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エピローグ

 エピローグ


 様々な悲しみを感じつつも、ゲートの鍵を手に入れた俺たちは【アビシニアン】のホームへと帰ってきた。


 こうしてホームである部室にいると、心に蟠ったものが洗われるようだった。この部室に戻ってくるまでの間、俺はずっと後味の悪いものを感じていたからな。


 何にせよ、結局、ガルバンテス先生は死に、その一番、弟子であるギュネウスも死ぬことになった。


 その損失が学院にとってどれほどのものか、今の疲れ切った俺の頭では推し量ることはできない。

 

 こんなことなら、俺も少しでも良いからガルバンテス先生に剣の稽古を付けて貰えば良かったな。

 

 そうすれば、こんな風に後悔にも近い念を抱かなくても済んだのに。まあ、今更、そんなことを言っても遅いけど。

 

 もし、爺さんが昔のライバルだったガルバンテス先生が死んだことを聞いたら何と言うだろうか。

 

 ま、爺さんのことだから、大袈裟に悲しんだりはしないだろうが。

 

 でも、胸は痛めるはずだ。

 

 俺はオレンジジュースを飲みながら、まだまだ強くならなきゃならないなと自分の心を叱咤した。

 

 それから、アルゴルウスから渡された鍵を眺めながら、第二階層はどんなところだろうかと想像する。

 

 俺が自らの思考の中に埋没していると、食べ物を買いに行っていたリードとセティたちが戻ってきた。

 

「よっ、ディン。いつまでも暗い顔をしているなよ。そんな顔をしたって、ガルバンテス先生は帰ってこないぞ」


 リードはそう言って、俺の傍に歩み寄ると、香ばしい匂いが漂ってくる袋を俺の目の前に置いた。


「分かってるよ」


 俺はいじけたような声を出す。部室に一人で残っていた俺はもう少し物思いに耽りたかったのにと心の中で呟いた。


「分かってない。だから、ずっと雨でも降ってきそうな顔をしてるんだろ。そんな顔を見てたら、こっちの心も参っちまうぜ」


 雨だってたまには降らなきゃ困るだろう。雨のありがたさは、砂漠に囲まれた都市で暮らしていたリードたちも知っているだろうし。


「悪かったな」


 俺はしかめっ面で言った。


「ああ。とにかく旨い物を食って元気を出せ。お前が好きそうなスパイシーな唐揚げを買って来てやったからよ」


 リードの言葉に俺も自分の腹が小さく鳴るのを感じた。どんな時でも腹が減ってしまうのが人間の悲しさだな。


「ありがとう。じゃあ、たくさん食べさせて貰うよ」


 俺は目の前の袋を開けると、中に入っていた何とも辛そうな赤色の唐揚げを手に取った。


「それが良い。イルザもみんなのことを思って、自腹で高いワインを買ってきてくれたからな。それを飲めば嫌なことも忘れられるさ」


 リードの言葉に俺もほっこりとした気持ちになった。


「嫌なことを酒の力で忘れるようとするのはお勧めできないが、ま、今回はそれも良いにしておこう」


 イルザはワインのボトルをテーブルの上に置くと、コルクを抜き始める。


「精神的に堪えているのはディンだけではないからな。私もガルバンテス先生の死には、心にポッカリと穴が空くのを感じたよ」


 イルザが慣れた手つきでコルクを開けているのを見て、カロリーヌはすぐにグラスを用意し始める。


「もし、学院の中でアルゴルウスに勝てるパーティーがあれば、ガルバンテス先生は死ななくて済んだかもしれないからな」


 学院の生徒たちの力不足がガルバンテス先生を死地に赴かせた。そう思うと余計にやるせなくなる。


「だから、そう考えると私も無力感を感じてしまうよ」


 イルザは愁色とした顔で言った。


「そうか」


 俺は溜息を吐きつつ言った。イルザの悲しみは俺、以上かもしれないな。


「ああ。ガルバンテス先生には剣を扱う上で大切なことをたくさん教えて貰ったからな」


 イルザは目を伏せながら薄い笑みを浮かべる。


「もう、二度とガルバンテス先生と修練場で剣を打ち合えないのかと思うと、私も本当に悲しい気持ちになるよ」


 イルザの横顔は悲愴さを感じさせた。


「アタシはそこまでの悲しみはないけどね。でも、アタシたちって事情はどうあれギュネウスを殺しちゃったのよね」


 セティの声には色々な感情が入り交じっていた。


「そのおかげって言ったら言葉は悪いけど、アタシも人を殺すことで感じる心の重さは、少しだけ理解できた気がする」


 セティの目は見たことがないほど真剣だった。今のセティなら俺が初めて人を殺してしまった時の気持ちも理解できるかもしれない。


「私はあんまり難しいことは分からないよ。でも、みんなで生きて返って来れたことには心の底からほっとしてるかな」


 カロリーヌは襟元に手を当てながら言葉を続ける。


「私だって、もう自分の知っている誰かが死ぬのは見たくないし」


 そう言葉を押し出すカロリーヌの顔は沈痛だった。が、すぐに気を取り直したように今度は棚から皿を出し始めた。


「ま、どんなに嫌なことがあっても、人間なら絶対に乗り越えられるさ。人間は忘れていく生き物だからな」


 みんなの買いものに付き合っていたジャハナッグはイルザの肩に止まっていたが、思い立ったようにフワリと宙に浮かぶ。


「悪魔みたいに何百年も前のことを鮮明に思い出したりなんてできっこない」


 テーブルの上に降り立ったジャハナッグは、俺が広げていた包みから唐揚げを手に取り、それを口の中に放り込んだ。


「でも、忘れてはいけないこともあるだろ」


 俺はそう食い下がる。


「もちろんだ。本当に忘れてはいけないことは、本人が幾ら忘れようとしても決して忘れられないものさ」


 ジャハナッグは何だか哲学的なことを言った。


「そうだな」


 俺はジャハナッグの言葉を胸に刻みながら返事をする。


 ガルバンテス先生から教えて貰ったことは、どれも貴重なものだ。それはいつまでも色褪せることのない記憶として残しておかないとな。

 

「俺が思うにお前はまだまだ成長するぜ。だから、時には立ち止まっても良いが、歩き続けることは止めてくれるな」


 ジャハナッグはいつものひょうきんさが掻き消えた顔で言葉を続ける。


「お前の成長を見ていると、俺も何だか自分のことのように嬉しくなっちまうんだ。その期待は裏切ってくれるなよ」


 ジャハナッグは口の端を緩めて笑った。それを見た俺もぎこちなくはあるけれど笑い返す。


「さてと。ま、難しい話はそれくらいにしてとっとと食おうぜ。俺もさっきから腹が鳴りっぱなしなんだ」


 リードはテーブルに着くと、まだ持っていた袋の中からフライドチキンを取り出した。


「よし、買ってきたコンビーフを出してくれ。あと、コンビーフを塗って食べると旨くなる厚切りのパンもな」


 ジャハナッグは本当にコンビーフが好きだよな。


「私の買ってきた二十年物のワインの味はどうかな。傷心のみんなを納得させられる味だと良いんだが」


 イルザはみんなのグラスに赤ワインを注いでいく。すると、すぐに酸味が効いているような芳醇な香りが漂ってきた。


「アタシはまたラムチョップを食べるわ。このラムチョップって本当にソースが美味しいのよね。何だか病み付きになっちゃった」


 セティもラムチョップを皿に移すと、ソースを指に付けて舐める。


「私はソーセージかな。あと、店員さんにブレンドして貰った紅茶の茶葉も買ってきたから、後で飲みたくなったら言ってよね」


 カロリーヌの言葉を聞いた俺は、寝る前に飲ませて貰うかなと思った。それから、俺たちは吹っ切れたようにテーブルの上に置いた食べ物を口に運ぶ。


 俺も唐揚げの旨さに唸り、つい一人で何個も食べてしまった。でも、おかげで心に余裕が戻ってくる。


「また暗い話を蒸し返すようで何だが、第二階層のボスって今度は一体、どんな奴なんだろうな」


 余程お腹が減っているのか、リードはフライドチキンを両手に持ちながら言った。


「アルゴルウスよりも強いことは間違いないわけだから、やっぱり魔王アルハザークじゃないのか?」


 ジャハナッグはコンビーフを見ているこっちが気持ち悪くなるくらいたっぷりとパンに塗りながら言った。


「だよなぁ。でも、肉弾戦ならアルゴルウスの方が強いって言われてるんだよな。なら、アルハザークが主に使ってくるのは魔法か?」


 リードはフライドチキンの骨を皿の上に放り投げる。


「だろうな。でも、魔王アルハザークはゼラムナート様の旧友だし、あんまり嫌な奴じゃないみたいだぞ」


 ジャハナッグの言葉に俺は唐揚げを食べる手を止めた。


「へー」


 リードはその辺のことには興味がなさそうな顔をする。


 まあ、雄弁さを見せるゼラムナートの友人なら、話が通じない相手ではないと言うことは確かだろう。

 

「少なくとも魔王ヴァルストモロよりはマシなはずだぜ。でなければ、あのアルゴルウスが忠誠を誓うはずがないし」


 ジャハナッグの言う通り、魔王アルハザークはアルゴルウスの信を得ているのだ。なら、単なる悪者では片付けられないものがあるだろう。


「なるほど。アルゴルウスみたいに、戦うことなく鍵をくれたりすると助かるんだが、さすがにそれはないか」


 リードの言葉にジャハナッグは首を振った。


「ないな」


 ジャハナッグの言葉は実に淡泊だった。


「アタシ、魔王アルハザークと戦う勇気なんてとても持てないんだけど。アルハザークにまつわる話お婆ちゃんから良く聞かされたし」


 セティは皿に残っていたラムチョップのソースを意地汚く舌で舐め取る。確かに旨いソースだけど、皿まで舐めるほどか。


「勇者シュルナーグが魔王アルハザークを魔界に追い返してから、まだ百年も経ってないんだよね」


 カロリーヌは憂患さを感じさせるように言葉を続ける。


「なら、今でもアルハザークのことを知ってる人はいるってことでしょ?」


 そう言って、カロリーヌは俺の顔に催促するような視線を向けた。


「ああ。ただ、俺の爺さんはアルハザークのことはほとんど語ってくれなかったから、俺もどんな奴なのかは全く分からないんだ」


 俺はみんなの好奇心を裏切っているなと思いながら言葉を続ける。


「ただ、モンスターの軍勢を率いて、この世界を支配しようとしたってことだけは聞いているけど」


 知っているのは本当にそれだけだ。前にウルベリウス院長の言った通り、爺さんは肝心なことを何も語ってくれない。


 それには俺も歯痒い気持ちにさせられる。


「私もお婆ちゃんからはアルハザーク本人の話は聞けなかったのよね。ただ、アルハザークの率いていたモンスターの恐ろしさを教えて貰っただけで」


 セティは深憂さを感じさせるような顔をする。アルハザークの顔が見えてこないことには不安を掻き立てられるよな。


「魔王アルハザークの正体は謎のヴェールに包まれてるってわけか。まあ、それはそれで面白そうだけどな」


 リードは危機感を感じさせない声で言った。


「ああ。どのみち私たちが第二階層へと続くゲートの鍵を開けなければどうにもならないと言うことだ」


 イルザはグラスを掲げながら言葉を続ける。


「他の生徒たちのためにも、ゲートの扉だけは早めに開けてしまおう」


 そう言って、イルザはグラスを揺らして匂いを嗅いでいたワインを口に含むと、満足そうな笑みを浮かべた。


 その後、俺たちはアルハザークの話は止めて他愛のない世間話に花を咲かせる。


 俺は内心ではこのパーティーでアルハザークに戦いを挑んで良いものかと思ったが、今は第二階層に行くことだけを考えようと思い直す。

 

 それから、俺は暗い考えは頭の片隅に追いやり、リードの馬鹿話に付き合う。心温まる時間は流れるように過ぎていった。

 

 こうして一つの山場を超えられた俺たちは、傷ついた心を癒すように美味しい食べ物に舌鼓を打ったのだった。

 

《エピローグ 終了》 《第三部 豪傑の魔将と命を吸い取る魔剣 完》



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