表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
401/478

13-81 設計者信仰



 左眼の奥に(うず)くような痛みを感じ、トウゴは眼帯に触れて呻いた。

 それに気がついたエマが、心配そうに声をかけてくる。


「どうかしたんですか、トウゴさん?」


「……何でもねえ。昔のことを思い出したせいかもな」


「?」


 平気だとエマへ告げて、再び歩くことに専念する。


 クラーク姉妹に、ザリウスとレオ。魔人(ドワーフ)族のパーティーに、1人だけ混じった人間が、トウゴである。レジスタンスの山小屋を離れた後は、4人の異種族の後に続き、雪山の中を進み続けていた。歩を進めるたびに、足は膝下まで雪の中に埋もれてしまう。まるで、まとわりつく泥土の中を進むようにしながら、少しずつ着実に進路を進んだ。


 自分の前を歩く大きな背中。ザリウスへ、トウゴは声をかけた。


「大丈夫なのか? これからレルムガルズの大衆広場(ロビーエリア)へ向かおうってのに、追放された身の、ザリウスのオッサンとレオもついてきてよ。俺やジェシカたちがブツを手に入れて戻ってくるまで、レジスタンスの山小屋に匿ってもらっていた方が、良いんじゃねえのかよ」


 ザリウスはカッカッと笑って言う。


「そうしていたいのは山々なんだがなあ。それを言い出したら、お前さん方のツレの、アトラスたちと一緒に、獣人(ラース)たちのキャンプに留まっていた方が良かっただろ。わざわざ、こうして帰国したからには、俺も一緒に行きたい理由があんのさ」


「まあ、そりゃそうなんだろうが」


「ザリウス様に危険が及ばぬように守護するのが、俺の役目だ。ザリウス様が行く場所なら、俺もついていくだけのこと」


「っつーわけだ。レオは、俺のわがままに付き合ってくれてるわけだな」


 トウゴは、なんとなく理由を察し始めていた。


「ロビーについたら説明するって言ってたけどよ……。例の“王位を継いだ兄弟”ってのに関係があるんじゃねえのか?」


 その問いに、ザリウスは寂しげに目を細めて答えた。


「そうだな……。ロビーについたら話す。というよりも、見ればすぐにわかるだろうから、口で言うよりも良いと思ってんのさ。現王の統治による、レルムガルズの状況ってのがな」


「?」


「ロビーエリアまでは、それほど遠くない。もう少し、このクソ寒い雪山エリアに付き合ってくれや」


 ザリウスは、皆まで語らずにもったいぶる。

 それに苛立ちはしたものの、そろそろ怒りを通り越して、呆れてきている。

 トウゴは嘆息を漏らし、それ以上の追求は諦めることにした。


 黙々と雪を踏みしめながら、ふとした時に、トウゴは背後を歩いているエマへ声をかけた。


「……エマが、また姿を持って目の前にいるってのが新鮮だぜ。いつもはジェシカの守護霊みたいで、声しか聞こえなかったんだがな。同じ情報知性体になってみると、こうして姿が見えるわけか」


 メガネをかけた、赤髪ボブカットの少女。その顔立ちには、トウゴが最後にエマを見た時の面影が、たしかに残っている。眉をキリリとさせて、エマは胸を張って得意げにした。少しお調子者っぽい態度が、どことなくリーゼを彷彿(ほうふつ)とさせるが、もしかして影響されてるのだろうか。 


「そうですね! (イデア)だけの存在って、つまりは情報知性体ですから。今までは実体世界と、EDEN(ネットワーク)世界の、異なる世界同士で通信していたようなものです。同じ世界にいれば、そりゃあ、お互いの姿を認識できるわけですよ!」


「俺が最後にエマを見たのは、たしか東京解放戦の時だったか? あの時はジェシカと同じくらいの、ちびっ子だったよな。しかも昔は内気そうで、いつもジェシカの後ろに隠れてる、大人しい印象だったのが、ずいぶんと明るい感じになったもんだ」


「どうですか、今の私は! さすがにアデルさんやお姉ちゃんたちほど美形じゃないですけど、私だってなかなかのものでしょう。えっへん!」


「いや、なんつーか。姉妹でも、ずいぶんと違うもんなんだと思うぜ……」


「?」


 大きく育ったエマの胸。

 生地の下で揺れ動いているのがわかるそれを見て、トウゴは視線のやり場に困っていた。

 その泳いだトウゴの視線を見逃さず、話を聞いていたジェシカが、歯噛みして割り込んできた。


「そう。不公平なのよ……!」


「お姉ちゃん? 何の話?」


「ジェシカ……」


 トウゴの憐れみを察したジェシカが、無念そうに(うつむ)いた。

 そうして青ざめた顔で、自身の小さな胸元を見下ろしていた。


 話題を変えるべく、ジェシカは咳払いをしてからトウゴへ言った。


「そうそう。トウゴには言っておかないといけないんだったわ。このレルムガルズっていう仮想の王国は、見た目や物理エンジンが、現実世界に似せてデザインされているみたいね。滞在していると忘れそうになるけど、ここはEDEN(ネットワーク)世界。私たちのこの姿は、私たちの自我が“自分の姿だ”と認識している形を、(かたど)っているの。顔や身体の形を変えることは難しいけど、自分の一部ではない、たとえば服装とかは簡単に変えられるわ」


 ジェシカが着ていたモコモコのダウンジャケットが、瞬く間に変色する。

 青になったり、ピンクになったり。形状まで変化した。


「ざっと、こんな感じにね」


「おお、すげえな! 一瞬で服装を変えられるのかよ! 俺でも簡単にできるのか?!」


「いや。魔術の心得や、EDEN(ネットワーク)に関する知識があればね。アンタには、たぶん無理なんじゃない?」


「……じゃあ何でわざわざ教えるんだよ、俺にできねえことを」


「アンタはEDEN(ネットワーク)世界に慣れていないだろうから、今のうちに理解しておいて欲しいのよ。一見して現実世界のように見えるけど、ここでは、いつでも物理的な常識が通用するとは限らないってこと。たとえば人は空を飛べるし、水の中で呼吸することだってできる。扉の先に空間があるとは限らないし、重力や慣性が働かないこともあるでしょう。暑さや寒さも偽物。そうね。VRゲームの世界だと思えば良いわ。ただし、ここで死んだらゲームオーバーになるんじゃなく、本当に命を落とすことになる、デスゲームだけど」


「さっき、ザリウスのオッサンからも聞かされた注意事項だろ、それ。(イデア)ってのは、俺を示す情報の塊。それが直接、攻撃されて傷ついたり、破壊されれば、壊れたデータになっちまうんだろ?」


「ここで受けた(イデア)へのダメージは癒えない。たとえ、かすり傷だって、傷ついた場所によっては、致命傷になるかもしれないわ。パソコンのソフトだって、少しでもデータやプログラムが壊れていたら、正常に動作しなくなるもんでしょ? (イデア)の壊れ方が悪ければ、肉体に戻った時に廃人化するリスクだってあるってことよ。物理的に死ぬよりも恐ろしいことなのよ、それって。よくよく注意してよね」


「お互い様だな……」


「ええ。アタシも気をつけるわ」


 やがて、先頭を歩いていたレオが立ち止まる。


「ここだ」


 何もない空間を指さして、レオは断言した。そのまま虚空に手を伸ばし、ドアノブを掴んで回すようなジェスチャーをする。すると、そこに見えないドアが存在していたように空間が裂けて、その向こうに街の景色が見えた。トウゴは思わず呟いてしまう。


「見えないドアとはな。たしかに、物理的な常識は通用しないってわけだ」


 雪山の景色の中、人が通れるサイズの長方形に裂けた空間を、トウゴたちは通過する。見えないドアを抜けた先は、不可思議な大都会の景色が広がっていた。


「ここがレルムガルズの中枢エリア、“ロビー”って呼ばれてる場所なのね」


 ジェシカが呻くように呟いた。


 和、洋、中華。様々な国の特徴を持った建築様式で、所狭しと建造物が建ち並んでいる。そびえ立つ子超高層ビルの隣に、中華様式の繁華街や、和式の仏閣などが乱立していた。他の諸外国のテイストも含まれているだろう。あらゆる国の文化をごちゃ混ぜにした、統一感のない雑多な大都会に見えた。トウゴが感じた印象としては、サイバーパンクな雰囲気である。


「……!」


 驚いたのは、その雑多な風景に対してではない。


 大量の戦車やミサイル車両。そうした近代兵器の数々が、路上をゆっくりと通過している。それを市民と思わしき魔人(ドワーフ)族たちが、歓声をあげながら見送っているのである。なぜか、その場の人々からは、争いごとを望んでいるかのような、異様な熱狂のようなものを感じられた。


 裏通りに身を潜めながら、トウゴたちはパレードを遠目に観察する。

 最初に、状況考察を口にしたのはエマだった。


「これって……もしかして“軍事パレード”をやってるんですか?!」


「そのようだな」


 冷淡に、レオがいつもの仏頂面で肯定する。

 だがそれに、トウゴは疑問を感じた。


「でもおかしかねえか? ここは物質世界じゃなくてEDEN(ネットワーク)世界だぜ。つまり、ここにある近代兵器は、実体のない偽物ってことだろ。そんなもんでパレードして何になるよ」


 答えたのは、やはり博識なジェシカである。


「たしかに実体はないけど、この世界で、兵器の象徴(メタファー)(かたど)っている代物だということは、情報世界で使用できる兵器。つまりは“情報兵器”ってことでしょ。外観のない兵器は、物質世界を生きる生物には認識しにくいから、“見た目”だけ近代兵器の形状で現している、攻撃プログラムデータだと思うわ」


「攻撃って……何を攻撃するんだよ」


「そうさなあ。タイミングからして、ここへ来る前にダンジョンで見かけた、魔国パルミラの異常存在(ヘテロ)たちへ、一斉同時の精神攻撃を仕掛ける準備かもしれん。目下の攻撃対象はそうかもしれんが……元々は“人間たちを攻撃する目的”で準備されていたもんだろうよ」


「人間たちを、魔人(ドワーフ)族が攻撃するって……。なんでだよ? 帝国から受けた差別への恨みか? けどここのレルムガルズに住んでる連中は、人間社会から隔絶されてんだ。迫害を受けていたってのは、少し違うように思うが……」


 ザリウスは腕組みをして、嘆息を漏らして言った。


「ちょうど良い。見せたかった国の状況ってのは、この雰囲気だ」


「この雰囲気って……みんなが戦争ムーブメントに熱狂するような、この感じのことか?」


「――――“設計者(アーキテクト)信仰”だ」


 ザリウスは奇妙な言葉を口にした。

 怪訝な顔をするトウゴとクラーク姉妹へ、真顔で説明する。


魔人(ドワーフ)族ってのは元々、設計者(アーキテクト)どもに奪われた、人工惑星アークの制御を取り戻すことを目的に集ったハッカー集団だった。けど今はもう、そんなのは大昔のことすぎんのさ。誰も事の始まりなんざ、憶えちゃいない。俺たちはいつしか、EDEN(ネットワーク)世界へ移住することを教義とする種族になっちまっていた。そして行き過ぎたそれは、EDEN(ネットワーク)を支配する上位存在、つまり設計者(アーキテクト)たちへの畏怖と“(あこが)れ”に変わっちまった」


設計者(アーキテクト)たちへの、憧れだあ……?!」


「おうよ。自分たちがなろうとしていた存在。それを体現しているのが、設計者(アーキテクト)に思えているわけだ。EDEN(ネットワーク)上に存在する、高位の情報知性体になる。それこそが魔人(ドワーフ)の理想だ。考えてみりゃ、それを先にやってんのは、設計者(アーキテクト)じゃねえか」


 ザリウスの話しに、トウゴたちは閉口してしまう。言われてみれば、たしかに設計者(アーキテクト)は、魔人(ドワーフ)たちの教義を、実現した存在だと言えるのかもしれない。そう思えたからだ。


「レルムガルズの現王、ローガ・レルムガルズは、設計者(アーキテクト)たちを“神”と崇めてやがる。それは多くの国民たちも同じだ。だからヤツらへ忠誠心を示すため、ヤツらを殺すため、先祖たちが代々に渡って開発してきた、カースグリフの槍を“献上”しちまった。そうして今じゃこの国は、設計者(アーキテクト)イアコフの、傀儡(かいらい)王国に成り下がってんのさ」


「ちょっと待ちなさいよ! レルムガルズの魔人(ドワーフ)たちは、じゃあ設計者(アーキテクト)の言いなりになることを望んで、忠誠を誓ったって言ってんの!? アタシたちのことを虫けらみたいに思ってる連中を神様扱いして?! バカじゃないの!?」


「そんなのありえない判断ですよ!」


 (いきどお)るクラーク姉妹へ、レオが応えた。


「残念だが、現実にそうなっている。レルムガルズがこうなることを良しとせず、ザリウス様はかつて、弟君と王位を争ったのだ。そして、その政争に敗れて、追放者の身分となった……。さっき山小屋で出会ったレジスタンスたちは、現王の統治方針に、未だ納得できていない、少数派の隠れ勢力にあたる。かつて“ザリウス派”と呼ばれていた者たちだ。俺を含めな」


「……そういうことだったわけかよ」


「ああ、そういうこった。恥ずかしながら、これが我が祖国の現状よ」


 ザリウスは腕組みをしたまま、苦笑で返す。

 そうして話しを続けた。


「レルムガルズはもう、設計者(アーキテクト)たちと戦うどころか、付き従う勢力に成り下がってる。連中の文明実験とやらの手伝いのため、人間たちが地上でやってる戦争の裏に暗躍して、争いごとを盛り上げようとしてんのさ。現王が、設計者(アーキテクト)の野郎に“命令”されてな」


 ザリウスは忌々しく吐き捨てるように、「命令」の言葉を強調して言った。

 そうして続ける。


「もしかしたら……レルムガルズの暗躍にバフェルトが気付いたから、異常存在(ヘテロ)たちをけしかけて、攻めてきてんのかもしれんな。詳しい戦況はわからんが、そうだとしても我が国の自業自得ってもんだ。他所の戦争に、不用意に首を突っ込めば、その戦火に巻き込まれるのは道理ってもんだろ」


「……レルムガルズの軍が、異常存在(ヘテロ)たちの急襲対応に兵力を割いてるってんなら、予期せぬチャンスかも、か? 王宮の警備が、普段より手薄になってたりしないか」


「逆に警備を固めているかもしれんが、それは行ってみないとわかねえなあ。まあ、山小屋で説明した通り、俺たちのやることは変わらん。これから王宮に忍び込み、設計者(アーキテクト)礼拝堂に奉納(ほうのう)されている、カースグリフの槍を盗み出す。もしも現王や、設計者(アーキテクト)に気付かれたら……そこで終わりだと思うこった」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よければ「ブックマーク登録」「評価ポイント」をお願いします。
作者の励みになります。

また、ランキングタグも置いてみました。
この連載を応援いただけるのであれば、クリックしていただけると嬉しいです。
小説家になろう 勝手にランキング

©うづき, 2021. All rights reserved.
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ