第94話
何を喋れ、と言わずとも見つめられた男は、何でも話した。
秘密という秘密を。
あの屋敷に主人は帰ってこない。名義だけで、ほぼ使用人の宿舎だ。
たまに屋敷の維持に必要な決済などの書類のために、使いの者が中央の摩天楼から来る程度で、それ以外の繋がりはない。
今回は見慣れない者が街に入ったら、とりあえず報告をあげるようになっていただけだ。
あとは執事のエルヤーは気付かれないほど少量の横領している。
厨房係のトルダは食材をくすねていて、料理長のガレフは貴重な調味料を売り払ってる。
メイドのアルカは、フットマンのダンとトムとウィルを手玉にとっていて……。
もう関係ないだろうことまで暴露してくれたので、眠り粉で寝かせてから解放した。
「……橘花さん、これで相手が白状しなかったらどうしてたんですか?」
ウェンツが興味本位で小さな声で尋ねると、橘花は肩をすくめて、淡々と答えた。
「これでダメなら、音も反響しない全面白い部屋に入れて放置するといいって、しらすご飯さんから教えてもらった」
その瞬間、後ろで息をひそめていたウェンツ、ロイヤード、エレンは顔を見合わせる。
「……その方法、確か一番やばいヤツだよな」
声にならない声で互いに頷き合う。
さらに、椅子の陰でにこりと笑うソータ。
「うわあ、これは萌えにも恐怖にも使える…!」
異様なテンションで喜ぶソータに、三人は軽く引きながらも苦笑した。
「しらすご飯さん、出会ったら逆らわないようにしよう」
ロイヤードが小声でつぶやくと、ウェンツもエレンも同意する。
噂に聞くミブロ副長の軽い口調の裏に潜む力と経験の深さを、誰もが本能的に理解していた。
心理戦は成功、だがそれ以上に、橘花の存在感としらすご飯の伝授した“最終手段”の恐ろしさを、三人は思い知らされたのだった。
「でも橘花さん、こいつ放置でいいのかよ?」
「ここのギルドに渡しても口裏合わせで逃げられる。だったら、ここで起きるまで放っておくほうがマシだ。尾行も監視も失敗しましたなんて言いづらいだろう?」
ロイヤードは眠らせたままの男を見て問うと、橘花は低く呟いて小屋を出る。
結局、羽織のことは出てこなかった。下っ端は知らないことなのかもしれない。
紫頭巾の下で押し殺した吐息が、ひときわ重く響いた。
この街の現状を見れば、嫌な想像ばかりが脳裏をよぎる。
捕らわれ、蔑まれ、異種族であるがゆえに酷い目にあっている姿――。
「……大事な仲間が、こっちに来てるかもしれないんだ」
思わず口をついた言葉に、後ろを歩いていたロイヤードたちが顔を上げる。橘花は歩みを止めず、だがその声には普段の冷静さが欠けていた。
「仲間が……人間族至上主義の貴族どもの手に渡っていたらと思うと……」
握りしめた拳が震える。
「橘花さん……」
「ただの想像だ。根拠もない。でも、羽織が流れてきた以上、無関係じゃいられない」
心配そうにソータが声をかけるが、それでも言葉の端々から滲む焦燥に、エレンが一歩前に出て、まっすぐ橘花を見上げた。
「なら、オレたちも一緒に探す。橘花さんが独りで抱えることじゃない」
紫頭巾の奥で、橘花はわずかに目を見開く。
「とりあえず、ここでは橘花さんが動きづらいのは目に見えてるから、人間族のアバターの俺たちが動くしかないっしょ!」
ロイヤードが肩をすくめ、気負いを見せない明るい調子で言ってのけた。
「そうだね。橘花さんは待っていてください。僕らが聞き込みなりしてきます」
ウェンツも笑顔を浮かべる。
「こんな時だからこそ役割分担は大切。焦っても仕方ない」
エレンが冷静に呟き、笑みで目を細めた。
「ぼくたちがいてよかったでしょ、橘花さん!」
ソータは屈託のない笑顔を浮かべ、両手を腰に当てて胸を張る。
四人の言葉に、橘花は胸の奥でふっと力が抜けるのを感じた。これまでは――未成年だから自分が守らなければ、年長者だからしっかりせねばと、心のどこかで背負い込んでいた。
だが今、彼らは確かに成長している。もう子供扱いばかりするのは違うのかもしれない。
「……頼もしいな」
紫頭巾の下、口元だけで小さく微笑んだ。
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夕暮れの鐘が鳴るころ、旧ミヤコの街路を五つの影が歩いていた。橘花を先頭に、ウェンツ、ロイヤード、エレン、ソータの四人が後に続く。
ここまで、どこも宿の明かりは迎えてくれなかった。冒険者ギルドの庇護を離れた身の橘花と、人間族の見た目とは言え外から来たばかりの彼らに、警戒が強い街の宿屋が部屋を貸すはずもない。泊めた客が後から異種族と分かれば宿の被害は甚大だ。
「……参ったな。泊まるあてもなく、夜風に吹かれて寝るのは御免だぞ」
ロイヤードが溜息を洩らす。
「かといって、路地で寝袋は危険すぎる。貴族の目があるとしたら、なおさら……」
エレンも声を潜める。
誰もが思案顔になる中、橘花は立ち止まった。四人を振り返り、淡々と告げる。
「……もし残っていたら、って思ったけど。ちょっと確かめてみよう」
そう言うなり橘花は街路を折れ、人気のない並木道を進んだ。ほどなくして現れたのは、周囲の家々よりも一段高い石垣に囲まれた屋敷。だが門は打ち付けられたかのように固く閉ざされ、長年の放棄を思わせる沈黙を漂わせていた。
「……誰の屋敷?」ウェンツが呟く。
「ここ、しばらく人が入った形跡はないな」
ロイヤードが苔むした石を見て言う。
しかし橘花だけは、口元に小さく笑みを刻んだ。
「良かった、使える」
次の瞬間、橘花の姿がふっと掻き消えた。仲間四人は揃って息を呑む。
「き、消えた!?」
エレンが悲鳴を上げそうになるのを、ウェンツが慌てて押さえる。
やがて橘花は門の前に再び姿を現し、軽い調子で手招いた。
「登録するからおいでー。選択肢は『YES』を選んで」
四人の視界に、不意に淡い光の枠が現れる。そこには「屋敷に入りますか?」という文字列と、「YES」「NO」の選択肢。ゲーム的なUI画面が出てきて、久しぶりのゲーム要素に驚く。
「えっ……『YES』押していいのか?」
説明もなく突然の指示に、ロイヤードが固まる。
だが、推しの人に言われるまま、ソータは真っ先に「YES」をタップした。途端に身体が門の内へと引き込まれ、次の瞬間、広々とした玄関ホールに立っていた。
「すっごぉぉおおい! 個人拠点だ!」と叫ぶソータに、続けて三人が「YES」を選んで入ってきた。
中に足を踏み入れた瞬間、彼らの鼻腔をくすぐったのは不思議な清浄の香りだった。埃ひとつなく磨かれた床、艶を失わぬ家具、灯火もつけていないのに柔らかく部屋を照らす明かり。
「……昨日まで人が暮らしていたみたい」
エレンが目を丸くする。
「不可侵領域、ってとこかな」
ウェンツがもの珍しそうに見回しながら言った。
「私の個人拠点。侵入も略奪もされない。だから安心して休める」
橘花の説明に、ぽかんとする三人と、ひとりはしゃいでるソータ。対比が妙におかしい。
「……まあ、これで寝床の心配はなくなったわけだ。明日から本格的に動く。今夜は好きな部屋で休んで」
呆けたままの三人に声をかけ、「とりあえず大浴場と調理場の確認してくる」と離れる橘花。
まだ個人拠点を持ったことのないウェンツたちですらわかったのは、めっちゃ金かかった個人拠点ということ。
「何か壊したら不味いレベルの調度品ばっかだよな…」
「それより、隣の寝室とかすごい大きなベッドがあるんだけど」
「テレビで観るようなリゾートホテル並み」
三人は一言ずつ感想を呟くが、庶民感覚から程遠いホールの中央で、壁際の椅子に座ることもできずにいた。
「橘花さんの個人拠点にお邪魔できるなんて、夢みたい!」
ひとりだけ別なことに感動しているが、それどころじゃない三人。
中身が一般の高校生にとって、あまりに高級感ある空間は外より安全とはいえ落ち着かないのだった。




