケープショール姿。埋もれるような厚手のマフラーを巻いて、顔の下半分を隠している。ふわふわのキャスケット帽で、頭部の花も隠していた。まるで、お忍び中の有名人である。だが顔を隠していても漏れ出てしまう美貌が、道行く人々の視線を惹いている。


 イリアは苦笑して言った。


「ここ最近、彼女は東京都の復興や公務で大忙しだった。君たちは、しばらく会えていなかったんだろう。なら、お待ちかねの彼女が来ているんだ。待たせるべきじゃない」


 気を遣われていることなら、わかっている。そのことが、申し訳なかった。イリアのことを何とかしたくて来たものの、結局いつも通り、イリアの思惑通りに事を運ばされてしまう。策略では、やはりイリアに勝つことは不可能なのだろう。


 諦めと感謝の気持ちを胸に、ケイはイリアへ向き直った。


「……今まで悪かった」


 それだけは伝えたかった。


「なにを謝っているのか、わからないな。そもそも、この子の本当の父親は、君じゃないんだぞ。この子を(さず)けてくれたのは……ボクのことを愛してくれた、今は亡き男さ」


「わかってる。それでもだよ」


「フン……」


 真顔で真正面から見つめられ、イリアは少し赤面して俯いてしまう。

 それ以上は言葉を交わすことなく、ケイは銀髪の少女の元へ駆け寄っていった。

 幸せそうに寄り添う2人の背を見送りながら、イリアは複雑な表情で呟いた。


「まったく、君ってヤツは……。出会った時から変わらず、()()な男だよ」




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