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14-6 宵闇と要塞


 アルテミアの援護のおかげで、ケイたちは難なく、バロールの入口ゲートまでたどり着けた。分厚い金属の大扉は、本来であれば外敵の侵入を(はば)むべく、固く閉ざされているはずである。しかし四条院騎士団の激しい攻撃に晒された今となっては、木っ端微塵に破壊され、跡形もない。


「……こりゃあ、ひどいヤラレようだ。相当量な火力で、無理矢理こじ開けられたって感じに見えるな」


 悲惨な防壁のやられぶりに、エリオットが(うめ)いた。


 ゲートを素通りし、ケイたちは容易く都市内部へ侵入する。そこは積層都市の、第一層の街。黒く(すす)けた金属の床に、飛び散った鋼鉄のゲート破片。激しく交戦したのであろう、騎士たちの屍が転がっていた。一般人の死体も混じっていて、酷い死臭と火薬の匂いが立ちこめている。戦闘が行われたのは、おそらく何日も前だろう。見渡す限り、完全に廃墟と化していた。


「凄惨な有様ですね……。いったいここで、何人の方が亡くなっているのか」


 その場で祈りを捧げているローラの横で、エリオットも舌打ちをしながら呟いた。


「まったく。戦場跡地ってのは、どこも変わらねえ、胸くそが悪くなる景色だぜ」


 ケイは周囲の様子から、この場の状態を分析してみる。


 四条院騎士団は、ドラゴンによってバロールを包囲し、この第一層から攻め入ったのだろう。それによって籠城戦をするしかなくなったアルトローゼ王国騎士団を、下層階から上層階に向けて追い詰めている状況のようだ。つまり現在の最前線、激戦区は上層階。すでに攻略し終えたこの下層階に、四条院勢力の騎士は、ほとんど残っていない様子だ。廃墟の景色の中に、生き残ったアルトローゼ王国騎士がいないか、残党狩りをしていると思わしき四条院の哨戒機が、飛び回っている様子だけが見て取れる。 


「どうやら、この下層階は何日も前に攻め落とされてる。敵の本隊は今、上の層に集まっているんだろう。バロールは外部からの熱源探知ができないから、前線がどこの層になっているのかは、外から分析できなかったけど……」


 現在の最前線が何層目にあるのか、把握できていないのだ。

 考え込んだ様子のケイへ、クリスが苦笑して応えた。


「どのみち上に行くしかない状況に、違いはないだろ? このまま上の層へ登っていけば、四条院騎士団を、俺たちが背後から奇襲する形になる。そうすればアルトローゼ王国騎士団の防衛戦と、挟み撃ちにできる形だ。ただし、この奇襲攻撃には速効性が必要なんだ。ここでモタモタと考えている暇はないよ、ケイ」


「ああ、そうだな」


 ローラが口を(はさ)んできた。


「良いですか、雨宮さん。現代戦の基本は、最前線と、戦場後方を結ぶ局地転移装置(ポータル)を設営することです。空間転移によって、前線の部隊へタイムラグなく兵站(へいたん)を送ることができるからです。つまり」


 言わんとすることを、ケイは察した。


「この辺を探せば、一気に“最前線へ転移できる転移装置(ポータル)”が見つかるはずってことか」


「ええ。その通りです。バロールを最下層の街から、最上階の街の近くまで登っていくのに、徒歩では何日もかかってしまうでしょう。しかも途中には何万もの四条院騎士たちがいます。それらと、いちいち戦っていられません。都市が戦場と化している今は、都市内転移装置(ポータル)は閉鎖されているはずですから、それらを使わずにショートカットをするなら、敵である四条院騎士団が設置している、移動インフラを利用する方法しかありません」


「クク。ようするに敵の兵站(へいたん)輸送インフラを利用して、背後から迫る作戦ってわけだ」


 ローラは続けた。


「前線に置かれる転移装置(ポータル)は、敵軍に利用されることを防止する機能が搭載されています。ですが、逆に後方から前線へつながる転移装置(ポータル)は、そうでない場合が多いです。前線の緊急事態に即応できるよう、備えている後方部隊は、モタモタしている余裕がありません。そうした戦場での運用上の都合もあって、セキュリティが甘く設定されていることが多いんです。そこに、私たちが付け入る脆弱性があります。そうは言っても、四条院騎士にしか利用できない制限くらいはかかっているかもしれませんが……。それをエリオットさんが解除できるかは、現物を発見してみないとわかりません」


「機械系に詳しいのは、勇者パーティーの中じゃ俺くらいだからな」


「エリオットはこう見えて、学生の頃に情報工学を学んでいた過去があるのさ」


「おい。大昔の話すぎるだろ。よせよ、クリス」


 クリスは真顔に戻り、ケイへ言った。


「さあ、時間が惜しい。幸い、この最下層に残っている四条院騎士は少なさそうだ。遭遇しても、速攻で倒して最前線へ駆け上がろう」

 

 剣を抜き放ち、クリスは先行して駆け出した。




 ◇◇◇




 最下層の街を巡回している四条院騎士を追跡すると、転移装置(ポータル)を発見することができた。上層で展開している前線部隊へ、食料や弾薬などの兵站(へいたん)を送るための、四条院騎士団の移動インフラである。


 それを守備している敵部隊の数は少なかった。


 アークで最強格の4人パーティーなら、四条院騎士団の後方部隊を無力化することに苦労はない。電光石火。下手をすれば気付かれることさえない、瞬くほどの時間で、容易く転移装置(ポータル)を制圧してみせた。その後、転移装置(ポータル)を利用できるようにするためのハッキングに時間はかかったものの、ケイたちは目論見通りに、空間転移によって、上層の激戦地帯へ辿り着くことができた。


「こんなに上の層まで、アルトローゼ王国は押し込まれてたのかよ……!」


 70層。


 80層まであるバロールにおいて、かなりの上層エリアである。四条院騎士団がそこへ至るまでの層で、いったいどれだけのアルトローゼ王国騎士たちが犠牲になっているのか、想像するのもおぞましい被害状況だ。


 目に映る街並みは全て炎上しており、悲鳴と雄叫びが絶えず聞こえてくる。無人兵器と銃弾が飛び交い、パワードスーツと獣人(ラース)たちが、白兵戦を繰り広げている様も見られた。時折、爆発による衝撃で地面が揺れ、黒煙と炎が増えていく。そこはまさに、混沌の海。戦場の渦中である。


 周囲の騒音に負けじと、エリオットが声を張り上げて言った。


「さっき、転移装置(ポータル)をハッキングする時に見た! 四条院騎士団の情報によれば、大ボスの四条院アキラは精鋭部隊を引き連れて、79層の新東京都まで到達してやがるらしい! ヤツが王国の中枢を落とせば、アルトローゼ王国は敗北だ! どうやら、もう残り時間が少ないぞ!」


 ケイは歯噛みして、声を上げる。


「ならここで止まっていられない! 四条院アキラのところまで、一気に行かないと!」


「けれど四条院騎士団と転移装置(ポータル)でたどり着けるのは、この70層までです! あと10層近い距離を、どうやってショートカットすれば良いのか……! 時間がかかりすぎて、とても間に合いません!」


 ローラの言うとおりである。この激戦区を抜けて、10層近い距離を転移装置(ポータル)無しで歩いて移動するとなれば、数日を要してしまう。すでにチェックメイトに近いところまで侵攻を進めている四条院アキラを止めるには、とてもではないが、間に合いそうにない。


「――――雨宮ケイ!」


「!?」


 いきなり大声で名を呼ばれ、ケイは驚いた。

 殺気を感じ、咄嗟にその場から後退する。

 先ほどまでケイが立っていた空間には、いきなり大刀が振り下ろされてきた。


「くっ! 敵か!」


 ケイが襲われるのを見て、クリスたちも武器を手に、身構える。

 燃えさかるビルディング。それを背後に、2つの人影が並び立っていた。


 1人は男だ。紫色の甲冑(かっちゅう)で全身を(おお)っており、顔は見えない。だが、その(いか)つくて大きい体躯を見れば、女性ではないだろうと想像できる。身の丈以上あるスピアを片手で肩に担ぎ、地面にめり込むほどに重たい大盾を装備していた。見るからに“鉄壁”を思わせる出で立ちだ。


 そしてもう1人は、そんな鉄壁の男とは対照的な、軽装の少女だ。黒い着物姿。そして黒長髪の少女だ。大振りな日本刀を手に提げている、()せ気味の、不健康そうな顔立ちである。その少女の方は、ケイが知っている顔だった。


「東京解放戦の時の……宵闇(よいやみ)のユエ……!」


 かつてケイたちが戦った、四条院キョウヤ。その従者として仕えていた少女だ。最後に見かけた時は、エリーゼ・シュバルツの従者として現れ、共闘したこともある。彼女がケイを見る眼差しには、怨敵(おんてき)に遭遇した憤怒と歓喜が入り交じっていた。額に青筋を浮かべ、がなる。


「雨宮ケイ! ここで会ったが! 今日こそ、キョウヤ様の(かたき)を!」


「……落ち着け、ユエ」


「止めないでよ、リアム!」


 リアムと呼ばれた、隣りにいた甲冑の男が、落ち着いた口調で(たしな)める。


「君はいささか、情に任せて動きすぎる。相手は、勇者一行と、あの死の騎士だ。迂闊に飛び込んで倒せるような使い手ではない」


 言いながらリアムは、付け足しもした。


「最下層に残していた後方部隊が、何者かの襲撃で瞬時に壊滅したという報告があった。よほどの手練れが背後に現れたのかと、警戒して見に来てみれば、これは予想外の顔ぶれだ。見たところ……雨宮ケイは左腕を失って隻腕(せきわん)になっている。そして勇者クリスは、かなりの手負い。ここへ来るまでに、だいぶ弱っている様子だ。好都合だが、油断は禁物だぞ」


「言われなくても、見ればチャンスだってわかるでしょう! 小姑(こじゅうと)みたいにうるさい男……! 腹が立つわ!」


「忘れたのか? アキラ様は、直々に雨宮ケイを殺したがっていた。ここで君が殺してしまったなら、アキラ様になんと言い訳するつもりなのか」


 何やら言い争っている敵陣営に相対しながら、ローラとエリオットも話していた。


「あれは……まさか“宵闇(よいやみ)”のユエですか。一介の上位魔導兵(ハイウィザード)から、ここ数年で頭角を現し、四条院騎士団の将に抜擢された使い手と聞きます」


「それにたぶん、あっちのゴツい鎧男は”要塞騎士”、リアム・リンデルだ。剣聖と真正面からやり合える“(かた)さ”なんて話しも聞くな。するってーと、四条院騎士団の将が、お出迎えなわけだ」


「そのようです。いずれも、手練れの二つ名を有する騎士です。油断できませんよ」


 この状況で、交戦は不可避だろう。

 残り時間が僅かであるというのに、手痛いロスタイムである。

 歯噛みしているケイの肩を、クリスが掴んだ。


「……クリス?」


「ケイ。君の“天狼星の鎧”には飛行機能がある。しかも空間転移に似た機能まであるんだ。各層の天井だって、すり抜けて行けるんじゃないのか」


 たしかに。

 そのアイディアは、ケイも考えているところだった。


「……可能性は、たしかにある」


「なら君だけでも、それを使って80層まで行け。ここで足止めされている余裕なんかないだろう」


「けど、アンタは手負いだろう。強敵を相手にするなら、一緒に戦った方が無難なはずだ」


「聞けよ」


 クリスは言い聞かせるように、ケイへ続けた。


「たしかに今の俺は、この怪我だ。正直言って、企業国王(ドミネーター)になった四条院アキラとやり合うには、役不足なのはわかっているよ。それは君だってわかっていただろう」


「……」


「こんなことを君に言うのは、本当に(しゃく)なんだけど。大ボスの相手は君に任せるとするよ、ケイ。ここは俺たち勇者パーティーに任せてくれ」


「……本当に大丈夫なのか?」


「らしくない、バカな質問だな。そんなの、いつ聞かれたって、大丈夫って答えるに決まってるだろ。俺は勇者なんだぞ。たとえどんな窮地だろうと、背負ってるデカい看板に恥じない活躍をする自信はあるんだぜ」


 言いながらクリスは、ケイの肩を掴んだまま、自分の背後へ押しのける。

 そうしてケイへ背を向け、立ちはだかる2人の敵将へ不敵に微笑みかけて言った。


「君のために戦おうって言うんじゃない。だから、君に心配されるまでもない。俺はイリアを助けるために、ここで戦うんだ。そのためにできることをやるって、ただそう言ってるだけだ。余計な情をかけてもらう必要なんかないね」


 言われたケイは、しばらく心配そうにクリスの背を見た。

 だが、その背の頼もしさに、やがて苦笑する。


「やられるなよ、クリス」


「誰に言っているんだ。間男は、引っ込んでいてくれるかい」


「ああ。そうするよ」


 ケイが指輪に願うと、天狼星の鎧が召喚される。

 一瞬でそれを身にまとうと、ケイは戦場の空へと舞い上がった。






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