朝はパン派か、ご飯派か?
「お・そ・い♪」
ようやく紫ちゃんを起こしてリビングに戻った僕に、葵はとてもシンプルに気味の悪い笑顔で告げた。顔には僕にしか見えない様に怒りマークが浮かんでいた。超怖いっす。
「光がやりたいって言ったから譲ってあげたのに、これなら考えものよね~?」
「ご、後生ですから紫ちゃんを起こす役だけは僕から奪わないで!」
結局、僕は紫ちゃんと一緒に二度寝してしまった。それは気持ち良いくらいの爆睡だ。
だって抱いているのが紫ちゃんなんだぜ!? 八千円から一万円くらいで売っている二次元の嫁がプリントされた布とは訳が違うんだぜ!?
そりゃあ僕もしがない童貞さ。二次嫁の有難みは痛いくらいに分かっている。でも、生憎と僕の嫁たちは過去に葵によって破棄されてしまったんだ。人間の所行とは思えない。それに回収する方の身にもなってあげるべきだと思う。
そんなことがあったから僕は大きな女の子への希望が捨てられたのだけど、それはそれだ。とにかく、生身の女の子の柔らかさはプライスレスであるべきなんだ!
「で、光くんはいつまで紫を抱いているのかな~?」
「だって、気持ちいいんだもん!」
僕は既に制服に着替えた紫ちゃんを抱っこしながら、すりすりを頬ずりする。
「お、おにーちゃん、くすぐったいですぅ」
「そっかー。お兄ちゃんも心がくすぐったいよ~」
「心が、くすぐったいですか?」
「そうなの~」
「はぁ、馬鹿やってないでご・飯!」
葵はリビングに置いてある食卓に座りながら、空の茶碗を箸でちんちんやっている。
「はぁ。葵に言っても無駄だと思うけど行儀悪いよ、それ?」
「だって私おなか減ったんだもん~」
「昨日葵が夜食として食べたから一から準備することになったんだよ!? そして今日はパンだよ!」
「え~私、朝は和食派だって言ったじゃん~」
「だから、用意してた物を食った葵が悪い。大人しくパンを……」
「おにーちゃん、ゆかりもお魚……」
「魚だね、直ぐに魚屋に行ってくる!」
「ちょっ、私の時と対応違うじゃない!」
何やら葵が不満を垂れ始めた。
「馬鹿言うな! 葵と紫ちゃんじゃ圧倒的な性能差があるだろ!」
「な、何よそれ……?」
「【若さ・純粋さ】に決まってんだろ!」
「そこまで強調しなくてもいいでしょうに……っていうか、魚屋まだ開いてないよ?」
「特攻も辞さない構えだ!」
「お馬鹿、そこは辞しなさい!」
既に財布を持って玄関に向かっていた体を、がっちりとホールドされる。
「離せ、離してくれ!」
「あー、もう面倒臭いなぁ。紫~このままだと光が逮捕されちゃう~」
あ、汚ねぇ。そんなこと言ったら純粋な紫ちゃんがどんな反応するか目に見えているじゃないか!
「おにーちゃん、紫やっぱりパンでいい……」
ほーら、葵とは違ってこういう心遣いが出来る優しい子なんだよ。うんうん、これでこそ手塩に育ててきた甲斐が有るってもんだ。
「じゃあお兄ちゃんとお姉ちゃんが冷えたパン食べるから、紫ちゃんには新しいパン焼いてあげるね~」
「私も冷えたの食べるんだ……」
ぼそっと葵がわざとらしく漏らす。すると、
「おにーちゃん……」
降りしきる豪雨の中捨てられた犬猫のような潤んだ瞳で、紫ちゃんがこちらを見つめてくる。うぅ、ダメだ。こんな一昔前の金融会社のCM戦略のようなものに騙される自分が悔しい! でも、紫ちゃんだから許す!
紫ちゃんは自分よりも僕よりも、姉である葵のことを基本的には尊重する。だから僕も無闇に葵を邪険に出来ないのだ。
何で僕よりこんな傍若無人で無法者な姉を尊重するのかと言うと、きっと僕が純粋に育てすぎた結果、姉想いの出来すぎた子に育ってしまったのだと自己解釈している。
間違っても葵の方が人徳を有している訳ではない! ……と思いたい。
時間も時間なので僕は冷えたパンを三枚同時に頬張りながら、藤壺姉妹の新しいトーストを焼く。後はレタスとトマトのフレッシュサラダを作り、熱したフライパンに卵を落とし目玉焼きを作る。
いくら時間が無いとはいえ、紫ちゃんの栄養バランスはしっかり維持しないと体調に変化をきたしやすい。まあ、ついでに葵の方の栄養管理もやっているが。
出来た料理を卓上に置くと、二人は時間があまり無いことが分かっているのか急いで食べ始める。あんまり急いで食べると消化に良くないのだが、葵はともかく紫ちゃんに遅刻させたくないので必死に我慢する。
結局二人はものの十分余りで朝食を平らげた。
「「ごちそうさまでした~」」
そうやって揃って手を合わせる姿は流石姉妹。そっくりだ。パンを既に食べ終えていた僕は二人に通学鞄を渡す。
「じゃあ、行こうか?」
「おにーちゃん、ありがとうです」
「サンキュ~」
二者二様の答えを聞き、玄関に向う。
「じゃあ紫ちゃん、一緒に登校しようか~?」
これが僕の朝の楽しみ、紫ちゃん成分の補給源。
ずばり、『毎朝手を繋いで紫ちゃんが通う桐壺小学校まで仲良く登校』だ!
最近は紫ちゃんの親友の女の子に敵意を持たれているが、そんな細けぇことはどうでもいいんだよ! むしろ小さな女の子に蔑まれるなんてぞくぞくするね!
「光さ~、テンションMAXなところ悪いんだけど、桐小まで行っている時間無いよ?」
「What?」
「だ~か~ら~、紫を送ってる暇ないってさ」
「遅刻が何だ! 紫ちゃんの安全の為なら、僕は喜んで遅刻しよう!」
「いや、もう四年生なんだから一人で行けるって」
「絶対って言い切れるのか!? 僕は言えないね! 紫ちゃんの可愛さを持ってしたら僕の統計では八十五パーセントの確率で誘拐される。少なくとも僕は誘拐する!」
「あ、もしもし警察ですか?」
いつの間にか葵はリビングに戻り、電話機を取っていた。
「いつの間に!? っていうか、冗談だよね?」
「大丈夫、日本の警察は中々に優秀だよ。三分以内に来るって」
「全然駄目じゃん!?」
いかん、一秒でもこの場に居てはいかんと僕の脳内が警告音を発している。
「急ごう、二人とも」
僕は葵と紫ちゃんの手を掴んで一目散に家を走り出した。直後、後方からサイレンの音が聞こえてきたけど本当に呼びやがったよこんちくしょうめ!
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