第35話 番外編 あいつら。
「ばあ様と2人か…色気もないな」
「ふぉふぉふぉっ、口説いてもいいぞ?わしゃあ独身だからな」
山小屋の暖炉は今日も薪がよく燃えている。外はまた吹雪きだした。もうすぐ春だというのにころころと天気が変わる。小屋の中でばあ様とゴードンは晩御飯を終えて、椅子に座ってお茶を飲んでいた。
「もうあいつら、王都に着いたかな」
温かいカップを握って俺がそう言うと、ばあ様が答えた。
「そうだな。運よく立ち寄った商船に乗れたから、2日もあると着くだろう。今頃美味しいものでも食べてるかもな。何とかって言う会にまっすぐ行ったのかな?ゴードンは先に見せてもらったんだろう?」
「ああ。良い絵だったぞ。マーガレット先生がここの客間の窓際でぼんやり海を見ている絵だった。絵の発表に合わせて、うちじゃマーガレット先生の新刊本を出すからね。うふふっ。増刷間違いなしだね」
「ゴードン……相変わらず、俗物じゃな」
生きているのか死んでいるのかもわからない。男でも女でもない。何もかもあきらめている人間の美しい横顔と、生き生きと太陽を求めるマーガレットと、すべてを飲み込む青い海。
美しい絵だったが、俺は部屋には飾りたくない。
まあ、買えないけど。
あの二人は3月初め、王都の春の芸術祭に絵描きの爺さんに招待されて出かけて行った。【奥様もご一緒にどうぞ】と、招待状は2枚贈られてきたらしい。
珍しくあいつから手紙なんか来たから、俺は驚いた。
アリシアと出かけたいから、と、お留守番を頼まれた。その内容に、二度びっくりした。
俺が訪ねて行かなかった冬の間に、いったい何があったんだ??
「先生もウェディングドレスを着るのかねえ?さぞや美しかろう」
「それは…どうかな?」
先生の実家と、足を延ばしてアリシアの実家にも寄って来るらしい。
去年の夏、先生に出版の打ち合わせで王都に来てもらったが、どこにも寄らず、お土産だけ買ってさっさと帰った。たった半年ほどで…たいした変化だ。何があったのかは聞かないでおいた。
絵描きの爺さんは驚くだろう、あいつのなにか吹っ切れたような表情に。
俺だって驚いた。あいつ、あんな風に笑うんだ。今度はあの笑顔を描きたいと、また来るかもな。
…そう思って、ゴードンは思わず笑ってしまった。
「何をにやにやしとるんじゃい」
「あ?ばあ様の宿も、春から観光客が押し寄せて大忙しかもよ?」
「春から缶詰工場も建て始めるって言うしなあ。なんだか騒々しくなるな」
「ああ。いろいろと変わっていくんだ」
「…そうだなあ。しかし、わしの目に間違いはなかったな。アリシアちゃんが来てくれてよかった」
「…そうだな」
「なんだ?さみしいのか?ゴードンはわしと結婚するか?」
あははははっ、と2人で大笑いした。
**
節くれだった指を組んで、ばあ様がこっくりこっくり居眠りを始めた。
ゴードンはそっとばあ様に毛布を掛ける。
カタカタと窓を揺らしていた風が静かになった。
台所の窓のカーテンを開けてみると、一面の星空だった。
「さて、皿でも洗っちゃいますか」
ゴードンは自分で掛け声をかけて、食器を持って台所に向かった。
自分の声が妙に明るくて、くすりと笑った。
思ったより長くなってしまいました。
皆様も、ただいま、と、おかえり、の奇跡の中でのんびりと過ごせますように。




