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「人間の社会では警察って組織が平和を守っているだろ? その警察の人間達を脅して瑠璃を見つけようと考えている。氷菓とあたしの二人で探すよりもずっと手っとり早いってことらしい」


 その場に嫌な沈黙が降りる。誰もが口を開くのをためらっていた。

 警察の幅広い情報網を利用されればいくら瑠璃が千佳の部屋に隠れていても見つかる可能性が高い。そして瑠璃の命の問題だけでなく、氷菓に脅迫される罪もない警察関係者達も被害に遭ってしまう。


「やり方に問題はあるけれど、賢い幽姫だね。自分達だけではできないことを人間の力を利用して達成しようとしているんだから」


 冷静に分析する忍にトラは首を横に振った。


「氷菓は見た目も頭の中も子ども並だ。この作戦を考え出したのはクマァって名前の氷菓のしもべだよ。瑠璃も千佳も見ただろ? 氷菓が持ってる変なぬいぐるみがクマァだ。こいつがずる賢い奴で、氷菓の動き方を決めてるんだ」


「……最悪の場合、こちらから氷菓の前に出て行って戦うしかないわね。いつまでも見つからなければ、きっと私と関係のない人間達から先に犠牲になるわ」


「氷菓はどうしても瑠璃と会うつもりだって言っていたよ」


 千佳の言葉に瑠璃は無言でうつむくだけだ。こういう反応が返ってくるのが分かっていたから言いたくなかったが、千佳のもっている氷菓についての情報は言っておかなければならない。


「氷菓はどんな能力をもっている? もしも戦うことになったとしても、敵の能力が分かっていれば対策が立てやすくなる」


 忍の発言で凍りついていた場が息を吹き返す。会話の進行役としてだけでなく、悪化した雰囲気を元に戻す上でも忍は役に立っていた。


「実はあいつが戦うところを一度も見たことがないんだよ。瑠璃を倒そうとした瞬間にあたしが氷菓からの攻撃を受けたけど、でっかくて固い黄色の球みたいのをぶつけられただけでどんな能力なのかは分からない」


「戦わなくても生活の中で能力を出すことはある。なにかそれらしいものは見なかったかい?」


「……そういえば、クマァの口の中から色々なお菓子を出してはいつも食べてるな」


「私もさっき氷菓からワッフルをもらって食べたから本当だよ、瑠璃」


「お菓子を出すことが能力と関係しているらしいね。氷菓といっしょに行動する中で能力をさぐっておいてほしい。能力の情報が氷菓攻略の鍵になる」


「ああ、分かった。それと一つ、氷菓のことで気になることがある。氷菓の身体についてなんだけどさ」


 トラに全身を見つめられた瑠璃が「なによ?」と肩をこわばらせる。


「あたしは他の幽姫よりも鼻が利く。だから近くで念入りにかげばその幽姫の身体にどれだけ呪いがたまっているかが大体分かる。瑠璃と戦っていた時は動き回っていたせいで気づけなかったけど、今ならよく分かる。あんたからは呪いの匂いをあまり感じない。はじける限界まではずいぶん余裕がある感じだ。でも、氷菓からは呪いの匂いが全然感じられないんだ」


「全然感じられない……? それってどういうことかしら、トラ」


「言ったままさ。氷菓からは呪いの匂いがしないんだ。呪いの塊の不浄霊と戦ってきた幽姫なら多少の呪いはため込んでいるはず。それなのにどういうわけか氷菓からは呪いの気配がしない。たまった呪いで弱っていないから氷菓はぴんぴんしてる。それがあいつの強さの理由の一つだと思うんだけど」


「もしかするとそれも氷菓の能力の一つかもしれないわね。どうして呪いを無効化できるのか調べておいてもらえるかしら」


「ああ。まかせとけ」


 トラはあぐらをかいていた両脚を伸ばし、「やることがたくさんだな」とつぶやいて背伸びする。どうも長話で疲れたらしい。


「ところでさ、はじける寸前だった瑠璃がどうして助かったのさ?」


「そ、それは……」


 自分がため込んでいた呪いを移したことで千佳を苦しめてしまった瑠璃はまだ責任を感じている。

 答えられずにもじもじする瑠璃に代わり、千佳が自身の特殊体質とそれを利用して幽姫の呪いを浄化したことを説明してしまった。氷菓についての情報をくれるトラへのお礼だった。


「役立つ人間だなあ、千佳って」


 千佳を見つめ、トラは感心して耳としっぽを震わせる。そんな彼女に瑠璃が鋭い目を向ける。


「役立つとか役立たないとか、私は千佳をそんな風に思ってない」


「はあ? じゃあ瑠璃はこの千佳のことをどんな風に思ってるのさ?」


 からかっているわけではなく本当に分からずに困った顔で首をかしげるトラ。瑠璃は赤い顔で細かく震えた末にうつむき、「私の、ともだち」と小さな声で言った。


「長い間不浄霊狩りを続けて、身体が呪いで重くなってたんだよね」


 トラは両腕を上げてだるそうに背伸びをし、四つんばいになって千佳へ顔を向ける。


「瑠璃の時みたいに、あたしの呪いも吸い取ってよ」


 微笑を浮かべたトラが、四つんばいのまま千佳へ迫る。頭の猫耳や宙でうねるしっぽと合わさって、この姿勢のトラは本物の獣のようだった。

 上着が垂れ下がり、胸元から裸の上半身がのぞく。千佳が疑った通り、やはりトラはブラジャーの類は身につけていない。千佳はぎょっとし、顔が真っ赤になる。

 千佳の右手をつかんで「頼むよ、ねえ」と顔を寄せるトラにたまらず目をそらし、胸の中で言葉がつまって何も言えなくなる。

 味方になってくれたトラが求めるのなら呪いを浄化してあげたい。しかしそれには千佳にも大きな危険がつきまとう。数日にわたる高熱と、血肉と化した幽姫の力が原因で身体が人間から遠ざかってしまうこと。


「いいかげんにしなさいよ、トラ。千佳に手を出したら私が許さないわ」


 瑠璃が千佳とトラの間に割り込み、右手をつかんでいたトラの手をひきはがす。トラは「けちだなぁ」とすねたようにつぶやき、立ち上がった。床に放りだしていたスニーカーを拾い、座ったままの千佳達を見下ろす。


「氷菓について分かったことがあったら教えに来る。じゃあな」


 返事も待たずにトラは幽世へと消えた。部屋の中からトラの気配が消え、千佳と瑠璃の日常の空気が戻ってくる。


「緊張したぁ……」


 千佳は大きなため息をつき、ずっと強ばらせていた身体から力を抜く。程度の違いこそあれ、気を張らせていたのは瑠璃も同じらしい。安心したようにかすかに息をもらし、千佳の前からどいた。


「戦いにならなくてよかった。あのトラという幽姫はかなり強い。千佳を守りきれる自信がなかったもの」


「トラって名前だから猛獣の虎をイメージしたけど、虎というよりは猫みたいな幽姫だったね。耳としっぽが生えた人間って可愛いんだなあ」


 感心する千佳を瑠璃がじろりとにらみ、怒ったように顔をそむける。


「突然やって来て、初対面の千佳に呪いを消してほしいだなんて図々しい幽姫だわ。あきれてしまうわね」


「う、うん……」


「呪いといえば、学校はどうだったの? 身体に何か問題はなかった?」


「……だいじょうぶ。平気だよ」


「本当に? 嘘なんかついてないわよね?」


 真剣な目で見つめる瑠璃に、千佳は「本当よ」と笑って嘘をつく。肩の上の忍は何も言わない。千佳と交わした約束を忠実に守っている。

 瑠璃に嘘をつくことは胸が痛んだ。だが身体の変化を正直に話せば瑠璃は気に病むに決まっている。責任を感じ、部屋から黙って消えかねない。それを防ぐためには何もしゃべらないでいるしかなかった。


「でもさ、敵だったトラが味方になってくれて大助かりだよね。氷菓の情報ももらえるし、何とかなりそうじゃない?」


「だといいけれど」


 千佳を横目で見る瑠璃の目には疑いの感情がわずかににじんでいる。「だいじょうぶ」という千佳の言葉を全て信じたわけではないらしい。


「今はここでトラを待つしかないわね」


 二人は窓の外の街並みを無言で眺め続けた。



 その三日後の深夜。公園のジャングルジム前に氷菓とトラの二人が立っていた。いくら聞き込みを続けてもいっこうに成果が上がらないことで氷菓は気を落とし、機嫌を損ねている。

 クマァを抱いたまま足元の雑草を踏みにじる氷菓を見つつ、トラもまた違う問題に頭を悩ませていた。

 聞き込みを効率化するために氷菓と別行動をとっている今の態勢が問題だった。たしかにトラは氷菓から離れて自由に動けるようになったが、これでは氷菓から情報が得られない。

 氷菓の警戒網に絶対に引っかからないようにはるか後方から尾行を続けているが、氷菓はただ人間に聞き込みを続けるだけで能力を披露する様子はない。距離をとっているせいでしもべのクマァと何を話しているのかも分からない。これでは氷菓の能力と本当の動機をさぐることができなかった。


「ねえ、トラ。やっぱりクマァの言うとおり、警察の人間を使おうよ」


「ああ、そうすりゃすぐに見つかると思うぜぇ」


「それは最後の手段だって何度も言っただろ? 人間側に幽姫の存在を知られちゃまずいんだ。だいたい脅迫なんかしたら人間達を敵に回すことになる。もしもやったら、あたしはもうお前達に協力しないからな」


 返事もせずにふて腐れる氷菓に、トラは毅然とした態度の裏で心臓を高鳴らせていた。どうにか氷菓を押さえ込んでいるが、もう彼女は爆発寸前だ。考え無しの氷菓ではトラの忠告を無視していつ暴挙に出たとしても不思議ではない。

 街を瑠璃の呪いから救うという目的はうわべだけのものであるのはほぼ確実だった。氷菓は平気な顔でトラをだまし、腹の中では何を考えているのか分からない。おそらくろくな考えではないだろう。同じ幽姫だというのに、彼女とともにいることがトラはだんだん恐くなってきていた。

 空を覆う雲から雪が舞い始める。氷菓は空を見上げて「ついてないなぁ」とため息をつき、ジムに背中を預ける。

 嫌な気持ちはトラも同じだった。事態は凍りついたように前へ進まない。そのうえ雪にまで降られてさんざんだった。

 夜になれば人通りは激減し聞き込みどころではなくなる。今夜は幽世に行って寒さをしのぐしかないと考えていたトラはある名案を思いついた。


「氷菓。幽世の方へ行かないか?」


「なんで?」

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