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「私と戦うことを望むなら相手になる。だけど千佳には指一本触れさせないわ。死んでも守るって決めたのだから」


「…………」


 少女は腕を組んで目を閉じ……その場にあぐらをかいてしまった。


「あたしはあんたと戦いに来たんじゃない。話し合いに来たんだ」


 座ったまま真剣な目で見つめる少女に、瑠璃も千佳も少しの間言葉を失った。


「まず最初に瑠璃に聞いておきたいことがある」


「……何?」


「お前、本当にはじける寸前か? 氷菓の言っていることは正しいのか?」


 座ったまま見上げる少女に瑠璃は油断無く剣を構えたまま沈黙し、「少し前までははじけそうだったけれど、今は違う」と感情のない声で応える。


「やっぱりなあ。はじける寸前にしてはどうも強すぎると思ったんだ。あのまま勢いで倒さなくて良かったよ。これであたしは瑠璃と戦う理由がなくなった」


 少女は背中の後ろの床に両手をつけて胸をそらし「安心した」とため息をつく。武器を手にした瑠璃を前にしているというのにまるで緊張していない。


「こちらからも聞きたいことがあるわ。私がここに居るとどうして分かったの?」


「匂い、さ。そっちの子から瑠璃の匂いがしたからね」


 少女に目を向けられて、ベッドに座ったままの千佳がびくんと震えた。理由はまだよく分からないが千佳のせいで瑠璃の居場所が知られてしまったのは間違いない。千佳は申し訳ない気持ちで瑠璃の背中を見つめるが、瑠璃は剣を構えたまま微動だにしない。


「匂いとはどういう意味? 匂いでどうして私と千佳の関係が分かったの?」


「前にあんたと戦ったとき、瑠璃の匂いを覚えたんだ。あたしは他の幽姫よりもずっと鼻が利く。街で瑠璃を探している時は匂いで瑠璃を隠れ家を見つけようとしたけどダメだった。どこにも瑠璃の匂いを感じ取れなかったからね」


 瑠璃は氷菓達との遭遇を警戒して千佳の部屋から出なかった。だから街に瑠璃の匂いの痕跡は残らない。


「さっき会ったその子から瑠璃の匂いがした。身体の内側からにじみ出すようなおかしな匂い方だ。あんたら二人の間でいったい何があったんだ?」


 瑠璃も千佳も何もしゃべることができない。千佳の特殊体質で瑠璃の呪いを吸収して浄化したのだから、千佳の中から瑠璃の気配が匂いとして漏れ出していたとしても不思議はない。だが少女が敵ではないとまだはっきりしていない以上、不用意にこちらの情報は渡せない。


「……この家の近くに氷菓がいるの?」


「いいや。瑠璃の匂いに気づいたのはあたしだけさ。ここに来たのはあたしだけ。氷菓には来たことを知らせていないし、知らせるつもりもない」


「どうして二人で来ないの? 仲間の氷菓に知らせない理由は何?」


「一言で言えば、もう氷菓にはついて行けなくなったから、かな……」


 少女はそらせていた胸を元に戻し、ひざの上に手を置いて瑠璃を見つめる。気の重い話をしなければならないといわんばかりの暗い表情だった。


「前に戦った時に言ったけど、あたし達が瑠璃を狙ったのはこの街を呪いから守るためなんだ。瑠璃がはじけて大量の呪いが飛び出す前に瑠璃を殺して元凶を絶つ。その氷菓の考えにあたしは乗った。瑠璃には悪いと思ったけど街の人間を汚染から助けるにはそうするしかない。だけど氷菓のやり方にはいろいろと不自然なことがある」


「不自然なことって?」


「瑠璃をおびきよせるために街中に不浄霊をばらまいたり、あたしが瑠璃を倒す直前で邪魔してきたり、どうもあいつの本当の目的が読めないんだよ。本気で街を救いたいなら街を不浄霊で汚したりあたしの邪魔はしないはずだろ?」


「瑠璃。これって私達と同じ考えだよね?」


 千佳の声に、瑠璃は背中越しに「そうね」とつぶやく。


「最後の質問よ。あなたはどうしてここに来たの?」


「氷菓の口から出る言葉を信じるんじゃなくて、この目で事実を見たかったからさ」


 にいっと不敵に笑う少女に部屋の中の張りつめていた空気がゆっくりと動き出す。千佳にも瑠璃の緊張が解きほぐれていくのが伝わった。


「氷菓は瑠璃を殺すためなら手段を選ばない。他人の迷惑も現世の汚れも何とも思わないとんでもない幽姫だ。幽姫の役目は現世を危険から守ることだとあたしは思っている」


「……そうね。同感だわ」


「罪のない幽姫とか、はじけるわけでもない幽姫を始末するのは非道い。氷菓の口車に乗って瑠璃を襲ったあたしにも責任がある。だからあんたらに氷菓についての情報をやる。氷菓を止めるために力も貸す。信じてほしい」


 少女の真剣な目に瑠璃はだまりこみ、それまでの臨戦態勢を解いた。剣を消し、両手を下げる。


「あなた、何て名前の幽姫?」


「トラ」


 トラはにやりと笑い、頭から大きな猫の耳を生やす。バナナほどの太さもある二本のしっぽが飛び出し、それぞれが蛇のように宙で動く。


「今さら言うまでもないけれど、私は瑠璃」


「私は千佳だよ」


「忍」


 いまだに固さが抜けない千佳の肩に忍が現れ、トラに向かって会釈する。

 ごく簡単な自己紹介が済んだトラは珍しそうに千佳の部屋の中を見回した。


「瑠璃がどこかの人間の家に住んでるかもとか、人間と協力してるかもって話は氷菓と氷菓のしもべが言ってたけどさ、まさか本当にそうだったとはね。幽姫の生活も変わったものだなあ。これも時代の流れってやつなのかね?」


「そう。ここは人間の、千佳の住まいなのよ。だから、ここでは幽姫は人間のルールに従う必要があるの」


 トラの足元を見下ろしながら冷たく言い放つ瑠璃に、トラは「はあ?」と首をかしげる。


「人間の部屋の中で土足は禁止。それくらい気づきなさい」


「そうなの?」


 トラはきょとんとした顔で瑠璃を見つめ返し、座ったままスニーカーを脱いで裸足になる。そして脱いだ靴を横へ落とすように置いた。

 トラを協力者と認めた瑠璃が床へ横座りする。千佳だけ偉そうにベッドの上から見下ろしているのも良くないので瑠璃の隣に座った。

 裸足であぐらをかいたままのトラ。頭から生えた大きな耳がぴくぴくと動き、二本のしっぽが別の生き物のようにうねる。十二月の寒さだというのに信じられないほどの薄着で、外で見たときはもちろん部屋の中でも寒がっている様子はない。人間の少女に化けた猫がまにあわせの服をまとっているように見える。細い身体に対してシャツが大きすぎるので襟から胸元がかなり見えてしまっている。ちゃんと下着を身につけているのかどうか千佳は心配だった。

 猫の耳やしっぽはまるで装飾品のようでとても可愛らしいが、トラの全身を見ているとまた違った感想が千佳の胸にわきあがる。しなやかな腕や脚に無駄な肉はついておらず、研ぎ澄まされた刃のように洗練されていて、野生動物の身体を思わせる。瑠璃とは別種の強さと美しさをトラは備えていた。


「でさ、この人間……千佳はどうやって瑠璃と知り合ったのさ?」


「瑠璃が道で倒れているのを私が見つけて……」


 亡霊が見える体質であること。そして瑠璃を部屋へ連れ帰り、いっしょに住むことになったいきさつを千佳は簡単に説明する。トラは千佳の顔を見たまま興味深そうに耳を震わせていた。


「変わった人間だなあ。現世側の人間が進んで幽世側の幽姫を助けるなんて不思議なこともあるもんだ」


「言っておくけど、この部屋の定員は千佳と私の二名なんだからね。トラが住む事なんてできないわよ」


「そんなの分かってるよ。あたしもそこまで図々しくないし、外で気ままに暮らす方が性に合ってる。わざわざここに住みたいとは思わないさ」


 じっと見つめる千佳に瑠璃は顔を赤らめ、目をそらす。


「わ、私一人でも千佳に迷惑をかけてるんだから、これ以上厄介者が増えないように気をつかったまでよ。他意はないから誤解しないでよね」


「迷惑だなんて思ったことないよ?」


 瑠璃の気持ちがよく分からずに思ったままを口にする千佳に、瑠璃は赤くなった顔で大きくせきばらいする。


「まず、氷菓についてトラに聞きたいことがあるわ。どうして氷菓はこの私にこだわるの? 本当の理由を知っていたら教えてほしい」


「街を瑠璃の呪いから救いたいっていう理由は本当かどうか分からないからね」


「それがよく分からないんだよなぁ」


 千佳達の視線にトラはぼりぼりと頭をかく。トラの精神状態に影響を受けているのか、二本のしっぽも悩ましげに激しくうねっていた。


「氷菓といっしょにいて、あいつから瑠璃への個人的な感情を感じる。それは確かだ。氷菓に恨まれるようなことでもしたんじゃないの?」


「してないわよっ! トラまで失礼ね!」


「氷菓が瑠璃への私的な思いで動いていること。それは僕達も同じ見解だ」


 千佳の肩の上に腰かけた忍の声に場が静まりかえる。身体は最も小さいとはいえ頭が切れる忍の発言力は大きい。


「どうして氷菓が瑠璃をつけ狙うのか、その本当の理由をトラに探り出してほしい。その理由がどういうものか分かれば氷菓と戦わずに済むかもしれない」


「なんでさ? 理由が分かれば氷菓は大人しく引き下がるのか?」


「もしも何かの個人的な恨みを氷菓が抱いているのなら話し合って謝れば良い。何かが欲しくて瑠璃を殺そうとしているのなら、渡せるものなら渡してやれば戦いは避けられる」


「そうだね。氷菓にそれとなく理由を聞いてみる」


「質問。氷菓はこれからどうやって瑠璃を探し出すつもりなのかな?」


 右手を挙げて問いかける千佳に、トラは重いため息をつく。それまで元気にうねっていたしっぽがくたびれたように床へ横たわった。


「知っての通り、瑠璃をおびき寄せるために氷菓は不浄霊を現世の街へばらまいた。もうその作戦には乗ってこないと考えた氷菓は次の手……街の人間への聞き込みを始めた。だが瑠璃のことを知っている人間がそう簡単に見つかるわけがない。だから氷菓は街の人間達を利用しようと言い出している」


「利用、って……?」


 嫌な予感に千佳はつばを飲みこむ。氷菓が街の人達に手伝ってもらうと笑顔で言っていたことを思いだし、冷や汗が背中に浮かぶ。

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