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苦虫  作者: 青山 黒美
9/12

苦虫(9)


草に囲まれた視線の先には青。


一瞬、此処は何処かと思ったけど、草と土の強い匂いと共に、僕の感覚は少しずつ自分へと戻っていった。


僕は溜め息をつく。


何か長い夢を見ていた気がする。だけど、それが何か思い出せない……。

でも……やさしい夢だった気がした。


どれくらい眠っていたんだろうか?

空の変わらぬ色を見て、それほど長くは眠っていないと思う。


僕は時計を見た。

針はジッと動かない。壊れてしまっていた。

けれど、困りはしなかった。


こんな所だからバスの止まる時間は少ない。確か、あと昼過ぎと夕方。

昼過ぎのバスに乗れなくても、夕方には間に合うのだから。


……帰ればいい。


僕は、起き上がって服を見た。

ずぶ濡れで土や草が張り付いていて、カバンは水を随分溜め込んでいて重い。カバンの中の水を出して、服を手で払い退けていると、僕の視線は川へ向かっていた。


口許を固く閉じ、目を逸らす。

僕は、帰り道を歩き始めた。



途中、千里の墓にもう一度手を合わせた。

紫の花が一つは錆びた円筒に、もう一つは地面に横たわっている。

大輔の紫の花と、僕の紫の花……。


僕は、横たわっている花を持って帰る事にした。


帰り道、日が昇った為か、暗かった林の道に少し光が指していた。

僕の背中に太陽の暖かい光があたる。目の前にある影をぼんやりと見ながら歩いた。

大きな蟻が列に沿って動く。乾いた土から伸びてる雑草。時折、林の葉を揺らす音。

そして川の音は少しずつ、遠ざかっていく。


横道を過ぎて田圃道を抜けると、コンクリートになった。

道路端の白線の上を伝って歩いた。石ころが何度か靴の先に当たる。



バス停留所の古い小屋。その中の赤いベンチに座る。体が、ぐったりと重く感じて前屈みに俯いくと、手に持った花の香りが強く鼻に付いた。

僕は、顔を逸すと赤いベンチの錆びた所を見ていた。所々プラスチックは剥げていて、鉄を剥き出しにした部分は錆び付く。長い間、何度も何度も雨に打たれて。




そんな事を考えていると、遠くからバスの近づいてくる音が聴こえた。

昼過ぎのバスは、まだ行ってはいなかったらしい。……。


バスは停車するとドアを開けた。

立ち上がって、階段に足をかけて乗ろうとした時、誰かが降りて来るのが見えた。


僕は、呆然と見入ってしまった。

その降りてきた女性に。

白いワンピースに。


彼女は、こっちに向かって来る。

僕は、彼女を見た時の姿勢のまま、動けなかった。

彼女は僕を一度見ると顔を俯かせて、そのまま僕の背中を通り抜けて行く。

僕が彼女を目で追い掛け続けていると、彼女は一度振り返り、そして僕の方を向いて立ち止まった。

彼女の視線は僕とは合わずに、僅かに下の方へ向けられていた。

「あの……その花……。」

僕は、手に持っている花を見た。

「これは……。」

「もしかして千里を知っていますか?」


彼女から千里という言葉を聞いて、僕は、さらに驚いた。

そして、少し間を置いてから答えた。

「……知っています。」


彼女は何か考えてる様に思えたが、暫くしたあと僕に言った。

「少しお話し出来ませんか?」

「………。」

「駄目ですか?」


「……いや大丈夫です。」

バスの警笛が鳴り響いた。


「ちょっと待ってて下さい。」

彼女は、そう言うとバスに乗り込んで行った。


彼女が降りると、バスはドアを締め動き出した。


「歩きながら話しましょ。」


僕は、彼女の後ろを付いて歩いて行った。



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