第二章 学院を取り巻く事情⑧
第二章 学院を取り巻く事情⑧
俺たちは無事に学院まで戻ってくると、その足で冒険者の館へと向かった。それから、ハンスが受付の女の子に仕事の報告をする。
すると、女の子は赤いペンを持って、掲示板に向かうと貼り出されていた紙に何やら書き込み始めた。
それを見た掲示板の前にいた生徒たちはどよめいた。貼り紙には赤い字で、この仕事は【ラグドール】が完遂しましたと書いてあったのだ。
みんなリザードマン・ロードが倒されたことに驚き、「Cランクになったばかりのパーティーが良くリザードマン・ロードなんて倒せたな」「ああ。【ラグドール】って言えば、ハンスがリーダーをしている弱小パーティーだったはずだ」「いや、最近、新しいメンバーが加入したみたいだぜ」「情報屋の話だと地上から飛ばされてきた奴だと聞いている」「となると本物の冒険者か」などと口々に言い合った。
パーティーの冒険者ランクこそ上がらなかったが、今回の一件で周囲の【ラグドール】への見方が改められたのは間違いない。
本気を出したハンスたちは凄い。彼らの戦いぶりを間近に見てきた俺だから、そう言い切れるのだ。
ちみなに、俺の冒険者ランクはCに上がった。
報酬も三十五万ルビィも貰ったし、今のところは良いことずくめだ。
その後、俺たちは商業ギルドの店がある東館で食べ物やお菓子、飲み物などを大量に買い込むと、部室棟の部室に戻ってくる。
ハンスは部室で友達を殺されたアリスの悲しみを吹き飛ばせるような宴会を開きたいのだそうだ。
だから、お酒であるワインなんかも買った。
俺は部室の中にある椅子に座ると、フーと息を吐く。それから、アリスが注いでくれたオレンジジュースを喉に流し込む。
すると、張り詰めていた心が楽になった。
「さてと、今日も思いっきり食べたり飲んだりしてくれて良いからな。何せ、久しぶりにお酒が入る宴会なんだから」
ハンスは気前良く言った。
「こんなに美味しいチョコレートが食べられるのもディンのおかげだね」
チェルシーはさっそく買ってきたばかりの高級なチョコレートを齧った。
「うん。ディン君がいなかったら、私たちのパーティーがこんな活躍をすることはできなかっただろうし」
アリスはみんなのグラスにオレンジジュースを注いだ。高いワインは安いジュースが終わってから飲む気だな。
「俺もディンの加入で、パーティーが良い感じに変われたと思うぜ。でなきゃ、あんなに簡単にリザードマン・ロードたちは倒せなかった」
カイルはフライドチキンにかぶり付きながら言った。
「そう言ってくれると嬉しいけど、ハンスたちも凄いと思うよ。むしろ、今まで底辺の冒険者のように思われていたのが不思議なくらいだよ」
ハンスたちの実力は本業の冒険者である俺に引けを取っていない。それだけに素朴な疑問と言えた。
「能ある鷹は爪を隠すって言うだろう。あんまり目立ちすぎると妬みとか買うからね。その辺は気を付けないと」
ハンスは遠い目をして言った。
「そっか」
その辺の怖さは俺にはまだ分からないけど。
「ちょっと頭角を現してきた冒険者には大手のギルドの強引な勧誘とかあるからな。下手に断ると嫌がらせとか受けかねないぜ」
カイルはギルドとの力関係の難しさを感じさせるように言った。
「中には悪質な嫌がらせにあってパーティーが解散しちゃったところもあるらしいよ。ホント、酷いことするよね」
チェルシーは口の周りにチョコレートを付けている。
「何だかモンスターよりも人間の方が怖そうだな」
俺はしみじみと言った。
「この学院が迷宮の最下層に飛ばされてから半年は経つからな。そりゃ、人間の嫌な部分だって表面化してくるさ」
ハンスの言うことは正鵠を得ている気がした。
「そうか」
俺は宴会の席だというのに重い溜息を吐いてしまった。
すると、計ったようなタイミングで、景気の良い声が上がった。
「よっ、みんな」
風通しを良くするために開けられた窓からフィズが入り込んできた。
「やっぱり来たな、フィズ。食べ物の匂いがあるところには必ず君が現れるんだよなぁ」
ハンスはやれやれとでも言いたそうな顔をする。
「そう邪険にしてくれるなよ、ハンス。おいらだって、お前らの役には立ちたいとは思っているんだからさ」
右も左も分からなかった俺には親切にしてくれたからな。その恩を俺も忘れたわけではないのだ。
「なら、早く役に立って貰いたいもんだ」
ハンスはチョコレートをフィズに投げつけた。すると、フィズはそのチョコレートを器用にキャッチして、口に放り込む。
「そう言われると困るんだけどな」
フィズは鋭い爪で頬を掻いた。
「ハンスも意地悪なことを言わないで、フィズも仲間に入れてあげようよ。この先、フィズの力が必要になることもあるかもしれないし」
アリスはやはり優しい。それとも、本当に先を見越して言っているのか。
「さすがアリスだな。ドラゴンに対する礼節もしっかりと心得ているし、将来はきっと大物になれるぞ」
フィズは本当に調子が良かった。
「しょうがないな」
ハンスが疲れたように息を吐くと、フィズはテーブルにあったフライドチキンなどをムシャと食べ始めた。
その遠慮の全くない食い振りにカイルも顔をしかめる。
「ったく、お前の食い意地の張りようには呆れるしかないぜ。せいぜいお前も自分がステーキにされないように気を付けるんだな」
カイルもフィズに負けないように次のフライドチキンに手を伸ばす。
「ドラゴンのステーキは食べてみたいよね。ドラゴンの血を飲んで不老不死になったって話は良く聞くしあれって本当なのかな?」
チェルシーがそう言うと、フィズはビクッと肩を震わせた。
「それはでまかせだ」
フィズは自分が食べられたくないからか、強い口調でそう言い切った。それを聞き、チェルシーも「つまんないの」とぼやく。
その後、俺たちは明るい話に花を咲かせた。
こんな和やかな時間が過ごせるとは思わなかったので、俺もつい口元が綻んでしまう。
ハンスたちと敢えて本当に良かった。
もし、違うパーティーに入ってたらと思うと、少しぞっとしてしまう。
俺はいつまでもこんな時間が続けば良いなと思いながら、ハンスが注いでくれたワインを飲み干した。
ちなみに宴会が終わると、俺は学院にあるという浴場へと足を運んだ。そして、汚れや汗をしっかりと洗い落とした。
さすがに汗の臭いがきつくなっていたからな。石けんを使って体の隅々まで洗えたのは気持ち良かった。
とにかく、明日からまた頑張らないとな。
そう決意すると俺はさっぱりした体で部室に戻る。それから、まだ残っていたワインを飲んでから寝袋にくるまって眠ってしまった。
《第二章⑧ 終了 第三章に続く》




