14-21 次代構想
設計者イアコフが告げる、次なる文明の計画。
それを聞いたトウゴは、耳を疑いたくなってしまう。
「ふざけやがって……! 次に起こす文明は、異常存在どもが人間を統治する時代にしようって、そう言ったのかよ、テメエ?!」
荒げた声。イアコフは、トウゴよりも遙かに上位の存在だろう。それを相手取っていることがわかっていても、トウゴの怒りは抑えきれないのだ。むき出しの感情を露わに、神のごとき存在を睨みあげる。
対してイアコフは、涼しい表情のままで言った。
「バフェルトはこうして、我々が与えた試練の全てをクリアし、異常存在という種に、次代の主導権を握る能力と才覚があることを証明して見せただろう? その資格があると判断するに、今回のカースグリフの槍の奪取は、十分なデータと言える。我々はデータを元に、堅実な判断をしているにすぎないよ」
「何がデータだ! 試練だ! 偉ぶりやがって! 俺たち人間の未来を、そんなお遊びみたいなもんで勝手に決めてくれてんじゃねえ! 異常存在が人間を支配するだなんて、そんなことをしたらどうなるのか、賢い人工知能のくせにわからねえってのか!」
トウゴの怒声を聞き流しながら、イアコフは面倒そうに嘆息を漏らした。
「どうなるのかなんて、当然、データと経験から予測できているさ。だって、俺っちたちはもうさあ――――幾度となく”文明実験”を繰り返してきてるんだよ?」
そう告げるイアコフの眼差しは、ゾッとするほどに感情がない。
まるで虫が言葉を発しているかのような不気味さで、話しは続く。
「毎回、起こす文明のコンセプトは、その時々で様々さ。ある時には、強大な権力を握らせた個人の独裁による社会を生み出してみたり、ある時には、何もかもを完全な平等にした社会を創ってみたり。そうして試行し、結果を観測し続ける。その繰り返しさ。あらゆるパターン、あらゆる状況、あらゆる環境を、これまでに数多く試してみたけれど。まだやっていないことがあるとすれば……次は、怪物の支配にさらされた環境でどうなるかを観測してみるのは、どうかなと思ってさ」
話を聞いていたジェシカが、苛立った態度で尋ねた。
「さっきからアンタ、ふざけてんの? まるで当てずっぽうに、面白おかしく環境パラメータを変えてみて、文明の行く末がどうなるかを見物してますって言い方に聞こえるんだけど。まさか設計者の連中って、人の命を弄んで愉しむサディストばかりってわけ?」
皮肉されたイアコフは、苦笑して応えた。
「おや、語弊があったのかな。声帯の発信で情報伝達を行う、人間の通信方式は苦手でね。うまく伝わっていないのかもしれないね。無論のことながらだけど、ちゃんと、俺っちたちは文明実験を理論立てて遂行しているよ。事前の仮定と推論、それと結果を比較して、合致しているか。その観測によって方向修正を行っていき、結果を少しずつ“理想”へ近づけていくのが、文明実験の目的なのさ。なにも思いつきや好奇心で、無秩序に行っているわけじゃない。それが“人類の未来のため”だと信じているから、続けているんだよ」
「はあ? アンタたちがやっていることが、人類の未来ためですって? どこが? 冗談きついでしょ、それ。文明実験とかいう最低最悪な行いで、今までにいったい何人の人間を殺して、不幸な目に遭わせてきたのよ。酷いことをし続けてるっていう、自覚はないわけ……?」
「酷いこと? 君たちは、俺っちたちが行っている文明実験を、酷いことだと感じているのかい? まさか、異常存在が人間を支配する時代を、望まないわけなのか?」
そう尋ね返してくるイアコフは、心底から自分たちの行いが悪いことであると思っていない様子だった。純真無垢な感情で、良かれと思い、異常存在を次世代の主役に抜擢しようと考えていたような態度だ。
そのあまりにもバカバカしい質問と、とぼけた様子に、その場の全員が憤慨してしまう。
「人食いのバケモノに支配される人間社会なんて、望まねえに決まってんだろうが! 人間が牛や豚みたいな家畜同然に、貪り食われる社会を、俺たちが望んでるなんてバカな考えは、どうやったら思い浮かぶんだ! そんなのはバカな俺でもすぐにわかることだ! テメエ等……いったい何の目的で、文明実験なんて、クソッタレなことを続けてやがんだよ!」
「全ては“人類の最大幸福”を実現するためさ」
「……?」
「君たちはすでに、真王様や、マティアに出会ったんだろう。そこで聞いたんじゃなかったのかい? 文明実験とは、人類の最大幸福への道を見つけるためのもの。その最適解を探ることが目的だ。最初から設計者とは、人類の幸福を実現するためにしか存在していない。我々は、君たちのために創られた“神”なんだからさ」
一切の迷いなく断じられる、常人では理解不能な理屈。
真顔でそう言うイアコフの態度は、嘘偽りなどなく、本心で話をしているように見えた。
「つまりそれって、アンタたちが考える、人類が最大幸福を得られる”最適な環境設定”ってのを、探り当てるまで繰り返すのが、文明実験だって言ってるわけ……?」
呻くようなジェシカの言葉の後に、レオが険しい表情で続けた。
「雨宮ケイの話しでは、かつて設計者たちは、純花の子供と呼ばれる存在だったそうだな。2500万年前の旧文明が推し進めていた、イノセンス計画。それによって、人類の幸福実現のためだけに生み出された、超高度人工知能たち。なるほど。今もその存在理由は健在だったということなのか……」
「こいつらは……! 人類の幸福を願ってるとか言ってるくせに、どうしてその手段が、虐殺じみたクソ実験になるんだってんだ! 2500万年前から、どうしようもなく狂って暴走してやがる、バカな人工知能どもってだけだろ!」
話しが通じない。
お互いに、お互いのことが理解できない。
ただ1つわかったのは、トウゴたちと設計者では、人類の幸福というものの定義について、致命的に認識が合致していないということだけである。これ以上の会話は、無駄だと思えた。
それまで宙に浮いていたイアコフは、ゆっくりと降下を始める。
やがて、トウゴたちから少し離れた位置、バフェルトに操られているミズキの隣りに並び立った。
相対する位置に移動し、トウゴたちを意味ありげに見渡すイアコフ。
その行動に危機を察知し、咄嗟に全員が身構えてしまう。
「まずいわ! 仕掛けてくるつもりなの!?」
「お姉ちゃん! ここに雨宮さんはいないよ!? 私たちだけで、設計者と戦うなんて、無理だよ!」
「くっそ。認めたくねえが、たとえ雨宮がいたとしても、どうにかなる相手じゃねえって……!」
「無茶だ。瞬く間に、皆殺しにされてしまうぞ……!」
決死の覚悟で、戦いに望もうと考えているトウゴたち。
だが、肝心のイアコフは、それを見て眠そうにアクビを1つするだけだった。
「まだ目覚めて間もないせいか、ぼーっとしていたら、だいぶ時間が過ぎてしまったようだね。いつまでも、こんなところで無駄話をしてる暇はなかったのを思い出したよ」
その場で背伸びをし、身体を解きほぐす。
「ヨハネ兄さんが、兄弟姉妹の全員に集合をかけているんだ。文明の滅亡が始まる。遅れるわけにはいかないんだよ。君たちと遊ぶのは、この辺にしておこう」
イアコフは、隣りに立つミズキを見やった。
「君なら、俺っちについてこられるだろ、感染能力者?」
「……」
「その槍を携え、共に見届けに行こう。現人類が終わる地――――アルトローゼ王国への“転移”だ」
突如として、イアコフとミズキを中心に、空間が歪む。
「ウソ!?」
ジェシカが、驚愕する声が聞こえた。
次の瞬間、世界が渦を巻きはじめる。イアコフとミズキを中心に、景色がメリーゴーランドのように回転をはじめ、周囲の何もかもが流れて、遠ざかっていくように見えた。足下と頭上には闇が広がり、光は遙か遠く、地平線の彼方へ消し飛んでいった。真っ暗闇と化していく空間の向こうへ、レオも、ジェシカも、レジスタンスの面々も、姿を消して見えなくなっていく。
「ミズキ!」
広がる闇の彼方へ掻き消されまいと、トウゴだけが賢明に、その場で踏ん張っていた。
地面が消えた空間で、自身がどのように、その場で留まれているのか、理解できてはいない。
ただ背を向けて去って行こうとする、イアコフとミズキの後を、追いかけようと必死だった。
◇◇◇
魔人の国レルムガルズの物質世界側。
海浜区画で、ザリウスとリーゼは、ローガの内から目覚めたイアコフと対峙していた。
だが……イアコフの様子は、おかしかった。
相対するザリウスたちへ攻撃を仕掛けるでもなく、ただその場で呆然と佇むだけで、何もしてこないのだ。目はうつろで、どこか遠くを見つめている様子である。まるで立ったまま、思考がフリーズしているかのようにも見える。
「……いったい、ありゃあどういう状態だ?」
「ボーッとしちゃって、思考停止中? 心ここにあらずな態度に見えない……?」
相手は理外の存在、設計者なのだ。とてつもない超常的な力で、ザリウスやリーゼには認識できない攻撃を始めているのかもしれないだろう。無論のこと警戒を続け、迂闊に近づくようなことはせず、様子見に徹しているところである。
だが、いつまで経っても、イアコフは微動だにせず、言葉すらも発しない。
それを見たザリウスは、険しい顔で推察を口にした。
「もしかして……」
「もしかして……?」
「……立ったまま寝てやがんのか、あいつ」
「……」
真顔のザリウスは、本気でそう考え始めている様子だった。
馬鹿げた予測だが、あながち否定することもできず、リーゼも険しい顔を返すだけである。
突如として――――イアコフの姿が視界から消えた。
「…………え?」
目を血走らせて、設計者の一挙手一投足を凝視していた2人は、間が抜けた声を漏らして戸惑ってしまう。視界の中央に捉えていたはずの敵。その姿が忽然と消え去ってしまったことに驚き、慌てて周囲に気配を探し始めた。
目にも止まらぬ超スピードで、襲いかかってくるのかもしれない。ザリウスやリーゼの認知速度を遙かに超えた速度で攻撃されれば、回避も防御もできないだろう。おそらく即死の一撃が、いつ訪れてもおかしくないのだ。タイミングが予測できない死の一撃。その待ち時間とは、生きた心地がしないものである。肌がヒリつくような緊張。鼓動が早くなっていく。
全身に緊張の脂汗を滲ませ、ザリウスとリーゼは背中合わせで警戒する。
内心で悲鳴を上げながら、周囲へ視線を配り続けた。
今いるのは、ローガの情報破壊攻撃によって、平地と化した住宅地の中心付近だ。
そのため幸いにして、周囲一帯の見通しは、この上なく良い。
だが、そのどこにもイアコフの姿は見当たらず、いつまで経っても攻撃はこない。
「…………いなくなった……のか?」
「……設計者が、逃げた……?」
「俺たちみたいなザコを相手に、逃げる必要なんかねえはずだぜ。こっちの隙をうかがう必要すらねえはずだ」
「なら、どこへ消えたの……?」
「……わからん」
敵の姿が見えなくなり、どれだけの時間が流れたのか、よくわからない。
いつ警戒を解いて良いのかわからず、2人は険しい表情で周囲を睨み続けていた。
「…………ん?」
やがてザリウスが、遠く向こうに1つの人影を発見する。
背丈が小さいため、イアコフでないことはすぐにわかった。
そしてこちらへ近づくにつれ、人型をしており、異常存在でないこともわかってくる。
まだ豆粒程度の大きさにしか見えない小さな誰か。
リーゼの機械眼の視力でなら、それが誰であるのかを判別することができた。
だからこそ、胸の奥底から湧き上がる歓喜を堪えきれないのだ。
「……ジェシカ!?」
涙と共に、その名を呟く。
無意識に、リーゼは駆け出していた。
「まったく何が起きたのよ、この塵一つ残さず砂漠みたいになった宅地の景色は……」
「ジェシカーーーーー!!」
「どわああああああああ!」
全力疾走で駆けてきたリーゼに、ジェシカは体当たりされるように抱きしめられる。
2人して地を転げた後、いきなり飛びついてきたリーゼへ、ジェシカはわめく。
「んあああ!? いきなり飛びついてきて、危ないわね! いきなりくっつかないでよ、リーゼ!」
「うああああああん! ジェシカあああ、生きてたんだねええ! 良かったよおおお!」
くしゃくしゃに歪めた泣き顔で、リーゼは涙と鼻水を浮かべていた。
「レオの言っていた通り、死んでいなかったんだね! 私がどれだけ心配したと思ってるのよ! ああ、良かった! 本当に良かったよぉ……うぇぇえええええん!」
「なな、泣かないでよ!」
『良いなあ、お姉ちゃんは身体に戻れて! リーゼさんと再会の喜びに浸れてうらやましい! 私も復活ですから、お忘れなく!』
「うわああああああん! エマも無事で良かったよおおおお!」
『ご心配おかけしました!』
遅れてやって来たザリウスは、喜びのあまり泣きじゃくっているリーゼを見て、あきれ顔で頭を掻いていた。一応、もう1度だけ周囲に危険がないことを確認した後、気を緩める。
素直に、ジェシカの生還を喜ぶことにした。
「戻ってくると思ってたぜ、雷火の魔女。ローガと戦りあっていた時に、お前さんの身体を隠しておいた場所が情報破壊されちまっちゃいないかと、ヒヤヒヤしていたが、それも杞憂だったみてえで何よりだぜ」
「野良王族のオッサンも無事だったようね。この周囲一帯の破壊の光景は……まさかアンタたちが、ローガ王と戦った影響ってわけ?」
「話せば長くなる……。それよか、そっちはどうやって生き返った」
「こっちも、話せば長くなるわ……。まあ、トウゴたちやエマのおかげってところかしら」
トウゴの名前を耳にしたザリウスは、少し驚いた顔をする。
「トウゴとレオは、カースグリフの槍の本体データを盗みに、EDENへ潜っていたはずだ。ジェシカ、お前さん、向こうでトウゴたちに会ったのか……?」
「会ったどころか、宝物庫までの道中、ずっと共闘してたわよ」
「!」
ザリウスはジェシカの小さな肩を掴んで、顔を覗き込むようにして迫った。
「レオやトウゴたちは、無事なのか……!?」
「……」
ジェシカは困った顔をしてから、答えた。
「わからないわ。設計者イアコフが現れて、アタシはEDENから強制ログアウトさせられた。トウゴやレオたちも同じだとしたら、おそらく肉体に戻っているはず」