第49話 候補地へ向けて
ゼスたちは今、ハクの背に乗って大樹海の上空を飛んでいた。
「うわぁあああああああ!!」
後方からロバートの悲鳴が聞こえてくる。
「がるる……ロバート、うるさい」
「そそ、そんなこと言われましてもぉぉおおッ」
一番先頭に座るソニアが狼耳をぴくつかせて振り返るが、ロバートはさらなる悲鳴で応じるのみ。
二人のやりとりに、ゼスは苦笑混じりに声をかける。
「少し休憩しようか」
「い、いえっ! ゼス様のお手間を取らせるわけには……!」
「手間じゃないって。ソニアやユグシルは例外として、空の旅が疲れるのは理解してるつもりだよ」
獣人であり、強靭な膂力と体力を有するソニア。
そして、大精霊であるユグシルは、雲の上を飛ぶことに恐怖を抱くことはないだろう。
だが、普通の人間はスキルでもなければ空を飛ぶ機会なんてない。
ロバートがずっと叫んでいるのも無理からぬ話だった。
「ゼス様は、慣れておられるようですが」
「俺は何度も乗ってるし、何よりハクのことを信じてるからね」
「ガルルルゥ!」
「ひょえええっ! ハク様、落ちる、落ちますっ!!」
ゼスの言葉に、ハクが嬉しそうに身を捩った。
その反動で不安定な体勢になり、滑り落ちそうになったロバートが必死に背に張り付く。
ハクの申し訳なさそうな鳴き声に耳を傾けながら、ゼスは小さく笑う。
(まあ、前世では空を飛ぶ乗り物なんかもあったから、この世界で生まれ育った人よりも耐性ができていた……っていうのもあるんだけど)
話しても仕方ないので心に秘めておく。
そうして、眼下に広がる大樹海の景色を見下ろしながら、ゼスは改めてこの状況に至った経緯を振り返る。
新拠点の土地選びをロバートへ申し出たのが昨日のこと。
ここしばらくの怠惰な生活から脱却できると、やる気満々のゼスは、早速秘密兵器を用いて、拠点に適した土地の捜索を始めた。
「……しかし、ゼス様のお力は本当に凄まじいですね。本来であれば探索だけで数ヶ月はかかるこの広大な大樹海から、適地を見つけ出すとは」
「俺というよりは、この王笏の力だけどね」
安定飛行に戻り、落ち着きを取り戻したロバートが肩越しに振り返ってきた。
そんな彼に、ゼスは手にした王笏――『神権の王笏』を持ち上げる。
アークライト王国の侵攻をきっかけに統治者としてこの地を治める覚悟を決めたゼスの意志に続く形で覚醒した神遺物。
その権能は、自身が統治する場所の情報をリアルタイムで掌握――つまりは把握するというものだ。
今のゼスにとって、大樹海の中でも《浄化》を施した範囲は彼自身が統治する場所という認識であり、その地形を見渡すことが可能である。
この王笏の力で、ゼスは昨夜のうちにいくつかの候補地を見つけておいた。
今は実際にその候補地を確認するべく、彼らと共に向かっているところである。
「この辺りも、少し前までは邪神の呪いに冒されていた。でも今は違う。ゼスのおかげで呪いが消え、清浄な大地へと戻っている」
「俺というよりは、ユグシルのお陰だけどね」
後ろからのユグシルの声に、肩を竦めて返す。
ユグシルの《精霊の加護》がなければ、いくら邪神の呪いを浄化しても、また侵食されてしまう。
それを防ぐには、大樹海一体に染みついた呪いを一気に浄化し切る必要があるが、そのために必要な精神力のステータスは、最低でもSSSという話だった。
ハクやユグシル、大樹海などの浄化を経て精神力がSSまで至ったゼスだが、大樹海すべての呪いを浄化することはできない。
(だから王笏の力を借りたわけだけど)
王笏による神の視座を利用して《浄化》の範囲を指定することで、ゼスはユグシル村からアークライト王国に接する形で大樹海を浄化した。
邪神の呪いはどういうわけか大樹海の外には広まらない。
外と接している部分は、呪いの侵食を防ぐ《精霊の加護》は必要なくなるというわけだ。
「魔物と邪神の気配がなくなった今、この地に精霊たちが戻ってくる日も近い」
嬉しそうなユグシルの呟きに、ゼスはふと気になった。
「ユグシルって自分以外の精霊と会ったことってあるのか?」
「ない。私が生まれた時、すでに大樹海は呪いに汚染されていたから」
「そっか。そういえば、ユグシルは大樹海を綺麗にするために生まれたって言ってたな」
「そう。でも、私と同じような存在は、他にも生まれていたはず」
「えっ、そうなのか?」
振り返ると、ユグシルはこくんと頷き返してきた。
「邪神に、私一人で立ち向かえるはずがない。きっと、この大樹海の力のある存在――私にとっての大樹がそうであったように、そうしたものに宿る形で、同格の精霊が生まれていたはず。でも……」
そこで彼女は、僅かに顔を伏せる。
「そんな存在がいたら、今の私なら気付ける。でも、気配を少しも感じない。……きっと、もう邪神の力に呑まれて、取り込まれたか、消滅してる」
「ユグシル……」
寂しげに話していたユグシルは、慌てて顔を上げる。
「今はゼスたちがいるから、気にしてない。さっきも言った通り、この大樹海に精霊たちは少しずつ戻ってきてるから」
「……そっか」
ユグシルに小さく笑い返し、ゼスは前へ向き直った。
(そんな簡単に割り切れることじゃないよな。ユグシルって、なんだかんだで寂しがり屋だし)
この地にユグシル以外の大精霊がまだ存在するかわからない。それでも、もしいるのなら、彼女に会わせてあげたい。
そんなことをぼんやりと思うゼスの視界の先で、ソニアが「んん〜?」と悩ましげに狼耳をぴくつかせた。
「ソニア?」
「がるぅ……匂いがする。懐かしい匂い……」
ハクの背の上に立ち上がり、耳と鼻と全身を総動員し、何かの気配を辿り始めたソニア。
やがてパッチリと目を開くと――突然、地上へ向けて飛び降りた。
「ソニア!?!?」
常識外の行動に面食らいながら、ソニアの後を追うべく地上へ降下する。
「ソ、ソニアさんは無事なんでしょうか」
鬱蒼と生い茂る樹海の中、ソニアの姿を探しながら歩き進めていると、ロバートが不安げに訊ねてくる。
「ま、まあ、大丈夫だと思うよ。体は元々頑丈だし」
「頑丈で済ませられる話なのでしょうか……?」
顔を引き攣らせながら、ロバートは先ほどまで自分たちがいた空を見上げる。
ロバートの疑問はさておき、捜索を続けるゼスたちの耳に、ソニアの元気な声が飛び込んできた。
「久しぶり、みんな! こんなところで何してる?」
声を頼りに木々を突き抜けた先。無傷でピンピンとしているソニアが、獣人族の集団へ向けて元気に、そして不思議そうに声をかけていた。




