14-1 少女兵器
「ローガ!!!」
ザリウスは叫びながら、寝台の上で身を起こした。
「……!?」
魔人族の軍に取り囲まれていた窮地から一転し、いきなり目の前の景色が変わっていることに、驚いてしまう。ザリウスは、カプセル形状の機械筐体内に閉じ込められていた。そこに収められているベッドに横たわっていたところ、上体を起こしたことで、ガラスハッチに頭をぶつけたようだ。ゴツンと、額の辺りから鈍い音がした。
程なくして、頭をぶつけたハッチが開いた。
少しよろめく足取りで、ザリウスは這い出るようにカプセルから歩み出た。
寝ぼけた頭で、周囲をキョロキョロと見渡し、思い当たる。
「まさか、強制的に物理帰還させられたのか……?」
ザリウスが入っていたのと同じカプセルが、ズラリと敷き詰められるように並んでいる部屋。そこは、EDEN上に存在する真のレルムガルズへ潜入するため、仲間たちが手配してくれた潜入口となった部屋だ。どうやら“現実世界側”のレルムガルズへ、戻ってきた様子である。
先ほどまで、ザリウスが入っていたものに隣接するカプセルのハッチも、次々と開放されていく。中からは、目覚めたばかりで呆然としているレオと、トウゴが顔を覗かせた。困惑しながらも状況を整理し、レオがザリウスへ言った。
「……理由はわかりませんが。どうやら、ナイスタイミングで、仮想世界から強制帰還させられたらしいです。王宮への潜入に失敗したあげく、絶体絶命の危機でしたから、正直なところ助かりましたよ。セイジさんのおかげでしょうか?」
背中をさすりながら、トウゴは舌打ちをしながらカプセルを出てくる。
「クソッタレ。雨宮のオヤジさんに刺されたのは、夢じゃなかったみてえだな。寝ている間に肉体の修復がかかっているって聞いちゃいたが、なんだかまだ背が痛むぜ。傷は塞がってるみてえだが……。この薄暗い部屋が、仮想世界への潜入口ってか?」
全員が、唐突に現実世界へ帰還させられている状況であるのは察しがついた。
だが、なぜなのか。その理由がハッキリしない。
普通に考えれば、こちら側に待機していたセイジやリーゼが、ザリウスやトウゴたちの危機を察知して助けてくれたのだと予想はつく。だが、現実世界側と連絡がつくレジスタンスエリアを離れて、トウゴたちは仮想世界の深部に近い場所にいたのだ。セイジたちからは、トウゴたちの様子はわからないはずである。なのに、どうやってタイミングを見計らったように帰還させることができたのか、不明である。
「――――驚いたな」
部屋の隅から、男の声が聞こえた。
トウゴたちは目を見開いて驚く。
咄嗟の反応。携帯していた武器は所持したままだったらしく、トウゴとレオは、銃を取り出して身構える。声がした暗がりへ銃口を向けると、降参して両手を挙げている雨宮セイジの姿があった。味方の顔を見て、レオは胸をなで下ろした。
「驚かさないでくださいよ、セイジさん」
「悪かった。でも俺たちは、この部屋から不正な手段で仮想世界へ潜っていたんだ。察知した魔人たちが、いつやってくるかもわからないから、身を隠しながら君たちの近くにいたんだ」
「雨宮のオヤジさんには、昔のアデルと同じ“無死”の力があるんだったか。まあ、たしかに傍にいてくれなかったら、俺は今頃、死んでいたんだろうな」
「……重ね重ねになるけれど、刺したりしてすまなかったね、トウゴくん」
「借りはそのうち返してもらえば良い。それよか、俺たちを起こしてくれたのは、雨宮のオヤジさんなのか?」
尋ねられたセイジは、怪訝な顔で答える。
「君たちを起こした……? いいや。見ていた限り、勝手にスリープ状態が解かれて、君たちが自動的に覚醒状態になったようだったけど……その様子じゃあ、目当ての、カースグリフの槍を手に入れて戻ってきたわけじゃなさそうだね」
トウゴたちを起こしたのは、自分ではないのだと言うセイジ。
だとすれば、残された可能性はリーゼの仕業ということになる。
「リーゼは、どこにいるんだ?」
「リーゼくんは、この部屋の外。周辺を監視してくれているよ。彼女は目が良いし、偵察任務は得意みたいだったからな」
話していて間もなく、慌ただしい足音が近づいてくるのが聞こえてきた。警戒して身を潜めたが、部屋に顔を出したのがリーゼであることがわかると、安堵する。血相を変えてやってきたリーゼは、トウゴたちの顔を見るなり呟いた。
「やっぱり、トウゴたちも起きてるんだね……!」
「やっぱり?」
妙なことを言うリーゼに、トウゴたちは怪訝な顔を返す。
「俺たちを起こしたのは、リーゼじゃないのか?」
「違うよ! 私じゃない! よくわからないけど、ここ以外の場所にある睡眠カプセル装置も、一斉に開いて、中で眠っていた魔人族たちを起こしているみたいなんだよ!」
「!?」
リーゼの話によれば、こうして仮想世界から戻り、覚醒しているのはトウゴたちだけではない様子だった。他の大勢の魔人族たちも、一斉同時に目覚めているらしく、リーゼはそれを目撃して、慌てて帰ってきたようだ。ザリウスとレオは、青ざめた顔で顔を見合わせた。
「俺たちを含めて、一斉同時の強制的な物理帰還だと……?」
「これはまさか……」
部屋の照明が落ちて、赤い非常灯が灯る。
レルムガルズ内の各所から、サイレンの音が鳴り響き始める。
それが意味する状況を察し、リーゼが言った。
「これってもしかして……緊急事態警告!?」
「この状況、このタイミングで緊急事態っつーと。やっぱりアレか、ザリウスのオッサン」
「十中八九そうだろうよ――――魔国パルミラの異常存在どもだ!」」
「信じられません……つまり、ダンジョン内に展開されていた魔人軍の前線を抜いてきたということですか。あそこには精鋭部隊が置かれていたはずですが……!」
「目覚めたばかりで悪いんだけど、まずいことになっているよ。私たちも、早くここを離れた方が良い」
言いながらリーゼは、あることに気がついた。
目覚めたトウゴたちの姿を見渡して、1人、その姿が足りないことに青ざめる。
「え…………あれ? …………ジェシカは?」
トウゴ、ザリウス、レオ。仮想世界へ潜っていた3人は、目覚めて目の前に立っている。だがもう1人。リーゼにとって、大切な親友の姿が見当たらない。その状況が意味することを察すると、血の気が失せていく。リーゼの問いに答えず、悲しげに目を細めて俯くトウゴを見ていると、最悪な可能性が肯定されてしまう。
「…………うそ」
リーゼは、ジェシカが眠っていたカプセルを見やった。
ハッチは開いていて、寝台の上には、ジェシカが眠ったままだった。
ふらつく足取りで歩み寄り、その傍らでへたり込んでしまう。
「うそだよ、こんなの!」
眠りから目覚めないジェシカ。
その横顔を見つめながら手を握り、ボロボロと涙をこぼしてしまう。
「やだよ……起きてよ、ジェシカ。いつもみたいに、私のこと馬鹿にしてよ……!」
握ったジェシカの手は、決して握り返してこない。
ジェシカがここにいないことを証明するように、妹のエマの声も聞こえない。
生きている姉の傍でなら存在できても、そうでない姉の傍では、存在できないのだ。
「こんなのって……! こんなのってないよ! どうしてジェシカが……!」
逃げなければいけない状況であることも忘れ、リーゼは物言わぬジェシカの手を握りながら、泣き続けていた。その場から立ち上がることができない様子で、完全に意気をくじかれているのが見て取れる。
いつまでもそうしているわけにはいかない。
心苦しい心境で、トウゴはリーゼに告げた。
「リーゼ…………言いにくいが、ジェシカはもう……」
「――――諦めるのは早いぞ」
唐突にレオが、話しへ割り込んできた。
その発言に、トウゴとリーゼは驚き、顔を向ける。
「さっきは緊急事態だったからな。説明している暇はなかったが、ジェシカはまだ、助かる可能性がある」
「そりゃあ……どういうことだよ!」
息巻くトウゴとリーゼに、レオは淡々と答えた。
「死んだ魂は、細かく砕けてEDENの世界へ還っていく。つまり、あの仮想世界で死んだなら、普通はバラバラになって霧散するということだ。だが、ジェシカの魂は、そうはならなかっただろう。細かい理屈は俺にもわからないが、おそらくセイジさんの“無死”の力が、ここにある肉体へ影響していることが関係しているはずだ。完全に壊れていない魂なら、修復できる可能性もある」
「でも、魂につけられた傷は、治せないってジェシカが言ってたぜ……?」
「ジェシカが知らなかっただけだ。レルムガルズの技術でなら、不可能ではない」
懐疑的なトウゴとは反対に、リーゼは表情を輝かせる。
「なら、まだジェシカとエマは!?」
「ああ。ジェシカの身体をもって行け。セイジさんの傍に、この肉体がある限りは、まだ復帰の可能性がある」
レオの助言にうなずき、リーゼは眠ったままのジェシカを背負う。
そうして決意の表情で、涙を拭った。
「ジェシカ、必ず助けるから。待っていてね……!」
「……」
トウゴは、複雑な表情でリーゼと見守っていた。
レオの言葉は、もしかしたなら、リーゼを奮い立たせるためについたウソである。その可能性を疑いながらも、トウゴは口を閉ざした。今はすぐにでも、この場を離れて身を隠した方が良い状況なのだ。それなのにリーゼが、ジェシカの死から立ち直れず泣き崩れていては、全員に危険が及んだだろう。
ウソでも良いから、とにかくすぐにでも、リーゼを戦線復帰させる必要がある。だからこそだ。ジェシカが蘇るかもしれないという話の真偽は不明だが、今は掘り下げるべきではないのだろう。
気を取り直したリーゼは、全員へ警告する。
「行こう。部屋の外は、トウゴたちと同じように、強制的に目覚めた魔人族たちが大勢出てきているから。人の目が少ない今のうちに、目立たない場所へ移動した方が良いと思う」
「この部屋は、レジスタンスが、仮想世界に対して秘密の出入りを行うのに使う“非合法”なEDENへの潜入口だ。他にも同じような部屋はいくつもある。この区画から離れたそこへ、移動するのが良いだろう」
話を聞いていたザリウスは、表情を険しくし、苦虫を噛んだような顔をして黙っていた。
久しぶりに弟と再会し、そして殺されかけたばかりなのだ。
気持ちの整理ができていないだろう。
それでも頭を振り、気を取り直す。
「……ああ。ともかく、行こうや」
◇◇◇
北海の底に隠された王国、レルムガルズ。
その球体の建造物は、深海に潜む小さな惑星のようである。
トウゴたちがいた部屋は、その球体構造の表面に近しい区画に位置していたのだろう。通路へ出てすぐ目に付いたのは、巨大で透明な壁面だ。空一面サイズの大型ディスプレイのような壁。そこには周辺の、暗い深海の光景が映し出されている。レルムガルズから発せられる照明が、王国の周辺海域を照らし出していて、その光が届かない漆黒の闇の向こうから、数え切れない数の異常存在たちが、泳ぎ近づいてくる姿が見えていた。
「化け物どもがうようよと、泳いで近づいてきてるってのかよ!」
案の定である。
レルムガルズは今、到来しつつある異常存在の大軍勢に脅かされている状況だった。目覚めたばかりの魔人たちが、血相を変えて逃げ惑っている場面に遭遇する。見るからに怪しいトウゴたちのことなど、眼中に入っていない様子だ。それよりも、今にも自身に降りかかってこようとする危険から、逃げることを優先しているのだろう。安全な、王国の内部区画へ向かおうとしていた。
その避難する人々の流れに紛れながら、トウゴたちも小走りで駆けた。
遠方から迫る怪物の大群を見やり、レオが冷や汗まじりで言った。
「おそらく魔人軍は、異常存在たちに深海を渡る能力はないのだと見積もって、海底トンネルを爆破したんだろう。読みが甘く、化け物どもは海を泳いで、四方八方から侵攻を開始してきていると見る。最悪の事態に陥っているらしいな」
「祖国の危機に、他人事の感があるじゃねえかよ、レオ」
皮肉するトウゴに、答えたのはレオではなく、ザリウスだった。
「大丈夫だ。レルムガルズの造りはヤワじゃねえ。有象無象どもは、簡単には近づけねえ。そういう“防衛システム”くらい、備えはあんだよ」
レルムガルズに押し寄せる怪物の大群は、一定の距離まで近づいてきたところで、それ以上は前進することができなくなっている。どうやら魔術の防御障壁のようなものが、レルムガルズ全体を覆うように展開されているようだ。見えない壁によって阻まれ、動けなくなっているのが遠目にわかった。
「へえ! さすがは魔人の国。こんな馬鹿でかい、大規模防御魔術を展開するような仕掛けがあったってか。ならもう、これで安心して良いのか……?」
「いいや。一時しのぎだと思った方が良い。あのシールドは、万能なわけじゃねえ。展開するためのエネルギーが尽きれば、消えちまうだろうよ。せいぜい、あと半日くらいは保つだろうって程度のもんだ」
「じゃあ、それまでに用事を済ませて脱出しねえと、俺たちも魔人と異常存在の戦争に巻き込まれるってか」
「……すまんな」
トウゴたちを、自分の私情に巻き込んでいる。そんな自覚を持っているのだろうか、ザリウスは申し訳なさそうに謝ってきた。別にザリウスを責めるつもりはないのだと、トウゴがフォローの言葉を口にしようとした瞬間、それはどこかへ霧散してしまう。
――――見逃せない者の姿を見つけたからだ。
「あれは……!」
異形の怪物たちの軍勢。
それらを率いるような位置取り。
魔国パルミラ側の指揮官と思わしき異常存在がいた。
トウゴのAIVが拡大表示している顔は、知っている少女のものである。取り返しがつかない運命に囚われてしまった、心の底から、救いたいと願っている者の面影である。
「ミズキ!」
コーネリア・バフェルトが統治する、魔国パルミラの怪物軍。
レルムガルズ攻略のために遣わされた敵将は、妻川ミズキだった。
お待たせしました。
ここから物語のギアが上がります。