99 エルオアティー
どうしてこうなった。
撮影機を担いだ男はそう思った。
バトラーズ・エンジェルのプロモーションビデオ(PV撮影は映画撮影と同義)を撮る為に、三週間アメリカの各地を回る事になったのだ。カメラの扱い方は、アンドロイドのマーティンから指導を受け、スジ(脚本)、ヌケ(映像)、ドウサ(演技)という専門用語も覚えた。
ローズは主役扱いで、準主役のパステル、フリーシア、セラが主演に花を添える。とにかくローズが綺麗で可愛く映るように考えて行動しなければならない。男は気持ちを切り替える必要があった。そうは言っても、突然カメラマンの仕事を言い渡された男の感情は複雑で、集中出来るようになるまでに時間を要した。不思議なもので、敵対していた人間でも、可愛く撮ろうと思えば可愛く思えてくる。そして、カメラマンとしての仕事も楽しいと思えるようになっていた。
ワシントン、シカゴ、アトランタ、ニューオリンズ、アリゾナと各地を巡る。ワシントンDCの前での記念撮影や、ブロードウェイのホールを貸し切り、はしゃいでいる役者陣をパシャリと撮る。ウエスタン風の街並みの中を馬車に乗って揺られたり、グランドキャニオンで大地の息吹を感じたり、ニューオリンズではジャズを堪能したり。
カメラを回していない時のローズは物静かで、無邪気に観光を楽しんでいるパステルとセラとは対照的だった。それとバトラーズ・エンジェルのもう一人の役者フリーシアは、一人でタブレットを見ている事が多かった。普段は男装をしているので、女性スタイルは珍しい。ウィッグをつけてロングヘアーにしている。相変わらず謎多き人で神秘的だった。
男はそれぞれの様子、被写体をカメラに収めた。無表情でビールを飲んでいる主演スター。アンドロイドカメラマンを取り合って遊んでいる元アイドルと美少女。壁に寄りかかって機械をタッチしているジェンダーレスの麗人。風景画をスケッチしているメイクスタッフ。
和む。この時間が、この空間が。
裏方も悪くないとそんな気持ちにさせた。
最後に訪れたのは、ロサンゼルス。映画の都、ハリウッドがある特別な場所だ。ビバリーヒルズのファッションブランドショップで、ローズは着せ替え人形のような扱いで、衣装をカラフルに変えていく。ダークカラーのジャケットにデニム。ホワイトカラーのワイドパンツにカーディガン。モダンカラーのダウンベスト。スタイルのいいローズには何でも似合った。
そしてバトラーズ・エンジェル三人とローズが、風に吹かれて歩くシーンの撮影に入った。舞台に立つ華々は威風堂々で自信に満ち溢れていた。笑顔をまき散らしながら、スローモーションで映し出された彼女達。その風格はハリウッドスターそのものだった。
カメラ越しの男は見とれてしまう。その華やかさに。その輝きに。自分の役者人生の三倍かけたプロモーション活動に対して最初は不満だったものの何時の間にかそんなことは忘れてカメラマンの仕事に夢中で取り組んでしまっていた。男にとってこのPV撮影は記憶に残る濃い人生経験となった。
PVの動画編集に入り、BGMはディランディランの「Girls On Trance」に決定。PV作成中はずっとこの音楽が流れていたが、男の頭の中ではひなげしの花が咲いてリズムを刻んでいた。この動画が完成したらローズの告白シーンに移るらしいが、何の為にPVを撮ったのかは終始謎だった。ただもし公開することがあれば、アメリカ観光の宣伝には使えるだろう。結論はそんな所に落ち着いた。
告白のシーンをビバリーヒルズで行うかと思いきや、ニューヨークに戻ってブライアン公園で行う事となった。理由は関係者の予定を合わせやすいからとの事らしい。出演者達は公園で体を癒して、日が落ちてからのラストシーンを待った。誰かがラストを告げた訳ではない。スタッフ間のピリピリとした空気がそれを物語っていた。主演扱いのローズも同様に緊迫した表情を見せている。これから好きな人に告白をするのだ、無理もない。
カメラを持っていた男は、ローズの様子が気になり手に持った物を置いて近づいた。カメラマンの男は恋に悩み、主演も恋に悩んでいる。撮影が終わったら話が出来なくなるかもしれない。内情を聞くのは今しかないと思ったのだ。
ローズは股を開いて男っぽい座り方をしている。
クレイの言っていた通り、トランスジェンダーなのだろうか。
「ローズ、撮影お疲れ様。何て言うか……体調とか大丈夫か?」
「ゆきひとか……大丈夫……な訳あるか!」
「えっ? まぁ……そうだよな。それとヘッドマシーン壊して悪かったな」
「別にもういいよ。後で修理に出すから」
ローズはため息を吐いた。
やはり、相当大事な物だったらしい。
傷口に塩を塗るようで詳しいことは聞き辛い。
それよりも気になるのは、セクシャルの話だ。
撮影中は女性用の衣装が大半でローズは可愛らしく演じていたが、休憩中の仕草は男らしかった。ただの恋で終わりそうにない、複雑な様相が垣間見れたのだ。
「何て言うか、無理してないか? ローズは男の体に憧れているじゃないかって、友人に言われたことがある」
結構突っ込んだ質問をしてしまった。
どう返してくるのか。
「……何聞いてんだよ。まぁ……そうだな。ゆきひとみたいな屈強な肉体は羨ましいよ。アタシは男に生まれたかったんだ」
男は息を呑んだ。
恐ろしく自然なカミングアウトだった。
特殊な状況じゃなかったら、聞き出せなかったかもしれない。
「じゃぁ何で、女性の格好をするんだ?」
「カーネーションの趣味だから。好きな人の為に努力するのは当然じゃないか?」
「……確かにそうかもしれないけど、他に好きな人がいるとわかっていて告白する意味はあるのか?」
「振られるかもしれないけど……アタシは告白しないと前に進めない。レズビアンとして生きていくのか、トランスとして生きていくのか……どうしたいのか……」
ローズの悩みはとても根深い物だった。レズビアンとして生きれば、好きな人と一緒になれるチャンスは増えるが、自分らしく生きられなくなる。トランスジェンダーとして生きれば、自分らしく生きれるかもしれないが、好きな女性の性的趣向から外れ、恋愛対象として見られなくなる。このジレンマに答えは出せない。今までの過激な発言は、セクシャリティに関する進路に悩んだ末、噴出したものだと男は思った。自分の恋愛観が小さく思えるほどの苦しい問題だった。
「そういうことなら……応援するよ」
「てか、何でアタシ……アンタにこんなこと話してんだろ。……でも聞いてくれてありがとう。あんまり誰かに話す機会がなかったから。……ゆきひとはいい奴だな。今まで酷いことをして悪かったよ」
ローズは素直だった。
こんな一面があるのかと、話を聞いた男は驚いた。
ヴィーナを「殺す」と言ったことは、簡単に許せる話ではないが、事情は理解出来る。男はローズに対する憤怒が和らいでいるのを感じていた。
「気にしてないって言ったら嘘になるけど……もう怒ってないよ」
犬猿の仲だった犬と猿は仲睦まじい様子になっていた。
撮影初日に敵対していたことが、まるで嘘ではないかと思うほどに。
そう、今では同じ「恋の悩み」を抱える同士なのだ。




