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「今年はいろいろあったなあ」


「千佳と僕が会う以前の君の暮らしは知らないけれど、激動の年だということぐらいは察しがつくよ。たしかに出会いは豊かだったけど、千佳が失うものも多かったはずだ。嫌になったりはしないのかい?」


 もう千佳は普通の少女の暮らしには戻れない。戦いで全身に負った傷は驚異的な回復力で綺麗に治ってしまったが、能力も感覚も精神性もすっかり変わってしまった。それから千佳の抱く世界観も。

 今の千佳はちょっとやそっとでは心が乱れない。心が鋼に変わってしまったかのようで、その結果実年齢をずっと上回る重厚なオーラをかもし出し、常に落ち着いている。忍の言葉も微笑をもって余裕をもって聞き入れられる。


「今はこの世界の全てが大切に思えるよ。嫌になったりなんかしない。私を知ってくれている、私と繋がっている人や幽姫がみんな好き。もちろん忍もね」


「僕は創り手の瑠璃に捨てられている。千佳にまで捨てられないように役に立ち続けるつもりだよ。壊れるまで僕を使い倒してくれて構わない」


 薄く笑いながら自己の使命を語る忍に、千佳はあるアイデアを思いつく。頭の中のスイッチを切り替え、瑠璃化した。


「ねえ、忍。お前は私の最高傑作よ。本当は手放したくなかったのだけど、千佳へ恩返しするにはそうするしかなかったの。役立つ忍だからこそ千佳にあげれば喜ばれると思ったのだわ」


「――たしかに瑠璃の顔と声だけどやっぱり雰囲気が別物だな。それと話し方が非常に演技臭いよ。しかも本物の瑠璃はもっと無愛想で冷たい性格だよ」


「いったい何をやってるのよ……」


 ベランダ前の引き戸のそばに立つ瑠璃の声で千佳は我に返り、変身を解除した。いつから居たのか、瑠璃が部屋の中に現れていた。


「せっかくの年末なんだし、瑠璃もこっちの現世の部屋に居ればいいのに。みんなで話した方が楽しいよ」


「幽姫に年末も何も無いわよ。それに私が居たらその分部屋が狭くなってしまうじゃない。千佳との会話をドア越しに聞かれたら千佳の両親に怪しまれるし、私は幽世側の部屋で十分よ。幽世の部屋から千佳を危険から守ることができればそれでもう十分」


 瑠璃は照れたような赤い顔でちらちらと千佳の顔をうかがいながら話し続ける。何度千佳が説得しても頑として聞かないのだ。

 瑠璃は幽世の千佳の部屋に住むようになった。千佳はこれからも瑠璃を部屋の中にこっそり住まわせようと考えていたのだが、瑠璃は迷惑がかかるといって幽世側に引っ込んでしまう。現世側の千佳には幽世の部屋に居る瑠璃が認識できないので独りで部屋の中にいるのと変わらなかった。


「そんなに遠慮しなくても、私のことは姉妹とでも思えばいいんだよ」


 千佳はふたたび瑠璃へと変身し、笑いながら両手を広げる。


「どう? これなら瑠璃と見た目も声も同じでしょ? 生き別れた双子の妹と思えばいいよ。名前は……瑠璃と千佳の間をとって瑠佳!」


「る、るか……!?」


「お姉ちゃん、会いたかったわ!」


 調子に乗った千佳は瑠璃に抱きつき、胸に顔をうずめる。瑠璃ははじめこそ衝撃で固まっていたが、おそるおそる千佳の背中へ両腕を回してきた。


「な、何なの、この気持ち? 私が私に抱かれて……。嬉しいような、恥ずかしいような、恐いような、何だかとてもいけない気持ちだわっ」


 瑠璃が「る、瑠佳っ」と小さな叫び声を上げて千佳を抱きしめる。完全に傷が消えた瑠璃の力は異常に強く、千佳は締め上げられる痛みで瑠璃化を保っていられずに元に戻ってしまう。そこでようやく瑠璃は正気を取り戻し、真っ赤な顔で千佳からとびのいた。


「ごめん、瑠璃。大晦日だから何だか浮かれちゃって」


 せき込みながら苦笑する千佳に、瑠璃も呼吸を乱しながらこくこくと勢いよくうなずく。

 窓の外をのぞけば雪が降り始めていた。これは初詣する人が大変だと千佳はとりとめもなく考えた。


「不浄霊の狩りに行くわ。そのことを千佳に伝えておこうと思ってこっちの部屋に来たの」


「また私も行くよ」


「無理してついてこなくてもいいわ。危険だし、そもそもこの掃除は幽姫の役割だわ。千佳がやる義務はないの」


「私がいっしょに片付ければ瑠璃の負担も、浴びる呪いも半分に減るでしょ?」


 下から顔をのぞきこんで微笑む千佳に瑠璃は息を呑み、「ごめんなさい」とか細い声で応えた後、泣きそうな顔で笑う。


「……いいえ、ありがとう、千佳」


「瑠佳に甘えていいんだよ?」


「それはいいわよ! よく分からない危ない道に入ってしまいそうで恐いもの!」


 瑠璃へと変わり受け入れるように両手を広げる千佳に、瑠璃はあわてて右手を前に出して制止する。

 千佳は部屋の端に置いてある運動靴を手にとって瑠璃といっしょに幽世へ移動し、そこで靴をはいた瑠璃とベランダへ出る。

 ベランダから道路に飛び降りて玄関をチェックすると、千佳が予想したとおりに玄関の横に異物が置かれている。これで三回目だった。


「今日はペロペロキャンディー……。これってやっぱり氷菓の置き土産だよね?」


「幽世側で警戒してるのだけど、氷菓は千佳の家に来てはすぐに帰ってしまうの。殺気も攻めてくる気配も感じないし、いったい何のつもりかしら」


 ここ数日、千佳が用事で外出すると時折何者かの視線や尾行されている気配を感じる。それはおそらく氷菓だろう。ほかに疑うべき容疑者がいない。

 もう勝負はついたというのに氷菓はまだ戦争の続きを望んでいるのだろうか。瑠璃との必死の連携でどうにか勝利をおさめたものの、地力は氷菓一人の方が上だ。氷菓の思惑が分からないだけに、千佳は彼女からの接触について不安を覚えずにいられなかった。

 千佳は迷った末にドアの横に立てかけてあるキャンディーを手に取り、口に運んだ。


「何してるのよ!? 毒入りかもしれないのに!」


「氷菓からのプレゼントかもしれないし、無視はよくないかなって」


 ピンク色をしたこぶし大の円形キャンディーを舐めてみるが、桃の味がするだけで見た目も味も質感も本物と同じだ。前に忍に鑑定させたが、毒物の類や身体を害する呪いは入っていないらしい。ただし、このキャンディーの原料は幽世でうごめくモンスターの不浄霊。それを思うと多少の吐き気は禁じ得ない。

 千佳はキャンディーを舐めつつ、瑠璃の後ろについて道路を走る。あいかわらず幽世は静かだ。現実の世界が楽しい大晦日だろうと無関係の静寂に満ちた世界だった。

 この幽世は亡霊達が住まう世界。そんな場所でさえ千佳にとっては既知の、馴染みの世界だった。今では幽世を恐れずに、世界を構成する一部として受け入れることができた。

 瑠璃とともに道を走りながら幾多の人の輪郭とすれ違う。半透明で人の形をしたそれらは幽世側から見た現世の人間だ。こんな雪が降る夜でもいつもより人通りが多いのは今日が大晦日だからだろう。

 二人は幽世の繁華街にたどり着くと、通りにたむろしている不浄霊をさっそく狩り始めた。瑠璃は自分で生み出した長剣を左右の手に一つずつ持つ二刀流、千佳は忍のサポートで作ってもらった短剣を両手で持ち、次々と不浄霊達を消滅させていく。

 図体ばかり大きくてのろまな不浄霊は二人の動きにまったくついてこられない。店の壁や街灯の細い胴さえも足場に空間を素速く跳び回る千佳達に一方的に斬られ続けるだけだ。

 不浄霊は怨念を抱いた亡霊のなれの果て。そういったモノ達は人が集まる街の中心に集まりやすいらしい。羽虫がきらびやかな電灯に誘われるように、孤独と憎悪に打ちひしがれて他者を汚して壊すことしかできなくなった不浄霊達も人の街の活気に吸い寄せられるのかもしれない。その姿はもはや怪物そのもので人間の感情や意思は残っていない。現世に災厄をもたらすだけの存在であり、滅んで消えることだけが唯一の救いだと千佳は思いつつ、表情を消したまま斬り続ける。

 命を取り合う戦いにおいて不可欠な非情さを今の千佳は身につけていた。敵を倒すという最優先の目的を心のど真ん中に据えて同情や愛情は隅にどけておく。気持ちは常に覚めていて刀を振るう手がぶれたりにぶることはない。この冷徹さも瑠璃の呪いを取り込んだことによる精神面への影響だった。千佳は身体能力だけでなく精神も格段に強くなっていた。

 そんな人間を超えた千佳でさえ瑠璃の動きにはまるでついていけない。なにしろ瑠璃は幽姫そのものだからだ。突風のような勢いで不浄霊の群れの中を駆け抜けてはすべてを斬り裂きいっさい反撃を許さないスピードと手練れの程は千佳が及ぶ領域ではなかった。

 千佳達は周囲にうごめく二十体以上の不浄霊をまたたく間に殲滅し、邪魔なでかぶつが霧散して見通しが良くなった街を見てひと息つく。千佳は額にうっすらと汗を浮かべて軽く息を切らせているが、瑠璃の方にはそんな様子がまったくない。剣を携えた両手をだらんと下げたまま、千佳を見て微笑している。


「狩りは幽姫の生まれもった使命だから、最初は義務と思ってただこなしていた。呪いがたまってはじけそうになるうちになかばヤケになって狩っていたけど、千佳といっしょにやると不思議と苦じゃないわ。千佳といると生き方まで変わってしまいそうね」


 左右の剣を消して楽しげに笑いかける瑠璃に千佳もまた呼吸を整えながら淡い笑みを返す。ここは幽世だ。周りにいくら人の輪郭が歩いていてもそれは現世の街の出来事であり、幽世にいる千佳達の活躍は現世の誰の目にも触れることはない。不浄霊の掃除も、現世に起こりうる災いを未然に防ぐという効果が見えにくいもの。誰かに褒められることも感謝されることもない。そんな名もない仕事だが、それでもいいと千佳は感じていた。

 日常ではもてあますほどの異能の力を生かす場所があったからだ。千佳の居場所があることに安堵せずにはいられなかった。これまでに千佳の身に起こったことは無駄ではなかった。過去のすべては今と、今の先の未来へ繋がっている。千佳と世界の繋がりは断ち切られることはない。これからも続いていく。


「ここは片付いたよね。じゃあ、次の場所へ行く?」


「今日は……」


 瑠璃が話しかけた時、彼女は突然顔を上げて向かいに建つ雑貨屋の方を見る。それに一瞬遅れて千佳も聴き取った。この静かな幽世では自分達以外のものは聴くはずのない、屋根の上を次々と蹴りながら迫り来る軽快な足音を。

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