068話:お風呂の団欒
「――と言う事で、少しのあいだ屋敷を留守にすることになったから」
「「「「「「えええええ~~!」」」」」」
風呂場で使用人たちにアルグランス一周旅行の話をすると、獣人娘のメイドたちから一斉に悲観されてしまった。
「そんなぁ~ 旦那様が居なくなるなんて寂しいですわ~」
「我が国一周の御旅行なんて、馬車でも数カ月はかかりますよ?」
「折角旦那様の御側でお仕え出来ると喜んでいましたのにぃ~」
「年内にはお帰りになられますでしょうか?」
「せめてお供の許可をいただけませんか?」
「あ! それなら私が御一緒したいです!」
「「「「「抜け駆け禁止!」」」」」
ハハハ、「女子三人寄れば姦しい」って言葉があるけど、六人いるから二倍賑やかだな。
アルグランス一周の旅だけど、昼間に見せてもらった地図から計算すると、国の外周はおよそ一五〇〇〇キロって感じだ。
銀貨五〇枚を書物閲覧に課金し、地球の世界地図を閲覧しながら比較したが、それによるとオーストラリアの外周と同じくらいの距離に相当することが判った。
しかしゲームの攻略本より安い世界地図って、価格設定おかしくない?
と思ったけど、この異世界じゃ使い道が無いからこその設定かも知れないね。
妙なところで価格設定にアンバランスさを感じるけど、思ったより安く済んだので助かった。
とりあえず後学の為にも、閲覧期間中にできる限り地球の地図を頭に叩き込んで距離感を把握しておこう。
ちなみに書物閲覧で取り出した本の内容を写真に撮ろうとしたら――
>海賊版ダメ絶対っしょ!
――というメッセージが出て、写真や録画の撮影はできなかった。
なかなかのセキュリティーだ。
そんな感じで話を戻そう。
「いや、多分のんびりしながらでも今月の下月中には帰れるよ」
「「「「「「そんなに早くっ⁈」」」」」」
「みんな忘れてない? マークたちのこと?」
オレが指差した先には、洗い場でサーシャにゴシゴシと無抵抗に体を洗われている、ずぶ濡れのマークたちの姿があった。
「ほらマーク様! 逃げないで下さい! まだ後ろ足と尻尾が終わっていませんよ」
「いやサーシャよ、我はもう十分だから……」
「駄目です! 全身隈なくしっかり洗うようにと旦那様から仰せつかっておりますので!」
「ぐぬぬ……主様の命なら致し方―― はふん…… もう少し優しくしてくれ……」
「父上! ここは一族の長としての度量を見せる時ですよ!」
「父上がんばれ~」
残念ながら今日は風呂に入るように命令した次第だ。
最低でも三日に一度風呂に入るように言ったら絶望的な顔をしていたよ……。そんなに風呂嫌か?
ちなみにシェリム王妃の護衛として王城に残ってるサタは、オレが「妊婦さんの側にいるのだから、毎日綺麗に清潔を心がけるように」といった言いつけをちゃんと守ってるようだ。
まぁそれはとりあえず置いといて……。
「今回はマークたちに乗っかっていくから、多分半月くらいで帰ってこれると思う」
あくまで単純計算だけど、マークたちは時速二〇〇キロでも余裕で走れるので、一日八時間走ったとして一六〇〇キロ。
つまり一〇日もあればアルグランスの外周を走破することは可能ということだ。
まぁ途中なにが起こるか分からないし、天候とかもある。
その辺りも考慮に入れて半月ほどの余裕を見越しておいた方がいいだろう。
「確かにマーク様たちでしたら、それくらいでいけそうですわね」
「なにせ神獣様ですからね……」
「それでも半月は長いですぅ~ どうかお供の許可を~」
「だ~め。これは遊びじゃないの」
兎耳系獣人のメキナと犬耳系獣人のポロンは納得してくれたみたいだが、同じ犬耳系獣人のアーシャムはやっぱり付いて行きたそうだ。
ちなみにアーシャムの犬耳はポロンの垂れ耳と違って立ち耳だ。
「アーシャム、我儘を言って旦那様を困らせてはいけません!」
「あんまりしつこいとリコナさんに言いつけるぞ」
「ハイなのですぅ~……」
この屋敷の獣人メイドの中ではリーダー格の猫耳系獣人ルトと、熊耳系獣人アニルがアーシャムを叱る。
アニルってメイド仲間内では少し男性口調に変わるんだな。
「しかし旦那様御一人で行かれるというのも、それはそれで問題な気もします……。せめて一人だけでもお供をお連れになられた方が……」
狼耳系獣人のソルムがオレの身を案じてそう言ってくれる。
ハハハ、そこまで心配してくれるとは嬉しいね。
だが今回の旅は一人じゃないんだな~。
実はアリオス爺から案内役として、ダイルの同行をお願いされた。
他の理由はとしては、地理に関しての後学のためとオレの護衛だ。
護衛に関しては危険などに関してではなく、道中で出会う人々に対してのことだという。
ダイルは士爵。つまり貴族なので平民に対しては問題ない。
しかも同行中はシグマ陛下直々の特使という肩書も付くそうだ。
これは行く先々でいくつかの領地に入ることになる、その対策だそうだ。
その領地の領主、つまりアルグランスの上級貴族に対しても、スムーズに話を進めるための処置だ。
武王陛下直下の特使というのは、最高爵位である公爵と同等の権威があるらしい。
すでに各領地にも伝令を出しているらしいので、移動はスムーズに行えるだろう。
あと、オレの世間知らずに対してのフォロー役の一面も担っている。
これに関してはぐうの音も出ないし、オレとしても非常にありがたいフォロー役なので、ダイルの同行は快諾した。
だが、そのことを皆に伝えたら、獣人娘たちが先ほどより一層不安そうな表情を浮かべる。
「マ、マクモーガン卿が同行ですか……」
「益々心配ですわ……」
「ダイル様は少しお調子が過ぎることもありますからねぇ……」
「その辺りは十分にお気を付けを! 旦那様」
「なぁ~ やっぱりあたいらの中から一人お供を選出してもいいんじゃないかな?」
「アニルの意見に賛成~」
ダイル……あんた、もう少し身の振り方考えた方がいいぞ……。
そんな心配をしていると、風呂の扉が開いてハイドワーフのメイドが声をかけた。
「貴方たち! 交代の時間はとっくに過ぎてますよ! 早くお上がりなさい!」
「「「「「「ごめんなさいリコナ姉様~~」」」」」」
当屋敷のメイド長役のハイドワーフ、リコナだ。
彼女は当屋敷のメイドの中では最古参のメイドで、一応王城では一般メイドなのだが、メイリン女史から当屋敷のメイド長へと任命されたので、他のメイドたちから姉様呼びされている。
そんなリコナに一喝され、そそくさと湯船から出て脱衣所に向かう獣人娘たち。
ハハハ、いつもはピコピコ動いて可愛いみんなの尻尾が、今は全員垂れ下がっちゃってるよ。
「申し訳ございません旦那様、折角の御入浴中ですのに皆がお騒がせした御様子で……」
「ハハハ、大丈夫だよ。こういう団欒も風呂の醍醐味なんだ。だからあまりみんなを叱らないであげてね」
「かしこまりました。では恐縮ですが、お次、私たちもおよばれさせていただきます」
リコナがそう言って一旦扉を閉めてしばらくすると、湯着に着替えたリコナ、テトラ、ゼストのハイドワーフメイド三人衆が風呂場に入ってきた。
三人ともきちんとかけ湯をしてから湯船に浸かる。
「では旦那様、お邪魔させていただきます」
「ああ、ゆっくり今日の疲れを癒してね」
「ところで旦那様、先のみんなと一体何のお話をされていたのです?」
「うん…… わ、私もそれ、き、気になってました……」
リコナとテトラは絵に描いたような、凛とした姿勢のメイドさんって感じ。
当屋敷のツートップとして、メイド衆を上手く切り盛りしてくれている。
だからルトはナンバースリーって感じかな?
そしてゼストは少し落ち着いた……というか、少し控え目な感じの女の子で、さっきみたいによくどもる。
ちなみに当屋敷のメイドの中で、ライラと同じ一四歳で最年少だ。
で、さっきの話をしたら、また三人からも寂しがられ、ダイルの話をしたら微妙な顔をされた。
ダイル……お前の世間体、本当に大丈夫か……?
そんなことを思いながらマークの様子に目を向けると――
「な、なぁサーシャよ、もうよいであろう?」
「駄目です! あと尻尾が残っています!」
「父上! ここが踏ん張りどころです!」
「がんばれ父上~」
「し……尻尾は優しく……はふん……」
――なにやってんだかな~……。
とりあえず出発は三日後なので、明日明後日の間に色々と準備しておかないとね。




