偽りの喪に服す 二
数日後、私はルフェイ男爵家の別邸、森の館を訪れた。
森の館は、長く居た女主人が不在となっても、以前とちっとも変わらず心地良く明るい雰囲気のままだ。周囲の木々が淡い芽を吹いて、ちらほら花を咲かせていたり、小径沿いに新緑が揺れていたりして、少し陽射しが柔らかい。
その館の応接間で、ロフィーダことブロフィダクリヨンと顔を合わせた。彼女の子、アピリスティプロセフィも一緒だ。
ロフィーダは黒髪を既婚者のように結い上げて、薄茶色のチュニックの上から淡緑の肩掛けを羽織っていた。小綺麗な平民の格好だ。
彼女は私と向き合う位置に座って、薄青いチュニックワンピースを着た、よちよち歩きのアピリスティプロセフィを抱き上げると、膝に乗せた。
早速私は、カシィコン領にある持ち家を管理してくれるようロフィーダに頼んだ。
「こんにちは。ロフィーダさん、アピリスティプロセフィさん。
クリスからお聞きかと思いますが、ロフィーダさんが、お子さんと余所へ行くまでの間で結構です。私の持っている土地と家の管理をして下さいませんか。物件は、カシィコン領の大通りにある店舗の建物を含めた敷地全体になるのですが、大丈夫でしょうか? 店舗の二階に住居用の部屋がありまして、近々そこが空きますので、使用して下さって構いません」
彼女は笑顔で請け負った。
「ええ。よろしいですわ。お受け致します、男爵夫人。部屋も有難く使わせてもらいます。
そうそう、今後、人間社会へ私達が出る際には、この子のことをアピリーとお呼び下さいませ」
「あぴりすてぃぷろせふぃは、あぴりーでしゅ。よろちくお願いちます」
ロフィーダの子が私を見上げて舌足らずな挨拶をした。表向きの名前が決まったのか。
アピリーが脱皮してからしばらく経っていた。
自力で歩けるくらい身体がしっかりしてきたが、まだ舌が回らず、拙い感じがやたら可愛らしい。思わず頬が緩む。
「分かりました。アピリーさん、よろしくお願いします」
「あい」
ふと、うなずくアピリーの髪の間から、小さな触角の先端がちょろっと見え隠れしているのに気付いた。つい、それをじっと見てしまう。
「……帽子か頭巾が必要なのでは」
「用意してありますわ。そのうち自然と隠せるようになりますから、それまで被らせます」
アピリーの髪を優しく撫でながら、ロフィーダが言った。子供がくすぐったそうに身を捩る。
「そういえば、尻尾? もありましたわね……」
思い出して言うと、彼女は小さく笑って答えた。
「服を着れば見えませんわ。そちらも成長すれば隠せるようになります。正しくは尻尾ではありませんの。産卵管に当たります」
「あ、あら、失礼しました」
ちょっと赤面した。可笑しそうにロフィーダがくすっと笑う。
「いいえ。体が小さな贄生まれの幼子には良くあることですわ。……それで、管理する場所へ行きましたら、何か注意することはございますか?」
「そうね……。貴女なら大丈夫だと思いますが、店の中ではなるべく騒ぎを起こさないようにお願いします。悪い噂で店の評判が落ちると、持ち家の価値も落ちますから」
「分かりましたわ。気をつけましょう。他にありまして?」
(オストアロゴは、ティシアの気に入りだから、アピリスティプロセフィが先に食べたら駄目だよ)
余計なことをフォスアンティピナが内側から告げた。
アピリーがきょとんとしている。ロフィーダが微笑ましそうに目を細めた。
「まあ。お気に入り個体がありますのね。獲物は敷地の外で狩りますから、ご安心を」
ロフィーダとアピリーの親子を送り出した三日後。
私はルフェイ領にあるエクディキシ商店の本店で、仕事に精を出していた。
工房に依頼していた、硝子容器の最初に出来上がった分が納品されたのだ。
これに、新製品の異国風調味塩を詰める作業を行い、試作段階で予約してくれた領内の顧客へ渡す予定だ。
それと各支店へ、新製品の出荷準備がある。
なにせ、高価な硝子の容器だから、倉庫で荷造りの指示をせねばならない。
商品が破損しないよう木箱の中に藁とおがくずを詰めて緩衝材にする。商品は一つずつ粗い布で包む。これを慎重に木箱の中へ埋め入れて馬車で運ぶのだ。
なお、もし販売後、客が空の容器を持参してきたら、それに中身だけを詰めてやり、容器代を差し引いた値段で売ることになっている。
硝子がかなり高価だから、容器を再利用したら凄く安上がりになる。お得意様に優しい販売方法だ。
昼頃、本店で雇っている人間の従業員が、倉庫に居た私を呼びに来た。
「店主様、お客様がお見えです」
「ありがとう、直ぐ行きます」
私は作業用の前掛けを手早く外して、接客が出来そうなチュニック姿になると、薄い布手袋をはめつつ早足で店先へ向かった。
「こんにちは、男爵夫人。お元気そうで何よりです」
待っていたのは、魔族の商隊に所属しているリンティナと、その契約者スタヴローノだった。
リンティナが微笑んで挨拶した。彼等とは約一年振りの再会だ。
私は自然と笑顔になった。フォスアンティピナも(久しぶり!)と喜びの感情を伝えてくる。
「まあ、誰かと思ったら、スタヴローノ先生、リンティナさん。ようこそいらっしゃいませ」
「お久しぶりです、男爵夫人。気が急いて、森の館よりも先にこちらへ伺いました」
スタヴローノも会釈した。彼等から魔族の匂いに混じって、長い旅路で付いた土埃を感じた。
店の外に商隊の荷馬車が見える。それを指してリンティナが言う。
「お約束の魔除けの香と香炉をお持ちしました。それと、いくらか植物の種等もございます」
「育つかどうか分かりませんが、男爵夫人に喜んでいただけそうな、食用可能な植物に絞って持って来ています」
スタヴローノが、自信がある素振りで付け足した。
「まあ! 嬉しいです。ありがとうございます」
一気に気持ちが高揚した。礼を言うと、二人は小さく笑んだ。
「他にも色々と持参しましたので、ご覧になって下さい」
早速荷物を見せてもらった。
前回と同じように、帝国産と隣国バルニバ産の品物達が目に付く。
また、昨年頼んだ通り、香炉と魔除けの香がちゃんと揃っていた。
雑貨、乾物類、布や糸、香辛料等が、選び易いように種類ごと分けられていて、とても良い感じ。
それらを有難く大量に仕入れ、こちらからはルフェイ産のハーブや乾物、各種調味塩と入浴塩、日持ちする食料等を売った。
そしてスタヴローノから、持ってきた穀類や果実の説明を聞き、作物の種を全て思い切って購入した。
特に、荒れ地でも育つという雑穀と、桃より早く熟すという果実が気になる。
土地に合えば良いが。今から期待と不安で一杯だ。
生まれが農家だからか、私は種とか実とか苗が好きだ。種子の中には希望が詰まっている気がする。
取引が終わってから、私はリンティナに話しかけた。
「折り入ってお願いがあるのですが」
「はい、何でしょう?」
かなり儲けが出たのか、彼女は機嫌が良さそうな笑顔を見せた。
「貴女方の商隊に、私の店の商品を運んでもらえないでしょうか? 品物は硝子容器で、割れないよう安全かつ迅速に届けて欲しいのです」
「……何故私達に?」
「頼れる人手が足りなくて。オラニオさんから、同胞を頼ってはどうか、ただの商隊と違うのだから、と勧められました。それに、私が知っている中で、貴女方が最も信頼できる商隊です。引き受けていただけるなら、報酬は可能な限りはずみます」
真っ直ぐ言うと、彼女は少し照れたような顔をした。その横でスタヴローノも微笑した。
「それはありがとうございます。少し皆と話す時間をいただけますか?」
「ええ、勿論です。ルフェイ本店から、エレガーティス支店とカシィコン支店へ運んでもらいたいです」
リンティナは考えるように顎へ手を当てて、目を細めた。
「となると、旅程の変更か別行動か、検討が必要になりそうです。恐らく可能でしょうが、私の独断ではすぐに決められませんわね」
「少し考えてみて下さいませ。出来れば夏至の儀式が終わるまでに、お返事をもらえますか?」
「はい。またこちらへ伺います」
そういうことになった。
他の魔族の商隊は、少し時間があるので近隣を回ってから森の館へ向かうそうだ。
夏至になったら館で合流するという。その後はまた、それぞれの商取引へと向かうから、別行動するんだそうだ。
その日、私はルフェイ男爵家の本邸へ戻ると、クリスに購入した植物の種を見せて、植えても良いかと聞いた。
すると、彼も興味があるのか快諾してくれた。早速試しに栽培してみようと思う。
上手くいったら領民に沢山作ってもらうのだ。
それからしばらくの間、私は店の倉庫と本邸を往復して、毎日忙しく過ごしていた。
そろそろ夏至が近い。
毎年恒例の儀式準備で、クリスが忙しそうにしていた。前回はまだルルディア様が居たけれど、今回は全く助言が無いため、最初から最後までクリス主導で儀式が行われるのだ。
私がリンティナ達から仕入れた雑穀の種は、とりあえず本邸の敷地内に畑を用意してもらって、仕事の合間に蒔いておいた。
運良く、本邸の魔族の使用人の中に、腕の良い庭師がいた。彼は庭だけでなく畑もこまめに見てくれて、とても助かった。
仕入れた雑穀は、荒れ地でも育ち、黒灰色や茶褐色の実がなるというもの。実は、茹でたり粉にしたりして使うそうだ。
成長も早くて、五日もすると芽が生え揃い、今では畑が緑に染まっている。発芽後三十日ぐらいで花が満開になるらしいから、楽しみにしている。
それと果樹の種は、芽が出て本葉が育つまで、本邸の庭師に世話を頼んだ。
木が大きくなるには時間が必要だ。この木に果実がなるまで、通常だと五年から十年くらいかかるという。
スタヴローノの説明通りなら、一度育ってしまえば手入れが楽になるそうだ。
それに、「花は綺麗ですし、実は生でも食べられます。乾燥させたら保存食にもなる。丈夫な種類だから特にお勧めです」と言っていたので、今から楽しみにしている。
今日は、本葉になったばかりの果樹の苗の一部を、私の店の横に植える予定だ。
場所によって成長が違うかも知れないので、実験のつもりで本邸と店とに分け、育ち具合を比べてみようと思っている。
侍女と護衛が見守る中、私はチュニックの上から薄茶色の大きな作業用前掛けスカートを着けた姿で、楽しく地面を掘り返していた。
と、店の手前に一台の荷馬車が停まった。
客だろうか、と私は手を止めて苗箱の横へ鋤を置いた。前掛けスカートを外し、スカート紐に挟んでいた手袋を取る。
侍女が手拭きを差し出しながら、ちょっぴり非難がましい目で見てきた。
私が自分で苗を植えてみたいと言ったので、侍女は渋々従ってくれたけれど、来客の相手もするなら、土いじりはやめておけば良かったのに、と思ったのだろう。
(その通り。どっちの同胞も、少し呆れてるよ)と、私の中でフォスアンティピナがちくりと言う。
そこはちょっと反省している。
ごめんなさい。少しやってみたかったの。
私が幼かった頃は、生家の畑で草むしりや水やりを手伝っていたけれど、商人の養子になった後は、取引先の農家で働いている人々を遠くから見ているだけだった。
ずっと野良仕事をする機会なんか無くて、なんだか寂しく思っていたことを、苗を見て思い出したせいで、つい、やりたくなった。私は心の中で謝った。
私は急ぎ埃を払って手を拭き、接客用に手袋をはめながら荷馬車の方へ向かう。
髪は結い上げてきちんとしているし、前掛けさえ取ってしまえば、下に着ていた地味な生成りの刺繍入りチュニックはそう悪くない格好のはず。
私の後ろから、魔族の侍女と護衛も付いてくる。
店の近くで停まった荷馬車の御者台には、がっしりした大柄な男が手綱を握って座っており、その横に目つきの悪い色黒の男が並んでいた。
二人で何か話しているが、声は聞こえない。
馬車の荷台の後ろから、若い女の人が慎重に降りてくるのが見えた。
彼女は、薄桃色のチュニックワンピースと生成りの上着の埃を払うようにして身なりを整え、耳の下で二つに編んだ茶髪を後ろへ撫でやった。
平民のようだが、遠目から見てもあまり日に焼けていない。楚々とした雰囲気だ。
彼女は私達を発見したようで、店でなくこちらの方へ歩き出した。
風に乗って、微かに甘く爽やかな柑橘花のような香りがふわりと漂う。
(あ、いい匂い。美味しそう)
すぐにフォスアンティピナが反応した。
同時に、彼女の手首に腕輪が見えた。
卵を示す六角形が連なる意匠。
……魔族の契約者だ。
それに気付いた魔族の護衛が、小声で言った。
「同胞がいない」
「ええ」
侍女がうなずく。
確かに前方からは、雨後の森林の如き魔族特有の香りが全く感じられない。
おかしい。魔族の庇護下にあるはずの、腕輪を着けた契約者が、一人で出歩くのは奇妙なことだ。
ふと、彼女が一瞬品定めする目で私達を見たような気がした。
数歩手前で、愛想笑いを浮かべた侍女が穏やかに話しかけた。
「いらっしゃいませ、ご予約のお客様ですか?」
「いいえ。あっ、あの……、ここって、エクディキシ商店ですか?」
おずおずとたずねる女性の様子から、気の弱そうな印象を受ける。彼女の容姿はとても良い。目鼻立ちのはっきりした可愛い顔だ。やや華奢な体つきのせいで儚げな雰囲気がある。
(あ、ごっこ遊びしてる)
突然、私の中のフォスアンティピナが驚きの感情でつぶやいた。
えっ、どういうこと?
(本当は違うのに、そういう人間の振りしてる)
うっかり私が固まると、護衛がすっと前に出て返答した。
「はい。エクディキシ商店ルフェイ領本店です」
「良かった。ええと、ここにオラニオさんは来てますか?」
女性は小さく笑んだ。
ちら、と護衛の視線がたずねるように後ろの私を見る。
私は首を振った。オラニオが来る予定は特にない。
また、護衛が私の代わりに答えた。
「いいえ、来ていません」
女性は困ったような顔をした。
「どうしましょう、行き先はルフェイ領と聞いたんですけど……」
語尾が小さくなって、女性の指先がもぞもぞ動き、スカートをきゅっと握る。いかにも頼りなく気弱そうな態度だ。
(この個体、嘘ついてる。確信と企みの感じ)
フォスアンティピナの指摘に戸惑う。
この女の人が嘘つき? 全然そうは見えない。
侍女が前に出た。背後に回した手で私に待ての身振りをし、女性へ話しかけた。
「伝言で良ければ、承りましょうか?」
「あ、お願い出来ますか? 助かります」
(期待、欲望。何だろう、邪な感じ?)
そうフォスアンティピナが伝えてくるけれど、私はまだ信じられずにいた。
ほっとした顔をする女性の、一体どこに悪意が?
女性は手紙らしき巻紙を出して、侍女へ手渡しながら言った。
「それじゃ、えっと、これ、オラニオさんに。お世話になりました、さようなら。とお伝え下さい。では、失礼します」
そして、そそくさと立ち去ろうとした。
さようならって、『揺りかご』候補なのに、契約相手の魔族を無視して何処へ行くつもりだろうか。
まさかこの人、魔族との契約を破って逃げようとしてる?
(えっ、駄目。逃がさないでティシア!)
幼体が強く訴えた。
突き動かされるように、私は思わず引き止めた。
「お待ち下さいませ。あ、あのっ……、貴女のお名前をお伺いしても? 私はエクディキシ商店の店主、ティピナと申します」
「えっ。……あっ、私ったら。名乗りもせず、すみません。その、アレテといいます」
女性はおろおろと小声で告げた。
だがその目は、態度と裏腹に私を舐めるように見て、様子を観察しているような気がした。
機転を利かせ、侍女が優しい笑みを浮かべて言った。
「アレテさん、折角ご来店いただいたのですから、エクディキシ商店のハーブ茶を試飲していきませんか? ね、若奥様」
護衛も笑顔でうなずく。
私は全力でそれに乗った。
「どうぞ、そうして下さいませ。喉が渇いていませんこと? お試しは無料ですからご遠慮なさらず」
愛想笑いで店を指すと、アレテと名乗った女は困ったように荷馬車へ目をやった。
「でも、連れが待ってるし……」
「なら、お連れ様もご一緒にどうですか? ちょっと休憩して、一服なさっていっては? お試しですもの、何杯飲んでも無料ですわよ」
たたみかけると、私と侍女と護衛を順に見て、無料につられたのかニコッとした。
「じゃあ、皆を誘ってきます」
(自信と侮り。あと、獲物を狙ってる感じ)
フォスアンティピナがささやく。
小走りで御者台の方へ行く彼女の後ろから、護衛がゆっくりとついて行く。きっと見張るのだろう。
私と侍女は店の入り口へ回って戸を開け広げた。
中で待機していた従業員に、「店主の私が対応するから、呼びに行くまで少し下がって作業場で待っているように」と言いつけて遠ざけた。
皆が引っ込むと、私はハーブのお茶を用意しつつ小声で確認した。
「本当にオラニオの、でしょうか?」
手紙を広げてざっと目を通した侍女が、眉をひそめる。
「そのようです。『オラニオさんへ。お金どうもありがとう。悪いけど、貴男とは結婚しません。馬鹿みたいにずっと待ってると可哀想だから教えてあげる。最初から娼館に行く予定も借金もないの。騙されてくれて嬉しいです。一生遊んで暮らします。じゃあね、お間抜けさん』ですって。
やれやれですわね。オラニオは『揺りかご』選びをしくじったのだわ。伝言だなんて、無駄に律儀な結婚詐欺師ですこと」
厳しい声音で侍女が言う。
詐欺師?!
確かに良い香りの人だけど、オラニオさん、何やってるの。
「荷馬車の人達は?」
「一族の者ではありません。裏切り者の脱走を手引きした人間でしょう。ティー様、あの雌を引き止めて下さってありがとうございます。このまま、まとめて捕獲しますわ」
そう言うと、侍女は空のカップを口に当てた。歯を立てて縁を噛んだらしくカチリと音がした。カップを唇から離すと、透明な液体が底で揺れて見えた。
侍女は、それをポットの中にあけて茶葉と混ぜ込んだ。
「私のでは効きが弱いかも知れませんが、念のためティー様はお飲みになりませんよう」
そう言われて、こくりとうなずいた。
私はポットに湯を注ぎ、先日リンティナから購入したばかりの砂時計を置いた。短い時間を計る新しい道具だ。
茶葉が蒸されている間に、テーブルの上に茶碗を並べて湯を注ぎ、温める。
少しして複数の足音が聞こえて来た。戸口を見ると、護衛が「どうぞ」と入室を勧めているところだった。
柑橘類の花に似た芳しい女性の匂い。玉葱をすり潰したような、大柄な男のツンとした匂い。発酵した凝乳のような色黒の男が発する濁った匂い。
きょろきょろ店内を見回しながら、人間が三人やって来る。
ちょうど砂時計の砂が落ち切ったので、私はカップの湯を捨てて、ゆっくりポットからハーブ茶を注いだ。ふわりと良い香りが漂う。良さそうだ。
茶の一つは侍女へ渡す。侍女はお手本のような所作で品良く味見をした。「ちょうど良いですわ」とうなずく。
私は来訪者達に愛想笑いを向け、「どうぞ召し上がって」と茶を勧めた。
侍女が飲む様子を見ていた男二人が、カップを手に取る。
「本当に無料なんだな? そんじゃあ、折角だから貰おうか」
「あぁ、そうだな」
女も慎重にカップを持ち上げ、確かめるように口にした。




