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ローズフォース  作者: DA☆
Procedure 6 ハーモニー
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6-09

 あたしのへの字は崩れない。うつむいて、床をにらみつけていた。……あたしは明日までに、自分の整理をつけることができるのだろうか。いや、メンタルな部分だけじゃない、ローズフォースがクリスタルたちと一戦交えるには、それ以前の問題があったはずだ。


 「決戦になったって、戦えるのかよ」


 「戦ってもらわなければ、困ります」サンフラワーは簡単に言い切った。


 「そうじゃなくって」あんまり簡単だったので、あたしはちょっとむっとした。「武器がないだろ。精神体を捕縛するための」


 「ブルーローズ様が復帰していればクリスタルの処遇はあの方にまかせてください。そうでなければ、肉体の破壊という方向性で戦闘していただくしかありませんね、今のところ」


 「それさえまともにできるかどうか怪しいじゃんかさ」そもそもあたしの思い悩みは、そこから始まっている。「ヴァインがなくっちゃ精神体とは渡り合えないだろ、でも、ヴァインは今すぐ全員分そろえられるわけじゃない」


 そう、ゆきののヴァインを作るかどうか、悩む必要があったはずだ。ゆきのの基礎能力はあまりに低く、ヴァインで強化すると他の三人との差が開き過ぎてしまう。


 ところがサンフラワーは、さらにあっさりと言い切った。


 「そろえますよ」


 あたしにとって、とても思いがけない言葉だった。


 「ヴァインなら完成させます。全員分。明日には何とかします」


 「ちょっと待て」あたしはサンフラワーをまじまじと見た。……これ、さおりに聞かれていい話かな? 「ゆきののこと、どうなったんだ?」


 「え、ご本人から聞いてませんか? 自分で言うっておっしゃってたんですけど」


 「え……?」


 「ゆきのさんには直接通達しました。そうしたら彼女、自分用のヴァインやソーンのアイディアをいろいろ持ってきてくれましてね。……だから、ホワイトローズのヴァインは、彼女の弱点をたっぷり補う特別製です。


 ただ、なにぶん特製なもので若干クセのあるチューニングをする必要がありそうなんです。だからまだ試作段階なんですが、テストも兼ねてゆきのさんは毎日ここに来て特訓に入ってます。……ご存知なかったです? もしかしてしゃべったらまずかったですか?」


 あたしは唖然とした。


 「部活行ってるって……」


 すると、「んーなわけないじゃん!」さおりがけらけらと笑った。「気付いてなかったの、あんた」


 「……気付いてたのかよ?」


 「部活がウソってことはね。さっそくカレシ? って思ってたけど、トックンかぁ。ゆきのってマジメー」それ、ほんとは気付いてたんじゃなくてただの妄想だろ。とはいえ、さおりの素直な感想は、ときとして胸に迫る。「───でも、そっか、やっぱゆきののこと気にしてたんだ。ちょっと安心した」


 あたしは頭を掻いた。ていうか、彼女が自分で何とかするっていう可能性に思い至らなかった自分が情けなかった。心配するだけして、傷つけて勝手に傷ついて、そのくせ学校を楽しむばかりの彼女が打ってくる手は何もないと思いこんでいたのだ。あたし、将棋はできそうにないな。


 「……なぁヒマワリ。あいつ、いつから来てる?」


 するとサンフラワーは、目尻を下げていつも以上のヒマワリ顔になって、ゆっくりと話し出した。


 「───クラム戦の後だったと思います。ゆきのさんがここにいらっしゃいましてね。『私は弱いですか』と聞くんですよ」


 クラム戦───あたしがゆきのを撃ってしまったときだ。反応速度が遅いことをいちばん思い知ったのは彼女自身だったわけだ。


 「なんて答えた?」


 「『えぇ、とても』と」そんなまたド直球な。「事実ですからね。いい機会だったので、体のことをお伝えしました」


 「カラダって何」さおりが脊髄で反応して言った。あたしたちはしばらく、彼女にゆきのの病状(・・)について、説明しなければならなかった(むろんこのことは後にめぐみにも伝えられ、ゆきのというアキレス腱をどうフォローアップしていくかはあたしたちのひとつの重要なテーマになるのだが、それは先の話)。


 「それで……」


 「頭のいい人ですから。おおよそ気づいてたみたいです。驚きも落胆もせず、続けて『強くなれますか』と。


 クライミングでどれくらい強化できるか、試算を彼女に説明しました。彼女が自分で持ってきたアイディアは、主にその運用方法に関するものでした。強化する能力をその運用方法に合致するよう特化すると、彼女のヴァインは総合的な能力の向上値が他の三体より三割増になり、懸念していた能力差の開きをかなり減らせます。その代わり設計がタイトになってしまいましたので、彼女はより強い疲労と苦痛を感じるでしょう、けれども彼女はそれを望みました。


 ……それでも、ゆきのさんは言うんです。『もっと強くなれますか』、とね。


 みずきさん、僕は以前、あなたにゆきのさんの存在意義を問いました。それは僕自身も、彼女を強弱で語るキャラクタと思っていなかったからです。彼女は議論の余地なく弱く、性能が劣るがゆえにチーム全体のパフォーマンスを著しく損なう。他の理由がなければ、ローズフォースの一員であるべきではないと考えたからです。


 でも彼女は、強くなろうとするんですよ───何でですかね? それだけの高性能ヴァインを身に着けたとしても、彼女は決して『強い』と言える存在にはなれません。能力差は十分縮まりましたから、チームのパフォーマンスという理由で廃棄することはもうありません。でも、他の三人を超えられるわけではないんです」


 あたしにはなんとなくわかった。彼女にとってローズフォースとは、自分自身の体が自由に動き、自由に走れることだからだ。自由に走れる体になった以上は、戦闘能力にも同じものを求めてほしいんだ。特別視されたくないんだ。


 彼女がそうして、今までの自分とは異なるものを求め続けている以上、あたしが言わなくたって、誰かが言わなくたって、彼女の無知はいずれ崩壊する。


 彼女の輝く宝物は、ガラス玉じゃなく、クリスタルじゃなく、名の通りの『ゆき』であり『雪野』だったのだ。傷つけることはできない。したくもない。でも時が来ていずれ溶ける。そのとき、『ゆき』は水に変化し、『ゆき』に包まれていた大地には、春がやってくる。


 「なぁ、サンフラワー。変革って、こういうことかな。『変わる』って、こういう意味なのかな」


 「……なんですか、急に?」


 「いや、……いいんだ。でも、わかったよ、ヒマワリ。それがゆきのの存在意義だ。あいつは、ローズフォースにいなくてはならない存在だよ」


 「そうですか? ……僕にはいまいちぴんと来ませんが、みずきさんがそうおっしゃるのでしたら、そうなんでしょう」


 クリスタルとゆきのは、あたしにとってどちらもフィクションかもしれない。けれど、自然に溶けていく変化と、変化そのものを促されることと、そのどちらもがフィクションの功罪であるとするのなら、あたしはどちらを先に手に取るべきだろう?


 ゆきのに限った話じゃない。いつもと同じダメっぽい口調には変わりないのに、今日のさおりのなんとりりしく見えることか。あたしが変わらなくたって、近い場所にいる他人が変われば、目の中に映るものは変わって見える。


 ……そのさおりが、サンフラワーの机の上の置き時計を見て少し顔を曇らせた。「さーて、あたしそろそろ戻んなきゃ」あたしも見る。午後四時になっていない。ほんの一時間足らずの戦闘だったが、ずいぶんと長く感じた。「ヒマワリー、もういい?」


 「いいですよ。僕はむしろさおりさんがクビにならないか心配です」それはそうだ。一時間でも労働者が職場の外に出てるのはマズかろう。


 「だぁいじょーぶよぉ。エイミーちゃん、なんかイイワケつけててくれたし、あたし呼ぶとき。……でもさ、あんまり遅くなるとカチョーに悪いかも」保健室の壁には鏡が一枚かけてある。さおりはそれを見て髪を正しながら言った。


 「カチョー?」さおりの甘ったるい声に重なると、不倫という単語がよぎってなんかどきっとする。でも、今回は違うようだ。「……あぁそうか、もう配属決まったんだ」


 「そー。経理課ー」


 その手の事務を学んでいたというのは聞いた記憶があるが。「……マジでおまえにカネ勘定させるヤツがいるんだなぁ」


 「ワルヂエよりはいいってことと違う? バカのほーが得することもあんのよ」


 「説得力あるゥ」あたしは苦笑した。───すると、さおりがあたしのデコをまたぺんと叩いた。「ん、ちょっといい顔になった。そのチョーシそのチョーシ───じゃ、帰ろ?」


 「あぁ、そうする」あたしはうなずいて立ち上がった。


 ……さおりといっしょにフライングローズから出ようとしたとき、あたしは急にあることを思い出した。


 「そういえばさ、ヒマ」


 振り向いてサンフラワーに尋ねた。


 「何ですか?」


 「アメジストのクラックスって技、わかる? おまえ、それに何か対処してた?」


 クラックスという単語を聞いて、サンフラワーの目つきが少し変わった。度し難い獣に出くわして身構えたような様子だった。


 「いいえ……どうなりました?」


 「効かなかったんで、アメジストが驚いてた」


 「あなたから、権限を奪い切れなかったんですね」サンフラワーはほっとひとつため息をついて緊張を解き、それから大きくうなずいた。「それなら大丈夫です。メンテナンスで異常は見つかりませんでしたし、心配には及びません」


 自信たっぷりに言ったが、ちょっとだけ首をひねった。「……みずきさん、そのときクライミングしてました?」「してた」「たぶん何ともないと思いますけど、ヴァインはチェックしておきましょうか。すみませんけど、バイクお借りしますね」


 「あぁ、いいよ?」


 「じゃ、これ」


 あたしは手に百円玉を三枚握らされた。


 「ナニコレ」


 「フライングローズは、アメジストたちの監視もコミでしばらくこの場所に停泊します。メンテナンス直後にまた変身するのもなんですから、電車で帰ってください」


 「……」


 「お釣りは要りません」


 そうだよ。ここは、新宿だ。


 新宿からマンション最寄りの駅まで乗換一回で二七〇円。おだちん三〇円のスーパーヒロイン。


 さおりが横でくっくっくと含み笑いをした。


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