第3章 05話 双子の休日
高校時代の、学生服を着て、いや、なんだか妙な夢である。
俺は、セーラー服を着て、女子生徒たちと楽しそうに話をしている。
現実感がない、そりゃ、夢だもんな。
「あいつマジでいけてると思わない?」
「うーん、ちょっとチャラくない? 瀬奈はどう思う?」
「そうですね。お調子者って感じがします」
ん?
瀬奈?
誰だ?
瀬奈、「瀬」と「奈」で、「せ」と「な」だから、セナ、か!
あれ?
そのまま、クラスの男の子がどうたらあーたらという話が続いていく。
俺の夢……だけど、これ、セナの姿でどうも学生服着てるっぽい!?
でも、なんだか違和感どころか、不思議としっくりくるんだよな。
俺はセナ、なのか?
なんて、まどろんでしまう。
ふと、窓際の後ろの席の男子生徒は、休憩時間にもかかわらず、ずっと勉強をしている。
何もそこまでやらなくても、もっと気楽に生きたらよかったんだと思う。
そいつにも友達がいないわけではないのだけども、そこまで必死にやらなくても、もっとボーダーは低いはずだ。
高校を卒業するにしても、いや、大学か。
ふと、その男子生徒、こと、本来の俺の姿のやつと目が合った。
彼は笑っていた。
そして、彼はいままで勉強のために書いていたであろうノートをこちらに見せてくる。
そこに書かれていたのは、なんと、勉強ではなく、小説だったというのが一瞬でわかった。この辺は実に夢らしい。
彼はニヤリと笑って、またその執筆に戻っていった。
そうだな、元の俺もそれくらい、砕けて生きていられたらと思う。
スマホを使って、Web小説を投稿したのはいつ頃からだっただろうか。
気が付けば、セーラー服を着たセナの姿で、呼吸のできる海を漂うようにぷかぷかと浮いていた。
周りには、いろんなキャラクターが現れる。そう、キャラクターだ。
その中には、サーラやパーブル、バリスタードも混ざっているが、その多くがそうではない、知っているけれど、本来は見ることもない、立ち会うことすらないはずの存在達。
Web小説に、登場させたキャラクターたちが、膝を抱えて丸まって眠っていた。
俺はたくさんのキャラクターに囲まれながら、それぞれのキャラクターを思い出していく。
意外に、そう、意外に、あの人生の中でも、悪くないところはあったのかもしれない。
例えそれがどんなに、ささやかで、ごくわずかだったとしても。
そのキャラクター達に命を吹き込んだことは、俺にとってのこの上ない宝なのだから。
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翌日、冒険者ギルドに私は一人で向かったところ、ターニャが話しかけてきた。
「この度は本当にありがとうございました」
「いえいえ、間に合ってよかったです」
報酬はすでに受け取っており、そちらのお金を考えると、この街では稼ぐ必要がないくらい十分な報酬となっていた。そのため、数日みんな自由行動となっている。
ゴーレムも一部持ち帰り、素材として売ったこともあって、さらに資金はじゅんだくであった。
「皆さん強いのですね、あのゴーレムを切り刻んでしまうなんて」
「ま、まぁ、一人ちょっとねうん」
ははは、あまりアスマの変身については言えないので、具体的な言及はできない。
そんなやり取りをし、少し依頼の張り紙を見た後、ふらりと、防具屋、魔法店を見て回っていく。
防具屋の内容も、バラツキはあるが、変わった突出した性能があるものが多い。
魔法強化されていたり、魔法の刻印がされて、などなど、迷宮で発見される特殊なものが出回っているようで面白い。
助ける、と決めたのは私であったが、結局は、かなりの部分、みんな、特にアスマに頼ってしまったように思う。
ジョニーさんの罠の見分けも的確であったけれど、突出するのはアスマだろう。
彼の元の姿、単体としてみれば、それは確かに非力かもしれない。
けれどひとたび、変身能力が使えるとなった時の彼は、一気に頼もしくなる。
あのゴーレムに傷を付けることはできてたとはいえ、バリスタードに変身したアスマは格が違った。
つまるところ、バリスタードが強いわけであるが、そう思うと、そう、もっと強くなりたいなと思うのだった。
といって、防具などを見まわしていても、そう簡単に、強くなれるものではないなと思う。
アスマも変身でズルをしているかというと、そういうわけでもなく、彼は彼なりに、その力を使いこなすために努力していた。
最初は、ほんの僅かばかりの時間しか変身できず、変身の解除方法だって彼は分からなかったのだから。
遠くに行ってしまったな、とも思う。
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「おら、行くぜ坊主!」
と、ゼルは短剣を腰に差した青年の襟首をつかんで猛ダッシュでひっぱっていく。
「ひぃええええー!」
目を回しながら青年は叫ぶが、そんなもんはお構いなしに、ぐんぐんと平原を進んでいく。
「ついたぜ!」
と、青年を、魔物の群れにゼルは放り込みつつ、同時に彼も魔物の群れに駆けだしていった。
「ぎゃああーーー!」
青年は、群れの中央になげだされて、周囲の魔物が青年に向くと、必死で魔物を切り刻んでいく。
「か、勘弁してくれー!」
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パーブルは、飲食店で肉を満足げに食べ終わって一心地ついていた。
ふぅ、人間として食べる肉もまた最高だ。
猫でもいいが、やはり人間で感じる感覚もまた異なる。そしてやっぱり、肉料理というのは実にいい。
歯ごたえ、焼けた匂い、さらにほんのりと添えられた香辛料、うん、どれもいい。
そんな満足感のなか、店内で深く座って心がほわほわとしつつ、ふと、最近の悩みがよぎる。
本当のセナはサーラだった。
サーラちゃんは可愛い。
だが、
だがしかし、
そう、分かってはいても、分かってはいても、セナも可愛いのだ!
分かっている、その真実は、変身するところを何度も見ているし、実際に俺自身も変身を、猫への変身を体験している。
だけどな。
アスマだとわかっていても、セナも可愛いのだ!心がドキドキする!
正体が男だと分かっていたとしても、それは偽りの姿だとしても、あの可憐な少女に、心が動いてしまうのだ。
サーラちゃんも良い、しかし。
くそぅ、何故だ、何故、本物はサーラちゃんだと分かっていながら俺は迷っているのだ。
おかしい。
俺はおかしくなってしまったのか?
そしてさらに欲深いことを願ってしまう。
叶うならば、サーラとセナと、二人と同時に、付き合ってみちゃったりなんかなんて。
右にセナ、左にサーラ……あぁ、いい、いいねぇ。
くそぅ、でもそれは許されない。
だからと言って決められない。
そう、決められないだなんてこともおかしいのだが、決められないのだ。
だって、変身しているとはいえ、それはもう見事に可愛いのだから仕方がないじゃないか!
俺はいったい、どうすればいいんだ。
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妙なことになったなと私は思いつつ、アスマ、ではあるがセナの姿をした彼と一緒に、服屋さんで買い物をしていた。
アスマいわく、冒険者パーティーとして私の双子の妹セナ、がいることが、先の依頼で知れ渡ってしまっていることもあって、こっちの方が自然なんだ、とか何とか言っていた。
本当のところどうなのかはわからない。
悪ふざけ、なのかな、と思いつつ、服を選んでいるセナは楽しそうだ。
というわけで、私とアスマは、姉妹そろってみたいな感じで服選びをしていた。
「ねー、これ着てみたい」
と、可愛らしい町娘の服をもってセナは着替えに行く。
そして、
「どう?」
うん、いいんじゃないかな、と思いつつ、その判断は、なんだか、自分が媚びをうった格好をしているようで、それを称賛するようで、むずがゆい。
「い、いいんじゃない」
な、いったいアスマは何がしたいんだろう。
そうして、いくつもそれぞれ試着して着替えてみて、それぞれ、服をそのまま購入して着て店を出た。
逃げ出してから、冒険者としての仕事をずっとしていたから、こうした、普通なのだろうか、服を選んで楽しむ、とか普段着を、というのは初めてである。
もともと、貴族として生活していた時は、いろいろきらびやかなものを着ていたりもするが、どちらかというとお仕着せ、というか、真面目に選んでいた。
そういう点からは、今回は離れ、そう、なんとなく、自分の心地よさ、直感でやってみているのだが、どうも落ち着かない。慣れない。
先ほど買った服の姿で、お店を出て街をまったりと一緒に歩く。
不思議な感じだった。
「こういう日常というか、誰かと、お買い物とか憧れがあったのよ」
セナは空を見上げながら言う。
彼も、元々は窮屈な思いをしていたらしいというのは少し知っている。
「悪くはないけど、よくわからないかも」
そう、よくわからない。
「お姉ちゃんは強くなってどうしたいのよ」
実際に、セナの姿をしたアスマにお姉ちゃんなどと言われるのはむずかゆくはあるのだが……
「自由に生きたいし、そのためには必要でしょ。あと、うん、人助けもしたいかな」
「お姉ちゃんはそうだったね」
「セナは、またイタズラ?」
「もちろん」
と、可愛らしいポーズをとって返事する。うん、私の姿でそんなことをするのはやめてほしいものである。
などなど、いくつか話をしていると。
目の前からやってきた、いかつい三人組の男たちから声をかけられた。
「よぉ、嬢ちゃん俺たちと、ちょっと遊ばない?」
「あら、どんな遊びをするんでしょう?」
と、興味津々そうにセナが応える。
「おっ、興味ある! 話分かるじゃん。とりあえず食事でもどうよ」
「えー、でも、私たちー、服買ったばかりで、もうお金ないんですぅー」
な、な、な、アスマ、一体何をやっているのだ!
どう考えても、相手してあげる必要なんてなさそうな男たちに、甘えるような声でっ!
「そりゃぁ、おごってやるよぅ。なぁ、お前ら」
「そうだぜアニキ!」
「えっ、いいんですかっ! ねーねー、お姉ちゃん、ご馳走してくれるって」
あー、えー、うーん。
何がしたいんだアスマ……
「いいけど」
「やったー!」
いいといったが、よくはないんだ。
そうして、男たちとの食事となった。
なんか、いろいろと自慢話が飛んでくる。やれ、冒険者としてはランク3になって、これから俺たちは調子がどうのこうのと。
それが、あまりにも自慢げに語るものだから、たいそう凄いだろうと語るものだから、私はお腹を抱えて笑いそうになる。
実に滑稽であった。
ダサい。
ダサいわー、ないわー、この男たちないわー。
それに対して、セナは「まぁ、すごいですね!」なんて、愛想よく相槌をうっている。
それに乗せられて男たちはどんどんと、話は弾む。
なんとも残念な男たちだ。
そう考えると、パーブルさんもペーターも、そしてアスマもそういうところがなかったな。ゼルさんはまず言葉が少ないし。
ま、他人のお金で食べるご飯も悪くないか。
その後、セナは連絡先を交換していた。何を考えているのだろう。
ほんとうに、アスマってよくわからない。
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ペーターはアスマに頼んで猫になって散歩していた。
あぁ、街の風景が見違える。
日向は暖かく、心地よい。そしてなにより、猫としてあるとき、何とも言えない解放感に包まれるのがまたいい。
てとてとと歩いていた時――
出会ってしまった。
心に稲妻が走った。
ピンと耳としっぽがたち、目の前のそれを見つめる。
一目ぼれをしてしまった。
そう、窓辺でたたずむ、一匹のメス猫に。




