88 Iタイル
グランド・セントラル駅を出てタイル状の歩道を行く。
豪華な施設は圧巻で、見慣れない者は目移りしてしまう。ゆきひとはこの九か月間の経験で華やかな環境に慣れていたはずだったが、田舎者の如く辺りを見渡して歩いていた。何処を見ても、ビル、ビル、ビルなのだが、特徴的な外観が飽きという感覚を忘れさせる。他に目がいくのは男性アンドロイドの数。堂々とファッションを見せつける女達の傍を、家来のように離れないアンドロイド達。その数は他の国とは比較にならないほどだった。
「……何か珍しいものでもありますか?」
キョロキョロしているゆきひとにヴィオラは声をかけた。
「アンドロイドが多いと思いまして……」
「都市部ですから。日本とアメリカの普及率はそう変わらないはずですので、室内で楽しむ人と、外で自慢したい人の数の差でしょうかね」
日本とアメリカの差。
それは視線にも表れていた。日本では男の様子を隠れてチラ見する女性が多かったが、アメリカの女性達は堂々と観賞しながら桃色のため息を吐く。筋肉隆々の男の肉体美を舐め回すかのような目を向ける。視線の暴力である。
ゆきひとは彼方此方から送られる眼光に疲労感を覚えていた。早く目的地に着かないかなと思うほどの疲労感。今までにない体験だった。本来は見られることに抵抗はないし、何方かと言えばMだ。先月の精神的疲労が抜けていないのか。それは本人にもわからなかった。
ブライアン公園を抜け、ハワイ料理店の横を通り、ウエスト34thストリート進んで行くと、SWH本社ビルが見えてくる。その本社ビルは、三百七十メートルの高さで、外壁のブルーは太陽の光を反射してプリズムのリングを描いていた。
「ここが、ストック・ウィッシュ・ホールディングスの本社ビルですわ。このビルの奥には、マディン・スクウェア・ガーデンの会場がございます」
「マディン・スクウェア・ガーデン?」
「第一回メンズ・オークションが開催された会場です。わたくしと夫ダニエルが、出会った場所でもありますわね」
ゆきひとはヴィオラのガイドに関心しながら、SWH本社に足を運ぶ。内装はモダンな映画館のロビーのような雰囲気。グランド・セントラル駅と同じく床一面が大理石で、淡い黄土色のライトが床を反射している。
社員と思われる女性達はそれぞれ華やかな存在感を示しており、大企業の品と高級感溢れる空間を創り上げていた。ゆきひとはその美しい女性社員達が気になって視線が泳いでしまう。外界とは立場が逆になった。目移りしている間に社員ゲートを通過、そして重厚感のある扉が開いた先のエレベーターに乗り込んだ。
「大統領ってどんな方なんですか?」
「竹を割ったような性格ですわね」
「俺が言うのも何なんですが……指名って権力の乱用なんじゃ……。こういうのって叩かれるって聞いたんですが」
「大統領が叩かれることはほぼないでしょう。嫉妬の対象には成り得ないので。わたくしから申し上げることではありませんが、彼女はAセクシャルです」
「あ、あせくしゃる?」
「彼女は男性に対しても女性に対しても恋愛感情や性的欲求を持っておりません。大統領の恋愛対象はこの世に存在しないのです」




