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14-37 妖精


 原死の剣(アインセイバー)が相手では、自身の防御力などゼロに等しい。


 手にした武器で刃を受けることもできず、着込んだ鎧は、紙細工のように切り裂かれてしまうだろう。防御の役に立たないのなら、鎧などかえって身動きの邪魔になる。ケイは天狼星の鎧を消し、生身でアデルと相対していた。そうして(わず)かながらでも、アデルと対等に動けるようにする。


 手にした赤剣で、容赦なく斬撃を浴びせてくるアデル。

 そして抵抗することもなく、ただ避けて、逃げ回るだけのケイ。


 それは一方的にアデルが有利な戦いだった。


 逃げ回ると言っても、設計者(アーキテクト)であるアデルを前にしては、無傷で済むはずがない。当然のことながら、避けきれなかった攻撃が少しずつケイを傷つけ、切り傷と鮮血を身に刻みつけていく。あらゆるモノに死を与える刃の傷は、ケイの再生能力では癒やせない。いつものように血を止めることができず、出血が続いているため、少し意識がぼやけてきていた。


 集中力が途切れた時が、ゲームオーバーだ――――。


 ケイが追い詰められていくだけの処刑を、空を漂う設計者(アーキテクト)たちや、後方に佇む真王が、見世物として鑑賞している様子だった。優位な立場で、完全にケイを見下し、繰り広げられている無様な姿を愉しんでいるのだろうか。人工知能に嗜虐心(しぎゃくしん)があるのか不明だ。ただ事実として、設計者(アーキテクト)たちの中には、笑みを浮かべている者たちもいた。


 今は、そんなこと気にならない。

 ケイの頭の中にあるのは、目の前のアデルのことだけだ。


 心優しいはずの少女が、まるで殺人マシンに仕立て上げられている。冷ややかな表情で、無言のままケイを切り刻んでくる。その姿を見ていることの方が、ケイの心を激しく掻きなじっていた。いくら名前を呼んで制止しようとも、声など聞こえていないように無視されてしまう。見たくなかったアデルの姿を見せられていると、ツラく悲しい気持ちでいっぱいになった。


 これはおそらく、真王たちが観測する、この文明における最後の戦いなのだ。

 ケイとアデルの決闘。その決着よって、フィナーレが飾られる。

 世界は終わり、リセットが始まるのだ。ただ、その時の到来を待っているのだろう。


 アデルによって無数に斬りつけられ、血まみれになったケイは、ついに限界を迎える。手にした剣を地に突き立て、それに寄りかかるようにして、膝を突いてうなだれた。


 ケイが動きを止めると、アデルの動きも止まる。

 すぐにトドメを刺すつもりはなかったのだろう。

 苦しんでいるケイの姿を、もがく虫ケラのように見つめていた。


 いつでも終わりにできる。

 その状況が作り出されて、ようやく観戦していた真王が口を開いた。


「……他愛のない。所詮は人間。善戦することもできず、これで決着か」


 剣にもたれ、うなだれたまま動けないケイを憐れみ、真王は冷ややかに続けた。


「これで十分に理解できただろう。お前は、ただの実験動物の1匹。個体の能力で、創造主である私に立ち向かえるなど、思い上がりが過ぎていたということだ。これまでお前が為し得た、全ての事象。企業国王(ドミネーター)殺しや、帝国社会の革命は、全て“アデルの力”があってこその出来事だった」


 真王は言いながら、背後からアデルへ歩み寄っていく。


「お前が特別に優れ、選ばれていたからではない。奇跡的な偶然によって、アデルという設計者(アーキテクト)の力を利用することができる立場にあった、運が良かっただけの存在だ。それを取り上げてしまえば見ての通り、1人では何もできない無力な塵芥(ちりあくた)も同然だ」


 真王は、アデルの後ろから腰に手を回し、片手でアデルの胸を乱暴に掴みあげた。掴まれた張りの良い乳房は、ドレスの生地越しに膨れ上がるように盛り上がり、先端の突起の位置が浮かび上がっていた。そうされても、アデルは表情1つ変えない。人形のような態度だ。


 アデルを意のままにしている様子を、真王は見せつけるようにして言った。


「よく見ろ。アデルはもう()()()()だ。お前がいくら欲し焦がれようとも、永遠に手に入りはしない」


 アデルの細い首筋に口づけをする真王。

 一方、ダメージが深いケイは、うなだれたままである。

 すでに真王の話を聞く余力もないのか。

 四条院アキラとの戦いの優位がウソであったかのような、酷いやられぶりだった。


 しばらくの沈黙の後――――――――ケイの口元に不敵な笑みが浮かぶ。


「……?」


 顔を上げず、下を向いたままクツクツと。

 ケイは不気味な笑い声を漏らし始めた。


 真王は怪訝に眉をひそめる。


「……ついに壊れたか」


 そうなっても無理のない状況だ。

 途方もない絶望を前にして、人の精神とは破綻し、狂ってしまうものだ。

 いかに強靱な精神力を持っていたとしても、自暴自棄に陥ることもあるだろう。

 泣くでも叫ぶでもなく、笑うしかないのかもしれない。


「……参ったな。今回ばかりは本当に、勝ち筋がまったく見えない」


 うつむいたまま、ケイは言葉を発した。


「全人類が集まって、束になってかかっても、勝ち目がないだろう強敵集団に。切り札だった、強制オフライン機能も、さっきの戦いで使ってしまって残弾無した。挙げ句……オレが絶対に攻撃できない相手が、最強の剣を持って登場か。どうあがいても、負ける未来しか見えないな」


 顔を持ち上げ、真王とアデルを見やった。

 血みどろの両脚に力を込めて、なんとか立ち上がる。


「なら諦めるのかって? いいや。ここで諦めたら、先輩たちに合わせる顔がない。オレのために、力を貸してくれた、たくさんの人たちに報いられない。なにより……ここでお前のことを諦めてしまったら、オレが、オレ自身のことを許せないよ、アデル……!」


「……」


 呼びかけられたアデルは、何の返事もしない。

 反応をくれない相手であっても、ケイは構わず、懸命に訴えかけた。


「お前は、オレが小さい時から、いつだって一緒にいてくれた。親父と姉さんを失って、独りぼっちになったオレのことを、ずっと励まして、奮い立たせてくれた。憎しみにかられて、怪物たちを殺してまわり、手を血で汚していたオレのことを認め、力を貸してくれた。思えばオレの人生は、ずっとお前に助けられてばかりだよ。家族だとか、恋人だとか。もうそんな言葉だけじゃ片付けられない。いつの間にか、かけがえのないオレの一部になっていたんだ」


 ケイは続けた。


「それなのにオレは、お前のことをないがしろにしてしまったよな。お前は、オレに愛しているとまで言ってくれていたのに。なのにオレは、イリアやジェシカから想いを寄せられて、それで舞い上がってしまっていた。再会しても、お前の気持ちに正面から向き合おうとせず、お前のことを傷つけてしまったんだ。今ならわかる。だからこれは、オレに与えられるべき当然の罰なのかもしれない」


「……」


「今までお前が、オレにずっと片思いしてくれていたように。今度はオレが、お前に片思いし続けるよ。お前がオレを想ってくれたのと同じ、いいや、それ以上に、オレがお前を想い続ける! 記憶がなくなったから何だ! アデルは、アデルじゃないか! オレはお前に振り向いてもらえるまで、何度だって……何度だってやり直す! お前のことを、失ってたまるか!」


 ケイの言葉は、アデルの心には届いていないのだろう。

 熱意あるケイの眼差しに対して、変わらぬ冷ややかな眼差しで見つめ返している。


 現実では奇跡など起きない。

 失われたものが戻ることはなく。

 消された記憶が、再び生じることはないのだ。


 この期に及んで、アデルのことを諦めないと宣言するケイに対して、真王は苛立ちを感じた。


「意気込みだけは大したものだ。だが言葉では何とでも言える。逆を言えば、お前がアデルを諦めないから何だと言うのだ。我々をどうにかできない。アデルを元に戻せないという、この現実は何も覆らないではないか」


「お前の言うとおりだよ、ヴィトス。オレがお前たちに勝つ方法はないし、オレにはアデルを元に戻す方法もない。現実は変えられないよ。けれどそれでも――――()()()()。それがオレの答えだ」


「……意味不明だ。この文明が滅ぶ瀬に立ち、お前が今掲げている虚勢に、いったい何の意味がある。もう良い。勝負はついた。これ以上、お前のような下等生物と話しているのは時間の無駄のようだ。終わりにしよう」


 真王は指を鳴らした。

 すると、背後の虚空から無数の光が生じる。

 満天の星空のように、光点が瞬き始めた。


「お前は私の敵ではあっても、これまでアデルの命を守り抜いた。その功績だけは認め、せめて痛みはなく消滅させてやろう。光線の雨で焼き切ってやる」


 真王は指揮者のように、腕を持ち上げ、それを勢いよくケイへ向かって下す。

 途端、真王の背後にきらめく光点の数々が輝きを増し、熱線を吹き出した。

 対して、傷ついたケイは、もはや回避行動を取ることさえできない。

 ただその場に立っているだけで精一杯だった。


 死んだことにも気付かないだろう。


 文字通りの光速で迫る熱線により、ケイはたやすく焼き貫かれ、絶命するはずだった。

 だが現実は――――そうならなかった。


「!?」


 驚いた顔をしたのは、ケイだけではない。

 真王も同様だった。


 ケイの周囲の虚空から、複数の赤い光が生じた。

 それが、飛来する白熱光線にぶつかり、掻き消した。


 そのまま赤い光は、ケイの周りを巡る衛星のように、周回軌道を取って、次々と飛来するレーザーを打ち消したのである。絶対に避けられないはずだった真王の光線の雨から、ケイは生き延びてしまった。


 何が起きたのか理解できず、唖然としている真王。

 対して、その赤い光の正体に気がついたケイは、思わず苦笑してしまう。


「……そんなにボロボロになって。まだオレと一緒に戦ってくれるのか、原死の剣(アインセイバー)……?」


 赤い光。それはいつしか、真王によって砕かれて以来、召喚することができなくなっていた、壊れた原死の剣(アインセイバー)の破片だった。もはや剣の体裁を成していない、傷ついた姿の魔剣は、生み出された当初の目的を忘れていなかったのだ。


 雨宮ケイを死なせないこと――――。


《――――死んだらもう、壊れかけの私では、生き返らせることはできませんよ、雨宮ケイ》


「……!」


 久しく聞いていなかった、懐かしい声が聞こえた。

 驚いた顔をするケイの目の前に、幻影のように彼女が姿を現した。


 白いワンピースを着た、白銀の髪の少女である。その頭上には、赤い光で形成された、天使の輪のようなものが浮かんでいる。顔はモザイク処理されていて、歪んでいて認識できない。


「君は……剣の妖精!?」


《たしかに以前、私のことは妖精だと思うように言いました。けれど今のあなたは、機人(エルフ)の王や、アトラスの記憶を通じて、もう私の正体について察しがついているはずです》


 指摘されたケイは、間を置いてから応えた。


「…………昔のアデル、その残骸ってところか?」


《ええ。私は旧い時代に失われたはずの存在。そのデータの一部。あなたが知る、今のアデルの(いしずえ)となった存在。そして……かつてはヴィトスを愛したアデルです》


 そう告白する妖精の顔から、モザイクの歪みが晴れていく。

 現れたのは、ケイがよく知る顔。

 今のアデルとは、少しだけ面影が違って見える、もう1人のアデルだった。


原死の剣(アインセイバー)がヴィトスによって破壊されてしまい、私の存在は、著しく弱体化しています。もはや剣に、かつての力は残っていませんし、あなたの戦いに役立つほどの機能は残されていません。こうして残されたエネルギーを用いて具現化しましたが、剣の力で、私の兄弟姉妹、そしてあのヴィトスの幻影を打ち破ることは不可能でしょう。ですが》


「ですが……?」


《まだ望みはあります》


「!?」


《私はもう、あの子のことを諦めようとしていました。ですが、あなたは諦めないと言った。同じ絶望を前にしながら、立ち向かっていこうと思える勇気。あなたのその言葉に、私も賭けてみたくなったんです》


 妖精は、憂いを秘めた笑みで告げた。 




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