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家族と異母妹




私は喧嘩を売られているのだろうか。

サリアナはテーブルの向かいに座る青年を見つめながらそう思った。




サリアナはロンブル公爵家の長女として生を受けた。母譲りの翡翠の瞳に父譲りのシルバーブロンドを受け継ぎ両親と使用人たちに愛され育まれてきた。

両親たちや使用人たちから可愛いと可愛いと言われ続けたサリアナは絶対的な自信を持っていた。

母に連れられて出向いたお茶会でも周りの人間はサリアナを褒めそやし花の蜜を得ようと飛ぶ蝶の如く側に侍ることもあった。

もちろん、公爵家の娘として恥ずかしくないよう手習いも礼儀作法も妥協はしなかった。

サリアナが四歳の時、母が妊娠しその一年後に弟が生まれた。

弟はサリアナとは違い、父譲りの青い瞳に母譲りの金髪を受け継いだ。

物語に出てくる王子のような容姿の弟はとても愛らしく、そして姉であるサリアナに良く懐いた。

国一番の令嬢を目標に掲げていたサリアナはそこに国一番の姉も加えることにした。

順風満帆の人生に影を落としたのは父が異母妹を連れて来た時だ。

その日は嵐が訪れたみたいに屋敷の中は荒れた。

貴婦人然としていた母が父を謗りものを投げ声を上げて泣いたのだ。

父はその全てを受け入れていたが謝罪の言葉は口にしなかった。

異母妹は荒れる部屋の中で何もわからないような表情で笑っていた。そう、あの子は笑っていた。

まるで傷ついた母をいい気味だと言わんばかりに。

その日から母は父との交流を一切断った。夜会にも出ることはなく、時たま気が向いたらお茶会を開くだけになった。

食事も一緒に取る気はなく、一人私室で取るようになった。父が居ない時はサリアナと弟で母の部屋を訪れて一緒に食べていたがその様子は酷く寂しいものだった。

父は母の部屋に訪れているようだが返事は愚か中にも入れて貰えてないことを侍女から聞いた。

父は母を愛していた。

それだけは何を置いても即答できる。

一度の過ちだったのか、それは知らない。だが、あれ程仲が良かった両親の仲違いはサリアナの心に影を落とすには十分だった。


問題の異母妹はどうしていたのかと言えば遅れがちな貴族としての勉強を与えられた部屋で会得しようと籠りがちで交流らしい交流はしていない。

弟はあの日から父を軽蔑し冷たい態度を取るようになり母を憐れんでいた。

あれ程に温かった家の中が一気に冷たい他人の家のように感じられサリアナは悲しく思った。

父は何度も母の元に通ったが素気無くされ、加えて弟に冷たくされたその背中は寂しそうで見ていられなかった。

サリアナが父と対面したのは理由が知りたかったから。

どうしてあの子を連れて来たのか?母を裏切ったのか?質問はこの二つだ。

久しぶりに訪れた娘の質問に父は狼狽したが直ぐに落ち着きを取り戻し、娘の言葉に答えた。


「あの子を連れて来たのはあの子の母親が亡くなったから、そして私は妻をお前の母を裏切ったことはないよ。彼女を心から愛している」


なら、何故母は部屋の中で泣いているんだ。何故、裏切っていないならあの子を家に連れて来た。

疑問が解消されたら新たな疑問が浮かんできて眉間に皺が寄る。

それを見た父は苦しそうに顔を歪めた。

父も矛盾に気づいているからだ。サリアナは直感的にそう感じた。

父を信じたかったのかも知れない。

小さな胸が酷く痛い、コレが裏切られたと言うことなのだろうか。

サリアナは無言で部屋を出て行きその足で異母妹に会いに行った。

もし、父の言う通りなら義妹に父の要素は見られない筈だ。確かめたい気持ちが強くなりノックもなしにその扉を開けた。

中には一人の中年の女性と異母妹が机に向かっていた。

異母妹はサリアナを視認すると目を細めて何しに来たのかと値踏みする。

その視線に臆するサリアナではない、背筋をきっちりと伸ばし堂々とした立ち振る舞いで異母妹の全身を見つめた。

誰も言葉を発しさに、奇妙な沈黙の中、サリアナはある一転に気づいた。

瞳の色が薄いが翡翠の色をしていたのだ。

父から譲られた父の子である証。

沸騰したみたいにカッと身体が熱くなり怒りが湧き上がる。

嘘つき。

サリアナは父にそう言いたかった。

話しを聞きつけた弟が中に入って来たのとサリアナが異母妹の頬を叩いていたのは同時だったように思える。

八つ当たりだとわかっていても、サリアナは自分の中に生まれた醜いこの感情を持て余しぶつけてしまった。

異母妹は何も言わなかった。ジッとサリアナを見つめ少しだけ驚いたように目を瞠っただけ。

手が痛い、赤くなった頬を見ながら同じ痛みを共有する異母妹から背を向け部屋を出て行く。

追いかけてきた弟は困惑した様子でサリアナの手を心配した。


「姉様、どうしたの?」

「……レイル、あの子の目、翡翠だったわ」


脈絡のないサリアナの言葉に弟は、レイルは顔を顰め唇を噛む。


「お父様は、お母様を愛してると言ったの。裏切ってないって、それなのに……」

「姉様」


使用人たちの目があることを忘れ大粒の涙を流すサリアナにレイルは酷い憤りを覚えた。

心優しい姉を苦しめる存在がとても疎ましく憎しみさえ抱いてしまう。

サリアナの微かな泣き声がこの家の悲鳴にさえ聞こえてきた。

小さな体で覆えることは出来なくてもレイルはサリアナを抱きしめその背中を何度も何度も撫でた。

甘えて頼るばかりの姉がこの日とても小さな存在に思えた。


その日からレイルは今まで以上に父を軽蔑し反抗するようになった。

より一層ギスギスしだす家の中でサリアナは居場所を失くした気分になる。

母の元に足を向けても辛そうにする姿を見るのは心が痛いし、裏切られたと思った父の姿を見るのも辛い。

レイルは暇を見つけては足蹴くサリアナの元に通ってくれるが嫡男として学ぶことが多い弟の負担にはなりたくない。

異母妹はあれから姿を見ていない。部屋から出て来てないと侍女が話していた。

暗く思いため息が出たがその想いを払拭することは出来なかった。

そんなある日、母がお茶会に参加することを話し始めた。家を出る事なんてここ最近ではなかったことなので侍女と共に戸惑いを隠せないでいると母が少しだけ笑った。

疲れたような困ったような、そんな笑みだ。

今回の誘いは安易に断れないのだと続いた言葉につい納得してしまい誤魔化す様に笑った。

主催者の名前はエリザベーテ・シュヴァネル・ヴィルド。

この国の最高権力者の妻の名前だった。

ドレスを新調しなければ、装飾品も肌も整えなくてはいけないわねっと力なく話す母はこれまで見てきた貴婦人としての母とは違い別人のように見えた。


お茶会の日が直ぐにやって来た。

これまで鬱々としていた侍女たちは嬉しそうに母を着飾り美しかった前の母に近づけていく。

玄関ホールまで見送ろうとレイルと共に歩いていたら二階へと続く階段の上に父の姿を見た。

母は一瞥もくれず馬車に乗り込み直ぐに戻ると言い残して出掛けて行った。

サリアナは誰にも気づかれないよう注意して父を盗み見た。

その瞳は立ち去る馬車をジッと見つめ見えなくなるまで窓から外を眺めていた。

少し前の、どんなに忙しくても出掛ける時は無事を祈り馬車が出る瞬間まで側に居た両親の姿が懐かしい。

遠く離れてしまった記憶の中の両親と現在の両親に胸が痛んだ。



サリアナ十歳

レイル六歳

マリア八歳

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