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14-22 師弟



 黄昏(たそがれ)

 夜の訪れを実感する、空の色。

 山の向こうへ沈みつつある夕焼けを、見送るように眺め続けていた。


 個室病棟のベッド。サイラス・シュバルツは上体を起こし、腹部から下にはシーツをかけていた。体中に、血が(にじ)んだ包帯とガーゼだらけ。点滴を受けるため、(あら)わになっている腕には、大小様々、新旧様々な傷跡だらけである。普段は絶やさぬように心がけている微笑みも、今は消え去り、真顔だった。その眼差しには、寂しさがうかがえた。


 胸に去来しているのは、強い悔恨(かいこん)の念――――。


 雨宮ケイや設計者(アーキテクト)に敗北し、再生医療装置から出られたのは、つい昨日のことだ。強敵たちに勝利できなかったことばかりを悔やんでいるのではない。主君の大事な場面で、傍にいられなかった不甲斐なさ。自身が不在の間に、大きく激変した世界の有様。暗澹(あんたん)たる思いにさせられる現実は数多くある。だが、心底から悔やんでいるのが、それらのことではないことにも気付いていた。


 それは大戦の最中、予期せず生まれた、この(いとま)のおかげだったのだろう。


 ふと、病室の扉がノックされる。

 それは予期せぬ来訪者というわけではない。

 近づいてくる者の気配には、とっくに気がついていた。


「邪魔するぜ」


 サイラスの返事を聞くこともせず、勝手に入室してきたのは、着物姿の男だ。口ひげを生やした、赤いザンバラ髪の中年。不健康そうに頬が()けた、顔色の悪い男である。その腰には、刀を帯びている。


 サイラスは、その男が誰であるのかをよく知っている。


「……アイゼン殿」


 かつて、幼いサイラスを拾い、育て、戦士にしてくれた恩師。相変わらずの愛想がない態度で、挨拶すら返さない。サイラスに歩み寄ることもせず、病室の入り口を塞ぐように、腕組みをして扉へ寄りかかった。仏頂面で、じっと視線を送りつけてくるだけである。


「……この病院は、アルテミア様の私有地。敷地内には、警備の騎士たちが配備されていて、普通なら容易に入ってこられないのですが」


「警備? そんな、たいそうな仕事が務まりそうな腕前のヤツは、1人もいなかったぞ?」


「やはり……全員、たたき伏せてこられましたか」


「殺しちゃいないんだ。ありがたく思いな」


 悪びれもせず、感謝を求めてくる。

 よく知る、アイゼンの横柄な態度を見て、サイラスは無意識に、苦笑を浮かべてしまった。


「天下の剣聖様が、満身創痍(まんしんそうい)で病院のベッドか。肩書きには似つかわしくねえ、派手なやられっぷりじゃねえか」


 ぶっきらぼうに、アイゼンは皮肉してくる。


設計者(アーキテクト)とかいうヤツにやられたんだったか?」


「……最近は、あなたの2番弟子に敗北するだけでは済まず、負けが続いていますよ。そろそろ、剣聖などという身の丈に合わない称号は、返上するべきかもしれません」


「そうだな。そんな腕前で名乗るのは、少しばかり恥に感じるべきだろう」


「……」


 容赦がない師の言い分に、サイラスは口をつぐんでしまう。


「それで。本日はどのようなご用件でしょう。弱った不出来な弟子を、斬り捨てにこられましたか」


「今のお前に、斬るほどの価値があると思うか?」


「……いいえ」


「わかっているじゃねえか」


 サイラスは自嘲して言う。


「あなたの元を離れてから、自身よりも勝る天賦の才と、カリスマを持った小娘に憧れ、自身の剣と夢を託した。帝国の世を正したいのだという理想に溺れ、そして何もかも上手くいかず、今はこうして傷つき、何もできずにいるのです。あなたからすれば、私の人生など、さぞかし馬鹿らしいものに見えるのでしょうね。笑っていただいて、構いませんよ」


 そう言われたアイゼンは、真顔で応えた。


「馬鹿になんか、しちゃいねえよ。何かを信じ、それに賭けた。お前がやったことなんざ、この世に生まれた誰もがやってる、くだらねえ、他愛もないことじゃないか。それを罰することができるヤツなんざいるか?」


 予期せず、いつも辛辣(しんらつ)な物言いをする師が、認めてくれた。

 肯定されたことに、サイラスは驚いた。


 だが、それに喜びを感じることはなかった。

 自らの生き方を、サイラス自身が、正しいと思っていないからだ。


「私は夢のために……実の娘であるエリーゼの殺害を許可しました」


 それが、サイラスの背負っている最大の罪悪感である。


「四条院アキラを守るために、アルテミア様の真王暗殺計画を、勝手な判断で破綻させようとしたからです。私の命令に背き、私の願いを消し去ろうとした。あの子は選んだのですよ。父親よりも、愛する男の方を。あの時点で、親子の縁は途絶えたのだと悟りました」


 初めてサイラスが他人に話す、後悔。

 それを聞かされたアイゼンは、耳をほじりながら、面倒そうに言った。


「俺のバカ弟子どもは、どいつも融通の利かない頑固な性格だが、義理とスジだけは、死んでも通す連中だ」


「……」


「自らの野望のために、お前が娘を見捨てるような薄情者だってのは、どうにも納得がいかなかった。だから確かめるために、カリフォルニアくんだりまで出向いて刃を交えてやった。それで安心したよ。お前の剣は、まだ腐っちゃいなかったぜ」


「……それは、褒めていただいているのでしょうか?」


「調子に乗るな。褒めてなんかいねえよ。大人げないと思ってるだけだ。まったくガキの頃から変わらねえ、女々(めめ)しい根性の小僧だ。何のことはない。お前は娘を捨てたんじゃねえ。お前の方が()()()()()()()。そう思ってたわけだな」


 カリフォルニアで刃を交えた時から、見透かされていたのだろう。

 サイラスの剣に、わずかな迷いと戸惑いがあることに、アイゼンは気付いたのだ。


 ――――師には敵わない。


 いくつになっても、サイラスから見たアイゼンは大きく見える。

 いくつになっても、勝てると思えたことは1度もない。

 それは剣の腕だけではなく、人としての格すら、師の方が上であると思わされるからだ。


「娘に会ってやれ」


「……娘を殺せと命じた男です。今さら、どの顔を下げて会えると?」


「お前のメンツのことなんざ知るかよ。どうでも良い。ただお前は甲斐性無しでも、この世でたった1人、あの子の“父親”だ。父親には、父親が成すべき使命があるだろう。それは……俺では変わってやることができんことだ」


「……」


「夢や命より、大事なものはある。ここしばらく忘れかけていたようだが、もう思い出せているはずだぞ。お互い、長い付き合いなんだ。目を見りゃ、それくらいわかる」


 不出来な弟子を、殺しに来たのではない。

 不出来な弟子を、生き返らせようとしている。

 そのために、アイゼンはここへ来たのだと、ようやくわかった気がした。


「四条院アキラと、雨宮ケイの衝突は、もはや避けられんだろう。アルトローゼ王国は、地獄絵図になるだろうな。俺の見立てでは、おそらく五分五分の戦いだ。たとえ勝敗がどうなろうと、あの子は愛した男と添い遂げる覚悟だ」


「……」


「たしかに最近は、若い奴等の中から、頭角(とうかく)のある連中がゴロゴロ出てきてやがる。時代がまた、次の世代に移っていこうとしているのを感じるよ。歳ばかり食ってると、無駄に()け込みたくもなる。戦鬼が戦場にいる時代は、とっくの昔に終わった。だがな、今はお前たちの時代だろ。いつまでも、クソガキどもにデカいツラさせておいて、大人が舐められていて良い場合じゃないだろ」


 アイゼンは、サイラスへ背を向ける。

 病室を出て行くつもりなのだろう。

 ドアノブに手をかけたまま、振り向かずに告げた。


「――――まだお前の時代は終わっちゃいないんだぜ、()()よ?」


 赤髪の男は部屋を出て行った。


 1人残されたサイラスは、ベッドの上で沈黙していた。

 夕日が沈み、明かりを点けていない室内は暗くなる。

 だが暗闇の中で、サイラスの眼差しだけは強く、眼光を帯びていた。


「ありがとうございます、師匠」


 謝意を口にして、サイラスは傍らに置かれていた刀を手に取り、立ち上がった。




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