001「街角に居た幽霊」
「街角に居た幽霊」
今年も、バレンタインの時期が近付いてきた
メタリックの赤やピンクのハート形したフィルムバルーンが
チョコレートへの購買意欲を掻き立てる為に、店頭に飾られる
そして暫くすると、気の早過ぎる日本の現代文化の象徴
雛祭りのディスプレイ開始と
小さな商店では、バレンタインセールが始まる
当日前までに値引きされ・・・
売り尽くしを目論まれる「バレンタインチョコレート」
私の目の前にあるコンビニの
忙しなく変更されるイベントのディスプレイに
私は、大きく溜息を吐いた。
空からは、冷たい雪が舞い降りて来る
ずっと此処で、一人で立ち尽くしている私は・・・
ついつい過去を思い出してしまって、涙を零してしまう
私が最期まで愛していた恋人、今でも愛している彼は
恋人がいても「バレンタインのチョコレート」を
嬉しそうに喜んで、受け取ってしまう人
『本命チョコだけは、受け取らないで欲しい』と
彼に訴え掛ける事も、認められない
その程度の事で、嫉妬する事さえも許されなかった私
『彼女が居るから・・・』と・・・
相手に期待させない様にして貰う事でさえも、して貰えない
恋人として、気を使っても貰えない・・・
彼にとって、その程度の存在でしかなかった私
恋人である私なんかよりも・・・
女性を含む友人を優先し、大切にしていた彼
彼の友人の恋人が、一緒に遊ぶ事は許せても
私が一緒に遊びに参加する事は、許せなかった彼
あの頃から、私は・・・
胸の痛みを堪え、渦巻く嫉妬を抱えたまま
その存在を、蔑ろにされ続けていた。
それでも、彼を信じて楽しみにしていた「デートの約束」
それなのに、約束の場所に辿り着けなかった私
今は、交差点にある角のコンビニを囲む
ガードレールの無い歩道で、一人立ち尽くしている
私は此処で、躊躇なく駐車場を横切る車に轢き殺されたのだ
そう私は、死者で・・・一般的に言う、幽霊と言う類の者
約束していたのは・・・昔の御話
過去の話だけど、あの時・・・
結局、彼も・・・約束の場所には、来なかった
彼が、約束の場所に訪れる事は・・・その後も無かった。
『私との約束を忘れちゃったのかなぁ?
それとも・・・友達に遊びに誘われて、そちらを優先したのかな?』
でももう、2度とメールを確認できない私に・・・
それを知る手段は、存在しない
私は今でも、約束の場所を遠くから眺め・・・
私は、彼を待ち続ける
私は、彼が見付けてくれるのを待っている
でも、事故現場に訪れるのは・・・家族だけ
約束の場所を望む普通の道、何度も繰り返し献花が行われ
傷んだ物が、道に黒ずんだ染みを作っていた。
通り過ぎる知人・友人・そして、彼・・・
彼の周りには、「女友達」と言う名の人達が
私が生きてた頃と変わる事なく、今でも楽しそうに付き添っている
今年も・・・バレンタインの時期が近づいてきた
今年もやってきた、きっと私が死んだ日
また、献花が行われた
しっかりと繋ぎ留め直される、死んだ場所に繋がれた私
私を知る誰かが・・・何処かで、私の死を嘆いた
死んだ時と同じ様に、また私は無残に死なされる
痛みと苦しみで、何も見えなくなった
この場所に残った私の全身に広がる繰り返す苦痛・・・
年中無休で時々、不意に襲う痛み
彼を見る度、彼を思い出す度に湧きあがる悲しみ胸の痛み
溢れる嫉妬心と涙に、私は蝕まれていった。
また、今年も・・・バレンタインの時期が訪れる
ある時、私を求める声が聞こえてきた・・・
私が死んでから加わった人だろうか?
名も知らぬ、彼の女友達であろう女性の声
彼に恋する彼女は「私になりたい」と、願っている
私は「私になりたい」と、願う
彼女の願いが、とっても不思議で仕方がない
私が生きている時なら、きっと
私より彼女の方が、約束の優先順位が上だっただろうに・・・
一緒に遊びに行ける頻度だって、私より多かっただろうに・・・
『なんで?どうして?』私には理解ができなかった。
私は、彼に「人に羨まれる様な愛され方」をしていただろうか?
否、それは絶対に無いだろう・・・
「女友達との仲が、ぎくしゃくするから」と、言う理由で
一緒に遊びに連れて行って貰えない・・・
そんな存在が、「羨ましい」だなんて言う事は無いだろう
そもそも、友人を優先する彼にとって
私の優先度は、確実に友達や女友達より下の存在だったのだから
私は彼女に興味を引かれて、彼女に憑いてみる事にする
私は、コンビニに立ち寄った彼女を待ち伏せして
彼女を後ろからそっと抱締め、彼女の項にそっと唇を這わせる
彼女は悪寒が走るを感じ、身震いして辺りを見回す
私は、彼女の背に憑く事に成功していた。
久し振りに見る、何時もと違う景色
昔、見ていた街並みが・・・
少しだけ寂れている様な気がするのは、気のせいだろうか?
私は彼女の後ろで、ゆらゆらとたゆたい
彼女の後ろから・・・彼を眺め、観察する
私が彼女として、一緒に存在していた高校時代から比べて
社会人になった彼は、とても大人びて見えた。
地元企業に就職し、地元で働く彼の周りには
意外な事に、私が知る女性陣の姿が全く存在していない
あれ程いた女友達は何処に行ったのであろうか?
同じオフィスで働いているだけの・・・
彼と接点の少ない彼女の居る場所からは、分かる事が少い
時を経て、分かった事と言えば
彼が・・・合コンや、飲み会での「御持ち帰りキング」
取敢えず、性的にダラシナイ人生を送っていると言う事だけ
一瞬、「私と付き合ってる時も、そうだったんじゃないか?」
なんて事が、脳裏を過ぎったが・・・
虚しいだけなので、考えるのを止めた。
交差点の角にあるコンビニで・・・
車に轢かれそうになった事ありませんか?




