13-82 純血思想
軍事パレードをやっているメインストリートを避け、街の中を進んだ。
そして、進めば進むほどに、レルムガルズという国の奇妙さに気付いていった。
周期的に形状や構造を変える建物。いきなり壁に現れる扉や、水で出来ているように泳げる道路。空中に浮かびながら語らう魔人たち。見た目は現実世界を模した景色ではあるが、ところどころに、現実では考えられない現象が散見される。まるで騙し絵の中のような、どこか狂った雰囲気が漂う場所である。
一見すると、景色の異様さにばかり目がいってしまうだろう。
だがそんな中でも、トウゴはレルムガルズの“異常の本質”に気がついた。
「ここに居住している魔人たち。なんとなくだが……暢気に遊びほうけてるヤツらと、切羽詰まった顔の兵隊たちの、2種類に分かれてねえか?」
「……」
「本国の近く。海を挟んだ先の、聖団地下大墓地まで、バフェルトの化け物軍団に迫られてんだろ。ここへ来る途中に見かけたレルムガルズの兵士たちや、軍事パレードやってるヤツらは、鬼気迫る表情してたぜ。それはよくわかる。けど、それ以外の一般市民の格好した連中は……緊張感がねえっつか、もしかして自国に危機が迫ってるってことを知らねえのか?」
トウゴの疑問の声に、ザリウスとレオは、気まずそうに顔を見合わせた。
答えたのは、ザリウスの方である。
「ちゃんと知ってるはずだぜ。ただ“純血統”は、いや、トウゴの言う一般市民連中は、戦うのが自分じゃねえから、関係ねえと思ってんだろうよ」
「純血統?」
「――――トウゴさん、あれ!」
急にエマが、トウゴの袖を引っ張ってくる。
そうして指差している先には、妙な光景があった。
ケープマントを羽織った、魔人兵士たちの姿があった。これまでに最前線で見かけてきたような、下級兵と思わしき軍装ではない。グラハムが率いていたような、上級兵と思わしき、品格のある服装の兵士たちである。それらが、一般市民の格好をした男女と、その子供たちを取り囲んでいる。
「何してんだ、ありゃあ。魔人の上級兵っぽいヤツらが、そのへんの家族を取り囲んでのか?」
「ちょっと。アイツら、杖を一家に向けてるわよ! 穏やかじゃなさそうなんだけど!」
「まずい! ありゃあ、おそらく“異血裁判”だ!」
言うなり、血相を変えたザリウスが駆け出していく。
「異血裁判?」
トウゴはその背に質問を浴びせるが、ザリウスは答えない。問答無用で兵士たちへ飛びかかると、見る見る間に拳で殴りつけて、昏倒させていく。それを見て、青ざめたレオが遅れて飛び出していった。
「まったくあの人は! 目立ってはまずい立場だというのに、また余計な人助けを!」
「どういうことなんだ、レオ!」
「ちっ! レルムガルズの外からやってきた魔人が、レルムガルズに住む純血の魔人と子を成した。罪状は、そんなところだろう。この国に異血をもたらすのは罪なのだ!」
「はあ?! 何よそれ!」
トウゴたちへの説明も後回しで、ともかくレオは、暴れるザリウスを背後から羽交い締めにして落ち着かせていた。兵士たちは全員が気絶しており、その場で倒れ伏していた。
「つまり……あの家族は、路上で公開処刑されそうになっていたわけかよ。レルムガルズが、穏やかな国柄じゃないのは、間違いなさそうだぜ」
涙ながらにザリウスへ感謝の言葉を述べる家族を見やりながら、トウゴは険しい顔をしてして呟く。
◇◇◇
ザリウスが気絶させた兵士たちが起きる前に、トウゴたちはその場を退散する。
「……この国の魔人族ってのは、“純血思想”が強い」
裏路地を隠れるようにして進みながら、ザリウスが遅れながらの説明を口にした。
「他種族との混血や、レルムガルズ外の魔人族を、下等血統と呼んで見下してんのさ。帝国の迫害を受けて、外から命からがら、ようやくこの国へ辿り着いた弱者が多いってのに……帝国の代わりに、今度はレルムガルズの魔人たちが、同じ魔人を差別するっていう、最悪な社会構造だろ?」
嘆息しながら、レオはザリウスの説明に付け足して言う。
「……国民の全てが、そうだというわけではなかった。そうした差別意識があったとしても、ああして血統を理由に処刑するなどということもなかったんだ。現王の統治体制になってから、その思想が過激化して、積極的になったと言えるだろう。それもこれも、設計者イアコフが、現王のローガを扇動し、社会体勢を健全に保つためには“簡単に見放して良い階級”が必要であるのだと思い込ませている。純血思想は、神によって肯定された思想となり、今のこの国では、下等血統に対してなら何をしても良いというのが、それが常識になった。下級兵として最前線に送られるのも、下等血統が多いんだ」
「ひどいです……」
「下等血統……ロンドンで会ったアイツも、アタシのことをそう呼んでいたわ。じゃあ、私やエマも、この国では何をされても仕方がない市民階級ってわけなのね」
「しかも、お前たちは女だ。万が一にでも捕まることがあったら……自害することを勧める」
「自害って……」
真に迫って警告するレオの態度に、ジェシカとエマは固いつばを飲んでしまう。そう警告するだけのことはあるのだと、レオの目が訴えていた。2人の少女は青ざめてしまう。
話を聞いていたトウゴは、苛立ちながら頭を掻いていた。
「ああ~、胸くそ悪いぜ。まるで帝国社会の“下民”と同じ差別制度ってか。今にして思えば、帝国の制度だって、実は裏方で真王や設計者どもが暗躍して作られたものなのかもしれねえな」
「事実、その通りだ」
「……!」
「現代社会に敷かれている、人を階級別に分けて管理する仕組みは、真王たちによって行われている文明実験の、実験項目の1つだ。ザリウス様やセイジさんたちの調査で、そのことはすでに証明されている。詳細に興味があるなら、帰った後で、セイジさんへ聞くと良い」
「……おいおい。ガチで、真王がこの世界の、諸悪の根源ってことになるんじゃねえのか?」
社会の不公平の元凶となる、わかりやすい悪。
そんなものが、この世に実在しているなどと考えるのは、子供の頃くらいだろう。
だが、大人たちが否定するそれが、もしかしたら実在するのかもしれない。
そう思えてくる。
なら、真王を倒そうとしているケイたちは、正義の側ということになるのだろうか。
「……すまん」
唐突に、ザリウスが俯き、謝罪してきた。
「いきなり何だよ、ザリウスのオッサン」
「レルムガルズがこんな国になっちまったのは、俺が弟を……ローガを止めてやることができなかったからだ。昔のアイツは、こんな酷い国政をやらかすようなヤツじゃなかったんだ。俺よりも賢くて、良い王様になれるはずだったのによ……!」
悔しそうに言うザリウスへ、トウゴは真顔で応えてやった。
「全部がザリウスのオッサンのせいじゃねえだろ。あんたの弟のことは、よく知らねえが……昔は良いヤツだったってんなら、それをワルにした原因があるんだろ。イアコフとかいう設計者の仕業。そういうことなんじゃないのかよ」
「……」
ザリウスはそれ以上、何も答えなかった。
以後は黙々と、目的地へ向けて歩を進めるだけである。
その背について歩きながら、トウゴは思うところがあった。
「…………弟に会いに行く理由。やっぱり、殺すためなのか?」
それ以外に、ザリウスが危険を冒して、トウゴたちへ同行している理由が思いつかなかった。カースグリフの槍を手に入れれば、設計者を倒せる算段があるのかもしれない。計画の詳細はわからないが、ザリウスとレオは、何かしらの“決意”をもって、祖国へ帰ってきたように感じられた。
「この通りの先で、ザリウス派の仲間が待っている。王宮付きの兵士で、今日のために“裏口”を用意しておいてくれているはずだ。合流を急ごう」
レオに促され、トウゴたちは通りを進む足を早めた。
◇◇◇
複雑な迷路のような路地。そこを通り抜けた先で、廃墟と化しているビルを見つけた。市民たちが出入りしない、極端にデータ利用頻度が低い建物であるため、見た目が廃墟のようになっているのだと、レオから説明された。
目的地は、そこだったようである。
閑散とした1階ホールに入ると、何も置かれていない、開けた空間に出た。建物の見た目と異なり、内部は、相当に広い敷地に感じられた。外から見たときは、テナントがいくつか入りそうなだけの、小さいビルに見えていた。だが内部はイベントでも開催できそうなほどに広い、ダンスホールのようになっている。外観と内部構造の不一致は、レルムガルズでは見慣れたものである。もはやトウゴは、驚くこともない。
「……アイツか?」
ホールの中央に、黒いフードローブをかぶった男が1人、立っているのが見えていた。待ち合わせしている仲間がいると聞いていたが、それらしき者は、その男しか見当たらない。言葉短く、レオが肯定した。
「そのようだ」
「そのようだって……会ったことあるヤツじゃないのか?」
「俺とザリウス様は、何年もの間、国を追われて外にいたんだ。作戦を遂行するために、綿密に顔合わせできるメンバーなど限られている。心配ない。さっき山小屋で会った、特に信頼できる仲間たちからの紹介だ」
「……そうかよ」
不審に思いながらも、トウゴはザリウスとレオの後に付いて歩いた。
その背を、ジェシカとエマもついてくる。
「……妙だな」
トウゴの気持ちを代弁するように、歩きながらレオが呟いた。
「…………ピクリとも、動かない」
ザリウスとレオを待っていたはずの男は、ホール中央から微動だに動こうとしない。ずっとその場に立ったままで、歓迎の言葉をかけることもなく、歩み寄ってくることさえないのだ。その反応は、あまりにも異様に思えた。男の反応がないことを不審に感じ、先頭を歩くザリウスとレオは、足を止めてしまう。
「なあ、おい」
トウゴは男の立っている場所の足下を指差して、青ざめた。
「……血が出てんぞ、アイツ」
ホール中央の男は、だらりと両腕を垂らしている。近づいたことで、その指先からポタポタと、赤い滴が垂れているのが見えた。男の足下には、小さな血溜まりができている。
何事が起きているのか、即座に察知したザリウスが警告した。
「まずい、殺されてるぞ! これは“待ち伏せ”だ!」
ザリウスは、背後のトウゴたちへ声をかけた。気付かれたことを察知し、周囲に潜んでいた魔人の兵士たちが、一斉に物陰から姿を見せる。そうして攻撃の魔術を放ってくる。
無数に飛来する小さな火球。
炎を模した見た目だが、その実体は“データ破壊プログラム”である。
魂を破壊するためのハッキング攻撃なのだ。
「させません!」
咄嗟にエマが、得意の防御障壁の魔術を展開する。
トウゴたちパーティーが、不意打ちによって全滅することは免れた。
だが、無数の小火球に紛れて“大きな火球”が放たれていた。
他よりも強力な破壊プログラム。
それはエマの防御障壁をたやすく貫いた。
そして――――ジェシカの薄い胸をたやすく撃ち砕く!
「…………かはっ!」
ジェシカは唇から血を流し、背後へ崩れ落ちていく。胸に穿たれた大穴の内部に、詰まっていたのは血肉ではなく、砕けた細かいガラス片。致命的な破壊を受けた、データの欠片だった。
「…………ウソ……アタシ、こんなので……」
苦しげな表情に涙を流し、ジェシカの双眸から光りが失われていく。
それを見下ろしながら、血の気が失せたエマがぼやいた。
「お姉ちゃん……?」
雪化粧のように蒼白となった表情で、エマはジェシカの傍らへ腰を落としてしまう。
あまりのショックに言葉を失っていたが、すぐに悲鳴が飛び出した。
「いやああああああああああああああああああああああああああ!」
実の姉を呆気なく失い、エマは絶望の涙を流した。
悲痛な妹の悲しみに、今は寄り添っている余裕がない。
ジェシカを殺した男の正体に、ザリウスは察しが付いていた。
だからこそ激怒し、声を荒げてその名を呼んだ。
「ローガああああああああああ!」




