94 森の奥で
「なんかノリで来たけどさ、どこだここ」
その日の朝、タラッド‐タドは、小さな宿の小さな部屋で目覚めた。
安っぽい木製のベットに敷かれた布団は、以外にも寝心地が良かった。人の良い女主人の性格が表れている。
「言語がドイツ語に似てるところだ」
兄が上着に腕を通しながら答える。それを聞いて、タドは顔をしかめた。
「わかんねぇよ、ドイツ語とか」
「英語に似てる、前行ったところの言葉は普通に喋れてただろ?」
「周りで喋ってるのを必死に聞いて覚えたんだよ。学校でちょっとは習ってたし、ニュースとかでよく聞くし」
「その調子で頑張れ」
「無理だ。流石にドイツ語は無理だ」
身支度を整えながら、タドは頭を振る。ジンは軽く肩をすくめただけで、鍵を手に取った。
もう出るのか。
慌てて、タドはその後を追った。
それからしばらく後。形は違えど、額から角が生えている兄弟は森の中を歩いていた。
木々は、誰も通すまいとするかのように茂っている。この獣道から逸れたら、すぐに迷ってしまいそうだ。
「地面が平らだ……」
これだけ木が生い茂っているにもかかわらず、急な斜面が無い。そのことに、タドは妙な感動を覚えてしまった。
何しろ、今まで山の側に住んでいただけに、森=山のような方程式が出来上がってしまっていたのだろう。
土や木の根を踏む感触が、足裏から伝わってくる。ずっと歩いているうちに、少し開けた場所へ出た。
奥手には切り立った崖がそびえたち、その手前にある木の無いスペースにはさまざまな植物が花や実を付けている。
その植物の間には道があり、そこをまっすぐに進むと小さな古城に着くようだ。
「あっこか?」
ジンの背中に、タドは声をかける。
「あぁ。……いや、こっちに居た」
彼は一度肯定したものの、ふと右手側を見て言い直した。タドもそちらを見てみると、少し離れたところで二人の大人と二人の子どもが何やら話している。こちらには気付いていないようだ。
植物が作る道を、途中で右に曲がる。すこし進んで、彼等の居る道へと入った。
「ディーン、フィーア」
二人の子供が、パッと顔を上げて頬を緩めた。恐らく、少年がディーン、少女がフィーアだろう。
「ギルベルト!」
ディーンはジンへと駆け寄り、そのまま彼に抱き上げられた。
フィーアはそんなディーンを見て、やれやれと言った風に何事か呟く。残念ながら、意味はよく分からなかった。そんな彼女に女が何事か言うが、睨みつけられて終わりだった。どうやら、彼女の方が立場が上らしい。
ディーンはジンから下りると、タドの方を指して何事かを尋ねる。十中八九、彼は誰かという内容だろう。
ジンは少し迷った後に答えた。
「テオバルト」
キョトンとするタドの方に、ディーンは近寄る。そして人懐っこい笑みを浮かべて、口を開いた。
「フロイト、ミッヒ。テオバルト!」
タドは助けを求めてジンを見やる。彼は肩をすくめて、訳してくれた。
「はじめまして。テオバルト」
それから何か思いついたように、小声で付け足した。
「……こっちじゃテオバルトって名乗れよ。タラッドは不自然だから。俺はギルベルトで。姓はシリングス。分かったな」
テオバルト・シリングス。ジンはギルベルト・シリングス。取り敢えずは覚えたものの、こんな風に、これから名前が増えていくのかと思うと、苦笑が浮かんだ。
「コイツはディーン。あっちの小さいのはフィーアだ。
女はフィーアの使い魔でエメルナ。男の方はディーンの使い魔、ラフェット」
ジン、もといギルベルトが指し示して紹介する度にテオバルトは頷いて返す。使い魔ならやはり、エメルナがフィーアよりも立場的は下という訳か。
一人納得しているうちに、フィーアが三人を呼んだ。何か言っているが、まるで意味が分からない。
「テオ、フィーアがこれから、何かしら見せてくれるらしいぞ」
「使い魔居るって事は、魔法か?」
「魔法薬学は得意だったはずだが」
正直よくは分からないが、とりあえずすごそうだ。
フィーアと、その目の前に植わっている何かの植物を取り囲むように集まった。
彼女は小瓶を取り出し、その中に入っていた液体をほんの少しだけ植物の根基に垂らす。
「うわっ!」
ディーンが驚きの声を上げて、興奮したように何か言葉をしゃべる。よく聞くと、同じ単語を連呼しているようだ。
「すげぇ、ってさ。口癖なんだ」
苦笑しつつも彼は分かると言う風に頷く。
植物は、緑色の実に覆われて今にも潰れそうだ。あんな少しの液体で、しかもたったの一瞬で、植物にこれだけの実を付けさせる。正に魔法だ。
ちなみに、その身は生で食べることができるらしい。収穫したてのそれをいただいた。
どこからどう味わっても、きゅうりだった。




