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14-33 圧倒


 雨宮ケイの姿が、目の前から忽然と消えた。

 そう思った瞬間、四条院アキラは胴薙(どうな)ぎの一撃を受け、身体を「く」の字に曲げていた。


「ぐぎっ!」


 思わず、無様な声を漏らしてしまう。強い引力に吸い寄せられるよう、後方へ吹き飛ばされ、最寄りのビル壁にクレーターを生じさせ、めりこんだ。


 身体能力を異常強化しているアキラにさえ、視認できない速さ。先ほどまでの、弱っていた時の雨宮ケイの動きとは、別次元である。ついさっきまで全身に負っていた深刻なダメージどころか、失っていた片腕さえも、時間の逆行によって、元に戻っているのだ。


 これが、怪我を負っていない時の。

 万全の時の。本来の時の。

 今現在の雨宮ケイの実力であるというのだろうか。


 ――――自分ごときが(かな)う相手ではない!


 そのおぞましい予感を否定するように、アキラは無傷な自分の肉体を、誇張(こちょう)してわめいた。


「見ろよ! お前の攻撃なんて無駄なんだ! 俺の王冠(ケテル)の権能は、上限なく俺の肉体や装備を強化することができるんだぞ! お前の攻撃なんて、俺には絶対に届かないんだよ! そもそも、企業国王(ドミネーター)を守っている遅効装甲(コラプサー・シールド)だって、そんなただの剣では――――」


「関係ない」


「!?」


 ユラリと揺れる陽炎(かげろう)のように、ケイは剣を手に提げ、アキラの方へ歩み寄っていく。

 フラフラと脚を進めながら、ケイは自問するように尋ね始める。


「シールドに守られているから、傷つけられない?」


 これまでに見せたことのない、薄らと眼光さえ放っているように錯覚させる冷酷な眼差し。


「際限なく自身を強化できるから、王冠をかぶっていない有象無象に勝ち目なんてない?」


 全身から発しているのは、血に飢えた獣を思わせる、殺意に溢れた気配だ。


企業国王(ドミネーター)なんて連中は、どいつもこいつも傲慢(ごうまん)だな。自分のことを無敵だと思って、他のヤツを見下してくる。たしかにお前たちは、無敵に等しい力を持っているんだろう。けれど、たったそれだけのことだ。今さら、そんな()()()()()で、オレが戦いを投げ出すなんて思っているのか? 逃げ出すとでも思っているのか? 力の差なんて関係ないんだよ。オレと戦った企業国王(ドミネーター)は、全員、無敵の玉座から引きずり下ろしてやったぞ」


 明確な恐怖。


 心の底にアキラが抱いた感情を見透かしたように、ケイは宣告する。


「どうやってそれを為し得てきたのか、見せてやる」


 まるで防衛反応のように、アキラは無意識に、自身の肉体強化段階を上げていた。そうすることで、かろうじて雨宮ケイの速度に対応できる身体能力を有することができた。一瞬で姿を消すほどに速いケイの移動を、ギリギリ視界の(すみ)に留め、繰り出される攻撃に対応してみせる。


 先ほどのように、不意打ちで一撃を浴びせられる無様は回避できた。

 ケイの剣を、自身の剣で受け止めることができた。


 だが、それはかろうじて。

 何とか追いつけただけに過ぎない。


「バカな……! 雨宮ケイの身体強化の魔術は、俺の王冠(ケテル)と同等の強化能力があるとでも言うのか?!」


 次々に繰り出されるケイの斬撃を受け止めながら、アキラは必死に思考を巡らせていた。


「いや、違う……! ヤツの肉体は、機人(エルフ)の骨格と、獣人(ラース)の血が混じる、特別製。そもそもの基礎身体能力が、人間の域を超えているんだ。それを強化しているからこそ、今の俺と同格の域に達しているわけか……!」


 ならば、アキラのすることは決まっている。


 今よりもさらに高見へ。さらなる肉体強化を自らに(ほどこ)せば、怨敵(おんてき)の身体能力を凌駕(りょうが)できる。相手が修行や努力によって、生涯をかけて上り詰めた高見を、たやすく見下す位置へ自らを持ち上げることができる権能こそが、アキラの戴く王冠(ケテル)の力なのだ。


 万人を見下ろす高揚。

 際限のない、高見への昇華。

 その優越こそが、淫乱卿(いんらんきょう)を名乗る企業国王(ドミネーター)に与えられた愉悦。

 

 ――――だが、実際には“際限がない”というわけではない。


「くそ……!」


 ケイと刃を交えながら、アキラは余裕のない表情で毒づく。


 アキラの王冠は、権能の使用者へ無限の力を供給してくれる。

 だが、その力を受け取る肉体(うつわ)の方には限界があった。


 筋肉や骨格を強化し、反射神経や、脳の情報処理速度を強化し続けたとしても。それらのハードウェアを制御しているのは、アキラの意識というソフトウェアだ。認識能力の限界を超えて、あまりにも速く動き回る自身の肉体は、制御しきれない。レーシングカーに素人の運転手を乗せても、その力の真価を発揮しきれないのと同じだ。


 王冠は、物質を強化できても、精神を強化することはできない。

 それが弱点であると、これまでは考えたことすらなかった。

 雨宮ケイという存在を相手にすると、些細なことが、たちまち致命的になってしまう。


 鬼気迫る形相のケイ。繰り出す斬撃の1つ1つが、刃越しに受け止めているアキラの手首を、壊すのではないかと思わせるほどの重さがある。まるで巨大な壁がアキラに迫り、押し潰そうとしてくるかのような威圧感だ。いつしかアキラの表情は青ざめ、心にはケイに対する怯えが育っていた。


「ひっ!」


 受け止めきれなかったケイの一撃が、アキラの頬を叩く。シールドに守られているため、致命傷を受けることもなく、痛みもない、だが衝撃によって、アキラの身体は投げ出されたように吹き飛ばされた。再び最寄りのビルの壁面にめり込んだアキラへ、ケイは容赦ない追撃をしかける。たちまち距離を詰めて、壁面に埋もれたままのアキラを、滅多打ちに剣で斬りつけてきた。


 シールドによって守られ、致命傷を受けることはないといえ、恐ろしい死の騎士の斬撃を無数に浴びせられる光景は、アキラの理性を突き崩すには十分な恐怖を与えてくる。


「ひっ! ひぃぃ! うわあああ!」


 情けない悲鳴をあげてしまった。

 だが止められない。


 そこでケイは、手にした剣の、特殊機能を発動する。


「――――強制オフライン」


 それはかつて、設計者(アーキテクト)マティアとの戦いで発現させた、リーゼの剣に秘められた機能だ。周囲一帯のEDEN(ネットワーク)網を短時間だけ無力化することで、EDEN(ネットワーク)を通じて発現する、あらゆる力を使用不可能にすることができる。強制オフラインと呼ばれるその機能は、元々、機人(エルフ)の女王の全知眼に秘められていたものだ。


 アキラの頭上に輝いていた、ホログラムの王冠(ケテル)

 それにノイズが走ったと思った直後、消失してしまう。

 自身の身体能力が元に戻ったことで、アキラはその異変に気がついた。


「どうして、俺の王冠(ケテル)が消え――――」


「これが、お前に勝つために、オレが用意してきた秘策。周囲一帯の、EDEN(ネットワーク)由来の能力を無効化した。使用するためにはエネルギーの充填が必要みたいで、1回使うとしばらく使えない。ここぞというタイミングで使うつもりだったけど、今がベストだろ」


 言いながらケイは、壁にめり込んだままのアキラの首筋に、剣の刃を押し当てる。

 シールドも無効化されているようで、アキラの首筋から血が流れた。


「ウソだ! シールドが、消えてるのか!?」


「今なら、お前を殺せるぞ」


「ひいっ! 待て! 殺さないで! 殺さないでくれ!」


 みっともなく命乞いをしてくるアキラ。

 完全に戦意を喪失してしまっていた。


 自身の力ではなく、王冠(ケテル)に頼った戦いをしてきた結果だろう。それを奪われてしまえば、もはや勇気も力もない。弱々しく情けない男に成り下がってしまっている。


 ――――アキラとケイの間に、割り込んでくる少女がいた。


「お待ちください、ケイ様!」


 緑髪の少女。アキラの配下、エリーゼ・シュバルツである。

 一時期はアルテミアに与して、ケイを拉致誘拐し、2年という時間を奪った因縁の相手だ。


「私は、貴方や、ご友人方にひどいことをしてきました。私のことは、お嫌いでしょう。それは重々、承知しております。ですが……このようなことをお願いできる資格はないと、承知の上でお願いいたします。どうか……どうかアキラ様を、お見逃しください」


「エリー……」


「その代わり、私の身はいかようにしていただいて構いませんから」


 怯えているアキラを(かば)うように抱きしめ、エリーは懸命に頼み込んできていた。


 以前から、ケイにとっては不思議だった。

 なぜエリーは、四条院アキラのために、そこまで献身的なのだろうか。

 なぜそうまでして、情けない醜態をさらしている男を庇えるのか。

 愛しているからという言葉では、どこか説明が足りない。

 奇妙にさえ感じてしまう。


 ただ事実なのは、ケイは今、2人の因縁ある敵の、生殺与奪を握ったということである。




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