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Pandora Ark Online.  作者: ミッキー・ハウス
守るための刃編
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第51話

「万能霊薬だぞ……? なんで何も起きないんだ!?」


PAOでも多種多様な回復薬があるが、その中でも仲間を復活させるのに最も手っ取り早く、状態異常もすべて帳消しにして復活させる優秀な全回復薬だ。

ボス戦で即前線復帰が可能なため、誰もが携帯しており、もぐりだろうと知られている最高クラスの回復アイテムでもある。


だが、この世界では何かが違った。

傷口を塞ぐ効果はあるが、戦闘不能状態の回復はできない。


その事実に気づいた橘花は、顔面蒼白になる。

……“戦闘不能”の定義を根本から誤解しているのではないか、と。

ゲームでは「戦闘不能に陥ったキャラクターのHPとMP、状態異常をすべて回復する」とある。

しかし、「蘇生」とは一言も書かれていないのだ。


そう、「戦闘不能回復」と「蘇生回復」は意味が違うのだ。


「ちょ、ちょっと待って……ちょっと待ってくれ、それじゃ……」


戦闘不能とは、戦いができないほどのダメージを負ったが、まだ生きている状態を指すのだとしたら……。


この世界で死んだら、本当に――――死、なのだ。


橘花の血の気が一気に引いた。

ゲームではないと信じていたが、心のどこかでゲームの仕様を甘く見ていた。

その安全神話があっけなく崩れ去った瞬間だった。


レッサーラビットに噛まれ腕に穴が開いた時も、内心は死ぬかと思った。だが回復薬を使い、そのままギルドに戻った。

現実なら救急車や病院が必要なレベルだが、痛みを感じなかったことで軽く見ていたのだ。


だが、今は違う。

本当に死の可能性があるのだと理解すれば、冗談では済まない。


「――――冗談じゃないぞ!」


知り合いを心配してここまで来たが、村で何かが起こったことは疑いようがない。

青年の“殺され方”が尋常でないのは素人にも分かる。ギルドに戻って誰かを連れてくるべきだ。


橘花は立ち上がろうとするが、青年をそのままにするのは忍びない。

イベントリから適当な布を取り出し、青年の体にかける。

そして手を目にかざしてゆっくり下ろすと、青年の瞳は静かに閉じた。


血がまだ乾ききっておらず、瞳が閉じたこと、体温がわずかに残っていることから、彼はついさっきまで生きていたのだ。

橘花の到着が数分、もしくは数秒間に合わなかっただけだった。


「……くそっ!」


それがわかったからといって、橘花にできることはもうない。

レッサーラビットの時とは違い、両手を合わせて沈痛な表情で深く頭を下げる。


心の中で何度謝っても足りない。だがいつまでもそうしているわけにはいかない。

橘花は無理やり意識を切り替え、木の影に隠れながら村の様子を覗き見る。


ギルドに報告しても、何が起こったのか説明できなければ誰も動かないだろう。

できても動いてくれる保証はないが、説明できないよりはマシだ。


怖々と村の畑の方に視線を向けると、目に映った光景に息を呑んだ。


なんだ、これ……。

数人が倒れている。

あれ、関節がおかしな方向に曲がってないか……。

男性は畑に顔が埋まっていて……。

女性……だよな……あの人、頭はどこにある?


倒れている全員が生きているとは思えない状態だった。


その中で、橘花は知っている子供を見つける。

一番小さく、舌足らずで飴をねだってきたあの子だ。


子供の見開いた目と、橘花の目が合った気がした。


子供の声が耳の奥で責めるように響き、思考が停止しそうになる。


刹那、剣戟が響いた。


争う声が現実に引き戻し、それを言い訳にして彼らから目を逸らし、村へと入る。


少し奥へ進むと、見たことのある装備を身に纏った青年達が戦っていた。


現在のPAOでは定期的なキャンペーンで中級クラスまでレベルを上げられる仕様となり、彼らはその中級クラス職業でよく使われる一般装備を着ている。

街の冒険者ギルドの装備は大半が低レベル装備なので、この世界では上位クラスと考えていいだろう。


なぜ彼らがこの村にいるのかは疑問だが、問題は彼らが視線を逸らさず、敵意の目を一点に注いでいることだ。


青年たちが戦っている相手は、魔人召喚の魔石で呼び出される魔人だった。

上位クラスの魔人が召喚されていることが見て取れた。


ただ、PKしなければ召喚される魔人が強くならないという不便さや使用頻度の低さから、五年前のアップデートで消えたPAO初期のアイテムだ。

現在、新人プレイヤーでこのアイテムを知っている者は少ない。


橘花もPKプレイヤーと衝突した際に使われているのを何度か見ている。


暗殺ギルドでも所持されていたが、召喚目的ではなく、PK実績に応じて上位クラス魔人を召喚できる魔石の保有数をステータスとしている。


魔人召喚の魔石は持ち主の実績を反映し、実績付きのため売買できない仕様。

暗殺ギルドはこれを所持ステータスとして活用していた。


そのアイテムで上位クラスの魔人が召喚されているなら、所有者はかなりの数のPKをしていると推測できる。


魔石のカウントMAXは1000人分で、それ以上はカウントされない。


上位クラス召喚は最低800人分の魂魄吸収が条件だ。


つまり、召喚された魔人は中ボス並の強さを持ち、MAXまで行けばステージボス級に達する。


少し前の橘花なら「助太刀致す!」と割って入ったかもしれないが、あの戦闘に加わるのは無理だ。


中ボスといっても強さに幅があり、誤れば致命的ダメージを負う可能性がある。


考えを続ける前に、背筋が凍った。


濁流。

体温が下がっていく。

強い流れに耐えかねて掴んでいた手が離れていく……。


――――思い出すなっ!


頭を振り、崩れそうな意識を必死に繋ぎ止めた。


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