13 こんばんは、死神兄
眠い。寝そう。でも寝れない。と言うか寝たくねぇ。でも眠いッ!
目ぇ瞑ったまま眠らないでいるって滅茶苦茶難易度たけぇ!
岳だ!
折り畳み式のベッドを開いて、その上に敷布団敷いて、さらにその上に俺が寝転がってさらに、その上に掛布団をかけて。で、俺は目を瞑っている。性格には薄目。ぼんやりと部屋の中は見える。
でも俺が見てるのは机とその上の皿。
正確に言うと、勉強机とその上のクッキーが入った皿。
もっと正確に言うと、兄ちゃんの机と、その上に乗った光特製一口チョコレートクッキーの入った皿だ。
今日……あ、いや、四月一日はついさっき昨日になったんだ。まぁ、とにかく昨日だ。光が姉ちゃんの誕プレに、一口チョコレートクッキーを作ったんだな。大量に。
一部を除いて全部俺等で食った。旨かった。もっかい作って……と、それはともかく。その『一部』を皿に入れて、兄ちゃんの机の上に置いといたんだ。
今日は、中学校の卒業式の日ぃから一回も姿見かけてない死神兄貴の誕生日だから。
実は夜にちょっとだけ帰って来てるのかもーという光の推測を信じて、とりあえずクッキーを置いた。
……ほら、夜だけに帰って来てるんだとするだろ? 俺等寝てるから気付かねぇじゃん。なら、クッキーを『一枚食べたくらいじゃとても分からない』ような量入れて数を数えておいて、次の日の朝、減ってたら兄ちゃんが帰って来てた……って事になるだろ。
兄ちゃんがクッキー食うかどうかなんて分かんねぇだろ、ってか?
だから俺が起きてんだろうがぁあああ! という叫びで返しとく。
……はぁー。頭ん中でごちゃごちゃ考えても睡魔に勝て……。
「ん、ダウンか?」
「いやいやいやいや、まだ大丈夫だよ俺ぁ! 睡魔に負けんなぁー!」
って、大声で叫んだから隣の部屋で寝てる姉ちゃん達起こしちまうから、小声で叫ぶ。
「負けとけよ。今日離任式だろ」
あ、そうだった! やべぇ。寝よう。頭ん中の『悪魔のささやき』って奴も結構役に立つじゃん。
「ってぇ! んな訳あるかぁー!」
「ん。お早う」
「お早う! なんであっさり姿現してんだよ、兄ちゃん! なんか馬鹿馬鹿しくなって来んだろうが!」
小柄だけど、窓に腰かけてる様がなんか絵になる死神。それが俺等三人の兄ちゃん、純だ。
兄ちゃんを一言で言うなら、めんどくせぇ病。めんどくさがり、楽しそうな事にのみ参加、嫌な事およびめんどくせぇことはすぐ忘れる主義。
結果、半分くらいは余計にめんどくせぇ事になる可哀そうな奴だ。
「思ったより寝付くの大分遅かったから、待つのがめんどくさくなってな」
ほら、ほらな!? 余計めんどくさくしてやんぞコラァ!
「で、そこのクッキー……」
「食っていいぞ。光からの誕プレ」
「いや、それは分かってた。分かってたからわざわざ待ってたんだ。俺が言いたかったのは、ラップしとけよってことだ」
変なとこ几帳面だな! それは俺も思ったけど!
「姉ちゃんが、『ラップしてあったらつまみ食いするのをちょっと躊躇うから』って」
「忍に、余計な気遣いありがとうって言っといてくれ」
了解。……俺等普通に話してんのに、全然起きてこねぇなあの二人。頑張って起きてて、力尽きたか? 大晦日も新年迎えた途端に寝ちまうもんなぁ……。
「そうそう、兄ちゃん。言いたい事あったんだ」
「ん?」
「久しぶり」
「あぁ、久しぶり」
「で、これ言わなきゃなんねぇ程の期間どこ行ってたんだ?」
「仕事と遊びと旅だな。2:3:5で」
仕事2かよ! 少なっ!?
「旅ついでに仕事と遊び」
ついでが逆だろ!
「兄ちゃん、よくクビになんねぇな」
「多少扱いづらいだけで、ノルマの二倍の量は働いてるからな」
『扱いづらいだけで』って、自分で言うか。
「岳、やるべきことやっといたら得だぜ。多少の事は目ぇ瞑ってもらえるからな。成績よければ、教師陣だって文句は言えねぇよ」
どんな理由だよ!? でも覚えとく!
「ん、クッキーも食ったし、そろそろ俺は帰るか」
帰る?
「何処にだよ? 家ここじゃん」
「……あのな、家で寝るような霊を狩るなり説得するなりして冥界に送るのが俺等の仕事だ。自分家で寝たらこんどは俺が狩られちまうだろうが」
うん? よく分かんねぇな。
「半月前まで兄ちゃん、家に住んでたじゃん。学校も行ってたし」
「あぁもう、めんどくせぇ……。五年と半月前! 俺はとある死神に十歳にもかかわらず寿命だとか言われて殺されました。
でも何か知らんが『上』って呼ばれる、死神に仕事振り分けるお偉い方が間違えてただけで、本当は死ななくて良かったのでした。
で、そういうときのために五年間実体化して生きてるって事にできる制度があって、おれは条件に適応してたからそれを使いました。その期限がこないだ切れたから俺はもう死人扱いなんだよ。分かったか?」
早口だからイマイチ整理はつかなかったけどな。
「分かったな? 分かったという事にして、続けるぞ」
聞いたくせに答えさせねぇのかよ! っつーかまだ続きあんのか?
「死んだという事は、普通は家族だの友達だの、そんなのとも話せなくなるわけで。……普通は、な。仕事の都合でたまに実体化する必要がある関係上、実体化する方法を持ってる死神も、家族その他生前の関係者は様子を見ること以外は全面的に何をするのをダメ。
だから今この瞬間も、俺は罰せられる危険性があるから帰る。いいな? こればっかりは上も見逃してくんねぇんだよ。前に一回問題起こしただけに後がねぇ」
「何やった!?」
「食いつくのそこかよ。俺の話聞いてたか?」
聞いてたよ。それなりに理解もできたよ。ピンとこねぇけど。
「聞いてた。で、何やったんだよ」
「喧嘩売ってきた奴を全部冥界へ送った。以上」
喧嘩売ってきたってだけでそこまでするか……。冥界へ行く=霊にとっての死、だろ?
だいぶ前の漸減撤回。
兄ちゃんを一言で言うと、『怖い』だ。




