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第一章 迷宮の最下層にある学校⑥

 第一章 迷宮の最下層にある学校⑥

 

 俺たちは迷宮の入り口に来ていた。


 入り口は神殿のように横幅の広い階段になっていて、そこには四人の生徒が槍を手にしながら立っていた。

 その腕には警備隊と書かれた腕章も付いている。


 こういうところも学生ならではの拘りを感じさせた。

 

 俺たちは警備をしている生徒に許可証を見せる。

 

 すると、すんなりと道を開けてくれたので、そのまま階段を上っていく。横手の壁にはやはり光石が取り付けられていて、明かりの確保はできていた。

 

 ちなみに様々な色の光を放つ光石は地上では比較的、安価で取引されていた。質の良い光石だと何百年も変わらぬ光りを放ち続ける。

 もっと上質の光石だと、数千年も光りを発し続け、そういう光石は大抵、古代の遺跡などに使われていた。

 

 現在、俺たちがいるゲムヘナルの迷宮も古代の遺跡なので、あらゆるところに光石が使われていると聞いている。

 故に松明を持つ必要はないのだろう。

 

 俺たちが階段を上りきると、そこには戦うには十分な広さがある通路があった。天井も高いし、壁や床も滑らかな石の表面を見せている。

 

 ここから先は、こんな通路がどこまでも続いているのだ。迷宮を作り上げた古代人の技術には感心させられるばかりだな。

 

 もちろん、通路にも光石の明かりが灯っているので、視界に対する不安はあまりない。

 

 迷宮だけに宮にも近い雰囲気を併せ持っているな。

 

「ここが迷宮か」


 俺は肌がピリピリするものを感じた。

 

 肺に吸い込まれる空気にも味があるような気がしてしまう。それだけ地上とは違う空気が満ちているのだ。

 

「そうだ。何とも身が引き締まるような空気が漂っているだろ。僕も初めて迷宮に潜った時はこの空気に当てられて膝がガクガクしたよ」


 ハンスも緩んだ顔はしてなかった。

 

「それは分かるな」


 鬼が出るか、蛇が出るかと言った雰囲気だからな。いきなり通路の奥からドラゴンが顔を出すなんてことはなしにしてくれよ。

 

「ま、ここら辺の通路はまだ見通しが良いから、モンスターが近づいて来ればすぐに分かるけどね」


 ハンスは肩に掛けていた弓を手にしながら、そう言った。

 

「でも、魔界の穴には近づかない方が良いよ。穴の近くには大抵、モンスターがたくさんいるから」


 アリスは杖の水晶を光らせていた。その白い光が迷宮の中をより明るく照らし出す。

 

「モンスターをたくさん狩りたい時は敢えて魔界の穴に近づくっていうのもアリだぜ。他の奴らも穴の近くは稼ぎ場所だって言ってるからな」


 カイルは槍の穂先を通路の奥に向けながら歩く。

 

 みんなの足運びをそれとなく観察していた俺は、戦い慣れているのは確かなようだなと思った。

 

「でも、穴の近くは空気が淀んでるから、あまり長居しない方が良いよ。魔界から流れ込む空気を吸いすぎて、体長を崩しちゃった生徒はけっこういるから」


 チェルシーは少し弱気だ。

 

 本に書いてあった話ではあるが、迷宮にある魔界の穴に入って生きて帰ってきた人間はいないらしい。

 魔界は瘴気に満ちていて、人間ではとても生きていけないとも言われているし。

 

 ただ、エルフやドワーフなどの異種族も魔界からやって来るという話を聞くと、案外、人間も魔界で暮らせるのかもしれないと思える。

 

「それで、この辺りにはどんなモンスターが出て来るんだ?」


 俺は期待を込めて尋ねた。

 

「一番、多いのがゴブリン。その次がオークだ。リザードマンなんかも現れるけど、数はそんなに多くないな」


 ハンスはゴブリンという名前を何とも嫌そうに口にした。

 

「いかにもモンスターって感じだな」


 ゴブリンやオークは迷宮でなくても出て来るからな。この二匹のモンスターは人間にとって天敵だ。

 

「あと、食料にもなるビッグボアやキラー・バッファローなんかも出て来るよ。特にビッグボアのお肉は焼くと美味しいんだ」


 アリスの言葉を聞き、学院の生徒たちが生きていけるのも食料となるモンスターがちゃんと出て来るからだなと理解した。

 

「なるほど」


 俺が食堂で食べたステーキもビッグボアの肉だったよな。確かにあれは旨かった。


「とにかく、ディン君には思いっきり戦って貰うぞ。モンスターと会ったら、怖くて剣が握れなくなったなんて言わないでくれよ」


 ハンスは俺を横目にしながら言った。

 

「分かってるよ」


 俺はハンスの物言いに少しムッとした。

 

 でも、ここで背伸びをしても、何か失敗した時に恥ずかしくなるだけだと思い何も言わなかった。

 

 やはり、どんな場所においても謙遜さが大切だな。

 

「でも、無理は禁物だよ。怪我をしたら大変だし」


 俺の力を信じてないわけではないだろうが、アリスははっきりと言った。

 

「まあ、治癒の魔法なら僕が使えるけどね。ただ、熟練度は高くないし、あんまり酷い怪我だと治せない」


 ハンスは掌から白い光りを生じさせて見せた。

 

「学院に戻れば酷い怪我でも治して貰えるけどね。保健室の先生や医療科を専攻していた生徒たちもいるし」


 アリスは苦笑しながら言葉を続ける。

 

「ただ、医療科の生徒の中には法外な治療費を要求する人もいるから、怪我はしないことに越したことはないよ」


 アリスの言葉に、俺は世知辛いなと思った。

 

「毒とか麻痺も危険だよ。ハンスなら魔法で治せるけど、戦闘中に麻痺とかになると命取りだから」


 チェルシーも危ぶむような声で言った。

 

「死んだ人間を生き返らせることはできないのか?」


 俺は無理だろうなとは思いつつも尋ねた。

 

「それは今のところ無理だな。学院一の魔法の使い手でもある、あのウルベリウス院長でも死んだ人間を生き帰らせることはできねぇって聞いてるし」


 カイルの言葉に俺は肩を落とした。

 

「もちろん、善神サンクナートや悪神ゼラムナートなら死人も生き返らせられるかもしれないが、そんなことをしてくれたことは、ただの一度もねぇな」


 カイルは冷ややかに言った。

 

「でも、ゼラムナートが伝授した闇の魔法で、死んだ生徒をゾンビとして生き返らせたって言う噂は聞いたことがあるよ」


 そう言って、チェルシーは唇を震わせる。

 

「ゾンビだって?」


 俺は肌がゾワッとするのを感じた。

 

「うん。でも、そのゾンビは知性がなくて、その場にいた人たちに襲いかかってきたから、頭を切断して殺しちゃったって聞いたけど」


 それが本当なら、酷い話だ。

 

「なら、絶対に死ぬわけにはいかないな」


 俺はギュッと握り拳を作る。

 

 自分が死ねないのはもちろんのことだ。が、仲間が死ぬようなことも、あってはならないだろう。

 ましてや、ゾンビなんてもっての外だ。

 

 みんなを守る力が俺にあればと切に思う。

 

「そういうことだな」


 ハンスは明るく笑った。

 

 その瞬間、通路の奥から足音が聞こえてきた。足音の響き方が普通の人間とは違ったので、俺も剣の柄に手をかける。

 

 すると、ぞろぞろと子供くらいの背丈しかない小鬼が現れた。小鬼たちの着ている服は汚くて見窄らしい。

 

 こいつらは間違いなくゴブリンだ。

 

 俺は即座に剣を抜き放つ。刀身が光石の光を反射して、鈍色に輝いた。

 

「さてと、八匹はいるな。今回は報酬を貰えないただの力試しの戦いだし、どういう風に料理してやろうか」


 ハンスが弓に矢をつがえながら言った。

 

「ここはディン君を前衛にして戦った方が良いんじゃないかな。私もディン君の実力は良く見たいし」


 アリスは杖の水晶から放たれる光を強くする。すると、その白光にゴブリンたちも眩しそうに顔を背けた。

 

 ゴブリンは強い光りを嫌うのだ。だから、地上にいるゴブリンは洞窟を住処としていて夜しか、外には出てこない。

 

「でも、ディンだって、アタシたちの実力はしっかりと見ておきたいんじゃないの?ハンスがお気楽パーティーだなんて言うから、私たちの実力は疑ってるだろうし」


 チェルシーは短刀を抜きながら言った。

 

 戦う武器としては、その短刀はいかにも心許ない。

 

 俺もナイフや短刀の扱いには慣れていないから、チェルシーがどのような戦い方をするのかは気になった。

 

「なら、みんな、好きに戦って良いってことにしようぜ。連携を心懸けて戦うのは、まだ早いだろうからな」


 意外にも冷静な判断をしたのはカイルだ。その言葉にハンスも鷹揚に頷いて「良いだろう」と言った。


 それから、俺たちはジリジリと躙り寄ってくるゴブリンたちに対して臨戦態勢を取る。

 

「よし」


 俺はそう言葉を口から吐き出すとナイフを手に前進してくるゴブリンに斬りかかった。

 

 いつものように戦えば負ける相手ではない。もちろん、迷宮のゴブリンが地上のゴブリンより強くなければの話だが。

 

 とはいえ、その不安は杞憂だったらしい。

 

 俺の繰り出した力強い斬撃は突き出されたナイフを根元から断ち割り、そのままゴブリンの体を袈裟懸けに切り裂いた。

 

 血飛沫を上げながらゴブリンが崩れ落ちる。

 

 最初のゴブリンはまるで手応えのない相手だった。

 

「へー、良い太刀筋をしているじゃねぇか。さすが、本業の冒険者だな」


 カイルは感心したように言った。

 

 が、すぐに別のゴブリンが横から尖った骨を俺の足に突き刺そうとする。俺もすかさず剣を引き戻そうとした。

 

 その瞬間、尖った骨を振り上げたゴブリンの額にストンッと矢が突き刺さった。


 ハンスが背筋をピンと伸ばして、俺の後方で弓を構えていたのだ。矢を食らったゴブリンはヨレッと倒れる。

 

 たいした弓の腕前だと、俺も唸りたくなった。

 

「迷宮では絶えず周囲の動きに気を配ることだ。じゃないと、他のメンバーの戦いの邪魔をしてしまうからね」


 ハンスは芯の通ったような声で、そう言い放った。

 

 こと迷宮での戦いでは彼らの方が先輩なのだ。彼らの助言は素直に聞き入れた方が良いだろうな。

 

 俺は獲物を求めるように次のゴブリンに斬りかかろうとする。すると、目の前のゴブリンが、俺にえび茶色のナイフで斬りかかってきた。

 

 あのナイフには毒が塗られているな。もし、刺さったら命を落としかねないし、油断はできそうにない。

 

 そう思った俺はナイフが届く前に剣を一閃させた。

 その一撃はえび茶色のナイフを持ったゴブリンの首をいとも簡単に切断する。頭部がなくなったゴブリンは前のめりに倒れた。

 

 盾を使う必要もなかったな。

 

 俺が周囲を見回すと、カイルが一匹のゴブリンを血溜まりに沈めていて、もう一匹のゴブリンの胸に槍の穂先を突き刺していた。

 が、そのゴブリンは足掻くようにカイルにナイフを投げ付けようとする。

 しかし、そのナイフが投げられる前にゴブリンの口の中に矢が吸い込まれる。そのゴブリンは頸椎を貫かれて、ポロッとナイフを落として倒れた。

 

「いつもながらナイスアシストだな、ハンス」


 カイルが溌剌と笑った。

 

 そして、残りの三匹となったゴブリンたちは俺たちの戦いぶりに怯んだのか、その場に固まってしまった。


 そこへ、大きな火球が飛来し、ゴブリンたちの足下で爆発した。三匹のゴブリンは膨れ上がった生き物のような炎に包まれる。

 それから、ゴブリンたちは床を転げ回ったが、しばらくすると動かなくなった。

 

 そんな炎の熱は俺の肌にも伝わって来る。

 

 魔法の力を見る機会はほとんどなかっただけに、俺も戦慄した。

 

「私の魔法はけっこう威力があるから、ディン君も巻き込まれないように気を付けてね」


 アリスの言葉を聞き、確かにあの炎は食らいたくないなと思った。

 

 俺はこれで終わりかと剣の切っ先を下ろした。が、その心の緩みを突くように火に包まれたゴブリンがいきなり立ち上がってナイフを振り上げてきた。

 まずいと思って盾を掲げたが、そのゴブリンの背中に手品のように現れたチェルシーが短刀を突き立てる。

 そのゴブリンはグェッと声を上げて今度こそ倒れた。

 

「油断大敵、だね」


 チェルシーは茶目っ気のある顔で笑った。

 

 全てのゴブリンが倒れて動かなくなると、俺はみんなの顔を見回した。その顔には恐れのようなものは微塵もない。


 みんな俺とは違った鍛えられ方をしてきたみたいだな。

 

「さすがにゴブリンは僕たちの敵じゃないな。でも、ゴブリンは毒を使うから、そこには気を付けないといけないんだけど」


 ハンスは弓を下ろすと淡々と言った。

 

「でも、ディン君が強いのは良く分かったよ。私もあんな洗練された太刀筋は久しぶりに見たし」


 アリスの言葉には俺も嬉しくなった。

 

「ま、気を抜いちゃったところは減点だけどね」


 チェルシーがニヒヒと笑う。

 

「パーティーを組んでからの初めての戦いなんだ。失敗した経験は次の機会に生かせば良いんだよ」


 カイルは血を拭うように槍を振った。

 

「じゃあ、チェルシーはゴブリンのナイフを拾って置いてくれ。鍛冶場にいるボルブさんに新しい武器を作る材料にして貰うから」


 ハンスはゴブリンたちが確実に死んでいるのを見て取るとそう指示した。

 

「分かったよ」


 チェルシーは肩にかけていた袋にナイフを入れ始める。

 

「そんな小汚いナイフまで拾い集めるんだな」


 俺は呆れたように言った。

 

「当たり前だろ。僕たちには無駄にできる物なんて一つもないんだよ。飢えを凌ぐためなら、不味いゴブリンの肉だって食べなきゃならないし」


 ハンスは苦笑しながら言った。

 

 ゴブリンの肉なんて絶対に食べたくない。でも、餓えて死にそうになったら、食べないわけにはいかないだろう。

 

 俺はゴブリンの肉が調理されているところを思い出し気持ちが悪くなる。と、同時に迷宮の食糧事情は厳しそうだなと思った。

 

「そうか」


 そこまで言われては俺も言い返す言葉がなかった。

 

 まだまだ迷宮の中で暮らしていかなきゃならないという、認識が不足していたのかもしれないな。

 

 ハンスたちは進んで冒険者の世界に飛び込んだ俺とは違った形で生きる厳しさを学んだのだろう。

 

「とにかく、もう一戦こなすぞ。次の戦いでは、ディン君に率先して動いて貰うから、みんなもそのつもりでいてくれ」


 ハンスがそう檄を飛ばすように言うと、ゴブリンたちを一掃した俺たちは更に通路の奥へと突き進む。

 

 それと、ハンスは自分の頭の中には九十五階までの迷宮の構造は全て入っていると言った。

 だから、そこまでなら地図を広げなくても迷うことはないらしい。

 

 あと、地図は無料で配布されている物もあれば、お金を払わないと見られない物もあると言う。

 

 全ての情報が公開されないのは、こんな状況下でも競争原理が働いているかららしい。

 

 それを聞いた俺も人間という生き物に救いがたさを感じた。なぜ、みんなで団結できないのかと嘆かわしくなる。

 たいした学歴などない俺とは違い、教養を高める時間はたくさんあった学生ならもう少し賢い生き方ができると思っていたが。

 

 やっぱり、人間の本質はどんな環境に放り込まれても変わらないのかもしれない。

 

 俺たちが警戒しながら歩いて行くと、今度は豚を醜くしたような顔を持つオークの集団が現れた。

 その手には使い古したような槍や斧が握られている。

 

「五匹だけど、ディン君なら一人でも余裕で斬り込めるよな。不安があるようなら、またみんなで戦っても良いけど」


 ハンスの言葉には挑発するような響きがあった。

 

 オークは人間の戦士と変わらぬ腕力を持つが、知能は低い。

 むしろ、ゴブリンのように毒などを使ってこない分、戦い易い相手かもしれない。

 

「大丈夫だ」


 俺は目力を強くして頷いた。

 

「なら、任せたぞ。僕たちは後衛でのサポートに回らせて貰うから、今度は思う存分、自由に戦ってくれ」


 ハンスは活を入れるように俺の背中を軽く叩いた。

 

「頑張ってね、ディン君。私は何も心配していないし、本業の冒険者としての格好良さを見せて貰いたいな」


 アリスは期待に満ちた眼差しで俺を見る。これには俺も負けられないなという気持ちにさせられた。

 

「お前なら大丈夫さ。冷静に戦えば、それほど苦労することなく勝てるだろうぜ。オークたちには相手が悪かったって言うことを思い知らせてやれ」


 カイルの言葉に俺も勇気を貰った。

 

「何度も言うようだけど油断は禁物だよ」


 チェルシーは短刀をクルクルと器用に回転させながら、俺にそう言い聞かせる。


「ま、例えディンが危なくなっても、弓を使うハンスが援護してくれるから問題ないだろうけど」


 チェルシーの言葉には苦笑するしかない。

 

「分かってる」


 そう言うと、俺は武器を振り上げて襲いかかってくるオークに向かって駆け出した。囲まれる前に手早く倒す。

 

 俺は流れるような動きで、先頭のオークに斬りかかる。

 鋭い角度から繰り出された刃はオークの肩から入り込み、深々と心臓の辺りまでを切り裂いた。

 反応すらできなかったオークは斧を振り上げた状態で崩れ落ちる。

 

「その調子だ、ディン君」


 ハンスの声援のような声が聞こえてきた。

 

 すると、俺の両脇から、二匹のオークが連携を意識した動きで槍を突き出してくる。

 が、俺は軽やかに身を捌いて、二つの穂先をかわして見せた。

 そして、態勢を崩し、隙を見せた方のオークに素早く斬りかかる。俺の振り下ろしはオークの頭を断ち割った。

 グロテスクな脳漿が飛び出したが、盾で血が顔にかかるのを防いだ。

 

「気持ち悪いけど、これくらいで目を逸らしたら駄目だよ」


 アリスの声が血臭に顔をしかめた俺の耳に届いた。

 それから、すぐに振り向くと、俺の背後からもう一匹のオークが前へと猛進し、槍の穂先を突き出してくる。

 さすがに背を見せれば、チャンスとばかりに攻撃してくるか。

 

 俺は巧みな体捌きで迫り来る槍の穂先をかわす。と、同時に木でできていた槍の柄を器用に切断して見せた。

 武器を壊されたオークは動揺したような顔をしたが、すぐに人間よりも遙かに鋭い爪で俺の顔面を切り裂こうとしてきた。

 しかし、空間を断ち割るような俺の斬撃が、そのオークの首をザンッと切断する。

 宙を舞った頭部は床をゴロンと転がった。

 

「すげー一撃だな。いや、たいしたもんだ」


 カイルの称賛が俺の心を熱くする。

 

 残り二匹となったオークたちにはハンスの矢が間断なく浴びせられる。腕に矢が突き刺さった一匹のオークは武器を落としてしまった。


 それを見た俺は踊るような動きで武器を落とした方のオークに接近し、死の匂いを運ぶ斬撃をお見舞いしてやった。

 武器を拾い上げる暇もなく、そのオークは胴を断ち割られて倒れた。

 

 が、もう一匹のオークは体に何本も矢を食らいながらも、両手で斧を振り上げる。

 もし、斧が振り下ろされたら、こっちの剣が折れかねない。

 

 ここは盾の出番か。

 

「最後の一匹だから、格好良く決めちゃって!」


 チェルシーの声が弾けた。


 その瞬間、オークの両腕が煌めくような刃の光りと共に切断される。盾は使わず、稲妻のように剣を横に振り抜いたのはもちろん俺だ。

 

 そして、ハンスの矢がタイミングを合わせたように飛来し、両腕を失ったオークの額に突き刺さった。そのオークはガクンと体を折り曲げて倒れた。

 

 にしても、ハンスの矢の狙いの正確さには驚嘆させられるな。俺も弓という武器を軽く見すぎていたかもしれない。

 

 どんな武器も扱う人間しだいか。

 

 こうして、全てのオークが打ち倒されると、辺りが水を打ったように静まり返る。俺も息を整えた。

 

「実に見事な戦いぶりを見せて貰ったよ、ディン君。やっぱり、君がパーティーに入ってくれて良かった」


 ハンスは胸が透くような笑みを浮かべた。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいし、俺も心置きなく【ラグドール】に自分の力を預けることにするよ」


 俺は謙虚さを交えつつ、そう言った。

 

「そうか。じゃあ、ディン君の実力も分かったし、今日はこれくらいにして学院に戻ろう。みんな手分けしてオークの武器を持って帰るぞ」


 ハンスが声を大にして言うと、みんなは迷いのない手つきで、オークの武器を拾い上げた。


《第一章⑥ 終了》



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