存在意義
「お主は騎士になれ。まぁ、騎士でなくとも構わん。国の重要人物にまで上り詰めろ」
それはさっき聞いていた。
そのときは眠さと疲れが勝ったせいでロクに考えもしなかったが、よくよく考えてみればおかしすぎる。アクリの方がその願いを叶えなれる可能性は圧倒的に高いのではないか。
「なんで俺なんですか。それに、俺が上を目指さなくてはいけない理由も分かんないです」
怒るつもりはなかった。起こってしまったことは仕方ないと思っていたから。けれど、向こうの世界の事を考えるとどうしても苛立ちが出てしまった。
「お前が向こうの世界から来たからじゃ」
「え? どういうことですか」
正直イラっときた。
向こうの世界から来た人間だったら誰でも良かったのか? なぜ俺がこんな目に逢わなくてはならないんだ。確かに誰しもが憧れるような世界に転生をすることはできた。けれど、俺が望んだ訳じゃない。
「詳しいことはまだ話せないのじゃ。申し訳ない。本当に申し訳ない」
そういうと長老は立ち上がって俺に対して深々とお辞儀をした。
違う。違う。
そんなものはいらない。
そんなことで俺の苛立ちの矛先を反らそうとしないでくれ。
「顔、あげてください。俺は謝罪を求めてるんじゃないんです。俺がこの世界に連れてこられた理由を求めてるんです。止めてください。座って下さい」
長老は顔をあげると座ることなく続けた。
「本当に申し訳ない。心の奥底からそう思っている。だから出来る限りの手助けはする。ワシの名も王都に近づけば近づくほど有利にはたいてくれるはずじゃ」
そうじゃないんだって。違うんだって。
「すまん。本当にすまん。今はただ謝ることしか出来んのだ」
長老は尚も謝り続ける。俺の意思に反してずっとだ。
しばらく沈黙が続いた。綺麗な空気の中で満点の星空の下、俺たちの周りの空気だけが重く苦しいものになっていた。
一分もなかったかもしれないし、十分近く黙り混んでいたかもしれない。
その間も長老は座ろうとせず、ただただ俺の足元を見つめていた。
「・・・・・・分かりました。今は聞きません。けど、いつか絶対話してください。絶対です」
その沈黙を破ったのは俺だった。
「ありがとう。心の底から感謝をする、レオよ。明日からはこの世界や魔法、剣術について学ぶことになるじゃろう。アクリを頼ってもワシを頼っても構わん。貸せるだけの力は貸そう」
またも頭を下げる長老。もうどうとも感じなくなった。後輩に初めて慕われた時のようなもどかしい感覚に。
「そんなにかしこまらないでください。いいんです。気にしないでください。俺の意思なんですから。目指すならテッペンだってね」
薄々気がついてはいた、俺が納得しなければいけないことなのだと。
長老の言葉、声音には絶対に退かないという、否、退くことはできないという意志が強く滲み出ていたから。
長老は俺が無理をしていることに気がついているんだろう。肩を軽く叩くと家の方に戻っていった。
長老、格好いいな、背中。後ろ姿を見て、そう思っている自分がいることにどことなく悔しさを覚えた。
形はどうであれ長老は一つの意見を貫き通したのだ。俺が一番苦手とするそれをやった。そのあとに俺を一人にするという判断もしてくれた。
もうすっかり怒りなんてなくしている。自分の悪いところだと自覚をしている。すぐに人を信用するし、すぐに嫌いにもなる。けど、すぐに好きにもなる。いつだか誰かにB型の典型的な性格だねと鼻で笑われたこともある。
そうだ。俺は典型的な考え方、努力、工夫しかできない。でも、これからは全く知らない世界に飛び込んでいくんだ。少しずつにも変わらなければいけない。いつまでも泣いてなんか……。
あれ。おかしい。なんで俺は泣いているんだろう。
気が付くと俺の両目からは涙があふれていた。溢れた水は頬を伝って落ちていく。ボロボロと汚ならしく一粒、一粒と。
「うっ……うっ……ぁっ……んっ……と……うさんっ…………かあさんっ」
静かな夜の村。満点の星空。
全てどうでもよくなってしまった。
ただただ、あの暖かい家に帰りたい。無くして初めて大切なものだと気が付く──それは当たり前にそこにあったから。望まなくてもあったから。
鼻をすすり、涙を服で拭った。
「父さん、母さん。ごめんなさい。…………ありがとう」
目をつぶると思い出がよみがえってきた。
異常なほどの母さんっ子で父さんがヤキモチを焼いてたらしい赤ちゃんの時。
母さんも父さんもかけがえのない家族なんだと知ることができた幼少期。
友達がうまく作れなくて悩んで苦しんでいたところに、両親が手を差し伸べてくれたのをキッカケに楽しくなり始めた小学校。
周りの変化や腐りきった人間関係に心を病んだけれど、無理して通った中学校。結局、途中からまともに通わなくなってしまった。その頃には母さんも父さんも信用できなかった。
絶対に合格できないといわれたが、必死に勉強して入ることのできた高校。
そして、転生してしまった今。
友達関係でうまくいった矢先、人間関係で心を病む。辛くても無理して通ったのに、途中で諦めた。死ぬほど勉強して入った高校で死んで転生してしまう。大好きだった両親のことを嫌いになってしまう。
我ながら積み上げてきたものを壊し、積み上げてきたものを壊して来たものだと感心してしまう。
けれど、無駄ではなかったんだろう。
人間付き合いで苦しんだことは、皆に頼ってもらえる明るい人間になることに繋がった。
心を病むという経験をしたことで、つらい思いをしている人に安心させる話題を触れるようになった。
学校に行かなかったくせに、死ぬほど勉強して高校に入ったことは、『やり直しがきくんだから失敗なんか恐れなくてもいいじゃないか』という考え方ができるキッカケになった。
大好きだった両親を嫌いになって、その大切さに気付けたことで、当たり前の大切さや感謝する心を学ぶことができた。
今なら胸を張って両親の前でもいうことができる。
ありがとう。
と。
目を開くと当たり前のように視界は涙でぼやけていたけれど、さっきまでの涙とは違って清々しい気持ちになることができる涙が静かに俺の頬を伝っていった。
今までの俺が色々なことを経験して、認めてもらえる人間になっていたのだとしたら、存在意義も存在理由もあったんだろう。
じゃあ、今回はもっと近道をしてやろうじゃないか。




