009「騙し討ちをする人」
「騙し討ちをする人」
彼は、彼にとっての恋しい人の名前を呼んだ
私は悲しかった・・・そして同時に何故か、私は嬉しかった
彼の中に息づく存在を、羨み嫉妬する私
憑き重なる私は「見付けてくれた」と、喜んだ・・・
今はまだ、存在した2つの心
彼は、「私」を・・・愛しむ様に抱締めた
2種類の心が、それぞれ喜び悲しみ2種類の感情に揺さぶられ
辛くて、同時に同じくらい心が悲鳴を上げた。
私は優しく求める様に抱締められた事は、とても嬉しかった
でも、彼が抱締めたかったのは別の人・・・
彼は私を抱締めながら、彼の中で別の人を抱締めていた。
寝ぼけていたとしても、彼は私を見付けて抱締めてくれた
でも・・・この器は、私ではない
彼が抱締めているのは、私ではない人・・・
生きていた頃、何時も抱えていた感情が溢れて零れる
『私の見ている場所で、私以外の人を抱締めないで!』
誰にも聞こえない叫びが轟いた。
無意識の中で、2つの心が壊れて行く
1つの心で喜び、同時にその1つの心の中で泣き叫んでいた
2つある心が、それぞれで叫び壊れ・・・
彼を思う気持ち達が共鳴し、あちこちから集まって
私の中で私と一緒に混ざり合い「私」になっていく
少し趣味が変わった、感じ方が少し変化した
できる事が増えた、好きな人をもっと好きになった・・・
彼へ対するもう一つの心も、大きくなった。
寝ぼけていた彼の目が覚め、慌てふためく
私は、彼を愛しいと思った
寝てしまった御詫びにと、彼はデートに誘ってくれた
「私」は愛しい彼の笑顔を見る為、誘いを受けた
私の中で、誰かが涙を零す
私の中で、心が足し算されていく
何かが共鳴する度に、マーブル模様の心が次第に・・・
一つの色に変化していく
最初にあった2つの色は、何色と何色だったのだろうか?
今となってはもう、誰にもわからない
生まれたのは新色、私を蝕む浸食の色
私は、また・・・彼を思い、深く染まった。
私を大きく新しくした夜が明け、新しくなった私に朝が訪れる
私は、仕事にも着ていける・・・
彼が好みそうな服を着て、彼が好きな香りを身に纏い出掛ける
会社に行く途中、コンビニに寄り
「委員長用」のチョコレートを購入した・・・
私は彼の前で、委員長にチョコレートを渡す
『良かったら弟さんと一緒に食べて下さいね』
そう言えば、委員長さんの性格上・・・絶対に受け取ってくれる
彼は高校時代と同じ様に、ちょっと不機嫌になっていた
『俺の分は?』
彼が嘗て、恋人に触れた時の様に私に触れる
『昨日、渡したじゃないですか・・・』と、私が言うと・・・
『委員長のが、箱でかくてずるい』と、不貞腐れる
この体に「ある筈の無い記憶」の中の光景と、似た会話
私は、ほくそ笑んだ。
私は、今まで通りに彼との友情を育んでいく
彼の記憶に、揺さぶりを掛け・・・
自らを故意に変えて今の自分より更に、彼の愛した恋人に似せ
亡くした恋人を思い出させる「罠」を仕掛けながら
彼の心を絡め取っていく
付かず離れず・・・
短期間でも「私の友達の彼氏」だった事を楯にして
相手から距離を縮めさせる事を許さず
彼の追い求める「恋人象」を身近で演じ続けた。
私の中では・・・
昔、私の友人を傷付けた「彼の事」を「許せない」と、言う感情が
何故か今更、居座っていた
『遊ばれた女性達が味わったのと、同じ気持ちになればいい』
私の中で誰かが宣言し唱和する
次第に、彼の会社での成績が落ち始める
彼は面白いくらいに、私を追掛けて来てくれる
彼の苦しむ姿を見て、私の中に混ざった生き霊達が喜んだ
私の中で・・・2人分の心が苦しんだ
ある日、彼が営業先で倒れた
共鳴する2人分の感情が、他の感情を押しのけ追い出す
魔がさし、彼を追い詰めた事を後悔し・・・
私だけは、御見舞に行く事ができなかった
暫くして、憔悴していく彼を見かねた委員長さんが・・・
会社帰り、私を無理やりタクシーに乗せて
彼の居る病院に連れて行った。
連れて行かれた先・・・
病院の面会室で私は、久し振りに彼と会う
車椅子に乗った、やつれている彼を見て
私は、涙を止める事ができなくなってしまった
『久し振り、元気だった?』
私はどう答えたら良いかわからなくて、頷き『うん』とだけ言った
『会社のみんなも元気?』私は同じ様に、また答えた
繰返される質問、頷き『うん』と、答えれる質問が続き
『俺の事嫌いにならないでね?』・・・『うん』
『また、会いに来てくれる?』・・・『うん』
『俺の恋人になってね?』・・・『うん』
何度目かの質問で、彼が大きく喜んでから腹部を抑えて蹲った
私は、痛みに悶える彼を心配しつつ委員長さんを見た
委員長さんが、優しい笑顔で私達を見て言う
『おめでとう』
私は、「罠に嵌められた感」を禁じ得なかった。
面会時間が終わり『俺も一緒に帰りたい!』と、言う彼を
病室へ強制送還した後の病院の帰り道・・・
「彼が大きな病気なのではないか?」と、私が本気で心配して
委員長に訊いてみたら
『奴は、盲腸からの腹膜炎で手術したんだ』
何となく、軽くさらっと言われた・・・
『恋煩いで飯も食わないし、傷の治りが遅くて
入院が長引いてたんだが、もう大丈夫だろう・・・
お前、彼女になったんだから明日も会いに行ってやれよ』
委員長にとっての面倒事を、押し付けられたと感じるのは
私の気のせいであろうか?
それにしても私は、何故にあんなにも・・・
彼の恋人になりたくなかったのだろうか?
なってみて、分からなくなった理由
大した理由ではなかったのだろう・・・と、思い
私は、普通に彼と付き合う事を心に決めた。
今年もバレンタインが近付いてきた
今年のチョコは、何が良いかな?
帰り際、お店に寄って私は彼の為にチョコレートを選んだ。
友人関係の中で・・・
人気者に付いたブレーン的存在ほど、恐ろしい者は存在しない
そう、私は思っています。
但し、この物語に出てくる「委員長さん」は・・・
『言う事聞いている振りして、相手を操る策士「真の黒幕」』には
まだ、成り切れてないですよね・・・




