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第二章 学院を取り巻く事情②

 第二章 学院を取り巻く事情②

 

 フィズの姿が見えなくなると、俺は部室棟を出て校舎の中に入り、まだ足を運んだことがない東館へと向かう。


 その途中で、数人で固まって歩いている生徒たちと何回かすれ違った。揃って武器を持っているところを見ると朝から迷宮に潜ろうとしているみたいだな。

 

 たいしたバイタリティーだ。

 

 そして、しばらく歩を進めて足を踏み入れた東館の廊下は、院長室や食堂があった西館とは光石が照らす明かりの色が違った。

 

 どこか怪しげな雰囲気を感じさせる光りだ。

 

 俺は東館の教室の前に出ているいかにも手作りと言った感じの看板を見る。そこには洒落っ気のある文字で喫茶店モダンと書かれていた。

 喫茶店というとこの中には飲食ができるテーブル席がたくさんあるのだろうか。コーヒーなら飲みたいところだけど、食堂とどんな違いがあるんだろうな。

 

 他にも武器屋や防具屋、魔法品の店などの看板もあった。

 

 教室はギルドの本部になっていると聞いたが、それは冒険者のギルドだけではないと言うことか。

 商業系のギルドもあり、彼らが教室で店を開いていると言うことだな。中に入ってみたい気もするけど、ちょっと怖いな。

 

 とにかく、東館は普通の学校にしか見えなかった西館とはかなり趣が違う。アンダーグラウンドな雰囲気も悪神ゼラムナートの影響だろうか。

 

 俺はそのまま歩いていくと、奥の方にあった派手で、刺激的な明かりが灯っている教室を見つける。

 その前には肌を艶めかしく露出させている女の子が二人いた。

 

 俺はドキドキしながら、明かりに引き寄せられるように女の子たちのいる店に近づいていく。

 すると、女の子の一人が嬉しそうに顔を上げた。

 

「あ、お客さんだ!」


 桃色の髪の女の子が溌剌と笑う。

 

「えっ」


 俺はドキッとした。

 

「一日中、歌って踊れるクラブ、レシールにようこそ。この時間なら半額の五千ルビィで女の子と楽しめるよ」


 桃色の髪の女の子は近づいて来るや、いきなり俺の腕を取った。これには俺も心臓の音が跳ね上がった。

 

 ちなみにジュース一杯が百ルビィで飲める。八百ルビィもあれば簡単な食事もできるだろう。安い剣なら十万ルビィくらいで買えるな。

 

「いや、俺はちょっと通りかかっただけだから」


 俺は逃げようとするが、ガッチリと腕を掴まれていて、それができない。

 

 その上、女の子は豊満な胸を俺の体に押しつけてくる。密着した女の子の体からは何とも甘ったるい臭いがした。

 

「興味のない振りなんてしないの。大丈夫、この店で働いてる女の子はみんなとっても可愛いし、ちゃんと踊りでもリードもしてくれるから」


 桃色の髪の女の子は心を擽るような声で言った。それから、俺はグイグイと引っ張られて、店の中に押し込まれそうになる。

 

 店の中からは、何の楽器で奏でられているのかは分からないが、悩ましげなメロディが聞こえて来た。

 

「ち、ちょっと」


 女の子の強引さに俺も焦る。

 

 俺だって年頃の少年だし、女の子に対する興味はちゃんと持っている。だから、可愛い女の子と踊ったりすることには惹かれるものがある。

 

 でも、できれば女の子とは真面目な付き合いがしたいと考えていたので、この手の店に入るわけにはいかないなと思った。

 

「君の相手は店でも三番人気のアタシがしてあげる。きっと日頃の嫌なことを忘れて楽しい気持ちになれるよ」


 女の子が艶然と笑うと、どこからともなく野太い声が飛んできた。

 

 その声は俺にとって雷鳴が轟いたようにも聞こえた。

 

「おい、朝早くから精を出してるところを悪いが、そいつだけは店に入れてくれるなよ。言ってる意味、分かるよな、バカ女」


 教室の中を覆っているカーテンから、いきなり漆黒のドラゴンが現れる。

 

 もっとも、ドラゴンはフィズと同じ手乗りサイズだったけど。でも、触れば指を食い千切られそうな獰猛さを感じる。

 その瞳も血に餓えたような輝きを見せていたし、フィズのような愛嬌はまるで感じられなかった。

 

「どういうこと?」


 バカ女とまで言われた女の子が、眉を持ち上げた。

 

「そいつからはフィズの匂いがする。俺様のことを毛嫌いしているあの生意気なフィズの匂いがな」


 漆黒のドラゴンは目をギラギラとさせた。

 

「でも、ジャハナッグ様。この男の子は、こんな朝早くに店に足を運んでくれたお客さんなんだよ。それを拒むなんて」


 女の子も困った顔をする。

 

「良いんだよ。朝っぱらから、こんな店に来る奴の心なんて気遣う必要はない。どうせ、そいつの心も人間特有の汚い欲望に塗れているに決まってるんだから」


 こんな店って言ってしまうのはちょっと失礼な気がするけど。

 

「でも」


 女の子は逡巡した。

 

「お前、この俺様の言葉に逆らうっていうのか。俺様がその気になれば、この店の女どもは全員、胃袋の中だぞ」


 漆黒のドラゴン、いや、ジャハナッグは凄んで見せた。これには女の子も目を瞑って、肩をビクッと震わせる。

 

「分かったよ。じゃあ、本当に申しわけないんだけど、君の入店は断らせて貰おうかな」


 女の子は俺から手を放すと、悄然と言葉を続ける。

 

「この店の用心棒をしている悪竜ジャハナッグ様の言葉は絶対なの。だから、君も悪く思わないでね」


「はあ」


 俺は気が抜けたような返事をした。

 

 にしても、このドラゴンがあの悪名高いジャハナッグだと言うのか。

 

 確か、ドラゴンの中には体の大きさを自由に変えられる奴もいると、爺さんから聞いたことがある。

 

 だとすると、ジャハナッグもその気になれば人間を食い殺せるような大きなドラゴンになれると言うことか。

 

 それは恐ろしいし、そのことを知っているからこそ、女の子もあんなに怖がったのだろう。

 

「そいつは出入り禁止の客にしておけよ。ガキンチョのドラゴンのフィズと一緒にいる奴が、女に色気を出すなんて十年早いわ!」


 ジャハナッグはフィズへの敵対心を丸出しにして吠えた。それから、用は済んだとばかりに店の中に戻っていく。

 

 でも、俺はジャハナッグの登場に救われたので、これ幸いとばかりに店から離れようとした。

 

 この辺りにはもう近づかない方が良いな。

 

 そう思った俺は何かトラブルを起こさない内に部室に戻ろうとする。が、そんな俺の二の腕を桃色の髪の女の子が掴んだ。

 

「ジャハナッグ様を怒らせちゃったみたいだね。でも、どうしてもウチの店で遊びたかったら、悪神ゼラムナート様の了解を取りなよ」


 こんな店に足を運ぶことはもうないと思うけど。

 

「さすがのジャハナッグ様も、自分の生みの親であるゼラムナート様には逆らえずにいるからね」


 女の子はクスリと笑いながら言葉を続ける。

 

「それと、この学院にはもっと刺激的なサービスを提供しているディープなお店もあるから良かったら探してみて」


 その言葉に俺もまたドキッとさせられる。

 

 それから、桃色の髪の女の子は話を戻すように、ゼラムナート様は東館の三階にいて、誰とでも気兼ねなく会ってくれると言って俺から手を放した。

 

 俺はそれなら正真正銘の神の顔を拝んでみたいと思い、東館の三階へと足を向けた。

 

《第二章② 終了》

 



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