第16話
【ミブロ】のギルド拠点は、古都ミヤコの一角にある。
その名も『お西さん』――某本願寺を模して作られた、由緒正しいギルドの拠点だ。
門をくぐると、境内には本物に似せて作られた書院や能舞台、渡り廊下や鐘楼、手入れの行き届いた庭園が広がっている。
ファンタジーゲームの限界から細部までは完全再現できなかったものの、外観や景色は本物と見紛うほどで、ギルド会員たちが力を合わせて積み上げた、涙ぐましいほどの課金の成果だった。
壬生の歴代拠点を心ゆくまで課金で拡張したい気持ちはあったが、サーバーの容量には限りがある。拡張は可能でもスペースは有限だ。
拠点内には多数のNPCが配置されており、もちろん鬼人族である。
全員に名前があり、装備も橘花たちが使わなくなったお古を着せている。
ときどき全員でNPCのレベリングもしているが、特に人気の高いNPCは個人で連れ出されて育てられている。
門番には二体の鬼人族NPCがいる。名は前鬼と後鬼。赤と青の鬼だ。
「ミブロ」というギルド名なのに、役小角とは無関係なのは不思議に思われることもあったが、実はこのNPCの生みの親でレベリング担当は橘花ただ一人。
五年前までの橘花のソロ活動時代を支えたNPCであり、ギルド関係者以外は誰も知らない秘密だ。
二体のコンセプトは、ゴリマッチョ(赤)と細マッチョ(青)。
その門前に立っていたのはトラストラム。
いくら姉がレベリング担当でも門番NPCが対応することはなく、ギルド員でもないため勝手に中へは入れない。
「すみません、門のところにいるんですが、迎えに来てください」
そうメールを送ると、十秒もしないうちに見慣れたアバターが門前に現れた。
「いらっしゃい、トラちゃん!」
迎えに来てくれたのは【ミブロ】のギルド長、マノタカだった。
入場許可を得たトラストラムは、マノタカの後ろについて中へ進む。
「うちのギルドに入れば、トラちゃんも出入り自由になるんだぞぅ」
「でも、もう別のギルドに加入してますから」
訪れるたびに勧誘されるが、トラストラムは既に別ギルドに所属している。
現在育てている森人族エルフのアバターも手放したくはない。
マノタカが「そのままのアバターでいいから、おいで」と言っても、彼女は首を振る。加入したら最後、身の危険を感じるのだ。
「で、姉さんのアバターを預かっていると聞いたんですが」
「ああ……預かってはいるんだが」
マノタカの言葉に、トラストラムは首を傾げる。
「しらす御飯が、折檻してるんだよ」
「しらす御飯さんが、折檻……ですか?」
普段は物静かで【ミブロ】の良心と評される副官しらす御飯が、折檻しているという。
差し迫った緊張感は感じられず、トラストラムはその言葉を軽く受け止めていた。
――しかし、畳の間の襖を開けた瞬間、その認識は覆ることになる。
「いやああっ!」
「――ああ、橘花を迎えに来てくれたのかトラっち。ちょうどいい具合に足が痺れてきてるから、ちょっと待っててね」
襖の向こう、畳の中央に後ろ手に縛られた橘花がいた。
足の裏にはギザギザの石が敷かれ、膝の上には重そうな石板を抱えている。
若武者姿のしらす御飯が、串で橘花の足の裏をつついていた。
「ゲーム仕様で痛みは緩和されるけど、痺れは徐々に蓄積される。こういうシステムの穴って面白いよね、橘花」
「真面目にすみませんでした、しらす御飯さん。ほんとにごめんなさい、やめてつつかないでぇぇええっ!」
橘花の悲鳴が畳の間に響く。逃げようにも後ろ手が縛られて身動きできない。
その叫びを遮るように、マノタカが襖を静かに閉めた。
「トラちゃん、茶の間にお菓子を用意してあるから、そっちで待っていようか」
「ええっと……はい」
襖を閉めれば隣の部屋の音は完全に遮断される。
二人は何とも言えない気まずさを振り払うように、場所を移動した。




