彼女はとっても、やきもち焼き
「はっ、はっ、はあぁ~」
「もう、光ったら強引なんだから~」
「誰のせい!? ねぇ、誰のせいだと思ってんの!?」
「全ては日本政治の腐敗が原因だと思うの」
「そんなスケールのデカイ話は聞いてないよ!」
というか、さっきから紫ちゃんの声が全然聞こえないんだけど。そして、心なしか片方の手から体温が感じられないんだけどこれはどういうこった?
「って僕の紫ちゃんは!?」
「いや、別に光のじゃないし。どっちかっていうと私のだし」
「貴様、人が人に所有されることを現代の社会が許すとでも思ってんのか!」
「いや、最初に『僕の~』とか言い出したの光だし。それに紫なら桐小に向う道で私が解放しておいたから」
「な、なんてこった……。これでもし紫ちゃんが誘拐でもされたら」
「光みたいな人間がこの街に二人もいなければ大丈夫よ」
「流石に僕クラスに紫ちゃんを愛している人は皆無だよ、フフンッ」
「気持ち悪い程の自信ね。まあ、花ちゃんもいたから大丈夫でしょ」
「な、何だ。驚かすなよ……」
花ちゃんとは紫ちゃん親友。紫ちゃんほどずば抜けて可愛いと言う訳ではないが、細身長身でスタイルが良く、何よりとても髪が綺麗な子だ。僕も紫ちゃんの髪をお手入れする為に美容師に弟子入りしたことがあるが、未だに花ちゃんの様な髪の美しさには仕上げることは出来ない。プロへの道は遠いな。
「でも、髪の綺麗な子もいいよね! ぐへへ……」
「光、よだれ垂れてる。そんでもってリアルで『ぐへへ』とかいう人初めて見たよ、私」
隣で葵がドン引きしているが、気にしない。僕にとって葵は既に終わったコンテンツなのだ。まあ天地がひっくり返るより可能性は少ないけど、もし葵が紫ちゃんや六条さんの様な性格になれば……か、考えてあげなくもないかな!
学校へと至る鴨川岸を葵と二人で歩いていると、背後にいる同じ『付属平安高校』に通う生徒の人波がざわめいているのに気付いた。
「あれ、なんかあったのかな?」
「さぁ~」
葵は特に興味が無いのか、後ろを見向きもせずに歩いていく。背伸びをして後方を見ると、後ろの方から徐々に学生の人波が割れて……。
「って、こっち! こっちに来てるよ、葵!」
「何もう~……って、なんじゃありゃぁ!」
熟練芸人並みのリアクションを葵が取ってくれたが、今はそんなことはどうでも良い。
天蓋付きの人力車が、ムキムキマッチョの黒人男性にひかれてこちらにやって来ているのだ。しかも心なしか背後から凄い威圧感がする。黒人マッチョうんぬんでは無く、もっとこう怨念的な何かが。
「み~な~も~と~く~ん!」
「ひぃ!」
こ、この声は、もしかしなくても六条さん!?
確かに人力車登校なんてリッチウーマンな事するのはウチの高校でも彼女くらいだけれども、彼女の通学路は真逆のはずなのに何故ここに!?
車は僕の隣までもの凄い勢いで来て停車すると、座席の部分から六条さんが顔を出した。
「け、今朝の様子からまさかとは思いましたが……や、ややや、やっぱり藤壺先輩と登校してましたのね……」
「いや、違うんだ六条さん! 僕は紫ちゃんと……って葵も何か言ってよ!」
だが、振り返ると葵の姿は遥か前方にあった。
「何か面倒臭そうだから、先に行ってるね~」
「って、待てやコラ!」
「待つのは源くんの方でしてよ」
葵に追いすがろうとする僕の肩が、がっしりと六条さんに掴まれる。
「さて、藤壺先輩と登校していた理由をしっかり説明してもらいますからね」
「い、いや、それは……」
「もし素直に話さない、もしくは嘘が混ざるような事があれば……」
そこで六条さんは優雅に指をパチンと鳴らした。すると、それを合図に御者の黒人さんが「オーケー、ボス」とか言いながら腕をボキボキ鳴らし始める。
誰か、タスケテ……。
結局、学校に登校するまで重箱の隅をつつくごとく執拗に事の顛末を説明させられた。
人力車に乗りながら説教されるというのは、体験してみないと分からないけど凄く羞恥プレイだ。新たな性癖に目覚めそう。
「で、つまり源くんは藤壺先輩の妹さんと登校したかったんですね」
「……はい、そうです」
ご丁寧に昼休みも僕の席に事情聴取に来た六条さんに、僕はげっそりとした顔で答える。
「でも、何で妹さんですの?」
「えっ、それはどういう意味かな?」
「だって……認めたくは無いですけど、藤壺先輩は十分美しい人ではないですか。それのどこが不満ですの? はっ、まさか源くんロリコ……」
「ち、違う、断じて違うよ! 六条さんは葵とはあんまり面識が無いから分からないと思うけど、あいつはちょっと性格に難があってね」
「性格、ですか?」
「うん、それさえ良ければ完璧なんだけどなぁ」
本当に、どうしてあんなにぐーたらでいい加減な性格になってしまったんだろう? おじさんもおばさんもそんな性格じゃなかったのになぁ。
「つまり、藤壺先輩から妹さんに乗り換えたのですね?」
「いや、言い方はちょっとアレなんだけど……」
でも、もし葵の性格が良かったら僕はあいつを好きになっていたんだろうか? いまいち恋愛感情というのは良く分からない。圧倒的経験不足。
「実際、僕も良く分かって無いのかもしれない。確かに葵は可愛いし、紫ちゃんはとても純粋だけど、その二人の要素が一緒になって恋愛感情を抱くのかどうか……」
そうすると、僕は紫ちゃんにとても失礼な事をしているのかもしれない。これは計画を改めて見直さなければいけないかもしれないな。
「で、では!」
僕が考え込んでいると、六条さんは急に上ずった声をあげた。
「わ、私では、ど、どどど、どうでしょうかっ!」
「えっ?」
それはつまり六条さんをどう見ているかって話だよな?
うーん、ぶっちゃけ綺麗としか言いようが無いんだよなぁ。性格はちょっとキツイところがあるけど、それもほとんど照れ隠し。すっとした目元にすらっとしたモデル体系。髪型もお姫様みたいだし、恐らく葵と比べても遜色無い逸材だ。今ではクラス人気も高い。
そして、自惚れかも知れないが六条さんは多分僕に好意を持ってくれていると思う。そんな状況で、クラス中からは色んな視線が向けられている。
女子達からは主に好奇に満ちた視線で。男子達からは若干殺意めいた視線で。
答えようによっては僕にとっても、そして六条さんにとってもあまり良くない状況になる可能性がある。さて、ここでの最適な返答は何だろうか?
「六条さんは、とても綺麗だと思うよ」
結局、第一印象が言葉に出てしまう。
「き、ききき、綺麗ですか、かかかっ、え、私が?」
「六条さんが聞いてきたんじゃない」
苦笑交じりに返すと、彼女は手をばたばたし始める。
「でも、私、あの、そのっ、あ、あぁあぁ~」
もはや自分が考えている事を言語にするのも困難なようだ。そんな『綺麗』から『可愛い』に変わっていくギャップもなんとも言えない。
「葵にもこれくらいの可愛げがあればいいんだけど」
「~っ! で、では、藤壺先輩の容姿で私の性格ならどうですか!?」
「えっ!?」
計らずとも今朝方考えた組み合わせだった。そして今まであり得ないからって、真面目にそんなことについて考えた事は無かったけれど……。
「ふーむ」
実際にその組み合わせを考えてみると、予想外にもマッチングしていた。今の葵の容姿なら六条さんの大和撫子的な良さは多少損なわれてしまうかもしれないが、それでもあり余るほどの魅力が手に取る様に想像出来る。
「……良いなぁ」
「本当ですか!?」
僕の呟きに六条さんが食い付いてくる。
「うん、実現不可能な事だからこそ面白く感じるね。きっとすぐに学校中の人気者だ」
「私は源くんが喜んでくれればそれでいいのです!」
「う、うん。ありがとう……」
答えておいてなんだけど「ありがとう」って答えはおかしいのか?
というか、六条さんの目が異様に輝いているように見える。まるでさっき言ったことが実現可能とでも言わんばかりの目だ。ま、まさかそんなことは……ないよね?
「源くん!」
「は、はい!?」
勢い込んで身を乗り出してくる六条さんの言葉に、思わず背筋を伸ばして返事する。
「放課後、お時間はお有りでして?」
「う、うん。別に大丈夫だけど……」
「では、藤壺先輩を連れて放課後うちの部室に来て下さらないかしら?」
「えっと、六条さんは確か……」
我が校には校内全体から腫れ物扱いされている『オカルト研究部』という残念な部活がある。そして僕の記憶が正しければ、その残念な部活の代表であるちょっと残念な人は六条 宮須という女の子だったような気がする。
「あ、葵は多分来ないと思うけどなぁー……」
「そこは源くんの努力次第です。お願いしましたわね」
そんな可愛い顔でお願いされると断れないんだよなぁ。何か嫌な予感がするけど、チャイムの音で、思考は否応なく停止させられた。




