第三章 「鎖に繋がれしもの」 25
ナナコの方へ振り返ると、隣のイネコが俺に視線を合わせてきた。
何も語りはしなかったが、瞳に込めた想いをくみ取り、俺は無言でうなずいた。
俺には分からないが、イネコには匂いである程度ご主人の居場所は分かっているはずだ。ビルに入れても、警備の妨害や何らかの障害があるだろうが、一秒でもご主人の元へ駆け付けたいと思っているだろう。少ない戦力を分散させるのは得策とは言えないが、ナナコと一緒なら心配ないだろう。
その俺の考えを理解したのか、ナナコも真剣なまなざしでこちらを見つめた。見惚れるほど美しいその覚悟に、俺は再びうなずいてみせる。と、今度は可愛らしくウィンクして返すと、イネコと共にビルの中へと姿を消した。
「俺達も行くとするか」
シャッターが上部の収納スペースに納まるのを確認して、俺はビルの入り口へと向かった。
ゴローに続き、シロクマも重い腰を上げる。違う主張を持った二匹が互いを認めるには時間がかかるだろう。だが、共に同じ道を歩み始めたのだ。うまくやってくれると今は信じたい。
こういう場合、難しい話はいったん忘れて何か共通の話題でもと、俺は二匹の方へと振り返った。
突如、『ポーンポーン』とブザー音が響いた。そして、『トビラガ、シマリマス』と機械音声が続く。
「上だ!」
シロクマが叫んだ。
見ると、さっき収納されたはずのシャッターが、丁度ビルの入り口を通過しようとしている俺の頭目掛けて下りて来ていた。
動かなければ大怪我する。そう頭で理解していても突然の出来事に、俺の足はすくんで動かなかった。代わりに、ゴローが俺を突き飛ばしてビルの中へと押し込んだ。
次の瞬間、『ゴン』と鈍い音が背中越しに響いた。
俺は前のめりで倒れそうになるのを、軸足を中心に180度反転して回避する。自分が元いた場所を確認すると、ゴローが床に仰向けに倒れていた。そのゴローに向け、上からシャッターが落ちてきている。
瞬時に俺はシャッターに突進し、その底板を掴んだ。ズシリと手のひらに感じる重み。が、それはすぐに軽くなった。
「まったく、無茶をするのが好きな人間だ」
と、四つん這い状態のシロクマがシャッターの向こうから顔を出した。シロクマも俺と同じく、自分の肩を割り込ませてシャッターからゴローを守っていた。
「お前もな」と言いつつ、俺は目を閉じたままのゴローの様子を確認する。
「ゴロー! 大丈夫か!」
「頭を打って気絶したようだ」
反応を示さないゴローの代わりにシロクマが答える。
やはり、ゴローは俺を助けるために自分の身を危険にさらしたのか。よく見ると、ゴローの額に血が滲んでいる。
何としてでもゴローを助けなければ。そう思った瞬間、
「オレがシャッターを支えている内にこいつをビルの中に運ぶんだ」
シャッターの重みに耐えながらシロクマは叫んだ。
「しかし、それではお前が、ビルの外に取り残されるんじゃないのか? それでいいのか?」
そう言ってはみたものの、シャッターは閉じる動作を停止せず、今も重さを増してギリギリと手のひらの肉に食い込んでいる。現状、支えるのが精いっぱい。首から上しか出ていないシロクマをビル内に引き入れるのは現実問題無理な話だ。
「迷っている暇はない。オレ自身、一匹でどこまで支えられるか分からないんだ。だから、早くしてくれ」
俺はシロクマの提案を了承し、ゴローの両脇に手を突っ込んでビル内へ引っ張る。
「島のみんなを自由に出来たら、また戻って来る。だから、それまで待っていてくれ」
「その必要はない。ここで――サヨナラだ」
シロクマは俺の提案をきっぱりと拒否する。
「どういうことだ? お前も広い世界を見に行くんじゃなかったのか?」
「シャッターが落ちてきた瞬間、オレの進むべき道は決まったのだ」
「進むべき道? 何を言っている?」
俺の追及をかわすようにシロクマは顔を伏せた。
――ピッ。
無言のシロクマの代わりに、その巨体の中から電子音が聞こえてきた。
俺はそれで全てを理解した。
これは、オウムのオームちゃんが言っていた――。
「体内爆弾が、起動したのか……」
「裏切り者に手を貸した奴の末路ってやつさ……。オレの場合は足を貸したってことになるのか」
シロクマは自分で言っておいて、「ハハハ」と自分で失笑した。




