14-12 バロール混戦
勇者クリスと、雷斧のエリオット。強者2人が高速で駆け、その軌道は交錯する。交点で、双方の刃を同時に受けた甲冑の男は、身体から火花を散らせる。だがそれだけ。ダメージを受けた様子はなく、平然と立っていた。
装甲を斧で打った腕がしびれている。
自身の手を見下ろしながら、エリオットが叫ぶ。
「あんの野郎の鎧、なんて硬いんだ! タフすぎるだろ!」
「強化魔術のプロフェッショナルだ。金属の”硬質化”の魔術。そして同時に身体も強化。これが噂の”要塞騎士”ってヤツか」
クリスの全身のあちこちから、血が滲む。まだ設計者戦の傷が塞がっておらず、力んだことで、傷が開いたのだ。振るえる手のひらを見下ろしながら、クリスは毒づいた。
「クッ……手首に力が入りにくい。この怪我さえなければ、あのハリボテみたいな装甲にだって通る攻撃を、撃てただろうに……!」
「どうしたよ、クリス。勇者様が言い訳に、無い物ねだりか? ダサくないか」
「バカ言え。弱音を吐いてる時ですら、俺はかっこいいんだよ。イケメンだからな」
いくら刃を浴びせられても、傷1つつかない紫色の甲冑。それで全身を覆った、厳つくて大きい体躯の男。リアム・リンデルは、身の丈以上あるスピアを片手で軽々と振り回す。
――――巨体から繰り出されるとは思えないほどに、動きが速い。
クリスとエリオットの2人を、まとめて薙ぎ払うように繰り出された一撃。回避する時間がなかった。斧と剣を構え、2人がかりで大きなスピアの刃を受け止める。しかし、その勢いを殺すことはできず、スピアの振りに引きずられるようにして、踏ん張った足が地面を滑った。
「おまけに、見た目通りの馬鹿力かよ……!」
「ケイとは、また違った重みを持った一撃だね……!」
「この人間戦車みてえな野郎をぶち抜くには、火力がいるぞ!」
「同感。これまでにも、硬いヤツを仕留めたことはあるんだ。対処法はわかってる。柔らかい中身ごと、外からの衝撃で揺らしてやるか、貫くかだ。……ローラ! そろそろ、いけるか!」
「はい!」
後衛に控えていたローラが、ちょうど大きな魔術の現象理論を構築し終えた。クリスとエリオットが足止めしてくれた大男の隙を逃さず、解き放つ。
「収束炸炎砲――――!!」
得意な炎の魔術の応用。一点を貫通して突破するため、火を長槍のような形状に収束させ、大型弩砲の矢のように撃ち出した。着弾すれば、戦車装甲を撃ち抜く成形炸薬弾のように作用する構造になっている。
クリスとエリオットに気を取られていた要塞騎士は、その魔術を避けるのが間に合わない。地面にめり込むほどに重たい大盾を持ち上げ、それで自身の前面を庇う。直後、ローラの魔術の衝突と共に、地面を揺らすほどの衝撃が生じる。まばゆい閃光と熱。目の前で炸裂する火炎を押し戻すように、要塞騎士はその場で踏みとどまった。
要塞騎士の大盾は、魔術によって貫かれることはなかった。
「くっそ。ローラのあの一発に耐える装甲とは、頑丈な盾だぜ」
「いや。でも効かなかったわけじゃなさそうだ。ちゃんと盾を削れている」
大盾の、魔術が衝突した部位。そこがクレーター状に抉れ、中心は赤熱化している。白煙を立ち上らせている盾の様子を見るなり、クリスはニヤリと笑んで考察を口にした。
「盾で身を守ったってことは、まともに喰らえば、あの鎧を貫かれると判断したってことだろ。つまり、あの盾は、ヤツが着ている鎧よりも硬い。だから、その防御力に頼ったってことだ。その硬い盾に、ローラの魔術は効いている」
「何度か今のを浴びせていれば、そのうち盾がぶっ壊れて、最後に直撃させれば殺れるってことか。何発当てりゃ良い」
「さあね。見たところ、盾を壊すのにもう1発。アイツを仕留めるのに1発かな」
「あと2回も、ローラに魔術を当てさせろってのかよ。前衛でヘイト稼ぐのも大変な野郎だってのに。骨が折れそうだ」
「相手も手練れ。1発目と同じ作戦では、直撃してはくれないだろうね」
「ますます厄介じゃないかよ」
「文句言うなよ。ローラを見ろよ。空気を読んで、次の一発の現象理論を構築し始めてくれているだろ」
女の声が割り込んでくる。
「――――あんたたち、敵が”2人”だってこと、忘れてない?」
頭上から殺気を感じた。
クリスとエリオットは咄嗟に跳躍して、その場から後退した。
一瞬の後、2人が立っていた場所には、巨大な日本刀が振り下ろされている。
アスファルトの地面を容易く切り裂き、そこから白煙を立ち上らせていた。
「……宵闇のユエ!」
軽装の少女だ。黒い着物姿。そして黒い長髪。大振りな日本刀を手に提げている、痩せ気味の、不健康そうな顔立ちである。
「異能装具の刀を持たせた、レベル4の異常存在を召喚する女だと聞いていたけれど……それとはどうも、様相が違って見えるね」
見たところユエは、噂に聞く、異能装具の刀は手にしているようだが、異常存在らしき怪物を召喚している様子はない。ただ、女の細腕で扱うには大きすぎる大太刀を手に、殺意と軽蔑に満ちた、細い眼差しを向けてくるだけである。
「よく見ろ、クリス。あの女、どうやらちゃんと異常存在を”召喚”してるみたいだぜ」
「……!」
エリオットに言われ、クリスは遅れて気がついた。
よく見てみれば、刀を手にしているユエの腕には違和感がある。
腕の周囲に、黒い霧のような何かがまとわりついているのだ。
その霧は、異形の生物の、腕のような形状にも見えた。
クリスは理解した。
「……彼女は、異常存在を身体に”纏っている”のか……!」
「そんなことができるヤツもいるとは、世界はまだまだ広い。おおよそ、あの女の身体を依代にして、異常存在の力を宿してるってところじゃないのか?」
召喚魔術は基本的に、所定の場所から、目標の場所へと、物質を転移させる魔術である。その進化版を編み出したとでも言うのだろうか。ユエは自分に”上書き”するようにして、異常存在を召喚しているように思えた。
「虚凪ぎ――――!!」
ユエは、居合い切りの動作で虚空を薙ぐ。刀から生じた横一閃の衝撃波が飛来し、クリスとエリオットは、高く跳躍して回避するしかなかった。その反応こそ、ユエの狙い通りである。
「そこじゃ逃げられないでしょ! 串刺しよ!」
ユエが左腕を天へ突き上げるような動作をすると、それに連動して、アスファルトの地面が隆起して、クリスとエリオットを穿つ岩の槍が無数に突き出てきた。
「この程度で、”勇者”と”雷斧”を殺れると思うなよ!」
エリオットは雷をまとった斧を振り下ろし、眼下に広がる岩の槍を砕き、弾き飛ばした。
難なく着地する勇者たちを睨み、ユエは舌打ちをした。
「……衝撃波と、岩の槍。まるで2つの魔術を使っているように見える」
クリスは考察する。
殺し合っている敵が、懇切丁寧に自分の能力を説明してくれることなど滅多にない。これらは全て、クリスたちの推察でしかない。だが戦場において推察能力は重要だ。初見の魔術を見た時、推察が外れて対処を間違えば、命取りなのだ。これまでに培われた経験と勘の危険予知が、クリスとエリオットに答えを示してくれた。
「これは想像だけど……彼女が召喚できる異常存在は”1種類じゃない”のかもしれない」
エリオットも同じ推察をしていたところだった。
「ああ。色んな特徴を持った能力が使えるのかもな。基本的に人間種が扱える魔術は、1人につき1つであることが多い。けど、色んな異能を持った化け物を、とっかえひっかえに交換する、ああいうやり方なら、1人で複数の魔術を操れるようなもんだろ」
「厄介なのは、要塞騎士だけじゃないわけだ……」
「両方同時に倒すのは難しいし。なら、問題は1つずつ解決だ。まずは要塞騎士を黙らせるとしようぜ。後衛のローラが攻撃を受けねえように、前衛の俺たちが踏ん張らねえとな」
クリスとエリオットは、視線を交える。
互いの意図をくんで、別々の方向へ駆け出した。
クリスはユエに向かって、エリオットはリアムに向かって、攻撃を仕掛ける。
「ユエは俺が足止めしよう!」
「要塞騎士は俺に任せろ!」
それぞれが刃を交えようとした矢先だった。
――――轟音が生じる。
「!」 「!?」
クリスたちが交戦している場所から、遠く離れた位置。
今いる70層目の外壁が、切り裂かれている。
突然に生じた、横一文字の貫通穴。
まるでこの黒塊都市バロールが、外から巨人の剣で切り裂かれたような破壊跡だ。
驚いたエリオットが、目を白黒させながらわめいた。
「外から?! この積層都市バロールの、クソ分厚い壁をぶち抜く威力だってのかよ!? 何事だ!?」
エリオットが言うとおり、建造物の瓦礫や破片は、都市の外側から内側へ向かって噴出するように、降り注いでいた。破壊された、横一文字の貫通穴の断面は赤熱化しており、炎と黒煙を上げている。それを見て、クリスは冷や汗を浮かべて笑んだ。
「あれは……おそらくアルテミアが、外のドラゴンとやり合っている余波だろう」
「なっ!? じゃあ、あれをやったのはアルテミアだっていうのかよ!」
「傷つけられたバロールの外壁が、燃えているだろ。普通、あの壁は燃えない。けれどそれが燃えてるんだ。察しだよ」
「……ったく。ドラゴンもヤバいが、企業国王も人間離れしすぎてるぜ。いや、アルテミアが他に比べて特別、って話しか。いったいケイは、あんなのをどう倒したってんだ……!」
「まずいぞ、エリオット。このままじゃ、アルテミアとドラゴンの戦場が、こっちと重なる可能性がある」
「はは! 勇者クリスと行く戦場は、いつもクソッタレな状況だな!」
黒煙を上げて燃えさかる外壁の傷を見上げ、クリスは呻いた。
「ますます混戦になる」
◇◇◇
幽閉されていた部屋。
その壁が、脈絡もなく吹き飛んだ。
最初は、爆撃でもされたのかと勘違いした。
だが衝撃が収まり、粉塵の向こうに景色が見えてくると、そうではなかったのだと理解できる。
一気に吹き込んでくる、冷たい夜風。
砕けた月が浮かぶ空が見えて、バロール外壁に風穴が開いたのだとわかった。
同時に、自分が幽閉されていた部屋が、外壁近い場所だったことも判明する。
めまぐるしい情勢よりも、イリアは別のことに気を取られた。
「まさか、アルテミア・グレインなのか……!?」
イリアは唖然としながら、その名を口にしてしまう。
燃えさかる、横一文字に切り裂かれた外壁の傷口。
月夜を背負い、そこを歩いてくるのは、燃える刀を手にした桃色髪の女だ。
戦鎧に身を包んだその顔を、イリアが見間違えるはずはなかった。
そして、この外壁を切り裂いた犯人が、彼女であることを察する。
呼びかけられたアルテミアは、意外なものを発見したとでも言う顔を返した。
「ほう。……こんなところで出会うとは、奇遇じゃのう、レインバラード夫人」
挨拶をしながら、歩み寄ってくる。
まるで散歩の途中で、偶然に見かけた知人へ接するような態度だ。
だがイリアにとってアルテミアは、最大敵国のリーダーなのである。
警戒し、身構えてしまう。
アルテミアは値踏みするよう、イリアを観察してきた。
「フム。妾のベルセリア帝国に人質扱いされるのを嫌って、アルトローゼ王国へ身を隠しているとは聞いていたが……。まさか、こんな四条院の陣営内で見かけるとはのう。さしずめ、四条院騎士団に捕らえられ、捕虜にでもされていた状況か。クク。結局、人質にされることに変わりないとは、皮肉じゃのう」
何が起きているのか。
なぜ、こんなところにアルテミアが顔を見せているのか。
情報がない以上、正確に理解することは不可能である。
推測だけで考えるしかない。
「君がここに顔を出しているということは……。ならやはり、四条院騎士団とアルトローゼ王国が潰し合い、疲弊したところで、西の海側から攻め入ってきたわけか。自軍を消耗させず、漁夫の利の勝利を得にきたんだろ? 暴力至上主義者のくせに、ずいぶんと小ずるい作戦じゃないか」
「相も変わらず、エレンディア家の者は皮肉屋な性分じゃのう。たしかに、そんな作戦を考えていた時期もあったが、今はそうではない」
「……どういうことだ」
「戦争とは生き物じゃ。状況も事情も、刻々と変化し続ける。目にも止まらぬ速度でのう。妾は、アルトローゼ王国を攻め落としに来たのではない。逆じゃよ。救いに来てやったのだ」
「……???」
あまりにも予想外な、アルテミアの発言。
イリアは激しく困惑した表情を返す。
その間が抜けた顔が面白かったのか、アルテミアはクツクツと笑った。
「その軍服。アルトローゼ王国騎士団に加勢していたのであろう? 捕まってすぐに殺されず、まだ生かされているということは、ソナタは四条院にとって、利用価値があるということじゃ。ここで会ったのも縁。ついでに、ソナタを救助してやろう。そうすれば、四条院を困らせることができるであろう?」
アルテミアは、イリアへ手を差し出した。
「早く決断せよ。この建物の中には、無形氷竜が逃げ込んでいてのう。ヤツを待たせている手前、あまり時間はとれぬのだ」