表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/50

40頁

 今は自力で剣を生み出せるだろうか? 千佳は右手を見つめ、試しに手に力を集中させてみる。だが、異変は起こらず何も生み出せない。忍に頼らずに剣を出すことができるのは瑠璃に変わっている時だけらしい。

 剣からある連想に至った千佳は瑠璃に歩み寄り、思っていることを口に出す。


「瑠璃。ちょっと剣を出してみて」


「? べつにいいけれど、どうする気?」


 瑠璃の右手に長剣が出現する。具現化までに要する時間が今までよりもはるかに短い。これも瑠璃が呪いの制限から自由になった恩恵らしい。

 瑠璃が持った剣の刃先へ千佳は右手を近づけ……そのまま腕を一気に突き出した。そんなことをすれば鋭い刃が手のひらを貫く。瑠璃の表情が凍りついたが、千佳は無表情のままだ。

 千佳の手に触れた部分から刀身が崩壊し、消滅していく。千佳が手を進める分だけ削岩機に巻きこまれたかのように刀身は削られていき、半分以上が消えたところで残りの刀身が柄ごと砕け散る。


「な、なんなのこれ!? いったいどういうことなの、千佳!?」


「こうなるのが当たり前みたいな気がして……。だから恐いとか危ないとかは全然思わなかったんだ」


 瑠璃にふたたび出してもらった長剣を受け取り、千佳はそれをウエハース製の菓子細工のように軽々と粉砕する。剣の破片と、首をかしげる千佳に、瑠璃はあっけにとられて目を見開く。


「これが新生千佳の能力か。使えるね、これは」


 千佳の肩の上に現れた忍に、千佳と瑠璃はそろって注目する。


「たぶん、取り込んだ呪いに刺激を受けて、幽姫の力を無効化する千佳の体質が余計に強まったんだ。その結果、特殊体質が特殊技能に昇華したんだろう。これは大きいよ。なにしろ幽姫の氷菓の攻撃を無効化できるんだから。氷菓の攻撃から瑠璃を守る盾としては最高の能力だ」


「盾――」


 千佳は両手を広げ、それをじっと見る。盾。大切な者を守るための武具。細く頼りないと思われていた自分の指が、どこか大きく、たくましく見えるようだった。


「バカ! それって千佳が氷菓の攻撃を最優先で受けるってことじゃない! そんな危ないこと、戦ったこともない千佳にやらせるなんて無茶苦茶よ!」


「私、やるよ。瑠璃といっしょに戦うって、もう決めたもの。役に立てるなら、この新しい力を生かしたい」


「千佳まで何を言って……!」


 忍をにらみつけていた目を瑠璃は千佳に向け直したが、千佳の決意を宿した目を見つめて、出かかった言葉を飲みこんだ。幽姫の瑠璃さえもだまらせるほどのすごみが今の千佳には備わっていた。


「……そうよね。力を合わせるって、さっき約束したばかりなのに。千佳を信じ切れなくて悪かったわ」


 瑠璃の肩から力が抜け、気持ちを整えるかのように小さく息を吐く。千佳の勇気にあきれ、感心したような顔で薄く笑う。千佳も瑠璃を安心させようとわざと大げさな笑みを返した。


「千佳。さっきの瑠璃化は自分の意思で自由にできるのかい?」


「やってみる」


 千佳は目を閉じ、己の内側の闇へと意識を向ける。

 何かの特別なポーズを取ってみたり、呪文らしきものを言ってみたりする必要はない。変身の鍵は肉体的で外界のものでなく精神的で内側のものだと千佳は直感した。この直感はさっきも働いた。経験も、そうできる保証もないのに、幽姫の武器を消滅させることができるという直感がそれだ。

 人間の千佳が当たり前のように手を握ったり開いたりできるように、鳥が翼を羽ばたかせるように、魚が尾ひれを動かすように、瑠璃へと変身する超常の能力も当然の機能として馴染みつつあるらしい。

 内側に、これまでになかったスイッチがある。それを試しに入れた瞬間、世界すべてへの認識ががらりと感覚が変わるのをふたたび味わった。

 瑠璃の大きな、忍の控えめな、四季の小さなそれぞれの驚き声で千佳は目を開ける。上手くいったようだ。顔は自分では確認できないが、髪が長くなっているから瑠璃へと変身したことが確かめられる。


「本当に私と同じ顔。鏡写しのようね。人間でいう双子の姉妹とか姉妹ってこんな感じなのかしら?」


 瑠璃の驚き顔に千佳は少しだけ誇らしい気分になる。剣の瑠璃をもびっくりさせられるほどの高みに立てたことと、千佳よりもずっと遠い存在だった瑠璃と同じ姿形になれたことが嬉しかった。


「凄いな。この状態なら、さっきまでの能力が半減していた時の瑠璃と同等の強さだ」


 忍の褒め言葉に千佳はあらためて自身に宿る剛力を思い返す。千佳の体でいる時でも十分すぎるほどに力強く、感覚も人間以上に研ぎ澄まされている。もはや五感は野生の猛獣並かもしれない。だが瑠璃へ変わると強さはまったく別の次元へ飛んでしまう。まさしく、人をはるかに超えた化け物の力の領域だった。もう人間も、亡霊も、不浄霊も、どんなに数が集まろうと相手にならないのは明白だ。

 瑠璃が氷菓との交戦中に縦横無尽に天地を駆け回ったあの動き、あまりに速すぎて千佳には彼女が何をやっているのかほとんど見えず、影を追うのがやっとだった銃弾のごとき俊敏さを手に入れたのだ。

 そんなことに想像をめぐらせていると、千佳の意思とは無関係に変身が解けた。千佳は元に戻った両腕や胸に視線を走らせて疑問の表情を浮かべる。


「なるほど。大幅に能力が上がる代わりに、あくまで変身は一時的なものなのか。千佳の集中力が途切れれば変身も解けてしまうというわけだ。当然かもね。代償もなしに無制限の巨大な力が得られるはずがない」


 忍の言う通り、変身は長く続かない。張りつめていた気持ちの糸が緊張に耐えきれずに切れてしまうと、とたんに瑠璃化が解けてしまう。


「瑠璃化はたしかに強力で便利だけれど、すぐに解けてしまう。不安要素が大きくてとても作戦のメインには取り入れられないな。氷菓と戦う上の作戦を練りたい。時間が欲しい」


 千佳と瑠璃がうなずき、忍はあごに右手を当てて二人を見上げる。


「僕が作戦を考える間、千佳は瑠璃化をより確実にできるように練習していてくれ。瑠璃は待機。氷菓と戦う心の準備を固めていればいい」


 千佳と瑠璃は離れ、それぞれがやるべきことに取りかかる。

 四季は椅子に座り、練習を続ける千佳を珍しげに見物している。瑠璃はそわそわと庭園の中を歩き回り、千佳へちらちらと目を向けていた。忍は姿を消し、ペンダントの中で作戦内容を熟考中。千佳は庭園の端にあぐらをかいて座ったまま、千佳から瑠璃の姿へ変わる練習をくり返し積んでいた。すぐ近くで四季のしもべが草花の手入れをしていようと、顔のそばを飛んで横切ろうと、精神を集中させてひたすらに新しい能力を試し続ける。

 やけに四季のしもべ達がからんでくるのは暇な四季がしもべを使ってちょっかいを出しているのかもしれない。だが、そんな目先の誘惑に目を引かれている場合でないのは千佳にもよく分かっていた。

 変身とその解除を交互に続けるうちに、その切り替えはほぼ確実にこなせるようになった。問題は変身の持続時間だ。瑠璃の姿でい続けるのがとても難しい。

 瑠璃の姿に変わっているのは暗く深い海の底に潜っているようなものだった。人間の千佳がずっと住んできた陸の明るくて温かい世界。それとは逆の暗くて冷たい深海の世界に閉じこめられるような息苦しさと不安が胸に広がる。瑠璃になっている時間が長くなればなるほどに息苦しさは増していく。この点では水の中でどれだけ息を止めていられるかと同じだった。

 心の負荷にどれだけ耐えられるかは精神力の度合いにかかっている。苦しくても、辛くても、その場にとどまって決して逃げ出さない。要はそれが実現できるか否かだ。心が折れて集中力が切れると瑠璃化も解けてしまう。


「千佳……」


「ひゃっ!?」


 後ろからの呼び声に驚いた衝撃で、呼吸を整えていた千佳は思わず瑠璃へと変わる。まだ完全には変身を制御できず、ふとした拍子にスイッチが入ってしまうこともあるのだ。


「この世に自分と同じ容姿をした者がいるのはなんとも奇妙なものね。憎らしいような、反対にとても大事な半身のような、どちらの気持ちも感じるわ」


 瑠璃だった。訓練に集中していたせいでいつから後ろにしゃがんでいたのか千佳には分からなかった。千佳は身体を元に戻しつつ、「どうしたの?」と静かに問う。


「まだちゃんと謝っていなかったから。今のうちに済ませておこうと思ったのよ。私の身体にたまった残りの呪いを吸って、人間としての記憶が消えてしまったり、身体が不浄霊のような化け物に変わらなくて本当に良かったと思っているわ。私の姿のままにならなくて、元の千佳に戻って本当に良かった。でも、そんな変な癖がついてしまって、どう千佳に謝っていいのか」


 そこまでしゃべってうつむき、顔を上げて口を開きかけた時、千佳は右手の人差し指を立てて瑠璃の唇に押し当てた。口を封じられてとまどう瑠璃に千佳は微笑する。


「私の身体がどうなったとか、これからへの影響とか、そんなことは後で考えよ? 氷菓に勝って、二人で生き残った後で、また瑠璃のお話を聞かせて」


「――そうね。勝った後で、千佳が求めるだけ謝るわ。お詫びに千佳がしてほしいこと、何でもするわ」


 人差し指をどけて照れくさそうに話す瑠璃に、千佳も軽く笑うだけだ。謝罪など少しも求めていなかったが、こう言っておけば瑠璃が罪の意識で死に急ぐようなことはしなくなるだろう。

 さらに体質が人からかけ離れてしまっても、氷菓との対決を目の前に控えても、不思議と千佳の心は穏やかで落ち着いていた。この心も、呪いを取り込む前とはたしかに違っている。あまり目立つ変化ではないが確実に精神面への影響がでている。無闇に言葉を吐き出さず、物事に動じず、冷静さを保っていられる強い心へと変わっている。精神的に強くなり、心だけは大人になったようだ。

 少し前の千佳が見れば、今の千佳もまるで別人のように感じるかもしれない。勘の鋭い桃香が見れば、こうなった千佳に今まで以上の違和感を覚えて首をひねるかもしれない。だが新たに得た心や力で瑠璃を守り、こうして慰めることができるのならそれで構わないと千佳は変化を受け入れる。


「待たせたね。ようやく作戦がまとまった。よく聞いてくれ。千佳と、瑠璃と、この僕。この三人の誰が欠けても成り立たない戦いだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ