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ローズフォース  作者: DA☆
Procedure 7 ルーピング~そしてハッピー バースデイ
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110/140

7-01

 目覚めたとき、そこは真っ白な部屋だった。


 あたしは、薄手のシーツにくるまって、ベッドに横たわっていた。


 ここは……どこだ?


 いつか見た覚えのある天井―――まだ夢見心地のままでいたいという欲求に逆らって、慌てて記憶の糸をたぐった。自分は綾瀬みずきで、一九歳。それから。それから……ヒトだったっけ、モノだったっけ、……ヒト、である、ような気がする。


 頭痛がする。誰も背負ってくれない、自分だけの痛みだ。


 周囲を見渡した。壁も天井も白かった。継ぎ目のない天井には間接光が当たっていて、その白さに陰影を与えていた。だが光源はよくわからなかった。


 怖い。


 シーツを頭の上まで引き上げて、暗闇に入り込んで目を閉じた。膝を抱えて、丸くなった。ここにいたくないって、まっすぐに思った。


 怖い。怖い。怖い。


 ふっとクリスタルのことが頭に浮かんだ。


 あたしはあいつに負けた。きっと、何度戦っても勝てやしない。


 彼の言うとおり、勇気を奮い起こし、ロウシールドを破壊したなら、世界はどう変わるだろう。


 世界中が、異星人の存在を知る。


 異星人たちは五〇年以内に訪れる地球自滅の日を、虎視眈々と待っている。ときとしてフライングを冒す異星人がいて、地球に降り立とうと画策する。月はすでに改造されていて、三八万キロの虚空に浮かぶ巨大な光線砲として、地球に脅威を突きつける。


 あたしにそれを背負えというのか。怖いよ。現実は怖い。入っていきたくない。


 でも、もしそんな世界に住んだなら、生死のぎりぎりでドラマチックな人生を送れる。世界中の人々が、あたしの一挙手一投足を見てくれる。そんな悦びの妄想が胸にふつふつと湧き上がる。


 あたしは変わる。否応なく変わらされる。成長なんて言葉では置き換えられない。希望の光か、正義の味方を標榜するただの戦闘狂か、世界中の人が、メディアが、あたしにさまざまなレッテルを貼るだろう。それはきっと幸せなことだ。


 少年の殺人事件がときどき話題になる。彼らは幸せだと思う。誰も見返ることのなかった自己を、裁判官が、遺族たちが罵倒する。犯罪者という名の、生きた人間がそこにいる。なんと幸せなことだろう。


 ───あぁ、イヤだ、ヤだ、そんな極端なものを受け入れられるわけないのに、それでも考えてしまう自分が嫌いだ。もっとまっとうな、もっとマシな、あたしらしい変わり方があるはずだ。変えなくちゃ。変わらなくちゃ。そして変革の可能性を探してクリスタルの言葉を再び思い返す。


 怯懦、妄想の悦楽、そして自己嫌悪が渦を巻き、あたしを暗い水底に引き込む。


 そうして何もしないまま時間だけが過ぎ、誰も変わらず、何も変わらず、世界は五〇年後の滅亡を享受することになるのだろう。


 あたしという人間は、そんなふうに考えるようにしか進んでこられなかったのか。


 あたしという人間は、そんなふうに考えるようにしか進んでゆけないのか。


 それなら、もう、何もしたくない。どこへも、進んでいきたくない。


 耳を固く塞いだ。心を固く閉ざした。けれど溶けたクリスタルは、あたしの中のがらんどうを満たそうとして流れ込んでくる。何も満たしはしない。不定型な中で漂い揺れて、歪んだ凹面鏡に変わるだけだ。あたしを何度も醜く映し出しては、あなたはここから変わっていくのだと、声高に主張し、教え諭す。そのたびに、心臓の内側を煮沸消毒されているような感覚が走る。熱く、痛い。引きちぎられそうな。


 わからない。その投影が本当にあたし自身なのか、証明するものは何もない。


 あたしにはもっと、ただ普通に、あたしのかたちがあるはずなんだ。そうじゃないのか。なのに、それが見えない。いつまでもあたしはぶよぶよながらんどうだ。変われと言われたって、何が変わったのか、どう変わったのか、探り当てることができないのだ。


 あぁ。このままあてのない変容に漂うならば、あたしは消えた方がいいのだ。


 ───何か聞こえる。


 暗闇の中、永遠に下り続けるあたしの足元に生まれた波紋。最初は小さかったそれが、ぶよぶよのがらんどうの隅々まで伝わっていき、クリスタルに否定されて砕けたいくつもの破片と共鳴を始めた。


 共鳴は少しずつ激しくなり、漠然としているけれど、いとおしく、くるおしく、熱を帯び始める。共鳴によって生み出された、熱を持った波紋の重なりが、小さな足場となり、あたしを支える。


 一段目(・・・)だ。あたしはそこに立って、もう一度耳をすました。───何か聞こえる……。


 「あたしが、悲鳴を挙げればいい?」めぐみの声だ。「悲鳴を挙げれば、みずきお姉ちゃんは、また戦ってくれる? ……ううん、あたしはもう、悲鳴なんか挙げない。ちょっと暮らしが変わっただけだって、もう、気持ちの整理、ついたから。大丈夫、あたしはいつだって、希望に燃える小学生だよ!」ウソツキ、と思ったら、まだめぐみの声には続きがあった。「ホントはね、まだ、苦しいよ。悲しいよ。けど、あたしはもう、それを抱えていける。お姉ちゃんのおかげで、あたし強くなれたから。


 お姉ちゃんの苦しみ、あたし、なんとなくわかる。だってあたしの中には、きっとお姉ちゃんよりもっと多くの未来が眠っていたのだもの。今、お姉ちゃんが入り込んでしまっている渦にあたしが入っていたら、きっと飲み込まれてしまったと思う。


 あたし、わかった。あたしは大人になりたかったんじゃないんだ。そうやって、人知れず痛みに立ち向かう姿を探していたんだ。目に焼きつけたその姿を受け止めて、あたし、強くなったし、きっともっと強くなっていける。だから今は、受け止めたものを少しでもお姉ちゃんに返してあげなるときなんだって、心からそう思うの」


 「あたしバカだからさ、うまく言えないけどぉ」語尾の上がる、相変わらず何も考えてなさそうなこのイントネーションは、さおりだ。「人間って、それでいーのよ。どんなにスゴかったってダメだったって、このてーどって思っとくのがいーのよ。そー思っとくのがフツーじゃないかなとか、思うワケよ。そこでぐだぐだ考えんの、あたしはヤダ」何も考えないでただ流されていくのがいいっていうのか。反駁しようとしたら、さおりの声にも続きがあった。「流されてるって言うかもしんないけどさ、じゃあ、どっちに流れてくかなんて、ケッキョクわかんないのよね。


 オトナとか、人間とか、そんなにカシコくないってゆぅか、なんていうかな、それでやっていけんのよね。それがフツーよ。そーやってくのがイチバンなのよ。あきらめっちゅうんじゃなくてさ、なんていうかな、そこんとこ受け入れて初めてオトナなのよ、ってあんた、まだコドモだっけ。オサケ飲めないのよね、ずっと。えへへ」


 「みずきさん」ゆきのの声だ。「ごめんなさい、なんだか、しばらく気まずくて。でも、気にしてないですから。うぅん、こっちこそ、気を遣わせてしまって、ごめんなさい」謝らなくていいのに。悪いのは、あたしなんだから。……ゆきのの声にも続きがあった。「私のいた病室では、私が苦しんでいるとき、みんなも苦しそうにしていました。私が元気で、笑顔を見せるときは、みなも笑顔になってくれました。人は常に共感するものなのだと、どこかで思い込んでいたのかもしれません。


 私は学びました。人が誰かに傷を与える、時としてそれは避けられないこと。与えた傷の重さに震えてなお傷つき、苦しんで、そしていつか赦し合って、その間ずっと、私たちの日常の歩みはただ続いていくこと。


 ともに行きましょう、みずきさん。私たちは、きっとまだずっと先へ進んでゆけます。


 また傷つけ合うこともあるでしょう、確執の果てにいつか戦うときがくるのかもしれません、それでも私は、あなたとともにときを歩み続ける、高岡ゆきのです」


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