苦虫(7)
僕は石の前まで来て、川が流れて行く方向へ視線を川に乗せて、ゆっくりと流した。
千里はこの川に…。
僕は石の前に置いてある花を見た。まだ新しい紫の綺麗な花が錆び付いた円筒に咲いていた。毎年いくつか花は置いてあったけど、紫の花だけが置いてあるのは見たことが無かった。
…大輔。いや親か親戚だろうか。けど…大輔だと僕は勝手に決め込んだ。大輔も此処に来ている。そう思いたかった。
大輔とは千里が亡くなってから一度も口を利かなくなった。僕を無視していた。通学途中や学校で、すれ違う時、大輔が僕を見る事は無かった。まるで僕は大輔には見えない人の様に存在していた。
少し辛かった。
それから大輔は、小学五年生の途中で何処かへ引っ越した。ウチの親の話では父親の仕事の都合だとか…。
僕は川を眺めた。
此処からだと川は見下ろす形になる。この道の先に川へ降りる下り坂がある、けれど僕は、この先へ行く事は無い。僕の中では此処までで終わっている。
この道の先は過去へと続いているんだから。
僕は、持って来た花を円筒には入れずに石の前に置いて行こうと決めて、しゃがみ込んだ。そして花を置いて立ち上がろうとした時、その際に僕の右腕が錆びた円筒の紫の花に当たって、トンッと音を立てて転がってしまった。
僕は錆びた円筒を掴み花をすくい上げ立て直すと、紫の花びらが数枚、地面に散っていた。謝らなくてはいけないと感じながら紫の花に目をやると、筒の中に不似合いな白い色が写った。
僕は、紫の花の間から白いそれを引き出すと、誰かが故意に入れた手紙らしかった。裏表ともに何も書かれては無いけれど、紫の花を目の前にして僕の予感は必要に一つへと吸い込まれていく。
僕は手紙に付いている錆の粉を軽く手で払い、中から一枚の折りたためられた紙を取りだすと立ち上がって、拡げて見た。
僕の予感は外れる事なく、少し恐怖にも似た感覚を帯びて心臓を打った。拡げた紙には僕と大輔の名前が、黒く書かれた文字が並ぶ中で紛れなく浮き彫りにされて、今一番で入り込んで来た。僕は、その文章を自然と心臓の鼓動へ任せる様に読んでいたが、所々で不規則に打たれる心臓の高鳴りは、僕の時間を幾度も止めたり動かしたりした。
読み終えて僕は、川の音の方へ自然と視線を移していた。
川は流れている。夏の光を反射しながら。
僕は手紙を持って、川へ降りる坂に向かった。




