「山」「猫」「雲」
朝焼けの空を眺めていると、隣から声がかかった。
「あの空に浮いている雲ってやつは、どんな味なんだろうね」
声の主は雲と同じように白い体を朝日で橙に染めている。
寝ぼけたこの猫を覚ますべく、自らの手を噛ます良い言葉はないか思案していると新しい寝言が聞こえてきた。
「雲を食べた話をすれば雀の奴らが寄ってくると思わないかい?その味を知る雀なんていないしね」
どうやらこの寝ぼけた猫は雀を口だけで狩るらしい。雲を食べたい物好きな雀が何羽いるのやら。そもそも街の雀は知らないだろうが、山の雀は雲の中で過ごすことだってあるだろう。そんな返しをぶっきらぼうに投げつけると、寝ぼけた猫は目を見開いた。
「そうかそうか、どうやって雲まで行こうか悩んでいたけど、山を登ればよかったんだね」
目を輝かせて寝言を吐けるとは器用な猫だ。こっちは雲に届くまで山登りなんて御免だが、どうやら寝ぼけた猫はその足で雀を狩るより山を駆ることにしたようだ。
「ようし行ってくる。なに行きは陸路でも帰りは風に乗ってひとっ飛びさ、寂しがらなくても大丈夫」
そう言って朝日を背に歩き出したその背中は、翼も傘も負っていない。去り際にも思案の種を残す寝ぼけた猫が雀の群れた木の下を通り過ぎた辺りで、ふと思い出した。
ああ、いつぞやの寝言は「雲を食べれば飛べる」だった。