表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
417/478

14-12 バロール混戦


 勇者クリスと、雷斧のエリオット。強者2人が高速で駆け、その軌道は交錯する。交点で、双方の刃を同時に受けた甲冑の男は、身体から火花を散らせる。だがそれだけ。ダメージを受けた様子はなく、平然と立っていた。


 装甲を斧で打った腕がしびれている。

 自身の手を見下ろしながら、エリオットが叫ぶ。


「あんの野郎の鎧、なんて(かた)いんだ! タフすぎるだろ!」


強化魔術(アシストスキル)のプロフェッショナルだ。金属の”硬質化”の魔術。そして同時に身体も強化。これが噂の”要塞騎士”ってヤツか」


 クリスの全身のあちこちから、血が(にじ)む。まだ設計者(アーキテクト)戦の傷が塞がっておらず、(りき)んだことで、傷が開いたのだ。振るえる手のひらを見下ろしながら、クリスは毒づいた。


「クッ……手首に力が入りにくい。この怪我さえなければ、あのハリボテみたいな装甲にだって通る攻撃を、撃てただろうに……!」


「どうしたよ、クリス。勇者様が言い訳に、無い物ねだりか? ダサくないか」


「バカ言え。弱音を吐いてる時ですら、俺はかっこいいんだよ。イケメンだからな」


 いくら刃を浴びせられても、傷1つつかない紫色の甲冑(かっちゅう)。それで全身を(おお)った、(いか)つくて大きい体躯の男。リアム・リンデルは、身の丈以上あるスピアを片手で軽々と振り回す。


 ――――巨体から繰り出されるとは思えないほどに、動きが速い。


 クリスとエリオットの2人を、まとめて薙ぎ払うように繰り出された一撃。回避する時間がなかった。斧と剣を構え、2人がかりで大きなスピアの刃を受け止める。しかし、その勢いを殺すことはできず、スピアの振りに引きずられるようにして、踏ん張った足が地面を滑った。


「おまけに、見た目通りの馬鹿力かよ……!」


「ケイとは、また違った重みを持った一撃だね……!」


「この人間戦車みてえな野郎をぶち抜くには、火力がいるぞ!」


「同感。これまでにも、硬いヤツを仕留めたことはあるんだ。対処法はわかってる。柔らかい中身ごと、外からの衝撃で揺らしてやるか、貫くかだ。……ローラ! そろそろ、いけるか!」


「はい!」


 後衛に(ひか)えていたローラが、ちょうど大きな魔術の現象理論(プログラム)を構築し終えた。クリスとエリオットが足止めしてくれた大男の(すき)を逃さず、解き放つ。


収束炸炎砲(ホロチャージ)――――!!」


 得意な炎の魔術の応用。一点を貫通して突破するため、火を長槍のような形状に収束させ、大型弩砲(バリスタ)の矢のように撃ち出した。着弾すれば、戦車装甲を撃ち抜く成形炸薬(ヒート)弾のように作用する構造になっている。


 クリスとエリオットに気を取られていた要塞騎士は、その魔術を避けるのが間に合わない。地面にめり込むほどに重たい大盾を持ち上げ、それで自身の前面を(かば)う。直後、ローラの魔術の衝突と共に、地面を揺らすほどの衝撃が生じる。まばゆい閃光と熱。目の前で炸裂する火炎を押し戻すように、要塞騎士はその場で踏みとどまった。


 要塞騎士の大盾は、魔術によって貫かれることはなかった。


「くっそ。ローラのあの一発に耐える装甲とは、頑丈な盾だぜ」


「いや。でも効かなかったわけじゃなさそうだ。ちゃんと盾を(けず)れている」


 大盾の、魔術が衝突した部位。そこがクレーター状に(えぐ)れ、中心は赤熱化している。白煙を立ち上らせている盾の様子を見るなり、クリスはニヤリと笑んで考察を口にした。


「盾で身を守ったってことは、まともに喰らえば、あの鎧を貫かれると判断したってことだろ。つまり、あの盾は、ヤツが着ている鎧よりも硬い。だから、その防御力に頼ったってことだ。その硬い盾に、ローラの魔術は効いている」


「何度か今のを浴びせていれば、そのうち盾がぶっ壊れて、最後に直撃させれば()れるってことか。何発当てりゃ良い」


「さあね。見たところ、盾を壊すのにもう1発。アイツを仕留めるのに1発かな」


「あと2回も、ローラに魔術を当てさせろってのかよ。前衛でヘイト稼ぐのも大変な野郎だってのに。骨が折れそうだ」


「相手も手練(てだ)れ。1発目と同じ作戦では、直撃してはくれないだろうね」


「ますます厄介じゃないかよ」


「文句言うなよ。ローラを見ろよ。空気を読んで、次の一発の現象理論(プログラム)を構築し始めてくれているだろ」


 女の声が割り込んでくる。


「――――あんたたち、敵が”2人”だってこと、忘れてない?」


 頭上から殺気を感じた。


 クリスとエリオットは咄嗟(とっさ)に跳躍して、その場から後退した。

 一瞬の後、2人が立っていた場所には、巨大な日本刀が振り下ろされている。

 アスファルトの地面を容易く切り裂き、そこから白煙を立ち上らせていた。


「……宵闇(よいやみ)のユエ!」


 軽装の少女だ。黒い着物姿。そして黒い長髪。大振りな日本刀を手に提げている、()せ気味の、不健康そうな顔立ちである。


異能装具(アーティファクト)の刀を持たせた、レベル4の異常存在(ヘテロ)を召喚する女だと聞いていたけれど……それとはどうも、様相が違って見えるね」


 見たところユエは、噂に聞く、異能装具(アーティファクト)の刀は手にしているようだが、異常存在(ヘテロ)らしき怪物を召喚している様子はない。ただ、女の細腕で扱うには大きすぎる大太刀を手に、殺意と軽蔑に満ちた、細い眼差しを向けてくるだけである。


「よく見ろ、クリス。あの女、どうやらちゃんと異常存在(ヘテロ)を”召喚”してるみたいだぜ」


「……!」


 エリオットに言われ、クリスは遅れて気がついた。


 よく見てみれば、刀を手にしているユエの腕には違和感がある。

 腕の周囲に、黒い霧のような何かがまとわりついているのだ。

 その霧は、異形の生物の、腕のような形状にも見えた。


 クリスは理解した。


「……彼女は、異常存在(ヘテロ)を身体に”(まと)っている”のか……!」


「そんなことができるヤツもいるとは、世界はまだまだ広い。おおよそ、あの女の身体を依代(よりしろ)にして、異常存在(ヘテロ)の力を宿してるってところじゃないのか?」


 召喚魔術(サモンスキル)は基本的に、所定の場所から、目標の場所へと、物質を転移させる魔術である。その進化版を編み出したとでも言うのだろうか。ユエは自分に”上書き”するようにして、異常存在(ヘテロ)を召喚しているように思えた。


虚凪(うろな)ぎ――――!!」


 ユエは、居合い切りの動作で虚空を()ぐ。刀から生じた横一閃の衝撃波が飛来し、クリスとエリオットは、高く跳躍して回避するしかなかった。その反応こそ、ユエの狙い通りである。


「そこじゃ逃げられないでしょ! 串刺(くしざ)しよ!」


 ユエが左腕を天へ突き上げるような動作をすると、それに連動して、アスファルトの地面が隆起して、クリスとエリオットを穿(うが)つ岩の槍が無数に突き出てきた。


「この程度で、”勇者”と”雷斧”を()れると思うなよ!」


 エリオットは雷をまとった斧を振り下ろし、眼下に広がる岩の槍を砕き、弾き飛ばした。

 難なく着地する勇者たちを睨み、ユエは舌打ちをした。


「……衝撃波と、岩の槍。まるで2つの魔術を使っているように見える」


 クリスは考察する。


 殺し合っている敵が、懇切丁寧に自分の能力を説明してくれることなど滅多にない。これらは全て、クリスたちの推察でしかない。だが戦場において推察能力は重要だ。初見の魔術を見た時、推察が外れて対処を間違えば、命取りなのだ。これまでに(つちか)われた経験と勘の危険予知が、クリスとエリオットに答えを示してくれた。


「これは想像だけど……彼女が召喚できる異常存在(ヘテロ)は”1種類じゃない”のかもしれない」


 エリオットも同じ推察をしていたところだった。


「ああ。色んな特徴を持った能力が使えるのかもな。基本的に人間種が扱える魔術は、1人につき1つであることが多い。けど、色んな異能を持った化け物を、とっかえひっかえに交換する、ああいうやり方なら、1人で複数の魔術を操れるようなもんだろ」


「厄介なのは、要塞騎士だけじゃないわけだ……」


「両方同時に倒すのは難しいし。なら、問題は1つずつ解決だ。まずは要塞騎士を黙らせるとしようぜ。後衛のローラが攻撃を受けねえように、前衛の俺たちが踏ん張らねえとな」


 クリスとエリオットは、視線を交える。

 互いの意図をくんで、別々の方向へ駆け出した。

 クリスはユエに向かって、エリオットはリアムに向かって、攻撃を仕掛ける。


「ユエは俺が足止めしよう!」


「要塞騎士は俺に任せろ!」


 それぞれが刃を交えようとした矢先だった。


 ――――轟音が生じる。


「!」 「!?」


 クリスたちが交戦している場所から、遠く離れた位置。

 今いる70層目の外壁が、()()()()()()()()

 突然に生じた、横一文字の貫通穴。

 まるでこの黒塊都市バロールが、外から巨人の剣で切り裂かれたような破壊跡だ。


 驚いたエリオットが、目を白黒させながらわめいた。


「外から?! この積層都市バロールの、クソ分厚い壁をぶち抜く威力だってのかよ!? 何事だ!?」


 エリオットが言うとおり、建造物の瓦礫や破片は、都市の外側から内側へ向かって噴出するように、降り注いでいた。破壊された、横一文字の貫通穴の断面は赤熱化しており、炎と黒煙を上げている。それを見て、クリスは冷や汗を浮かべて笑んだ。


「あれは……おそらくアルテミアが、外のドラゴンとやり合っている余波だろう」


「なっ!? じゃあ、あれをやったのはアルテミアだっていうのかよ!」


「傷つけられたバロールの外壁が、燃えているだろ。普通、あの壁は燃えない。けれどそれが燃えてるんだ。察しだよ」


「……ったく。ドラゴンもヤバいが、企業国王(ドミネーター)も人間離れしすぎてるぜ。いや、アルテミアが他に比べて特別、って話しか。いったいケイは、あんなのをどう倒したってんだ……!」


「まずいぞ、エリオット。このままじゃ、アルテミアとドラゴンの戦場が、こっちと重なる可能性がある」


「はは! 勇者クリスと行く戦場は、いつもクソッタレな状況だな!」


 黒煙を上げて燃えさかる外壁の傷を見上げ、クリスは呻いた。


「ますます混戦になる」




 ◇◇◇




 幽閉されていた部屋。

 その壁が、脈絡もなく吹き飛んだ。

 最初は、爆撃でもされたのかと勘違いした。

 だが衝撃が収まり、粉塵の向こうに景色が見えてくると、そうではなかったのだと理解できる。


 一気に吹き込んでくる、冷たい夜風。

 砕けた月が浮かぶ空が見えて、バロール外壁に風穴が開いたのだとわかった。

 同時に、自分が幽閉されていた部屋が、外壁近い場所だったことも判明する。


 めまぐるしい情勢よりも、イリアは別のことに気を取られた。


「まさか、アルテミア・グレインなのか……!?」


 イリアは唖然としながら、その名を口にしてしまう。


 燃えさかる、横一文字に切り裂かれた外壁の傷口。

 月夜を背負い、そこを歩いてくるのは、燃える刀を手にした桃色髪の女だ。

 戦鎧に身を包んだその顔を、イリアが見間違えるはずはなかった。

 そして、この外壁を切り裂いた犯人が、彼女であることを察する。


 呼びかけられたアルテミアは、意外なものを発見したとでも言う顔を返した。


「ほう。……こんなところで出会うとは、奇遇じゃのう、レインバラード夫人」


 挨拶をしながら、歩み寄ってくる。

 まるで散歩の途中で、偶然に見かけた知人へ接するような態度だ。

 だがイリアにとってアルテミアは、最大敵国のリーダーなのである。

 警戒し、身構えてしまう。


 アルテミアは値踏みするよう、イリアを観察してきた。


「フム。(わらわ)のベルセリア帝国に人質扱いされるのを嫌って、アルトローゼ王国へ身を隠しているとは聞いていたが……。まさか、こんな四条院の陣営内で見かけるとはのう。さしずめ、四条院騎士団に捕らえられ、捕虜にでもされていた状況か。クク。結局、人質にされることに変わりないとは、皮肉じゃのう」


 何が起きているのか。

 なぜ、こんなところにアルテミアが顔を見せているのか。

 情報がない以上、正確に理解することは不可能である。

 推測だけで考えるしかない。


「君がここに顔を出しているということは……。ならやはり、四条院騎士団とアルトローゼ王国が潰し合い、疲弊したところで、西の海側から攻め入ってきたわけか。自軍を消耗させず、漁夫の利の勝利を得にきたんだろ? 暴力至上主義者のくせに、ずいぶんと小ずるい作戦じゃないか」


「相も変わらず、エレンディア家の者は皮肉屋な性分じゃのう。たしかに、そんな作戦を考えていた時期もあったが、今はそうではない」


「……どういうことだ」


「戦争とは生き物じゃ。状況も事情も、刻々と変化し続ける。目にも止まらぬ速度でのう。(わらわ)は、アルトローゼ王国を攻め落としに来たのではない。逆じゃよ。救いに来てやったのだ」


「……???」


 あまりにも予想外な、アルテミアの発言。

 イリアは激しく困惑した表情を返す。


 その間が抜けた顔が面白かったのか、アルテミアはクツクツと笑った。


「その軍服。アルトローゼ王国騎士団に加勢していたのであろう? 捕まってすぐに殺されず、まだ生かされているということは、ソナタは四条院にとって、利用価値があるということじゃ。ここで会ったのも(えにし)。ついでに、ソナタを救助してやろう。そうすれば、四条院を困らせることができるであろう?」


 アルテミアは、イリアへ手を差し出した。


「早く決断せよ。この建物の中には、無形氷竜(ミストドラゴン)が逃げ込んでいてのう。ヤツを待たせている手前、あまり時間はとれぬのだ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よければ「ブックマーク登録」「評価ポイント」をお願いします。
作者の励みになります。

また、ランキングタグも置いてみました。
この連載を応援いただけるのであれば、クリックしていただけると嬉しいです。
小説家になろう 勝手にランキング

©うづき, 2021. All rights reserved.
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ