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15-1 終わらぬ夜の火守



 空には、月も星もない。

 一切の輝きがない、真なる夜空だ。


「……」


 深い森の中、パチパチと燃える焚き火の番をしていた。

 難民たちが隠れ住んでいる、秘密のキャンプ。

 テント村になっている、そこを見つけて合流したのは、もう何日も前だ。


 このコミュニティで、自分に与えられている役割の1つ。

 それがこの火守。ひたすら炎を絶やさず、他の仲間たちが眠っている間の見張りだ。


 (ひざ)を抱え、(ちぢ)こまる。

 そうしたのは、肌寒かったせいだけではない。

 家族や友人たちとはぐれ、孤独でたった1人。

 その寂しさと心許なさに、じっと耐えるためだったのかもしれない。


 焚き火の音しか聞こえない。静かすぎる森の中。

 今できることは、火を見ているだけという現実が、虚しかった。


「隣り、良いですか?」


 ふと、声をかけられた。

 見張りの交代時間には、まだ早い。


 姿を見せたのは、このキャンプでしばしば見かける古株。

 20代くらいの若い、優しそうな男だった。

 コーヒーを、差し入れで持ってきてくれた様子である。

 湯気立つマグカップを2つ持っており、1つを差し出してきている。


「ありがとうございます。ええっと……」


「岸本です。そちらはたしか、1週間前くらいにやって来た、田中さんでしたっけ?」


「はい。田中ヤスタカと言います」


「あはは。僕より年上みたいですし、別にかしこまらなくて良いですよ。同じ、白石塔(タワー)内世界(インワールド)出身者じゃないですか。僕は熊本出身です。そちらは?」


「……中国、厦門(アモイ)に駐在していた、鳥取出身の日本人です。私は、仕事の都合で単身赴任していたせいで、空が落ちた日(スカイフォール)の時に、家族とはぐれてしまいまして……」


「そうでしたか……。ご家族のことが心配ですね」


「ええ……。この得体の知れない世界のどこかで、妻や子供たちが元気にしていることを願ってますよ、毎日」


「……」


 岸本は、田中の隣りへ腰を下ろす。

 そうして2人で火を見つめ、コーヒーをすすりながら、一呼吸置いた。


空が落ちた日(スカイフォール)の後、白石塔(タワー)にいた人たちが、この広大なアークという世界へ散り散りになってから、そんなに経っていないというのに。今度は、この空です。朝になっても陽が昇らず。昼夜の境目がわからなくなってから、かれこれ1ヶ月くらい経ちますね」


 岸本は、自分の腕時計を見せてくる。


「今、朝の9時くらいです。それなのに、この夜空ですよ」


 ただの自然現象とは思えない、異常な天候。

 ひたすら世界が暗いというのは、陰鬱な気分にしかならない。

 田中はため息を漏らし、応えた。


「……南極付近とかの高緯度地方だと、日没から日の出までの間、空が薄明るい状態であることを白夜(びゃくや)と呼ぶそうですけど、この空はまるで明るくない。それとは違うんですかね」


 お互い、よく知らない者同士。

 会話は、すぐに途切れてしまった。

 元より、世間話をしたい気分でなかったこともあり、田中は沈み込んだ顔をする。

 ただなんとなく、胸底で淀んでいた不安を口にしてしまう。


「……この世界は、()()()()()()()()()んですかね」


「……」


 誰しも、その予感を抱いていた。


 この半年ほどの間に、世の中は激動している。


 自分たちの住んでいた世界が、実は白石塔(タワー)と呼ばれる建造物の中に構築されたものであり、内世界(インワールド)と呼ばれていたことを、つい最近になって知った。それどころか、自分たちは生まれた時から知覚制限を受けていて、その現実を認識できていなかったことも、思い知らされた。外の世界である帝国社会に投げ出されたと思えば、企業国(ユニオン)同士の大戦争である。


 挙げ句、この”終わらない夜”と呼ばれている、異常現象だ。


「世界の終わりが近いなら……こんなサバイバル生活に意味なんてないのかもしれない。これまでの仕事も、財産も、住む家も。全部失ってしまった。今はこうして、異常存在(ヘテロ)とかいうバケモノ同然の野生動物や、帝国騎士たちが襲ってくるのを恐れて、逃げ隠れする毎日です。食べ物も、物資も少なくて、生活もきつい。もういっそ、死んでしまった方が楽なのかもって、思いませんか。生き延びて……それで、これからどうしようという気力が、出てこないですよ」


「……」


「このキャンプにいるみんな、同じだと思ってます。私と同じ、暗い顔をしていますから」


 信じてきた社会や価値観の全てが否定されて、天変地異さえ起きている。世界の終わりが近いのだと、予感させるには十分な出来事が立て続けに起こり、翻弄(ほんろう)させられているのだ。気が滅入り、落ち込み、誰だって嘆きたくもなる。


「――――以前は僕、株ニートやってまして」


 唐突に、岸本が身の上を話し始めた。


「たくさんお金を持っていて、高級住宅に住んで、良い車に乗って遊ぶだけの毎日を過ごしてました。選民思想っていうんですかね、持ってました。自分は人生の勝ち組で、お金を持っていない他の人たちは負け組。何の才能もない、憐れな人たちだ、くらいに思ってたんです。けれど、世の中がこうなってしまうとね……お金はもう、何の役にも立たなくなってしまいました。お金を持っていることだけが、僕が他の人たちに勝るアドバンテージだったのに。お金の価値がなくなれば、残ったのは僕の身1つだけです」


「……」


「僕は料理もまともにできないし、たまに襲ってくる怪物たちと、戦える勇気も、体力もない。けれど、僕が今まで見下してきた、たくさんの人たちは、当たり前のようにそうしたことに適応しています。人は1人じゃ何もできないから、こうして協力しあって毎日を食いつないでる。そんな集団生活です。でもそんな中で、僕がみんなに貢献できることは、あまりない。きっと集団の中の、お荷物なんでしょう。自覚しています」


 岸本は苦笑して、続けた。


「毎日、思い知らされていますよ。今までの僕は、資本主義という、小賢(こざか)しい人間を優遇するためのインチキなルールに守られていただけで、本当は”無能”だったんだって。何も才能がない、憐れな人間というのは、僕のことだったんです。お金を持っていただけの僕よりも、限られた食材でおいしい料理を作れる元飲食店の方たちや、怪物と戦える力を持っている、元土建屋の人たちの方が、よほどすごい。憧れてますよ」


「……」


「この火守の仕事は、みんなから与えてもらった、僕がここにいていい、数少ない理由の1つ。僕にできることは少ないけれどせめて、できることは全うしたい。そうして、ここのみんなの力になりたいんです。こう思えるのは、きっと僕がまだ、心に希望を持っているからなんでしょう。世界は終わるのかもしれませんが、まだ終わらない可能性だって、残されているはずだって。世界は、これから良くなっていくんだって信じたいんです」


 田中は素直に、感心してしまった。


「……すごいですね、岸本さんは。そんなふうに前向きで、まだ希望を信じていられるなんて。あなたに特別なスキルはなくても、他人よりも強い心があるように、私には思えますよ」


「僕に、他人よりも強い心なんてありませんよ」


 岸本は、田中の肩に手を置いて言った。


「僕みたいな、どうしようもないヤツに言われても仕方ないかもしれませんが……諦めるのはまだ早い。だから今は、田中さんも自分にできることを続けましょう。世界は真っ暗闇でも、たしかに”希望”は、残されているんですから」


「……希望って?」


「子供が信じるような、幼稚な伝説と笑われるかもしれませんけど。たしかにそれは存在していて、この戦乱の世の各地で、実際に何度も目撃されているそうです。そのたびに、奇跡のようなことが起きている」


「?」


「あなたが言うように、このキャンプの人たちの全員が、前向きな気持ちでいるわけじゃないです。少し前まで、僕も田中さんのように、生きる希望を失って、何もかもを投げ出したい気持ちになっていました。けれど、そうじゃない人たちから、ある話しを聞いて、心が少し楽になったんです」


 岸本は照れくさそうに微笑んで言った。


「絶望の夜に光をもたらす者――――()()()()、その伝説です」





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