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89 Aセクシャル・プレジデント   『〇』

 他者に対して恋愛感情や性的欲求を持たない。

 それが「Aセクシャル」の特性だと言う。

 それならば何故結婚をする必要があるのか。

 

「……なるほど。じゃぁ俺、何の為に呼ばれたんですか?」

 

 男が疑問に思うのは当然で思考より先に口から言葉が出ていた。


「行けばわかりますわ」


 十階でエレベーターから降り、入り組んだ細い通路を進んで、またエレベーターに乗る。それが何度か繰り返される。上層部に直通で行けないらしい。腑に落ちない点は多いが、ヴィオラに再度質問した所で、また「行けばわかりますわ」という答えが返ってくるのだろう。

 ゆきひとは戸惑いながらもヴィオラの後をついて行った。 

 

 五十階の両開きドアの前でヴィオラが止まる。何の変哲もない茶色い木材のドアだが、面積が広くとにかくデカい。この奥に目的の人物がいる。そんな直感が働くような造りをしていた。

 

「目的の場所に到着致しました。ここからはゆきひと様のみで。クレイ様はここでお待ち下さい」


 ヴィオラとクレイに見守られながら、ゆきひとはドアのぶに手をかける。持つ手は緊張と汗で感覚が鈍くなっている。

 男は意を決してドアのぶを力で捻り押し出した。


「失礼致します!」


 ゆきひとは入社試験に似た緊迫感そのままに突入。大部屋に足を踏み入れた瞬間、男は部屋奥一面ガラス張りの絶景に圧倒された。ニューヨークのパノラマが左端から右端まで広がり、その開放感は風を感じさせる。そんな部屋の中央に一人の女性が仁王立ちしていた。


「やぁ、ゆきひと君。初めまして」


挿絵(By みてみん)


「は、初めまして……大統領。お目にかかれて光栄です」


 ゆきひとはどういうテンションで話したらいいのかを考えていなかった。瞬時に今までのパターンを思い起こす。地位の高い人物に対してどう対応したらいいのか。そもそも地位の関係で態度を変えるのはよくない。そんな思考の流れで頭に浮かんだ人物はフリージオだった。一応王族なのだが、何時の間にかフランクに接するようになっていた。「これだ!」と意識を決定づけて大統領に話しかけようとするのだが、思うように言葉が出てこない。

 大統領は高身長で大柄。黒いセミロングの髪に勇敢な眼差し。グレーのスーツは体にフィットしており、体格の良さが見てわかる。とにかく迫力が凄い。

 (見た目は似ていないが)例えるならば女版シュワちゃん。あだ名にしたいぐらいオーラは一致している。ちなみにシュワちゃんという人物は、ゆきひとの元いた時代の元ハリウッドスター州知事の事である。


「肩の力を抜いていいよ。私の方から自己紹介した方がいいかな」


 女版シュワちゃんはにこやかに笑う。


「私の名前はテュルー・バトラー。大統領の任に就いているが、ハリウッドで役者もしている」


「ハリウッドスター……なんですか?」


「自分でスターって言うのも変だけど、まぁそうだね。かのイベントは配信で見させてもらったよ。成功して何よりだ。友人は肝を冷やして見ていただろうね」


「……友人とは?」


「君のよく知るヴィーナの母、ストックだ。彼女とは旧知の仲で、過去には色々と世話になった。自称十七歳と言っているが、私と同じく今年で四十八になる」


「四十八!?」


 年齢をバラすのは御法度だと思いつつ、ゆきひとは素直に驚いた。

 ゆきひととストックの初対面は、第三回メンズ・オークションの開催会場のコントロールルームでの一度きり。接触したのは数分間だったが、ヴィーナとソフィアの母が十七歳の見た目という事もあり、絶大なインパクトが男の脳裏に焼きついていた。ストックの若さは異次元だがテュルーも負けてはいない。四十代には見えず、三十前後に見える。本人が二十代と言えば信じてしまえるほど若々しかった。


「驚いてすいません……お若いですね」


「日々科学は進歩しているからね。……実は先客が来ている」

 

 テュルーはゆきひとの左手側奥を見た。

 それに釣られて、ゆきひとも左手側を振り向いた。


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