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アメジストは机の上に悠然と浮かんだままだ。おや……目を閉じている。何かをかき抱くように前で腕を交差させ、その指先は操り人形でも動かしているかのようにぴくぴくと動いている。
まさか有線ではあるまいが、自律的に動いているといってもちびエイミーはアメジスト本人が管理している……指の動きはそのことを証明しているかのように見えた。
アメジストの指先の動きがひとしきりすみ、彼女がかっと目を開くと、ちびエイミーはいっそう賢く動き始めた。全員があたしひとりに集中し、四方八方から攻撃してくる。ショットを撃ち込んだり、アームズで斬りかかってきたり、おまけに足をつかんでくる奴まで出る始末だ。動きを止めたら思うツボなのはわかってるのに止まってしまい、袋叩きの様相を呈してくる。
アメジスト本体の攻撃力防御力はたいしたものじゃない。だからコピーを利用して戦うんだ。彼女は戦闘中でも状況に応じてコピーたちの能力を向上させているようだが、それでも、コピーに惑わされず本体だけを狙えば勝機は見えてくるはず。あたしはそう踏んだ。
強引に振り切ってパーティションの壁板の陰に入った。追いかけてくる光弾が壁板に当たって弾けて消える。あたしはその陰から手だけを出してちびどもに何発かショットを撃ち込んだ。そうして少し数を減らしたところで本格的に振り切ると、アメジストの居場所に近づいて狙いを定めた。「食らえ!」ためらいなくトリガを引く。
アメジストは、まるで観念したかのように、目を閉じたまま微動だにしない、だが、光弾が命中するより早く、こうつぶやいた。「アクセス・デナイド」
次の瞬間、弾はそれた。アメジストの頬に皮一枚のところまで達していたのに、直前で弾道をあらぬ方向へねじ曲げられてしまったように見えた。
「な……?」全身を守る、防性粒子コーティング以外の特殊なシールドか? 一瞬絶句したが、その動きを止めた一瞬であたしは再びちびエイミーに取り囲まれてしまった。また袋叩きになるところへ、アメジストの冷笑が聞こえてくる。
「これは防御ではないのよ。拒否しているの。アクセスデナイドの作用によって、あなたは私の体に対して攻撃する権限の一切を失いました。そのように定めたから、あなたは私にいくら攻撃しても無駄なのです」
「ワケワカンネーことタレてんじゃねぇぞオッラァ!」
吠えてみても始まらない。ちびに誘導され、あたしはまたアメジストから距離を取らされ、部屋の端、非常階段の扉近くまで追いやられた。
そのとき、状況がいっそう悪くなったことをあたしは知った───非常階段の扉が開いて、社員たちがどやどやと、ネクタイを緩めながら、化粧を気にしながら、戻ってきたのだ。会議が終わったらしい。
ちびエイミーが何人か撥ね飛ばされる。あたしたちにとっては、ロウシールドの向こう側の彼らは、通路を行き来する動く障害物に過ぎない。アメジストの指がまた動き出すと、ちびエイミーの動きがその障害にさえ対応するようになった。会話したり、書類を提出したりといった、何をするか読めない動きも軽々と避け、攻撃に利用してくる。
ちびエイミーは体が小さいからいいが、あたしはそうもいかない。彼らの身長より高い場所に動きが制限されたも同然だ。そうなると頭上はすぐに天井、少し膝をたたんだままで平面を動くことしかできない。もちろんちびエイミーたちは黙っていない。あたしの足に取りついて、せわしなく動き回る社員たちの中にあたしを引きずり下ろそうとする……。
もう、これ以上時間をかけられない。一気にカタをつけるしかない。
「Climbing Red Vine!」あたしはクライミングし、生じる繭を使って、群がるちびエイミーをまとめて吹っ飛ばした。
続けざまに「ローズ・イージス!」現れた紅色の盾を、アメジストに向かって蹴飛ばす。さらにその盾を追いかけて突っ込み、拳に攻性粒子をまとわせて殴りかかる。今度こそ、本体に攻撃をぶち当ててやる!
「無駄だと言っているでしょう」アメジストは大仰に嘆息した。「あなたには私を攻撃する権限がないの。それだけのことよ。技の強弱も、力の有無も、努力も気合も根性も関係ないのよ」
アメジストの言う通りだった。あたしの攻撃はまったく当たらなかった。ローズイージスはアメジストをすり抜けてしまった。突き出した拳も、さっきの光弾と同じように、皮一枚のところで弾かれ、いなされる。
弾かれた拳の返しを、裏拳にして打ち込んだ。だがやはり同じ、彼女の体に命中する軌道を描いているはずなのに、その軌道が曲げられてしまう。
「馬鹿ね」アメジストは哀れみすら含んだ笑みを浮かべると、片手を前に突き出した。「アメジスト・クラックス!」
その手の先からきらきら輝きながら飛び出したのは、ガラスのタイルにも見える直方体の光弾。至近距離で、あたしはかわせなかった。タイルは腕、足、薔薇飾り、体中あちこちに命中すると、貼りつくようにその場所に留まり、強く輝き始めた。
とたんに、高圧電流を流されたかのような痛みが体中を走り抜けた。急に体が動かなくなる。「く……これは……」
「あなた、自分の体がプログラミング粒子でできているのは知っているわね? そのプログラムの実行は、権限のあるものにしかできないようになっています。けれど私のクラックスはね───その権限を、奪い取るの。Falling down, Red Rose」
「く!」
体が、アメジストの発した武装解除のキーワードに反応し、変身が元に戻ろうとする。機械の体から、人間の体へ。このまま生身に戻ったらどうなるんだ。ロウシールドの中で。防性粒子が服に戻れば、何も、あたしの身を守るものはなくなる……。
意に添わぬ遷移は、あたしの神経に苦痛を与えた。ぎしぎしと体全体がきしむ感覚。痛い。自分の肩をかき抱き、歯を食いしばって苦痛に耐え、あたしはそれでもアメジストをにらみつけた。「んなろ……戻んじゃねぇ、このっ」
「愚かね」アメジストは勝利を確信して冷ややかに笑った。「あなたには私を攻撃する権限がない。私はあなたを自由に扱う権限を得た。これが絶対的な差だとどうしてわからないの? それで知的生命体だなんて笑わせる! さぁ、この星の生き物よ、今すぐ滅びておしまい!」
ちびエイミーどもが、ほとんど人間の体に戻りかかっているあたしの周りを取り囲み、小さなショットを構えてあたしに狙いをつけた。……万事休すか。
「コンッチクショー……っ!」悔しかった。自分の体が自分の思ったように動かない。他人に支配されている。力を出し切ったワケじゃないのに、ムリヤリそんな状態にされて負けるなんて……こんなの許せない、アメジストの卑怯臭さも、自分のふがいなさも! 「権限だか権利だか知らんが……っ! あたしにゃあ、最初っからそんなものはありゃしないんだよっ!」
心の底からそう叫んだとき───。
貼りついていたタイルが突然光を失って剥がれ落ち、人間の姿に戻りかけていた体が、すぅっと元通りの戦闘形態になった。
「処理が修正された?! 権限が上書きされたということ?!」アメジストが目を丸くする。「そんな馬鹿な……サンフラワーがプロテクトをかけていたの? 私のクラックスを予測していたとでもいうの?!」
あたしも驚いた。変身し直した意味は、自分でも全然わからなかった。ともかく、また戦えそうだという感覚が蘇ってきて、あたしはそのことに感謝した。
「なんだか知らねぇけど、一発殴らせろ!」
今度こそ。アクセスデナイドはまだ彼女を守っているかもしれない。だが、根拠もなく何とかなると思った。あたしはアメジストに向かって突っ込んでいこうとした。
……だが、あたしは首根っこを何者かにひっつかまれ、引き止められた。ちびエイミーが残っていたか、と思ったがそれにしては手が大きい。はっと後ろを見やると、さおりだった。
「あんた、何考えてんの!」
「何考えてるって……」
「いーから、逃げるよ!」
「そうはいくかよ! コイツを一発……!」
だが、さおりはあたしの首根っこをつかんだまま、離してくれなかった。思いがけない力で、引き戻される。本気でこの場から離脱するつもりらしい。
「モーリオンはどうした?」
「踏まれた」
さおりはひとことだけ言った。なるほど、会議が終わって社員が戻ったのは非常階段からだけではなかったということだ。エレベーターからも人が出てきて、それを背にして戦っていたモーリオンは倒され、踏みつけにされた。奴らはそれで痛みもダメージも受けないはずだが、体が強制キャッシュされた影響が大きすぎたらしく、身動きできるようになるまでにはもう少し時間がかかりそうだった。
今は、会議による人の移動も終わっていた。ちょうど、背広を来た誰かが下りのエレベーターを呼び、扉が再び開いて乗り込んでいるところだった。
「キサマラァ」うめくモーリオン。「これでも……食らえ!」身動きできなくても、折れ曲がった脚の先だけが何本か、がくがくと動いていた。そこから最後っ屁とばかりに多数の光弾を発射する。
さおりはあたしの首をつかむもう片方の手で、リフレクターをぶんと振り回した。一回振り回すだけで、その攻撃のほとんどを跳ね返し───うまい具合に、まだクラックスの効果を破られたことに戸惑っている、アメジストがいる方向へ飛んでいった。
「あ……」アメジストは避けられなかった。いくつかの光弾がアメジストの体に命中し、彼女は吹っ飛ばされて窓に叩きつけられた。……あのアクセスデナイドという技は、あたしにだけ効果がある技のようだから、ならばモーリオンの攻撃は当たるのだろう。
アメジストがその数発の光弾のダメージで倒せたとは思わない。だがしばしの足止めにはなったろうし、実際彼女はその後追ってこなかった。




