100 WISH
太陽が落ちて、ブライアン公園の広場は月の光に包まれた。クライマックスと思われるシーンの撮影は午後七時から。その三十分前に、リリー、ヴィーナ、カーネーションが到着する予定で、演者が揃い次第スタートする。
ローズの「G・B・U」計画から、何の脈略ない状態でカーネーションへの告白に移る。ラブストーリーというより、バラエティ番組に近い構成で、疑問の声が上がっても可笑しくない内容だったが、誰も抗議することはなかった。演者、裏方、皆それぞれが、自分の事で頭がいっぱいだったのだ。
街路灯に明かりがポツポツと光り始める頃、テュルーは撮影現場から少し離れた路地に、ゆきひととパステルの二人を呼び出した。ハリウッド映画の参加報酬である「願い」を聞く為だ。
まず最初にパステルが手を上げる。
そして彼女はマーティンを指差した。
「大統領! 私に、あのアンドロイドを下さい! 勿論維持費込みで!」
映画カメラマンのアンドロイドであるマーティンの入手。それがパステルの願いだった。この願いは勿論最初から考えていたことではなく、あれこれ説明を受けた時はまだ報酬を決めていなかった。欲しい物が何もなかった訳ではない。可能であれば、八百年前のアイドル松井セイカのライブに行きたかった。だがそれは、現実的に不可能。他に何かと考えている最中、三週間にも及ぶロケで仲良くなったマーティンに目に止まったという顛末だ。
「構わないぞ」
テュルーは即答だった。
「イェス!」
全身を使って喜ぶパステルに対して、マーティンは困惑した表情で頭を掻いた。
「ゆきひとは決まったか?」
そうテュルーに言われた男は深呼吸をした。
願いは最初から決めていた。
勿論、自分の気持ちに自問自答することは何度もあった。
一目ぼれで動機としては薄いのかもしれない。
でも「好き」という気持ちは、もう確信に変わっているのだ。
「……俺は、俺はヴィーナと結婚がしたい!」
テュルーは「ヒュゥ」と口笛を吹いた。
「それはヴィーナの意志が必要になるけど、会社の方には私から話しておくよ」
「よしっ!」
ゆきひとは拳を握りしめて喜んだ。
今までの結婚とは違う。
初めて自分の意志で結婚したい相手を選んだのだ。
誰に言われたからではない。
自分の意志なのだ……とは言っても、ヴィーナとの結婚には障害が多い。
ゆきひとは現時点でSWHが提供する商品であり、ヴィーナはそのSWH日本支部の代表取締役社長。つまり、運営サイドが自社のコンテンツに手を出す事になる。そうなれば、アメリカ本部や顧客からの批判は免れない。ただSWH部長のソフィアと既に結婚生活を送っているので前例はある。更に大統領のテュルーはSWHの会長でヴィーナの母でもあるストックの友人。大統領と会長が後ろ盾になれば、鬼に金棒で、いくら周囲からの批判があっても押し通す事が出来るかもしれないと、ゆきひとなりに計算があった。
恋の病に犯された元演者は、フィクションと入り混じったリアルで役に囚われ溺れていた。