6-07
さおりはそのままあたしをエレベーターの中に引きずり込んだ。背広は乗り込んですぐ一階のボタンを押しており、扉はそのタイミングで閉まった。この人が社外に出るのなら、あたしたちもこのままビルの外に出られるだろう、しかし。
「……なんなんだよ、いったい!」
あたしがさおりに食ってかかると、さおりもあたしに食ってかかった。
「なんなんだよじゃないでしょぉ! あんた、さっきそぅっとうヤバかったじゃん!」
「まだケリはついてねぇよ!」
「なんでそんなんつけなきゃイケナイのよ! 違う?! 今って、あんなふうにバトるヒツヨーあった?」
あたしはぐっとなって二の句が継げなかった。……必要性なんて、考えもしなかった。
「あんたさぁ、なんかゼッタイカンチガイしてるって! しなくていーのに殴り合いすることないじゃん!」
反駁しそうになった……あいつらは敵なんだ、と。でもどうにか飲み込んだ。その通りだ。血の気の多いどっかの大統領じゃあるまいし、敵だからといって戦う必要はない。そもそもあたしらに与えられた当面の命令は監視であり、最終の使命はクリスタルの捕縛だ。あいつらがどう動いたとしても、こちらは受けて立たなくていいのだ。なのに、アメジストやシトリンとはお互い妙な敵視を繰り返している。向こうが挑発してきているのも事実だけど、それ以前に、あたしには彼女らが敵で憎いと思わずにはいられないのだ。なんで?
そうだ……必要がなければ、ヌガーやクラムのような異星人とだって、誰も戦わなくていい。だとすれば、クリスタルの誘いを受け入れたとしても、その後「希望の光」になれるかどうか、「変革の未来」がもたらされるかどうかだって───あたしは、ものすごく欲張りなんじゃないだろうか。
いずれにしても……さおりの言うとおりだ。やっと頭に昇った血が引いてきて、あたしはまた自己嫌悪に陥っていた。ゆきのを攻撃したのと同じような失策を繰り返すところだったのだ。それを今回も諫めてもらった。思い返せば、今日のさおりの言動は、スキあらば離脱、で終始一貫していたのに。
鈴木商事に入るのは、さおりの方がよほど適任だったということだ。彼女だって、めぐみの葬式を踏みにじったアメジストとモーリオンを快く思っているわけはない。でもあたしほど血が上らず、一歩引いた立場でこの会社にいる。
さおりという人間が意識してそうしているとは思えない。性格か、それとも……。
エレベーターが一階に着く。同乗していた社員が下りていく。あたしたちはその後を追って鈴木商事のビルを出た。
「ほら、早く変身解く!」
「あ……あぁ、Falling down, Rose Force」
鈴木商事ビルから少し離れたビルの谷間で変身を解いた。街路に出るとすぐそこに、今は地下に潜っている線路がかつて地上を走っていた跡に作られた、鰻の寝床のような長っ細い公園があった。あたしたちは、ふたりしてベンチに座り込んだ。
疲れた。
なんであたし、こうなんだろ。
やっぱりあたしは、何したってうまくいかないんだ。
背もたれの裏側に腕を投げ出し、背筋を伸ばしてみた。が、疲れはより増していくようだった。ヴァインを使った時間は長くないのに、シトリン戦とレクチャーで長いこと使わされたあのときより、ずっとけだるく感じた。
「喉渇いた。ジュース買ってくる」
さおりが急に立ち上がった。細長い公園だから、ベンチの裏はすぐに車一台の幅の道路になっていて、道路沿いには自動販売機をいくつも並べたコインランドリーがあった。
「あんたもいるでしょー?」さおりの声がベンチまで響いた。「何がいい?」
けだるかったのでけだるく答えた。「……何でもいい」
すると、「あんたさ!」さおりが急に大きい声を出した。「そーゆーのがダメなんじゃないの?!」
ビックリした。あたし、怒鳴られるようなことを言ったろうか。振り向くと、続けてこう言葉が飛んできた。「あんたはもっとバシっとしてていーんだって、言ったでしょ!」
……バシっと、か。「あたしはそんなタマじゃないよ。勝手に決めるな」
「ヒクツになんないでよ」は、とひとつため息をついて、さおりはコインを自動販売機の中に落とした。「あたしはさ、あたしで勝手に、あんたのことをそーゆーヤツって思ってんの! 何か文句ある?!」
ガタン、ガタン、と缶が落ちる鈍い音が続く。やがて戻ってきて、CMでよくやってるお茶の缶をあたしに渡した。自分も同じものを持っていて、あたしの前に立ったままでさっさとプルタブを引いた。
あたしはその缶を握りしめて、しばらく冷たさを確かめるようにじっとしていた。
「あのさぁ」二口三口飲んだ後、さおりが言った。
「なに」
「あんた、こないだっからヘン。何やってんの?」
「やっぱりヘン?」
「ぜんぜん、ヘン」
「……」なんと答えたもんかな。
「こないだのドレス、カンケーあるでしょ?」あたしはさらにビックリして顔を上げた。「あれはね、あのクリスタルってナルシーにーちゃんのシュミよね。あいつに何かタラしこまれてんじゃない?」
世の男どもが女のカンを怖れる意味がわかった気がした───のが、どうやら表情に出たらしい。「ズボシだぁ。あんたウソつけないタイプねー、ホント。……で、それ、どーゆーハナシよ」
あたしはそっぽを向いた。「言ったってわかんねぇよ」
「こっちだってムツカシーのツッコむ気ないって。でも言っちゃった方がラクっしょ、あたしはゼッタイその方がラク」さおりはそんなことを言いながら、うなだれ気味のあたしのオデコをぺんと缶で叩いた。「ホレ言っちゃいな! あのナルシーにいちゃんが何したって?」
あたしはさおりの顔をじっと見つめた。笑うでもなく怒るでもなく、別にフツーな顔をしている。
視線を少し下に落とす。さおりの出るとこ出たプロポーションは、型の決まった制服に納めてみるとものすごく締まって見える。馬子にも衣装? いや、オトナ……なのかなぁ、これが。
彼女ははっきり言って口が軽い。人格がどうあれ、その意味であたしは彼女を信頼していなかった。
でも、さおりが彼女なりに心配してくれているのはわかるし、それに───あたしに向かってずけずけとものを言ってくるのは彼女だけだ。
彼女は視線にも口調にも素振りにも遠慮がないが、相手が誰でもそうするわけじゃない、もしそうなら会社勤めなどやっていられない。というより、彼女は彼女なりに、自分にカンケーあるかないかってことをすばやく切り分ける才能を持っている。そして、数少ないカンケーあるものだけ確実に対処していく、そんなやり方を選んでいるのだ。
それが半径五メートルくらいの範囲にとどまってて、想像を絶する狭さが問題なわけだが、無条件に世界を広げてしまおうとするよりは賢い選択なのだろう。彼女はその狭さになんら劣等感を抱かない。そんな彼女の領域が、なんだかうらやましい。
あたしは、その小さな領域に、「カンケー者」として包含されているのだ。
その方がいいのかな、とやっと思えた。
「誰にも言わないって約束してくれるか」
「あたしそういうヤクソク、しないようにしてる。でも、ベラベラしゃべっちゃうよーなことはさ、たぶんどーでもいいコトなのよ。今から話すの、どーでもいいコト?」
「……どーでもよくないコト」
「ならしゃべんないと思うよ。ヤクソクはできないけど」
あたしはクリスタルと会って話した仔細をさおりに伝えた。
バーに連れ込まれたあたりは熱心だったが、やがて彼女は茶々を入れなくなった。というより、彼女の耳に入った言葉が逆の耳から抜け出るだけになっていた。……そうとわかっていても、あたしは話し続けたのだ。
一部始終を話し終えて、あたしはさおりに問うた。
「どう思う」
「どう思うって……よくワカンナイ」やっぱりな。「てゆーかさ、それでどういう答えがほしいのよ?」
「って、どう言ったら答えがもらえるのさ」
「んーとね、はいかいいえで答えられる質問にしてくんない?」
「じゃあ、二択で」あたしは尋ねた。「現在と未来と、どっちを採る?」
それは、ゆきのが選ぼうとする学校生活がある時間軸と、クリスタルから提示された未来とを天秤にかけたつもりだった。でも、バカみたいに聞こえた。表現が抽象的すぎて、どんな答えになっても価値を持たない、下の下の質問だと思った。
けれどさおりは、「現在に決まってんじゃん」真っ向から即答した。「未来来たって、なんもタノシーことないっしょ。イマがタノシーほーがいーじゃん」
「……そう思う?」あたしはまじまじとさおりの顔を見た。
「そうじゃない?」さおりもまじまじとあたしを見た。
しばし顔を見合わせた。照れくさいくらい。そうしてふたりしてぼうっとしていると、携帯電話が鳴った。
「メンテナンスですよー。変身して、ロウシールドの中に入ってきてくださーい」
かけてきたのはサンフラワーだった。彼は、フライングローズであたしたちの真上まで来ていた。しかしロウシールドはその姿をあたしたちの目に見せず、ビルの谷間に切り取られた長細い青空を遠く遠く映し出していた。




