第3章 12話 変身能力の果てに――そして最後の選択
俺は変身し王都にたどり着いていた。
姿は、俺が知っているマンガ原作のキャラクターである。そう、有名キャラクターへの変身ができたのである。
そのキャラクターは、飛行術という空を飛ぶ能力もあれば、拳で何でも砕くような格闘家で、何段階ものパワーアップ能力を持っている、戦闘能力インフレしまくりのバトルマンガのキャラクターである。緑の道着を着た、宇宙格闘家、とでもいえばいいだろうか。
そんな彼は瞬間移動もできる。いくつか条件があるが、この世界で言う生命が持つ魔力を感じ取り、感じたそこを基準点に転移できる、というものだ。
王都ミルデに残っている人を頼りに、俺はたどり着き、いったん変身を解いた。多重変身は消耗するから避けようと考えた。
そして、急ぎ、地面に手を当てて記憶を読む。
王都全体の無数の記憶が頭の中に流れ込んでくるなかで、必要な情報をとらえんと、流れをなんとか操作する。村とは比べものにならない情報量に翻弄される。
焦るな、間に合う、まだ、間に合う。
心を落ち着かせつつ、記憶の波を冷静に見る。
そして理解した。魔族が、どのようにしてデファード国をむしばみ、そして何を望んで、迷宮クレスタを攻略していたのかを。
そうか、迷宮クレスタの地下に転移の門があるのか。
つまり、天空の風が不安視していた、敵の増援、というのは的を得ていたことになる。
この転移の門、魔族は、祝福の門と言っているが、これをどうにかしなければ、倒しても倒しても魔族はひっきりなしにやってきてしまう。
転移の門は魔族領の主要都市とつながっている。
もともとは、魔族が大陸全土を支配するために、各地に魔族を送り込むための装置だったらしい。
この領地から魔族を追い出した人々は当然、祝福の門を停止した。ただ、壊しはしなかった。
彼らは迷ったのだ。時と場合によっては、人間が、魔族領の主要都市に一斉に攻めこむこともできるからだ。
だから、人間にしか利用できないよう改造し封印しておいたのだが、そうした改造も、無効化されてしまったらしい。
転移の門は迷宮クレスタの最深部にある、そして、そこには魔族がわずかばかりいることが分かった。
むしろ、いてくれて好都合である。魔族も、生命体、魔力を持つ存在だ。
俺は、王都の記憶を読むのをやめると、片眼をつむってサーラの記憶を手繰った。
かなり状況は切迫している。早く何とかしないと。
宇宙格闘家に再変身して、迷宮クレスタの最深部の魔族のもとへと瞬間移動する。
いきなり現れた俺に、魔族が敵意を表すよりも早く、俺の拳が一瞬で魔族三体を貫いた。
こりゃバリスタード以上の強さだ。
多重は厳しいが、宇宙格闘家のまま、転移の門に近づき記憶を読む。
青白く光る門の中央は黒い宇宙のような幕が張られている。それを通った先は、魔族の領土、ということなのだろう。
解除方法を記憶からよみとき、門を停止させる。
さて、これで増援の心配はなくなったが、サーラ達が危険な状況は変わっていない。こちら側に既に来てしまっている魔族達がいるのである。
急がなくては。
この遺跡は、転移とそのエネルギーを集める吸魔の仕組みは魔族が作ったものだ。そこに、エルフとドワーフが、二度と魔族がここを支配しないようにと、重ねるように、様々な仕掛けを施している。
今は止まってしまっている、遺跡を守るゴーレムの製造や、魔族を弱体化させる結界と言ったものもある。
なお、デファード国が国全体で不作だったのは、吸魔のせいである。国の大地からエネルギーを吸い取り、転移などの、迷宮のエネルギーとしていたのである。
ふと、思いついてしまったことがあった。
もっと安直に、宇宙格闘家として、サーラたちの戦場に赴く、というのもあるだろうが、もっと別のアイデアを思いついてしまったのだ。
俺はイタズラが好きだ。だから、英雄になりたいとか、世界平和を望んだりはしない。
だが、誰かが困るなら、もしそれが、魔族だったとしても、面白いのではないだろうか。
魔族に一泡吹かせる、それもとびっきりのやつを。
それができるなら、やってみたい。
安全にやれる保証はない。自分の身を危険にさらすものでもある。
おそらく、ある程度、サーラ達が助かるていどにはうまくやって見せるつもりである。
そう、ちょうどパズルのピースがはまってしまった。
俺が変身できる対象は、人に限らない。動物でもいいし、モノ、そして魔法などの現象にも適応できる。
俺はここで、いくつかの術式魔術を見て知ることになった。
生命や大地から生きる力を吸い取る吸魔と、それを魔力に変換して魔法を使うということ。
魔族に限定して、弱体化させるという結界型の術式魔術。
それに、俺なりのスパイスを加えれば――
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突如、迷宮クレスタを中心に大きな光の柱が現れた。
そうかと思うと、その柱の領域が、迷宮クレスタを中心に拡大していく。
そして、その光に飲み込まれた魔獣や魔族は、地に膝をつき、もだえ苦しみ、最後には光の粒となって消えていく。
その光の柱は城を飲み込み、ついには王都全体をの飲み込んだ。
王都にいた下級魔族達は、光の力に耐えられず消滅していく。
一部、残っている魔族もいるが、じわじわとその活動の根源が光に吸われていっている。
さらに、その光の拡大は、サーラたちが戦っている領域まで広がっていった。
「何これ?」
不思議と思うのはサーラだけではない。
周囲をよく観察していたゼルが叫ぶ。
「魔族の様子がおかしい、弱っている、攻めるなら今だぜ!」
そう叫んだゼルの拳が、面白いほどに、魔族の体に風穴を開けていく。
ゴルガヌスが生み出していた溶岩の領域も消え失せ、彼の身体を覆っていた炎の鎧もかき消されていた。だが、その強靭な肉体と、四天王としての格は健在。満身創痍の天空の風にとっては、依然として絶望的な脅威であることに変わりはない。
「くっ、忌々しい光め…だが、鎧がなくとも、貴様らごとき!」
残された純粋な力で、ゴルガヌスは最後の猛攻を仕掛けてくる。
「させるかぁっ!」
その猛攻を、ザックが身を挺して受け止めた。凄まじい衝撃に骨が砕ける音が響き、彼は血を吐きながらも、ゴルガヌスの体勢をわずかに崩す。
「今じゃ!」
ウォルダムが命を削るかのように両手を突き出し、古代の封印術を唱える。血のように赤い光の鎖がゴルガヌスの四肢に絡みつき、その動きをほんの数秒だけ拘束した。
「ウォルダム! ザック!」
マリウスは叫ぶ。仲間たちが命がけで作り出した、あまりにも重い、一瞬の好機。
「うおおおおおおっ!」
神器の力を限界以上に引き出し、自らの身体が内側から砕けるのも構わず、マリウスは最後の一撃を放つ。神々しい光をまとった剣は、ゴルガヌスの頑強な肉体に阻まれ、激しい火花を散らす。
「これで、終わりだあああっ!」
ギリギリと音を立てながら、剣はゆっくりと、しかし確実にゴルガヌスの首を断ち切った。
切り離された頭は空中を舞いながら、驚愕の表情のまま、ゆっくりと白い光へと変化し、粒上の光の集まりとなって、その粒は王都へと流れていった。
体部分も、同様であった。
壮絶な相打ちに近い形で、ついに天空の風は勝利したのだ。
マリウスもまた、力尽き、その場に崩れ落ちる。
そして光はさらに大きくなっていった。どこまでも、果てしなく。
ほどなくして、魔族は一掃された。
「終わったの?」
サーラは、マチルダさんの方を見て言う。
「そうみたいね。何なのこの光?」
「わからない、でも、もし可能性があるとすると、アスマがやった、のかな?」
「彼がねぇ」
ペーターは座ってへたり込んでいた。
「はぁはぁ、俺、よく生きていたよね……ははっ」
アスマが何かしてくれたのだろうか?
彼ゆえんかわからない光はどんどんと広がってしまって、もはやどこまで広がっているのかさえ分からない。
ときおり光の粒が、王都に向かって流れていくのが見える。
そういえば、先ほど倒した魔族達も光になったとき、光が王都の方へ向かっていたような気がする。
「なんだか、奇麗だね」
そんなことを言っていると、意識を取り戻したマリウスが話はじめた。
「状況を確認するため、俺とゼルは、一度、王都へ急ぎ向かう。コーラス、ニルヴァーナに乗せてくれ」
「わかりました」
慌ただしく、マリウスとゼルはニルヴァーナに乗って飛び立った。
空は青く、透き通り、暖かい日差しがさしこんでいた。
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気を失ってゴーレムに迷宮の外へと運ばれた俺をゼルが発見、そのまま彼らのアジトに運ばれ、俺が気が付いた時には、心配そうにサーラが隣で眠っていた。
どうやら、四日ほど寝ていたらしい。
そのうえで、髪の毛は真っ白になり、体のあちこちには文様が刻まれてしまった。
変身能力を酷使した副作用だろうか。腕を見るに、文様は、魔族弱体化や吸魔の術式のそれだ。体、ともすると、魂にまで焼き印のように術式を刻印してしまったのかもしれない。
サーラがお茶を持って入ってくる。
「はい、アスマは結局どんな無茶をしたのよ?」
「はは、そうだな、端的に言うと吸収するほどに大きくなる、そんな魔法に変身してみた」
サーラは怪訝そうに言う。
「何よそれ」
「変身能力は、本人にプラスアルファができるわけだが――」
ということで、俺の長い説明が始まる。
俺は、迷宮にあった二種類の魔法の混合体、それも、改造を施したものに変身した。
わかりやすく、効果だけを説明しよう。
魔族の生命力や魔力を吸収し、さらに弱体化させる、結界魔法。吸収した力を魔力に変換し魔法の領域を拡大するようにした。
また、これまで吸魔によって迷宮に蓄えられていた、転移用の魔力も使った。
そうしたことで、吸収するほどに拡大する、特大な結界へとなったのであった。
その規模がどこまでに至ったかは俺にもわからない。
話を聞いたサーラは優しい顔つきになって言う。
「ったく、無茶しちゃって。でも、ありがとう。助かった」
「どういたしまして」
その後、マリウスやウォルダムと会い、挨拶をし、事の経緯を離した。
もうすでに、そのころは第二部隊、第三部隊の面々は、彼らの任務に戻ったのだという。
「君のおかげで世界は救われたと言ってもいい。ありがとう」
俺はどっちでもいいと、手を広げて見せる。
「そうじゃのぅ、ぜひ、お前さんの力が欲しいところじゃが、どうかの? 天空の風に入らんか?」
「悪い、俺は気楽に、悪ふざけしながら、生きていきたいんだ」
ふと、サーラと目が合う。
サーラは天空の風の正式なメンバーとなることが決まった。つまり、彼らと共に歩むということだ。
マチルダも正式なメンバーとして認められ、ペーターは雑用係という扱いになったとか。
まだ、パーブルや、ジョニーはここまでたどり着いていない。
少し寂しいかもしれない。
サーラ、いや俺にとってはセナ、彼女とお別れである。
俺がこの世界に来て、最初に出会ったのは彼女だった。
最初は、魔族に間違われたんだったか。
そして、いろいろあって、セナがバリスタードに見つかって、パーブル達、アルミナの盾が決闘をしたりしたんだった。
その後、俺はセルディアとして、彼女はサーラとして、しばらく生きてきた。
いろんなことがあったと思う。
そう、いろんなことがあった。
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昼、私は変わってしまった姿のアスマと共に王都を歩いている。
魔族が暴れたせいで、いくつもの建物が倒壊している。復興にはどれだけの時間がかかるだろうか。
ともすると、こうしたとき、陣頭指揮を執るのが貴族の務め、なのかもしれないが、ここは私の領土ではないし、もう私は貴族ではない。
そして、街の人々の目には光が宿っていた。
彼らは光を見つけたのである。あの、魔族を消し去った大きな光を。
「アスマって本当にすごいよね?」
「急にどうした?」
そう、すごいのだ。だって、私は知っている。ここの街の人々の目に光がなかった閉塞した雰囲気を。
「王都にはびこってた魔族をあっという間になんだよ」
「たまたまだ」
「ねぇ、本当に、天空の風に入らないの?」
「あぁ、入らないよ」
「そうよね」
彼はそういう人だ。世界の平和よりイタズラが好き。だからこそ、私の影武者になってくれたのであって、彼自身に、ちゃんと、やりたいことというのが定まっている。
これはそう、もう少しだけ、彼との……時間を共にしたいのだ。
「また会えるかな?」
「さぁ、人生、一期一会っていうらしいよ」
「ひどいなぁ。そっちからは場所わかるんでしょ。会いに来てくれないんだ」
「俺自身が、これからどうなるかわからないしな」
「いじわる」
たわいもない会話をしながら、私たちは街を散策した。
きっともう、彼と一緒に歩くことはないのだろうと思う。
涙をこらえる。彼の前で泣くつもりなんてなかった。
ふと、露店のアクセサリーで、天使の翼形のペアになるネックレスが売っているのを見つけた。右側の翼のネックレスと左側の翼のネックレス。それぞれ、翼の部分が組み合わさるようにできたものだった。
「ねぇ、これどう?」
「いいんじゃないか」
購入して、まず自分の首にかける。そして、もう片方を彼の首にかけた。
すると、ついに私の目から涙があふれてしまった。
声を出して泣く。
「いやだ、アスマと一緒に旅をしたい。ううん、どこかで暮らすならそれでもいい」
「おいおい、天空の風に入るのはどうするんだよ」
「辞める。アスマと一緒にいる!」
穏やかだった彼の顔が真剣なものになる。
そして静かに彼は考え込むように両目をつぶった。
ほんの数刻のときが過ぎる。目から出た涙が頬を伝い落ちて、地面へと届くまで。
彼は、目を開け、真剣になった時にする表情で言う。
「ダメだ」
「なんでよ!」
「せっかく貴族を捨てて自由になって、セナは世界をもっともっと見て回りたいんだろう。それを捨てるのか?」
「アスマとだってできるでしょ?」
アスマは首を振った。
「なんでよ!」
私は、アスマにとってなんだったんだろう。
「セナの気持ちもわかるけど、それはダメだ」
「どうして!」
私は分かってくれない悲しさに、つけていた天使の翼のネックレスをアスマに投げつけてその場を逃げ去った。
どうして、ダメなんだろう。
私じゃ、ダメなんだろうか。
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その後、パーブルとジョニーが王都で合流した。
二人は天空の風には仮入団ということになった。
酒場で、パーブル、ジョニー、マチルダはお酒を飲んでいた。
「アスマは先に一人で行っちまったのか」
「それで、サーラがしょげてるの。狙っているなら今がチャンスですよ」
「といってもな、ここら一帯は寂れてて、誘える店もたいしてないわけよ。言葉をかけると言ってもなぁ」
翌日、サーラのもとに訪れたパーブルは、「俺は一生君のそばにいるから」などと言ったそうだが、まったくもって効果はなかった。
しばらくして、天空の風の第一部隊に新たな任務が届いた。
任務の場所へ向かうため、準備が進められる。
街の修理を請け負っていたゼルはしばらく王都に残るらしい。
出発のときが来た。
門の前に出て、私、パーブル、ペーター、マチルダさん、マリウスさん、ウォルダムさん、コニーさんがそろい、ゆっくりと歩きはじめる。
新しい旅が始まるのに、私の心は曇っていた。
ここにきてようやくわかった。
私はアスマが好きだったのだと。
そして、振られたのだと。
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もし君なら、彼女と結ばれる道を選んだだろうか?
でも断った。
後悔してないかって。
今はちょっとね。心が痛む。
ただ、どうしようもなく俺は理解してしまっていた。俺は、そう彼女がセナになった途中までずっと一緒にいたし、その後途中はずっと彼女としてふるまって、またずっと長い時間一緒に過ごしてきた。
それだけじゃない。
俺は分かるんだ。
分かってしまうんだよ。
記憶がのぞける、そんな表現をしていたが、それは心だってそうなのだ。
だから、彼女のあの思いが本心だったことも知っているけれど、同時に、彼女の本質は自由を求めどこへともなくいってしまうことを理解していた。
そう、残念なことに、一人の男に添い遂げるために一生を捧げるなんてのはごめんこうむる、そういう性分なのだ。
いずれ俺という存在が彼女にとって鎖に、牢獄になる。
それが分かってしまった。
彼女は、人を振り回すくらいでちょうどいい。
そして俺も、どちらかというとそういうたぐいの人間だろう。
そういう意味では縁がなかった。
そしてまた、俺はもう、彼女に自分の影を重ねてしまっていた。
彼女はすでに俺であり、俺は彼女だった。
長い長い時間、俺は彼女として過ごし、彼女の心でもって世界を感じて生きてきた。
自分と恋愛したい、結婚したいだなんて思う人はいないだろう。
そう、俺は、彼女として過ごしすぎていた。
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聖竜暦2502年、ミルデの光と呼ばれる現象が起こった。
その光は、大陸のほとんどを包み込み、魔族領までもを含めた。
その光によって、魔族は弱体化、あるいは消滅した。
これを好機と見た、最前線の人間側の部隊は攻勢に出て、そして大きく版図を広げた。
魔族から、人間の領土を大きく取り返したのである。
この奇跡の光を、光の発言地点と思われるデファード国の王都の名をとって、ミルデの光、と呼ばれるようになった。
この光を契機に、人間側の躍進がはじまった、と後の歴史書では記載されることになる。
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白髪の、顔や体に文様を刻んだ妙な男が平原を歩いていた。
ふと、平原であたりをくるくると見まわしている少女を発見する。
黒い髪に、服はそう、この世界のものではなかろう服装であった。
少女はやってきた男に、尋ねた。
「ここは天国ですか?」
男は言う。
「いや、剣と魔法のファンタジーな世界だよ」




