第三章 ドラゴンを打ち倒す武器②
第三章 ドラゴンを打ち倒す倒す武器②
俺は朝食を食べるために食堂に行こうと思い、校舎の中を歩いていた。
が、歩いている最中も、先ほど見た光景が目に焼き付いて離れなれず、頭の中で浮かんでは消えた。
もう誰かが傷ついているところは見たくない。
安っぽい正義感だけど、殺された生徒たちのカタキは取ってあげたかった。でも、今の俺ではそれも無理な話だ。
俺にもっと力があれば爺さんのようにガンティアラスと戦えたのに。
そもそも、爺さんがちゃんとガンティアラスの息の根を止めいればこんなことにはならなかった。
まあ、そんなことを言っても詮無きことだけど。
俺が悔しい思いを胸に、爪が食い込むほどきつく握り拳を作っていると、不意に「おーい」という声が聞こえて来る。
後ろを振り返ると、フィズが廊下の向こう側から飛んで来て、まるで定位置のように俺の肩に止まった。
「どこに行ってたんだ?」
俺は眉を顰める。フィズは神出鬼没なところがあるんだよな。でも、毎回、良いタイミングで現れる。
「ちょっと、学院の回りを気晴らしに飛んでいたんだよ。昨日は酒を飲み過ぎたし、酔いも覚ましたかったからな」
フィズはワインをボトルごとラッパ飲みしてたし。
本来なら、ワインという物は舌の上で転がすようにして味わうべきものだ。
なのに、あんな飲み方をしたら、ワイン通の人に怒られそうだ。ま、俺も人のことを言えるような飲み方はしてないけど。
「そっか。でも、お前、翼から少し血が流れてるぞ。フラフラ飛んでどこかにぶつかったんじゃないのか」
フィズの翼にはほんの少しだけ切り傷が付いていた。
「かもしれないな。ま、自分でも気が付かないくらいの傷だからたいしたことないさ。それにドラゴンは傷の治りも早いんだ」
フィズは柔軟さを感じさせるように首を曲げて傷口をペロッと舐めた。
「なら良いけど。でも、どうすれば竜王ガンティアラスを倒せるんだろうな。普通の人間の力じゃとても太刀打ちできないし」
俺は宙を仰ぎながら、ぼやくように言った。
「本気でドラゴンを倒したいと思うなら、まずは武器から揃えないと。正直、鉄の武器じゃ歯が立たないぜ」
「だよな」
鉄の武器でも、魔法の力を付与できれば通じるかもしれない。が、あいにくとアリスもハンスも付与魔法は習得していないのだ。
「魔法金属のミスリルでもドラゴンの鱗は切り裂けないからな。なら、やっぱりオリハルコンでできた武器で戦うしかない」
フィズは力の入った声で言った。
「オリハルコンは伝説の金属だぞ。そこらにあるような代物じゃないってことは俺だって知ってる」
オリハルコンがいかに希少なものかは良く知っているつもりだ。あの爺さんも一度はオリハルコンを見てみたいと零していたからな。
「でも、チェルシーは前に骨董好きのウルベリウスがオリハルコンの原石を持ってるって言ってたぞ」
「それは本当なのか?」
俺は食いつくような反応を見せた。
「おいらも確かめたわけじゃないから分からない。あの、おっちょこちょいのチェルシーのことだからガセネタを掴まれたのかもしれないし」
フィズは浮かない顔で言った。まあ、その通りなのだが、だからといって無視できるような情報でもない。
大賢者と称えられたウルベリウスならオリハルコンの原石を持っていても不思議じゃないからだ。
「でも、あの美術品で溢れかえった院長室になら、何があってもおかしくないと思えるよ」
俺はこの学院に初めて来た日に訪れた院長室の光景を思い出しながら言った。
ひょっとしたら、あの宝箱がひっくり返ったような部屋にはオリハルコンの原石よりも凄い物があるかもしれない。
「そうか。まあ、ウルベリウスは物を見る目もある奴だって言うし、価値のない物をわざわざ院長室に置くなんてことはしないだろう」
フィズの言う通りだな。価値のないものや真っ赤な偽物を置いていたら、学院の人間に馬鹿にされかねないし。
「現に、院長室には簡単な結界も張られているからな。なら、盗まれると困るような物は絶対にあるってことだ」
フィズの考察を聞いた後、俺は顎に手を這わせると、そのまま食堂に行った。
そこで簡単な朝食を食べると、今度は真っ直ぐ部室へと戻る。チェルシーにはオリハルコンの原石のことを聞かなければならないからな。
そして、部室の中に入ると、そこには酷い顔をしたみんながいた。
「頭が痛いな。昨日は羽目を外して飲み過ぎたし、学生の僕にはあのアルコール度数の高いワインはちょっと早かったみたいだ」
ハンスは額を押さえた。
「私も少し頭がズキズキするよ。でも、お酒を飲んでいる間だけは、シェリーのことも忘れられたんだよね。そんな逃げ方をしたら駄目だってことは分かってるんだけど」
アリスはティーカップを片手に紅茶を飲んでいる。
「俺は寝癖の酷い髪をセットし直すのに苦労したぜ。やっぱり、酒はほどほどにしておかないとな」
ジャラジャラとシルバーのアクセサリーを揺らすカイルの髪はいつものように伸び放題になっていた。
なので、どこをセットしたのか聞きたくなった。
「アタシはお風呂に入りたかったな。何か汗臭いし」
チェルシーは服の袖の臭いを嗅いだ。
俺も昨日の夜に浴場には行ったので、汗や血と言った汚れは洗い落とせている。
「私も汗で首筋の辺りがベタついてるよ。やっぱり、この暑さだと、毎日、ちゃんとお風呂に入らないと駄目だよね」
アリスはハンカチで首筋を拭った。
「それよりもチェルシー。オリハルコンの原石をウルベリウス院長が持ってるって言うのは本当なのか?」
俺は急くように尋ねた。
「本当かどうかは分からないよ。直接、院長先生を問い詰めたわけじゃないし。でも、そういう噂はキャッチできたの」
「そうか」
噂の域を出ない話か。でも、火のないところに煙は立たないとも言うからな。確認する必要性はあるだろう。
「オリハルコンの原石なんて何に使うんだ?」
ハンスが剣呑な眼差しを向けてくる。
「俺は一刻も早く竜王ガンティアラスを倒したいんだ。そのためには、どうしてもオリハルコンで作られた武器がいる」
俺の声には並々ならぬ力が宿っていた。
「本気なのか?」
ハンスの目がたちまち真剣になった。
「ああ。誰かが倒してくれるなんて期待してたら駄目だ。今日もガンティアラスに挑んだ生徒が何人か死んだし、やっぱり、自分で動かないと」
俺は奮い立つように言った。
「でも、そうしたら今度は私たちが殺されるかもしれないんだよ。ディン君はそれでも良いって言うの?」
アリスは瞳を揺らめかせている。
「良くないよ。でも、みんなが本気で迷宮を制覇する気がないんなら、俺はここにはいられないと思う」
元々、みんなは命をかけた戦いとは無縁の活動をしていたのだ。だからこそ、俺の意向でみんなを死地に向かわせるのは抵抗がある。
それに、みんなにはどんな形であれ、生きていて欲しいからな。みんなから教わったことや、受けた恩は一生、忘れない。
そして、そのみんながガンティアラスと戦うことを嫌がるなら、残念だけど俺も別のパーティーに入れて貰うしかないんだ。
「そっか。ディン君はこんな小さなパーティーのメンバーで、終わるような冒険者じゃないもんね」
アリスは寂しそうな笑みを零した。
「そういう言い方はしないでくれよ、アリス」
俺は切なくなった。
「私はディン君と一緒に頑張りたいだけなの。なのに、そういうことを言うから、こっちだって当て擦りたくなるんじゃない」
アリスは彼女にしては珍しく、むくれたような顔で言った。
「そっか」
せっかく芽生え始めた絆を断つようなことを言ってしまったのは、やはりまずかったな。
「分かってくれれば良いんだよ。とにかく、こっちこそムキになってご免。でも、ディン君も私たちを切り捨てるようなことはしないで」
アリスは悄然とした顔でブレザーのネクタイを緩めた。
「分かってるよ。みんなが地上に戻ろうとすることを諦めない限り、俺も最後まで【ラグドール】のメンバーでい続けるから」
アリスたちを切り捨てることなんてできるわけがない。
「それを聞いて安心したよ」
ハンスが眼鏡のフレームを指で押し上げながら言葉を続ける。
「ま、ディン君の目指すところは良く分かったつもりだし、そこまで言うなら、今から院長室に行って、オリハルコンの原石をかっぱらって来ようじゃないか」
ハンスは悠々とした声で言った。
「賛成だな。俺たちにだって、それなりの覚悟はある。そいつを舐められたんじゃ引き下がるわけにはいかねぇよ」
カイルが首の辺りの髪を撫でつけながら言った。
「そうだね。アタシもガセネタを掴まされたとは思いたくないし、あれこれ話している暇があったら院長室に行ってみようよ」
チェルシーも負けん気を見せる。そんな、みんなの言葉を聞いて、俺も心苦しくなった。
「無理を言ってすまなかったな、みんな」
俺は頭を下げたくなる思いで言った。
「謝る必要なんてないんだよ、ディン君。私だって、もうシェリーのような犠牲者は出したくないし、ちゃんとできることを探さなきゃ、って思ってたところだから」
アリスは前向きだった。
「だな。これは俺たちが自分で決めたことだ。だから、ディンが責任を感じる必要はねぇよ。例え、この先、何があろうともだ」
カイルの頼もしい言葉を聞き、俺も目頭が熱くなった。
「そうだよ。ディンは当たり前のことを言っただけだし、何も悪くないよ」
チェルシーは鼻の頭を指で擦りながら笑った。
「とにかく、僕も本気で迷宮を制覇しようとすることに異存はない。これでも命の使いどころは心得ているつもりだからね」
ハンスの瞳に宿った決意の光りは揺るぎないものだった。
「だからこそ、もう、現実から目を逸らして、安穏とした生活に逃げ込みはしないし、心置きなく迷宮の制覇に命をかけよう」
ハンスは眉一つ動かすことなく、貫くような眼光を見せながら言った。
その後、俺たちは部室を出ると院長室に向かった。
そして、院長室に足を踏み入れると、そこには暢気にコーヒーを飲みながら、サンドウィッチを食べているウルベリウス院長がいた。
それを見た俺は良いご身分だなと皮肉を言いたくなった。
生徒たちは命懸けで迷宮の攻略に挑んでいるというのに、ウルベリウス院長は安穏と朝食を楽しんでいる。
八つ当たりとは分かっていても、俺はウルベリウス院長に怒りをぶつけたくなった。
「ウルベリウス院長、突然、押しかけてきてすみませんが、俺たちにオリハルコンの原石を譲ってください」
俺は回りくどい言い方はせずに頼む。
「藪から棒に何を言い出すのだ?」
ウルベリウス院長は芳醇な香りを放つコーヒーを口に含む。
「俺たちが竜王ガンティアラスを倒すためには、どうしてもオリハルコンでできた武器が必要なんです。だから…」
俺は訴えかけるように言った。
「そういうことか。だが、私もオリハルコンの原石など持ってはいない。悪いが他を当たりたまえ」
ウルベリウス院長はにべもなく言った。
「そうですか」
俺は頬を歪める。
「ちょっと待てよ。学院の院長ともあろう者が藁にも縋る思いで頼りに来た生徒たちに嘘を吐いて良いのか?」
フィズが壷の中から大きな石を持ち上げた。その石は宝石のように透き通っている上に金よりも目映い黄金色の輝きを放っている。
「それは」
俺は上擦った声を上げた。
「これこそオリハルコンの原石だよ。金属の匂いすら嗅ぎ分けられる、おいらの鼻を誤魔化すことはできないぜ」
フィズは鬼の首を取ったように笑った。
「仕方がないな」
ウルベリウス院長は疲れたように息を吐いて、コーヒーから漂う湯気を燻らせた。
「俺たちを信頼して譲ってはくれませんか。オリハルコンの武器を作らせてくれれば、必ず竜王ガンティアラスは打ち倒して見せますし」
俺は流行る気持ちを抑えながら頼む。
「そうは言っても、オリハルコンの原石は大変貴重な物だし、加工も難しい。もしもの時のためを思うなら、まだ使うべきではないだろう」
ウルベリウス院長は至極、真っ当な意見を口にした。
「今がそのもしもの時です。今日だって、ガンティアラスに戦いを挑んだ生徒が二人も殺されてしまったんですから」
俺も退かない。
俺の脳裏を校門の前にいた傷だらけの生徒たちの姿が過ぎったからだ。
「そうか。なら、オリハルコンの原石を渡すのに条件を付ける」
ウルベリウス院長から圧迫感のようなものが放たれた。
「条件?」
「力のない生徒たちにオリハルコンの武器を持たせても無用の長物だ。なら、オリハルコンの武器を扱うに相応しい力があることを証明して欲しい」
ウルベリウス院長は俺たちの目を真っ直ぐ見ながら力強く言った。
「どうやって?」
俺は簡単なことではないだろうなと思った。
「君たちがパーティーの冒険者ランキングで、十位以内に入ることができたら、潔くオリハルコンの原石は譲ろう」
それが難しいことなのかどうかは俺には判断が付かない。
「ランキングの上位のほとんどが、大手ギルドのパーティーに独占されているからね。その中に割って入るのはけっこう難しいかも」
アリスは精彩を欠く顔をした。
「確か、僕たちパーティーの冒険者ランキングは二十四位になっていたよな」
ハンスがアリスの方を向いて尋ねる。
「うん。前は三十二位だったけど、リザードマン・ロードを倒したおかげで、ランキングも一気に上がったから」
リザードマン・ロードを倒したのは大きいと言うことか。
「でも、十位以内に入るにはよっぽど大きな事をやらないと駄目だよ」
チェルシーがなよなよした声で言った。
「ああ。当然のことだが上位に行くほど、ランキングも上がりにくくなるからな。上位との争いは熾烈なものがあるぜ」
カイルはスラスラと言った。
「でも、やってみせるさ。今の俺たちなら、不思議とできないことは一つもないような気さえしているし、ここで二の足を踏むわけにはいかない」
俺は自分が言い出したことなんだからと思いながら、強い決意を胸に魅力的な輝きを放つオリハルコンの原石を見た。
《第三章② 終了》




